第6話 守護の精鋭
「やぁ、どうだい。その後調子は」
「うーん、マイゴッド」
あまりよろしくない。いや、いい気はするのだが。
「先行き不安ってところかな? 大丈夫だよ。なんたって君は僕の見込んだ二次元愛好者じゃないか」
マイゴッドは揚々と語る。
今回は長い机をはさんで対面している。黒く柔らかいソファにお互いが座り、面談かなにかのようだ。
「あっ、あと初勝利おめでとう。小さくとも偉大な一歩だね」
「そのことなんだが、ゴブリンにあそこまで苦戦を強いられているのに、強者を束ねて異世界の使者に対抗するなんて出来るのか?」
「そこは心配ない。君は僕の与えた加護によって、うんと成長できるようになっているんだ。あとは君が努力を怠らなければ、必ず成し遂げられる」
結局のところ、俺に出来ることはただひとつ。
「やれることを精一杯やるしかない、か」
「そういうことだよ。君は前の世界でもそうやってきただろう?」
「まあ、それは確かに」
そう。やれることを精一杯やる。それだけだ。
たとえそれが決して叶わぬ願いだと分かっていても、それに手を伸ばすことをやめない。やめられない。やめることは許されない。
「とはいえ、こうして大どんでん返し。君の願いは叶えられた。ここまでたどり着いた自分と、神たる僕を信じておくれ?」
「御意、マイゴッド」
「さて、そろそろお目覚めの頃合……あ、そうそう。神様らしく、君のこれからに対して、僕からお告げをしてあげよう」
「お告げですか。謹んで拝聴賜ります」
「うむ。それでは……親しき者らと西の国へ向かうがよい。神の名を冠する強者の一人と出会うだろう」
パチリと目が覚めた。珍しいこともあるものだ。
ベッドから起き上がる。窓からはまだ日の光は見えない。
「西の国へ行け、か」
西の国。豊かで広大な平原を持ち、放牧が盛んであるというその場所。
一体どんなところなのか。二次元世界の彩りが、今から楽しみでならない。
「よし」
気合充分、意欲十二分。短く声を張り、おもむろに手を動かすと、やけに柔らかい物に触れた。
「うん?」
「うーん……」
それは何物をも拒絶しない柔らかさと、しかし主張する確かな存在は、細かい指の動きにあわせてその弾性を発揮する。
その触り心地たるや、掴んでいるこちらが掴まれているかのように、離れることが叶わない。より深く入れ込み、より長く堪能したいと本能が訴えかけている。
二次元とはいえ、これほどまでに好感触な存在があろうなど、二次元愛好者の俺ですら思いもよらないことであった。
その正体を見極めるため、俺はすぐ隣、ベッドの上にある物を見た。
「うぅ、んっ……んぅう!」
ああ、と俺は納得した。
これほどまでの触り心地。おそらく余程の神秘をはらんだ物であろう。
この世にある神秘は三つ。神と、自然と、女体である。
夢の中で神に触れ、外を眺めて自然に触れた次は、最後の神秘である女体に触れる。
女性のうち、最も柔らかい部位の一つ。全ての男性の心を魅了して手放さない、絶対正義の権化。双璧の丘陵。柔和の象徴……
「ふへへ、彩人さん、本当に私なんかで……」
俺は落ち着いて、ゆっくりと、非常にゆっくりとした動作で、手を離す。
しかしそれでも、支えられていた柔らかいものは、重力に引かれて僅かに震えた。酔うな気がした。
すると眠い目を擦り、彼女は目覚めた。
「んんー。あっ、おはようございます。昨日はちょっとはしゃぎすぎちゃいました。ふわぁ……」
ひどく眠そうに目をこすりながら、重苦しい動きで上体を起こす。
俺は彼女を、マナを呆然と見続けることしか出来ない。
ふと、マナと目が合った。
「……っ!」
すると、急に頬を染めてそっぽを向いた。
「妙な寝言を聞いたんだが」
「何も聞かないでください……こちらも、何も聞きませんから」
その意味深な言葉を聞いて、俺は自分の右手を見た。
「分かった」
早朝、国王に呼び出された俺は、マナと共に玉座の間へと馳せ参じた。
「よくぞ参られた、救世主・彩人殿」
「おはようございます」
やはり、どう見ても死に掛けの老人にしか見えない。というか、もう絶対に先は長くない。跡継ぎとか大丈夫なんだろうか。
「彩人殿をお呼びしたのは、救世主たるそなたに、他国を訪問してもらいたいのだ」
「訪問?」
「いかにも。来るべき戦いの時に対し、そなたも、我らも備えねばならない。しかし、いくらこちらから遣いを寄越し、救世主が来たと言ったところで、所詮は言い伝え。ついに隣国の王が狂ったか、としか見られない」
それはつまり、他国を訪問し、俺自らで救世主の存在を世に知らしめて欲しい。ということか。
「言い伝えによれば、救世主はこの世の強者を束ね、彼らと共に異界の使者と戦うという。その強者が何者であるのかは、我々には分からない。だからこそ、救世主たるそなたに見極めて欲しい。こちらとしても、快適な旅となるよう最善を尽くすつもりだ」
というわけで、俺は西の国へと赴くことになった。
今回の遠征では、護衛とはいえ大人数にならないようにする必要がある。
大人数の護衛を率いるということは、それ自体が隣国への不信感の表れと受け取られる恐れがあるからだ。
よって実力に重きを置いて、国内屈指の実力者を選抜し、少数精鋭の護衛部隊を再編成することとなった。
その代表を発表する場として、前庭が兵士の集会所と化している。
まずは黄金の剣部隊代表、アルトリカ・蘭・プラチナム。
ふわりとした金髪をなびかせ、壇上へと立つ。
相変わらずの優雅さと不遜さをかもし出している。
「まあ、当然ですわね」
二人目、レーナ自警団代表、レーナ・イルゥト・ルナ・シルファニオン。
セミロングの美しい銀髪は、日の光に照らされて輝いているように見える。マナよりもアルトリカよりも幼い印象を受ける少女は、勝ち誇ったような表情でいる。
腰には二本の、飾り気の多い剣があった。
「ふふ! ようやく私の実力を示す時が来たようね!」
三人目、白銀の刃部隊代表、
「よろしく頼む」
銀髪の青年は愛想もなく、短くそう言うと壇上を降りる。重そうな大剣を背負っている。
「以上三名をもって、救世主様の護衛の精鋭部隊とする」
「あれ? マナは?」
俺は参列する兵士たちの右側から彼らを見ていた。
名を呼ばれた三人は、列の中ぬけて、順番に壇上に上がって、お披露目とし、それぞれが短く意気込みを語る。
だがそこにマナの姿は無い。マナは俺の隣で寂しそうに三人を眺めている。
「マナは一緒じゃないのか?」
「鷹の目部隊はあまり実力派の部隊じゃないんです。それに私は、ほら、色々ありますから」
色々。その中身は、あまりにくだらないことだった。
とはいえ、そういうことなら仕方ない。
「しょうがない、か」
「あはは、残念です。お体に気をつけて、私はここで待ってますから……って!?」
俺はマナの手を掴み、やや強引に引いて歩く。
「ちょ、ちょっと彩人さん? まずいですって!」
「では次に、救世主様よりお言葉を賜りたいと……」
司会が言い終える前に、俺は壇上に立った。
「これは、また……」
無数の人の視線がこちらに集まる。こういった状況は苦手だ。
が、それは三次元ゆえ、躊躇うところがあったからだ。せっかくの二次元世界。今の俺に、躊躇う理由など無い。
ここで踏み出せなくて、なにが二次元愛好者か
「えー、私が救世主の雨上彩人、です。今回は私のために精鋭を集めていただいて非常に嬉しく思っております。ただ……」
ぐだぐだな語り口、顔から火が出そうなほどに恥ずかしい。
ふと隣を見ると、マナは慌てふためいた様子で涙目になっている。
「さ、ささ、彩人さん、やばい、やばいですこれ。お、怒られる……」
身近にパニックになっている人間を置いていると、なんとなく冷静になれた。
俺は一度深呼吸し、改めて語る。
「一人だけ、推薦したい剣士がおります。それがこちらの彼女。鷹の目部隊所属のマナ・ソードベルです」
くいっとマナを一旦、自分の前に引き出す。
急な投げかけに、体中緊張で震わせながらもお辞儀をした。
「ご、ご紹介にあずかりました、ま、まま、マナソードベルです!」
「彼女は私がこの世界に来て、初めての友人となってくれた。しかも丁寧に城や街を案内してくれたり、剣の稽古までしてくれているのです。私はこの国の風習はよく分かりませんが、どうか彼女をこの精鋭に加えて欲しいと、救世主として強く望みます」
嘘偽り無く、己の思うことを出し切る。こんなことは三次元では出来なかったことだ。
自分の好きな世界だからこそ、包み隠さず曝け出し、それを武器に戦える。その意味を見出せる。
緊張で火照った身体のまま、心の満ち足りた感覚を味わいながら、壇上から降りた。
集会が終わらぬうちに、今度はマナが俺の手を引き、物陰に連れ込んだ。
「せ、せめて一言ください! 口から心臓が出そうでしたよ!」
「ごめん、ごめんて」
涙目で頬を紅潮させながら、なんだこの可愛い生き物は。
「もう……でも、ありがとうございます」
「別に、ただせっかく仲良くなれた人間と離れて、また初対面しかいない人間たちと旅するのは居心地が悪いと思っただけだよ」
いや、二次元でしかも美少女なのだから別に問題は無いのだが、いかんせん、彼らは全員ぶっ飛んでる気がする。
その点、マナは一緒にいると安心できる。
「でも、彩人さん。これは非常に不味いですよ」
「?」
「今ので私のような出身者を忌避する人達、主に貴族とかからは、ほぼ完璧に反感を買ってしまった筈ですよ」
「ああ、そんなことか。どっちにしろ救世主様が世界を護らないと、この世界の住人が異世界の奴隷にされるんだ」
「それはそうですけど……」
敗戦者の末路など大概は悲惨なものだ。
悲劇を回避するための救世主がいかに自分の思想にあわずとも、敵に回すことはあるまい。
「にしても、これでマナが精鋭に加わることが出来ればいいんだが」
「それはまあ、救世主様直々のご指名となれば、誰も異論は唱えられませんよ」
それもそうか。もはや職権乱用の域かもしれない。
さて、マナが落ち着きを取り戻したので戻ってみる。
「救世主様直々のご指名により、マナ・ソードベルを精鋭部隊に加え、総員4名を専属の近衛兵士とする」
「せ、専属の近衛兵士……!?」
先ほどからマナは驚きすぎだ。
驚きすぎて死ぬんじゃないか。心停止しそう。
「せ、専属ってことは、つまり……専属ってことです!」
「そうだぞマナ。落ち着いて」
「わ、私が、私なんかが救世主様の専属近衛兵に……まさか夢では」
「どの辺りから?」
と問うと、マナは恥ずかしそうに両手を頬にあてる。
「それは朝の、彩人さんが私の……ってなんでもないです! 夢ではないみたいですね!」
マナにとってはこれが夢のように幸せなことらしい。
なんにせよ喜んでもらえてなによりだ。二次元美少女の幸福そうな表情ほど、二次元愛好者の心を満たすものはない。
「では、解散とする。各自持ち場へ戻れ」
整列していた兵士たちが散開し、己の仕事場へと戻っていく。
ご苦労なことだ。人の下について働くということが出来ないので、憧れないが尊敬はする。
「と、いうわけで」
聞き覚えのある声に、俺とマナは振り返った。
そこには黄金の剣部隊のエース。さも当然のごとく、悠々と壇上の上に上がったアルトリカだった。
「これからよろしくお願いしますわね。彩人?」
もう完全に親しい友人といったふうの呼び捨て。
俺は苦笑しながら返す。
「こちらこそ」
と、よく見れば、アルトリカの背後から更に二人、こちらに近づいてくる。
いずれも先ほど壇上に立っていた人間だ。片方は確か羽々斗。もう片方はレーナだったはずだ。
「お初にお目にかかります。救世主様。私の名は天霧 羽々斗。以後、救世主様の旅路に同行させていただきます。どうぞお見知りおきを」
どうやら羽々斗という青年は、見た目は無愛想ながらしっかりとした礼節、良識を備えているらしかった。
俺は見た目で判断してしまったことを内心で詫びながら、彼の至極丁寧な挨拶に応える。
「ああ、こちらこそよろし……」
「あなたが噂の救世主ね?」
俺の声は溌剌な声に掻き消された。
アルトリカよりも小さな身体をしておきながら、その声量はあまりにも大きい。単純に声がでかい。
レーナはまるで犬のようにこちらを四方八方から観察し、匂いを嗅ぐ。
「なんだか弱そう」
「容赦ないな」
「だって本当のことだもん」
「レーナ、救世主様に失礼だろう」
と、羽々斗がレーナをたしなめる。
どうやら羽々斗という青年は、良識を持っているらしい。
「確かに、今は弱いですわ。でも間も無く私に次いで強い剣士になるんですのよ?」
言いながらアルトリカはこちらにステップを踏んで寄り添ってくる。
すると、ふんっとレーナが鼻を鳴らす。
「ならどっちにしろ弱いじゃない。私よりは」
「あら、お山の大将は順番も分からないのかしら?」
「言ってなさいよ。あんたなんか環境が産んだだけのモノじゃない。私みたいに実力をもってない」
「……レーナ・イルゥト・ルナ・シルファン。噂に違わぬ不遜ぶりですこと」
「まあでも、その辺りだけは褒めてあげるわ、救世主」
ふとこちらを見やるレーナに、俺は首を傾げた。
「ほら、マナを推薦したこと。この国で、あの場で、あんなことを
言い出すなんて。そこだけは気に入ったわ。本当なら断ろうと思ってたんだけど、いいわ。あなたの旅路に付き合ったげる!」
その勝気な瞳と不遜な笑みは、しかし三次元では決してお目にかかれない輝かしい華やかさを誇っていた。
それとこうして対峙していることがどうにも現実感が無いというか、いよいよもって夢でないにしろ、幻覚の類を見ているのではないかという疑念まで浮かんでくる。
「……何よ。何か言いなさいよ」
「あ、ああ、いや、ありがとう。これからよろしく」
精鋭メンバー全員の顔が出揃い、いよいよ俺はこの世界を冒険するのか。胸が躍るな。
さて、冒険の旅に出るのもいいが、それには相応の準備が要るのでは、と俺は思ったのだった。
ということで、いがみ合うアルトリカとレーナを放っておいて、マナに聞いてみる。
「旅に必要な道具とかってあるの?」
「えっ、そうですねぇ……」
と、マナが考える。
「というか、隣国まではどのくらいの日数がかかるんだ?」
「私も実際に言ったことはないんですけど、たしか馬車で一週間とか」
「一週間」
一週間はさすがにかかりすぎでは……いや、俺が三次元で便利な乗り物に慣れすぎただけなのかもしれない。
「ということは、着替えは必要ですかね。あと食糧と……」
「食糧ならば、遭遇した魔物を調理するという方法もあります」
と、急に羽々斗が参加してきた。
どうやら知識があるようなので、聞いてみることにする。
「魔物って食えるの?」
「はい。野生の猪や熊と似たようなものです」
どうやらこの世界は野生動物と魔物は別枠らしい。
「魔物とは主に、高濃度の魔力に晒された等が原因で変異してしまった種のことを言います。また、妖怪は人の妖しいという感情を元に生まれ、極度の妖しさへの恐怖を糧とします。対して魔物は、実際に肉を喰らい、精神を喰らい、魂を喰らいます」
どうやら、羽々斗は中々に博識らしかった。
マナは隣で驚きのあまり、感心したような声を上げている。
「はぇ~……初耳です」
と、俺の視線に気付いたのか、恥ずかしげに苦笑する。
「え、えへへ……すいません、なにせ生まれも育ちもアレなもので」
「あー、いや、別にそんなつもりは」
「時間が惜しい。早急に旅支度を致しましょう」
「お、おう」
見た目の印象の割に、意外と意欲のある騎士だった。
「いいですわ。そこまでいうなら白黒はっきりつけようじゃありませんの」
「望むところよアルトリカ。あんたの金ピカ色の頭の中、割って見てあげるから」
もはや周囲の目など、場所など、状況など何一つ気にせず、二人は一触即発の状態だった。
さすがに止めた方が良いと思ったマナは
「あの、二人ともそろそろその辺に……」
「「うるさい!」」
「ひうっ!」
実戦では実力者のマナも、二人の気迫に押されていた。
「ううっ、彩人さんすいません。私にはもうこれは……」
手が付けられない。というのは傍から見て理解できた。俺だって出来ればほとぼりが冷めるまで放っておきたい。
だが羽々斗は早急に支度を済ませたほうがよいというし、この二人にも話をしておかなければならない。
「救世主様、ここは私が」
羽々斗が名乗りを上げる。
が、俺は首を横に振った。
「いや、もう遅い」
二人はジリジリと距離を取るために後退していた。
もはや二人は臨戦態勢。すでに勝負は始まっていたのだ。
アルトリカの飾り気のある華やかな剣が一つ。
対してレーナは装飾華美な双剣。
二人の剣が交差するのに、そう時間はかかるまい。
「アルトリカさんはかなりの実力派ですが……」
「レーナ・イルゥト、ルナ・シルファニアン。レーナ自警団の団長」
「知っているのか羽々斗!」
「怒涛の絶え間ない斬撃は、あらゆる相手を滅多切りにすると聞いています。私も見たことはありません」
まあ、間も無くそれをお目にかかれるというわけだ。見たものを真似出来る加護を受けた俺は是非とも見ておきたい。
アルトリカとレーナはジリジリと間合いを縮めていた。
マナならば一気に距離をつめて相手の不意をついている。あの凛々しい表情で。
互いにあと数歩で間合いに入るか……先手を打ったのはレーナ。
「速いッ……!」
レーナが右手で抜いたのは左の剣、白刃刀剣。
横から払うように振るわれる剣をアルトリカは即座に自分の剣で受ける。
「へぇ、私の初撃を防ぐなんて、噂は本当みたいね」
「この程度じゃ、マナにさえ劣りますわよ?」
「じゃあこれはどう!?」
左の手で右の剣を引き抜く、黒刃刀剣.
アルトリカは身を回転させて受けた刃を逃がし、後方に逃げる。
「逃がさない!」
「っ!?」
恐るべきはその攻めの苛烈さ。容赦の無さ。反撃をいとわぬ思い切りの良さか。
間合いを決して離さぬ様に、退くアルトリカに対して常に攻め入り、息をつかせぬ斬撃を繰り返す。
その上、レーナが二本の剣を使うのに対し、アルトリカは一本のみ。
退くことも、防ぐことも許されない。アルトリカは完全に後手に回った。
「くっ、猛獣め……」
斬撃自体は非常に大雑把で型もへったくれもない。
しかし上下左右と各斜め方向、計8方向からの刃に対し、アルトリカは後退を続ける以外の選択肢がなかった。
「あっ、そこ……駄目、うぅっ……」
と、マナがもどかしそうな声を上げるので、思わず聞いてみる。
「マナならあの状況、どうする?」
「えと、あれくらいの単調さと軽さなら、きちんと型通りの、力が乗った斬撃一つで十分対応できるはずなんです。でもアルトリカさんはフリースタイルだから……」
アルトリカは我流の剣術を極めようとしているとはいえ、プラチナム流剣術の家で育っているはず。
ならば、一つくらいは何かしらの技を持っていると思うのだが。
「付け焼刃じゃ、型は真価を発揮できません。このままだとアルトリカさんが負けます」
苦しそうな表情を浮かべるアルトリカに、攻めるレーナは勝利を確信した笑みを浮かべていた。
「さすがに……彩人に二度も醜態を晒すわけには行きませんわね」
「ならどうするの? 何が出来るの!」
「あまり、このアルトリカを見くびってもらっては困りますわ」
「もういいんじゃない。私の乱れ斬りをここまで凌いだのはあなたが初めてよ!」
瞬間、レーナの横払いをアルトリカは跳ぶ。
「跳っ……!?」
予想外の動き、レーナは一瞬だけ反応が遅れる。
アルトリカは宙吊りの状態ですれ違い様、レーナに斬撃を見舞う。
なんとか反応し剣で剣で受け止めたレーナだが、上方を向いたためかバランスを崩す。
「ここが勝負です!」
興奮したマナの声に乱されないほどに、俺もまたその勝負に見入っていた。
そして着地したアルトリカと、バランスを取り戻したレーナ。
「そこッ!」
「うらぁっ!!」
アルトリカはレーナが次の斬撃を繰り出す前に攻撃を届かせるために全速力の刺突を放つ。
しかしレーナは尚も食い下がるように、間合いを詰めつつの斬撃。
そして、互いの刃は肌に触れる寸前に止まった。
「……」
「……ッチ」
アルトリカの刺突は半ばに、レーナの胸をあと半歩で触れるだろう。
レーナの右手の白刃は、アルトリカの首筋をあと一息で撫でるだろう。
思わず息を飲む俺が問おうとする前に、マナは呟いた。
「引き分け……ですね」
しかし、二人は互いに視線を交し合ったまま停止している。
二人の心境がどのようなものか、妄想は捗るところだが。
「……ふふ」
ふと、レーナが笑う。
「あら、何か?」
「いいえ、別に。むしろ貴方こそなんなの? ニヤニヤして」
「ええ。存外に、御猿山の大将も、大将と呼ばれるだけのことはある、と思っただけですわ」
アルトリカの笑みは、少なくとも人を嘲笑するようなものではなかった。
それをレーナも感じ取ったか、ふんっと鼻を鳴らして、しかし笑った。
「まあいいわ。あなたが私の乱れ斬りを凌ぎ切ったのは事実。貴方を私の次の目標にしてあげる。感謝しなさい!」
「感謝って、何様のつもりですの?」
「何様って、将来、最強の刀剣使い様になる可憐な美少女よ?」
刀剣使い。あまり聞きなれない単語が出てきた。
「刀剣使いって、剣士と何か違うのか?」
「剣士は大抵、何かしら一つだけ技の流派をもっているでしょ? 私はそういうのに縛られない。あらゆる刀剣を使って、あらゆる技を使って、刀剣を扱う者の最強の座に立つの!」
活力漲るレーナの宣言が眩しい。
俺も昔はあれほどの活力で二次元主義を貫いていた。
いや、今もか。
「それで、どうするんだっけ?」
「そうでしたわ。出発はいつですの?」
「それを含めた諸々を今から話し合うんだよ」
とりあえず、仲間割れはせずに済んだようだ。
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