第8話 備えあれば嬉しいな

「やぁ、三日目にしてもう仲間が四人も出来たんだね。すごいじゃないか」


 と、毎度恒例のマイゴッドはなぜか布団から顔を出している。

 よくよく見れば、白い空間だった場所は生活感満ち満ちた和室のようになっていた。

渋い青畳と木造の壁と天井。左に襖、右に障子。もしハリボテでなければ、開けた先に何があるのか。見当もつかない。


「さて、とうとう二次元世界を旅するわけだけど」

「はい」

「君のやるべき行動をここでもう一度おさらいしておこう。一つ目はなんだっけ?」

「神の名を冠する強者を集める」


 神の使者と戦う力を持つ者は、その名に神が備わっている。


「まあ、これはさほど難しいことじゃないと思うよ。君と同じように、神の名を冠する者もまた国から手厚い待遇を受けているからね。それじゃあ二つ目は?」

「神の使者に敗北せぬよう力をつけること」


 強者を集めるだけでは足りない。主たる戦力は救世主なのだ。


「一応野生のモンスターもいるし、狩りも兼ねてたくさん戦うといいよ。それに救世主ともなれば、敵には事欠かないだろうし」

「どういう意味だ?」

「まあ、すぐに分かるよ。それじゃあ最後の三つ目」

「三つ目は……三つ目?」


 はて、強者を集める、強くなる意外に、何かやることがあったろうか。

 やること? 否、やりたいことならある。


「間違えた。三つも無かったね。まあ神様にも間違いはある」

「いや、間違いじゃない」

「えっ?」

二次元この世界を存分に堪能すること。それがこの世界で俺がやるべきことの三つめだ」




 パチリと目が覚めた。

 起き上がるなら今この時をおいて他にない。そう思わせるほど頭がすっきりしているが、このあとの二度寝もまたさぞ心地よかろう。

 が、俺は隣にある気配を感じ、身体を起こした。


「今度はちゃんと起きれましたね」

「おかげさまで」


 当然だ。1分1秒でも多く、二次元世界を堪能するのだ。

 寝るだけなら死んだあとにいくらでも出来る。


「それじゃあ、行きましょうか!」


 朝から元気なマナに連れられて、早朝トレーニングへと赴く。

 柔軟、ランニング、型と素振りの練習。


「彩人さん、隠れて特訓とかしてたんですか? 技のキレがいいですね」

「もっと褒めてくれ。俺は褒めると伸びるぞ」

「ふふっ! あ、でもそこちょっと違いますね。こうです」

「凹んだ」


 マナが苦笑し、歩み寄る。


「メンタルふにゃふにゃですね。ここは、こうです。こう」

「こうか?」


 マナに型を矯正してもらっていると、一人の少女がこちらに近づいてきているのに気付いた。

 それは昨日、マナの訓練を見てみたいと言っていたレーナだった。


「思いっきり素人なのね」

「おはようレーナ。随分な挨拶だ」

「おはようございます、レーナさん」


 レーナは俺の隣に立ち、俺と同じ型を取る。

 正確には、マナの型を真似た俺の型、を真似た型だ。


「私も混ざるわ。早く続けて」


 刀剣使いレーナ。その意識の高さは本物だった。

 あらゆる剣術に触れ、それを己に取り込もうとする。その貪欲さは、確かに一つの技術を極める剣士や、道を重んじる騎士とは違う。


「は、はい! では次は3番目の型を」


 そしてその才能も確かだった。

 レーナは俺よりも遥かに上手くマナの型を真似、高い完成度で技を放つ。


「さすがレーナ自警団の団長さんですね」

「別に、物真似が上手いからって、強くなれるわけじゃないわ」


 しかし褒められたレーナの表情は綻んでいる。


「さて、では軽く手合わせを。彩人さん」

「ああ。よろしくお願いします」


 そろそろ胃袋が朝食を欲して来た頃。それは生き物が狩りをする直前と同じ、もっとも身軽な状態の時。

 俺はマナと対峙する。

 やはり、あの真剣な表情にゾクゾクとさせられる。


「いきます」


 その表情と違わぬ、いつもよりも低い声色も、全身を総毛立たせる。

 だが、いつものような敗北はしない。


「かッ!」


 今日は俺が先に出る。マナもどうやら予想外だったのか、ピクリと驚く反応を示したようだ。

 が、それは俺の見当違いだと気付いた。

 それは初動だった。動作の始めに起こる、前兆。予備動作。

 俺は遠慮なく両手持ちの剣を左からマナに切り込むが、這うような低さまで身を屈め、マナはするりと俺の左側を通り抜ける。

 そのまま身を反転させ、バックステップでマナから距離を取る。

 だがマナの追撃は俺の動作を遥かに上回り、目の前に斬撃が迫る。

 咄嗟に剣で防ぐも、そのまま押されて後方に倒れ、尻餅をつく。


「くッ!」


 早く立ち上がらなければ、そう思った瞬間には、すでにマナの剣先が俺の額を捉えていた。

 見下す橙の眼は、やはり力強く、美しい。


「参りました」


 すると、先ほどまでの真剣の表情がまるで嘘のように、頬が緩み、真ん丸の月のように光り輝くのだ。


「すごいじゃないですか! 敵の攻撃を凌いで、そのあとの回避行動も出来ましたね。倒れたあとの復帰の遅さが隙になっちゃいましたけど」

「いやぁ、中々上手くいかないな」

「四日目でこれなら大成長だと思いますよ? それに自分から攻めてくるなんてびっくりしました。意外と積極的なところもあるんですね」

「まあ、たまには先手を打ってみるのも良いかなと……」

「まるでなってないわね」


 と、ばっさり切り捨てるのはレーナ。


「何をへらへらしてるんだか。あなた負けたのよ?」

「えっ」

「勝つ気が無いから、そんなふざけた感じなのかしらね」

「どうして彩人さんの悪口を言うんですか?」


 マナの問いに、レーナは自らの剣を二本、抜いて答える。


「見せてあげるわ。本当の手合いっていうのをね」





 ということで、マナとレーナが手合いをすることになった。

 俺はというと、横から観戦している。

 すると背後から声をかけられた。


「ごきげんよう、彩人。隣、よろしいかしら?」

「あっ、アルトリカ、おはよう。どうぞ」


 そういえば、女性が座るときはハンカチーフを敷いてやるのが男の義務だという話をどこかで聞いたことがある。

 が、体中のどこをまさぐってもそんなものがあるはずが無い。


「ごめん、敷物は用意できそうにない」

「構いませんわ」


 と、アルトリカは俺の隣に座った。


「救世主の隣に座れるなんて、それだけで光栄ですもの」

「こんな弱弱しい救世主にありがたみがあるのか?」

「それもそうですわね」


 自分で言っておいてなんだが、かなりへこむ。

 俺のメンタルはクリスタルハート。傷付きやすいし割れやすい。


「先ほどのバックステップ、昨日の私のを参考にしたんですの?」

「ああ。勝手にパクって悪かった」

「いえいえ、私の技でよければ遠慮なく使ってくださいな。我流剣術の弟子一号として色々教えて差し上げますわ」


 さて、マナとレーナが向かい合い、互いに剣を構える。


「始まりますわね」

「うん」


 マナはしっかりと正面へ構える。対してレーナは無造作に、適当に構えている。


「見てなさい彩人。手合いとは、こうあるべきよ」


 そして俺は目を見張る。

 まるで狩りをする獣のように鋭いレーナの眼光。

 さしものマナも流石にたじろぐ。なにせ、そこには明確な殺意があった。


「っ!」

「気後れしちゃ、そこで勝負が決まっちゃうの。相手が真剣でくるなら、こっちはそれ以上に真剣なくらいの意気込みじゃないと」


 そして弾丸のように駆け出すレーナ。マナは辛うじて受ける。

 そこからはひたすらな打ち合いだった。

 レーナの得意な怒涛の乱れ斬りがマナを圧倒する。と思われた。


「こいつッ……!」

「くぅっ!」


 たった一本の剣しか持たないマナが、レーナの斬撃一つ一つを的確に見切り、合わせ、防いでいる。

 どれほどの斬撃の連続であれ、そこにはかならずリズムがある。

 そうすれば、どのタイミングで次の斬撃が来るのかが察知できる上に、闇雲な斬撃であるが故に大振りで見切りもしやすい。

 そのため、アルトリカはバックステップして下がるほか無かったが、マナは一歩も後退することなくレーナの斬撃に対応できていた。

 最初は受けるだけだったが、徐々に同じように迎え撃ち、やがて相手の斬撃の出始めを狙って止めるまでに至る。

 そして完全に出初めを押さえられ、互いの動きが止まった。


「乱れ斬り、敗れたり!」

「がぁっ!!」


 膂力による強引な押しにより、マナの剣は押し返された。

 だがその勢いを利用して回転。マナは踊るような旋回から相手の首を落とすような軌道で斬撃を放った。


「っ……!」


 まさに旋風のようであった。

 マナの剣の刃は、レーナのこめかみに触れる寸前で止まっていた。


「勝負ありですわ」


 アルトリカの宣言に、マナは剣を戻し、レーナは両手をだらんと下げた。

 俺もアルトリカも立ち上がり、二人に歩み寄る。


「…………」

「お、お疲れ様でした」

「大見得を切った割には、見事に完封されてましたわね」


 レーナは何も言わずに項垂れる。そのまま、腰を下ろしてしまった。


「あらあら、随分と打たれ弱いみたいですわね。昨日の戯言は所詮戯言……」


 俺はレーナの前に正座した。


「レーナ、さっきの表情なんだが」

「……なによ」

「教えてくれ。お前が俺に伝えたかったことを。俺も、あんな顔をしてみたい。マナやレーナみたいな」

「私は、相手と対等になろうと意識してるだけよ」

「対等?」


 僅かに顔を上げるレーナ。俺は全てを悟った。


「全力でやるの。ただ必死に、全力で。それだけよ。強くなるには、それしかないの。これも、全力でやった結果。この経験を、次の全力の糧にするの。全力で、相手と同じように……いえ、それ以上になるの」


 敵が相手をなめきったアルトリカであるならば、それ以上に、相手を貶しきるくらいに相手をなめる。

 敵が相手に真剣に挑むマナであるならば、それ以上に、殺意を抱くほどに真剣になる。

 愚直ながら、おそらく最も現実的で、最短距離な方法だ。


「レーナ」


 レーナは沈黙を保ったままだ。俺は続ける。


「勉強させていただきます」


 短くも長い沈黙の後に、レーナは答えた。


「うん」


 消え入りそうな、震えた声だった。





 凹んでいる二次元美少女というのはどうしてこう、抱き締めてやりたくなるのだろう。

 だが今の俺の好感度で抱き締めてやったところでむしろトラウマを植え付け、俺は確実にバッドエンドルート直行なので、ここは自制する。


 朝食をとった後、羽々斗と合流。街で旅に必要なものを揃えることになった。

 街を歩いていると、人々の視線がやたらこちらに向いている気がした。


「旅の道具くらい国で用意してくれないのか」


 ふと素朴な疑問に、羽々斗が答える。


「移動の手段である馬車と食糧、必要最低限の武装は用意されると思われますが、しかし一週間の旅にはそれでは不十分です。野営に便利な道具というのがあります」

「ほう」


 羽々斗の説明に、マナもちょっと得意げに続ける。


「魔物の急襲とかに使える便利グッズとかあるんですよ。偵察部隊では生存率を上げるために色々な道具を使います」

「へぇ、物知りだな」

「元偵察部隊ですから!」


 えっへん、と胸を張る。小ぶりだが、このメンバーの中では一番胸が大きい。

 この国の女性は発育が控えめのようだ。


 と、訪れたのは、旅人雑貨と横長の看板を掲げた店だ。

 

「まずはテントです」

「なんでテント? 馬車の中で寝るのは駄目なのか?」

「魔物の襲撃で馬車が壊された時に必要です。出来れば一人一つずつ。或いは二人用を買って、夜の見張りと交代して使ったり」

「ははぁ、なるほど」


 と、マナの解説を受けている。どうやら羽々斗も旅の実践経験まではないらしく、俺と同じようにマナの説明に食いついている。


「あとはミニ車です。これも馬車が壊れたときようですね。一人が引き手、一人が押し手となって、馬車に残っていた飲料や食糧を積んで運べます」


 マナが選ぶのはどれも<いざと言う時>のためのものだった。


「俺は行き当たりばったりの無計画人間だから、マナみたいな専門家がいてくれて助かった」

「せ、専門家だなんてそんな。偵察部隊では常識ですよ。上官が頼りになりませんし」

「マナを推薦した俺の目に狂いは無かったというわけだな」

「あ、あまりべた褒めされると、困ります……」


 頬に両手を当てて顔を背ける。可愛い。


「見てくださいな彩人。このプラチナなリュックサック、可憐な私に似合ってると思いませんこと?」

「刃物いっぱい! ナイフがいっぱい! 刀剣使いの血が騒ぐ!」


 二人の乙女は目的を見失い、完全に自分の好き放題している。


「彩人ほら! この刃物すごい! かっこいい!」


 商品であるナイフを持ってきて俺に見せ付けるレーナ。まるで玩具を前にした子供のように興奮している。というか子供なのでようやく歳相応の仕草を見れたわけだが。

 それにしても刃物を持って喜ぶ少女か。


「彩人、いかがかしら?」


 アルトリカはやたら身体のラインが浮き彫りになる、密着率の高い服を着ている。


「ああっ……おっ?」


 やはり本人が気にしているだけあって、ほんの僅かに曲線がある程度でほぼ平坦だ。

 が、背中から腰、臀部、太腿、足先までのラインは見事なもので、本当にあとは胸だけあれば完璧だったのに。ここまで来ると逆になんとなく感心してしまう。


「アルトリカ、スタイル良いな」

「……そう?」

「自信があるから見せ付けてきたんじゃないのか」

「いえ、可愛いとか綺麗とか月並みな感想が出てくると予想していたのですけれど、普通に容姿を褒められるっていうのは想定外でしたわ。それに……」


 アルトリカは自分の胸に視線を落とす。

 沈黙は雄弁にその心情を語っている。


「確かに胸は無いが」

「私に胸の話題をして生きて帰った人間はいませんことよ?」

「でも背中のラインとか腰つきは絶妙だと思う。全体的にコンパクトに収まってるから逆に胸が大きいと不気味になると思うぞ」

「……女性の身体のレビューを本人に聞かせるのは、あまりオススメしませんわ」


 じゃあどうすればよかったんだ。とマナの方に視線を送るが。


「あ、すいません。私そういうのはちょっとよく分からないです」

「だよなぁ」

「予想通りみたいに言うのやめてください!」

「ほら見て! このナイフ刃が黒い!」


 レーナもレーナでひたすらにナイフに興奮している。


「ナイフ好き過ぎるだろ」

「当然でしょ。私を誰だと思っているの? 刀剣使いのレーナ・イルゥト・ルナ・シルファンよ?」

「でもナイフじゃ剣に対して不利じゃないか?」

「それを技巧で打ち勝つのが刀剣使いのロマンなのよ。分からない?」

「ロマンかぁ。なんとなく分かる」


 二次元を追い求めるのも、一種のロマンだろうからな。


「やっぱり貴方、意外と話が合うわね。また今度二人でお話しましょ。ロマンの話」

「時間があればな」


 こうして見ると割と色濃いメンバーだ。

 元偵察部隊のアウトドアオタク。

 主題そっちのけで自分の気分を優先するお嬢様

 刃物大好き刀剣使い。

 いや、唯一まともな羽々斗がいるか。


「あれ、そういえば羽々斗は?」

「羽々斗さんならあっちですよ」


 羽々斗はせっせと旅に必要な用品をそろえていた。


「捗るなぁ」


 旅の用品を揃え、清算の段で気付いた。


「俺お金もってない」

「わ、私もさすがにこの額はちょっと……」

「私だって持ってないわよ」

「申し訳ありません、私もあまり」

「仕方ありませんわねぇ」


 スッ…と取り出した分厚い黒皮の財布。

 開き、抜き出すは金の板。

 差し出された店員は驚きの声を上げる。


「これで足りますかしら?」

「は、はは、はい!」

「お釣りはいりませんわ」


 そう言うと、優雅に歩いて行くアルトリカ。俺たちは彼女の背を見つめていた。

 すると振り返り、首を傾げる。


「どうかしましたの?」




 プラチナム家。まさかこれほどとは。


「お父様は私の我流剣術がどこまでプラチナム剣術に迫れるか、期待していますわ。そのための出資は惜しまないとも」


 純金の板。ここでは一枚が100万ルピーに換算され、これを持つのは一握りの富豪のみだという。

 この金の板を多く所有していることが、貴族にとってのステータスであるという。


「そんな大切なもの、支払いに使っちゃってよかったのか?」

「あの板は100万ルピーの価値を持つというだけで、100万ルピーそのものではありませんわ。あれは言わば引換券。刻印された私の実家で、100万ルピーと交換されるのですわ」


 そして、その行為は明らかに、俺たちに影響を与えた。

 圧倒的財力。それは剣の実力とは全く別であり、話が違う。

 これでアルトリカは金の力で自らを誇示し、均衡を保ったのだ。


「羽々斗、マナ、必要なものはこれでいいのかな?」

「はい。調理器具一式、着火剤、木片……これだけ揃えれば問題ありません」

「私も大丈夫だと思います」


 俺が引き手、羽々斗とマナが押し手で品物をミニ車で運んでいる。


「これだけで身体を鍛えられそうだ」


 城へと戻る道中、ざっ、と道を遮る者がいた。


「待たれよ」

「うん?」

「見たところ、救世主とその御一行とお見受けする」

「そうだけど」


 それはがっちりと防具を装備している剣士だった。


「我が名はゴルゾフ・ドット。どうか私を救世主、あなたの戦列に加わる強者として加えていただきたい」


 急な申し出に、俺は呆気に取られた。

 が、マナは軽く声を上げて言う。


「あっ、遂に来ましたね」

「遂に?」

「アルトリカさんが言ってたじゃないですか。救世主を語る人がちらほらしていたって。でも、彩人さんが救世主として来てしまいましたから」

「そう。だから、今度は救世主と共に異世界の使者に立ち向かう強者に選ばれようとする人間が現れるのも、当然のことですわ」


 マナとアルトリカが得物を手にし、俺の前に出た。

 が、二人の前に羽々斗が出る。


「そして、その露払いをするのが、いわゆる精鋭部隊の役割の一つです」

「羽々斗」

「ここは私にお任せください」


 そういえば羽々斗が戦うところはいまだに見たことが無い。

 マナが言うにはこの国最強の剣士であるというその実力、是非見てみたい。

 マナとアルトリカもそう思ったのか、自ら剣をおさめた。

 対し、ゴルゾフと名乗った剣士は顔が引きつっていた。


「そ、その銀髪と切れ長の瞳。肉厚で幅広の白銀剣……まさか、<白銀の刃>の天霧 羽々斗!?」

「いかにも。私が天霧だ」

「くっ……相手にとって、不足無し! 行くぞぉッ!」


 半ばヤケクソな感のある駆け出し。ゴルゾフは剣を振りかざして羽々斗に向かう。


「……ふむ」


 羽々斗は微動だにせず、ゴルゾフは剣を振るう。

 刃の交わる音が耳をつんざいた。


「軽い。これでは強者など程遠い」

「くっ、なんの!」


 一度身を引き、渾身の力を込めて逆側から斬り込んでいく。

 が、素早い一閃がそれを弾いた。


「ぐぅっ!?」

「軽い、遅い、緩い。これでは……」

「ま、待て! タンマだ、タン……」


 ゴルゾフは弾かれた剣を必死に動かそうとするが、逆に身体を持っていかれる。

 それは羽々斗が次の一撃を放つのに十分な間だった。


「助けてくれぇ! 降参だぁ!」

「これではお話にならない」


 決着は、あまりにもあっさりとついてしまった。

 真上から一刀両断するであろう剣速で振り下ろされ、頭蓋のわずか上でピタリと止まる。

 ゴルゾフは、失禁して尻餅をつきながら悲鳴を上げた。


「ひ、ひぃっ!?」

「身の程を知れ」

「す、スンマセンシタァ!!」


 脱兎のごとく駆け出すゴルゾフを見送りながら、石畳の失禁跡は誰が掃除するんだろう、などと考えていた。


「駄目ですわ。相手が雑魚過ぎて力量もなにも」

「そうなのか。にしても羽々斗の斬撃はや過ぎないか」


 羽々斗の一撃がとんでもない重さなのは見ていて分かった。

 攻撃した側の剣が弾かれ、勢いに身体を持っていかれるほどの威力。

 下手したら相手の剣折れそうだ。

 

「それにしても、まさか志願者が来るとは。これから定期的にああいうのが現れるのか」

「明日はもっとたくさん来ると思いますよ」

「ええ……」


 彼ら志願者には悪いが、仲間にするのはマイゴッドの啓示どおり、名前に神が入った者だけだ。

 そういえば、マナたちにも神の名は無い。


「マナ、この国の住人で、名前に神って字が入ってる人間はいる?」

「神ですか? いえ、聞いたことないですね」


 他の者を見回すが、全員が聞いたことが無いようだ。

 この国には強者はいないのか。ならばさっさと隣国へ行くとしよう。

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