第4話 剣術指南

「やぁ、調子はどう?」

「最高です二次元最高マイゴッド万歳」


 最初に訪れた時から、まだそう時間は経っていない。

 見覚えのある白い部屋。ただし、今回はなぜか自分は椅子に座らされている。

 そして目の前には二次元美少女の姿をしたマイゴッド。


「うんうん、喜んでもらえてなによりだ。神様冥利に尽きるというものだね」


 ふかふかのソファの上に座らされ、膝上で対面するようにして座るマイゴッドは、色仕掛けでもしているかのように、少女の身体をくねらせる。

 Tシャツ一枚だけが覆っている二次元の肉感は、もはやたまらない。


「さて、良い感じに世界に馴染んできたようだし、そろそろ君に与えた力について説明しようか」

「ああ、それ気になってたんですよ。是非教えてください」

「力を与えたというか、神の加護だけどね。君に与えた加護は、成長促進だ」

「成長促進?」


 愛しそうに瞳を細めて、身体を密着させる。


「そう、来るべき戦争までに、君の力を可能な限り育てないといけないからね。観察による模倣、交戦による経験、修練による習得率が跳ね上がっている」

「つまり、強くなりやすいんだな」

「そういうこと。人の技術を見ただけで再現できるし、一度戦うだけで十戦分の経験を得られる。練習すれば自分だけの技を編み出すことも出来るだろう」


 ゲームで言うところの経験値が倍に取得できるという奴だ。

 違う世界の住人と戦う力を短期間で育てるとしたら、それくらいしなければならないのだろう。


「が、前にも言ったとおり、この加護は違う世界の住人、つまり敵には効果を発揮できないから。この世界の実力者と出来るだけ関係を持ったほうがいいよ」


 つまり、異世界の住人の技術を観察しても、加護は発揮されない。模倣する能力を鍛えれば別だが、加護そのものは効力を発揮しない。


「なるほど」

「そして重要なことを一つ。この加護は<あらゆるジャンルに対して有効>だから、剣術に限らず他の武器、違う技術、魔法でも、色々挑戦してみるのがいいよ」


 つまりその気になれば、出来ないことなど何一つない完璧超人も夢ではない、ということだ。


「あとは完全に俺次第。ってことですね」

「うん、そういうことだね。期待しているよ?」


 マイゴッドの悪戯っぽい笑み。それはもはや小悪魔を通り越して淫魔の域とさえ思える。


「ところで、どうしてこんなに近いんですかマイゴッド」

「別に大した意味はないよ。強いて言えば僕の気分だから気にしないでいいよ。さて、そろそろ起きる時間だろう。じゃあまたね」





 睡魔の底の底。沈んでいる意識に、呼びかける声が聞こえる。


「……さん、起きて下さい、彩人さん!」

「うーん……まだ眠い、あと、あと……」


 くすくすと笑う声は、マナのものだと分かった。


「ふふっ、五分ですか?」

「五時間」

「起きて下さい!」


 熱心に起こしてくれるマナが可愛すぎるので、ついつまらないボケをかましてしまった。

 とはいえ、やはり日の出ていないうちの起床は流石にきつい。俺は朝弱い。

 なんとか二次元への想いによって睡魔を振り払い、上体をベッドから引き剥がす。

 隣を見ると、そこには身を屈めて目線を合わせるマナの姿。

 そこで俺の目は完全に醒めた。

 これ、幼馴染が主人公を起こしにくるイベントと同じだ。


「おはようございます、彩人さん」

「おはよう……眠い」

「ふふ、救世主様は朝に弱いんですね。でもすぐに慣れますよ。はい、これを」


 マナから、昨日武器庫で貰った剣を受け取る。

 ずっしりとした重量感が、寝起きだからか昨日より重く感じた。


「まずは軽く流しましょう」



 さて、まだ日が空を薄暗く照らす頃合。

 剣を携え、マナと共に前庭へと出た。

 やはり、人の気配はほとんどない。

 夜からぶっ通しで見張りを続けている門番。物見櫓ものみやぐらで遠方を眺める兵士くらいだ。


「今日も一番乗り! それじゃあさっそく、軽くランニングしてから柔軟。あとは腕試しをかねて試合しましょう」


 マナと共にトレーニングを開始する。


 身体をほぐし、暖めるための軽い運動。

 その後に怪我をしないための柔軟運動。

 それらを終え、マナとの腕試しを兼ねた試合に移る。


「好きなように打ち込んで来てください。でもその間、相手がどういう風に動いているかをよく観察してくださいね」

「分かった」

「では、どうぞ」


 マナは剣を真正面に構えて待機した。

 俺はと言うと、やはりそれを真似て同じように剣を構える。


 さて、どうするか……


 マナは剣道のように真正面へと剣を構えている。

 単純に考えて、あれは打ち込むのに邪魔だ。

 とりあえずあれをなんとか弾いて、打ち込む隙を作らないといけない。


「よし」


 やることが決まった。次は行動あるのみだ。

 動かないマナに対して、こちらから距離を詰める。まずはあの剣を横に払うため、袈裟懸け、つまり斜めに斬り込んで行く。

 刃と刃がぶつかりあう。剣戟で火花が散る、などということはない。

 非力な俺の斬撃では、間抜けな音が一つ響くだけだった。

 そして、マナの剣はまったく動かなかった。

 しっかりと握られた剣は、俺が打ち込んだ刃をしっかりと受け止めていた。


「大丈夫、もっと攻めていいですよ」

「じゃあ、遠慮なく!」


 マナの誘いに応じて、俺はひたすらに剣を叩きつける。

 だが地面に突き刺さった鉄柱を叩いているかのようで、まったくびくともしない。

 やがて剣を振りまくっているこっちが疲れ果て、もはや剣を振り上げることすら出来ず、ついに杖のように地面に突き刺した。


「はぁ、はぁ……なんだこれ」

「これで、闇雲に振っても剣には力が乗らないことが理解できたと思います。じゃあ次は私がお手本を見せる番です」


 そしてふとした瞬間に、マナの表情は真剣なものへと変貌して言った。



「では、構えてください。打ち込むので、しっかり剣を握って……いきます」


 その表情を見るだけで、胸の奥がざわついた。

 身の毛がよだつような感覚と、そして四肢をめぐる熱。

 身が引き締まるようで、しかし浮き足立つ不思議な感覚。

 マナの表情はその手に握る剣よりも、遥かに鋭い真剣だった。


 長々と言いながら結局のところ、俺はその表情に一目惚れしてしまったのだ。

 刹那、マナがこちらに向けていた刃が、視界から失せた。


「!?」


 来る、そう感じて剣を握りなおす。

 マナは隙の大きい振りかぶり方をするが、それは自分に見せてくれているのだと察した。

 そして次の瞬間、閃光のような斬撃、真横に一閃迸る。


 衝撃が伝わり、力は難なく捻じ伏せられ、しっかりと握っていたにも関わらず、俺の手と剣は大きく弾かれた。

 だが、それで終わりではない。マナは振り切った姿勢から、既にこちらへと斬り込む姿勢へと移っていた。

 必死に姿勢を、腕と剣を構えなおそうとするも、既にマナは次の斬撃を繰り出していた。

 そして、俺は動きを止めた。それ以上、動けなかった。

 俺の顎の左側面を這うよう、絶妙の角度を保ったマナの剣は、俺がこれ以上前に出ることによって、確実に皮膚を裂き、肉を断ち、少なくとも動脈までは確実に刃が通るだろう。


「……」


 そして、敵を殺す。敵を斬るという行為に限りなく真剣さを、本気さを感じさせるその表情が、あまりにも美しかった。

 が、次の瞬間には、緊張の解けた吐息と共に、表情も緩んだ。


「ふぅ……あの、動き、見えましたか?」

「あ、ああ」


 マナは剣を引き、鞘に収める。


「これが私の剣の振り方です。流派によってはまた変わるみたいなんですけどね……」


 マナの視線が泳いでいる。動揺というか、気まずそうにしているような。

 何かを怖れているような。


「マナ、どうかした?」

「いえ、その……彩人さん、怖くなかったですか?」


 思わぬ問いに、俺はその言葉の意味を理解し損ねた。

 それを察したのか、マナは言葉を続ける。


「前にも言ったとおり、私が剣を振る時って顔が怖くなるらしいんですよ。私は真剣にやってるだけなんですけど、皆は本気顔すぎて怖いって。だから、私と二度立ち会おうとする人は少ないんです」

「いや、全然。むしろ素敵だった」

「すて……素敵?」


 今度はマナが俺の言葉を理解し損ねたようなので、俺が語る。


「怖いというよりは凛々しい感じかな。もっといえばカッコイイ。一挙手一投足、真剣な表情が、俺にはとても輝いて見えた」

「そ、そうですか? そっか……わかりました。変なこと聞いてすいません」


 マナは気を取り直し、剣のレクチャーを再会した。


「とりあえず、これが叩くと斬るの違いです。これくらいじゃないと、肉体って意外と硬いんで、一刀両断ってわけにはいかないです」

「ふむ」

「まずは一太刀。完璧な一太刀を繰り出せるようにしましょう」

「分かった。それじゃあ」

「それじゃあ朝食にしましょう」


 こうしてマナ流の剣術指南の一日目は早くも終了した。





 兵士が集う食堂までの道のり、今から朝練習に向かう剣士や、見張り交代の兵士とすれ違う。

 となると、食堂の朝の仕込みもまだ終わったばかりというところで、がらんとした食堂に、マナと二人きりという状況であった。


「おっ、今日もマナっちが一番乗りだな?」


 昨日の恰幅の良いおっさんが厨房の受付から顔を出している。

 彼はこの食堂のコック長だ。マナと意気投合し、マナのリクエストで肉メニューを提案してくれたとても良い人。恩人だとマナは語っていた。


「朝からから揚げ定食! 二つ!」


 マナもおっさんとの会話は普段よりも親しげというか、テンションが高い。


「おう! そっちの兄ちゃんもかい?」

「ああ、はい。それで」


 ふと、メニューを見るとトッピングメニューがあるようだ。


「納豆と卵も」

「じゃあタレ大目にしとくからな。たんと食いな!」


 人が居ないということもあるが、注文してから5分もかからず品物が手渡された。


「ありがとうおっちゃん!」

「随分と早いんですね」

「ああ、マナがあんまりにも早く腹を空かせて来るもんだからな。朝から万全の態勢よ」

「えへへ、いつもありがとうございます!」


 和気藹々としたそのやりとりが、俺には少し、馴染めなかった。

 そういったことに憧れの一つくらいは確かにあったのだが、俺にとってはそれは二次元、いわゆる夢のような話だ。

 俺にとっては二次元が全てで、それを三次元でやる意味などなかった。

 などとつまらないことを考えているうちに、俺とマナは席についた。


「じゃあ、頂きます!」

「頂きます」


 朝から運動したためか、自分でも驚くほどに食が進む。

 マナもあっという間に平らげたが、小食のはずである俺も間も無く食い終わる。


「お昼までは剣の降り方と、基本的な型をお教えしますね」

「ありがとう、マナ」

「友人として当然のことをしたまでです!」


 当然のことと言いながらも、えっへんと胸を張るマナが非常に可愛らしい。

 友人として当然なのかどうかも怪しい。

 などと思っているうちに、料理を米の一粒も残さず完食していた。


「食べたあとに急に動くと消化に悪いんで、何かのんびりしませんか?」




 と、いうことで、俺はマナの部屋に招かれた。


「好きなところにどうぞ、座ってください」

「和室なんだな」


 マナの部屋は、一言で言えば四畳一間。ボロアパートの一室といった感じだった。

 畳の居間に、木目の床の台所。居間にはところ狭しと家具が並び、中央には丸い座卓

 女の子の部屋ではあるが、別に可愛い家具やぬいぐるみがあるわけでもない。

 本当に普通の、というよりシンプルすぎて、真面目な部屋だと思った。


「もしかして和室の方が好みでしたか?」

「あいや、別に。特にこだわりはない。あの部屋も凄い快適だよ」


 とはいえ、乙女の部屋であるためか、魅惑的な香りが鼻腔をくすぐっている気がする。つまり良い匂いがする。

 マナが座卓の奥側に座り、俺が手前側に座る。


 さて。


「…………」

「……えと」


 マナが耐え切れず声を漏らすも、やはり何も出てこない。

 つまり、話題が無いのだ。


「す、すいません。話題、何か…」


 いけない。二次元美少女を困らせてはならない。

 とはいえ俺はおしゃべりな方ではない。出来れば彼女の声を聞かせてほしい。彼女に語り続けてほしい。彼女の話せる話題、話題……

 ふと、俺は自分のやるべきことに気が付いた。


「そうだ、この世界について教えてくれないか」


 俺は今、異世界に居るのだ。そして俺はこの世界で強者を束ね、神々との戦争に備えないといけない。

 だが、今の俺はこの世界をしらなすぎる。まずは出来る限りの情報を集めるべきだという結論に至った。

 ので、最も親しいマナに教えてもらおうということだ。


「あっ、そっか。これからのことも含めて情報があったほうがいいですよね」

「出来れば、この世界で伝わっている言い伝えって奴も一緒に」

「はい、もちろんです。それじゃあこの世界のことから。えっと、ちょっと待っててくださいね」


 マナは押入れの中を漁ると、一枚の大きな髪を座卓に広げた。


「縦長の楕円のような形の島は、南側は山岳地帯で、東南東は森が広がっています。私たちのこの国は、この島の中心からやや東より、森から少し離れたこのあたりです」

「ふむ」

「この島には国が他に二つあって、南の山岳地帯の奥に一つ、中央から西側に一つです。昔は戦争してたみたいですけど、今は平和ですよ」

「へぇ」

「山国は妖怪と共存している国です。すごいですよね。妖怪って優しいんですかね。あとここは牡丹肉が美味しいです」


 妖怪と共存。つまり妖怪娘との交流が望めるということだな。

 猫娘やら砂かけロリ婆とかが居るに違いない。

 これは今から楽しみだ。


「そして西の平原の国。広い土地を活かした放牧が盛んらしいです。ここのは牛も豚も鳥も全部美味しいです」


 さっきからお肉のアピールばっかしてるな。ミートジャンキーだな。


「そして、私たちが今居るこの国、東側に行くと海があって、海産物が美味しいんですよ。お肉はあんまりですけど」

「本当に肉好きだなマナは」

「えへへ」


 照れ笑いするマナもなかなかキュート。


「魚とかは食べないのか」

「魚は小骨がちょっと……」

「あー、分かる分かる。あれ鬱陶しいよね。って、話がずれたな」


 話を戻す。マナは改めて説明を始めた。


「言い伝えは、この島の三国に伝わっている聖典のことです。細かい情報は公表されてないんで、私も詳しくは……」

「じゃあ分かるところまででいいから教えてくれ」

「はい。確か、『いずれ来るは、この世ならざる者ら、あの世の神々の使途。

彼の者を打ち払うべく、この世の神が使者を贈る。選ばれし者、異界に住まう者なり。旧き世界を捨てこの地に住まわん。選ばれし者、この世の強かなる者を束ね、迫る魔の手と神の手を打ち払わん』」


 異世界からの来訪、神に選ばれし者。この世界の実力者を集め、神々の使者に対抗する……。


「私が知っているのはここまでです。あとは王族かその関係者しか知らないと思いますよ」

「王族の関係者、か」


 救世主がわざわざ言い伝えを聞くのもどうかと思われそうだな。

 さて、伝説も確認し、世界のこともそこそこ知れた。


「強者ってどんな人達なんでしょうね。私も仲間になれるといいなぁ」


 強者。強者を束ねるなら、おそらく自分はそれより強くならなければならない


「マナ、そろそろお願いできるかな」

「あっ、はい。それじゃ行きましょうか」





 そして俺とマナは庭に戻る。

 剣の構え、いわゆる型と、振り方を教わる。


「そうそう、良い感じですよ」

「……うーん。マナ、もう一回見せてくれ」

「あっ、はい。それじゃあもう一度……」


 マナは正面に剣を構えた状態で、呼吸を整える。

 次の瞬間、石火のごとき俊敏さで踏み出し、剣を横に傾けて引いた。

 踏み込みとほぼ同時、閃光のように奔る刃が横薙ぎに空を斬る。

 静止するマナの体は、見事に剣を振り切っていた。


「……ふぅ。どうでしょうか」

「やってみる」


 イメージだ。より鮮明にイメージすることだ。

 マナがあの斬撃の際に行っている呼吸、感覚。

 マナと同じように構え、呼吸を整える。

 想像する。想像イメージを深める。もっと深く、もっと奥へ……


 もっと、深く。


「ッ!」


 銃弾の如き瞬発力で踏み出す足と、横に寝かせて引く剣。

 踏み込み、勢いがなくなる前に、刃先へと伝達せる、

 対象を一息で両断するつもりで、全力で一方向に振り抜くことに全神経を集中させ、筋肉を駆動、稼動の邪魔になる左手は離し、右手をスムーズに動かす。

 空気が裂ける短くも張りのある音が響き、俺の剣は右側に振りぬかれていた。


「……どう、だ?」

「す、すごい! 完璧! 完璧ですよ彩人さん!」

「待って、忘れないうちに、もう一回」


 それから同じ動作を何度か繰り返す。

 最初は偶然だったかのように成功しなかったが、だんだんと成功率が上がり、やがて安定して繰り出せるようになった。


「一日でここまで出来るなんて、彩人さんは剣の才能があるかもしれませんね!」

「あはは、ありがとう」


 マナに褒められ頭をかく。二次元美少女に褒められるなんて光栄だ。


「良い剣捌きですわね。昨日よりは上達したみたい」


 と、背後から声をかけられた。振り返るとやはりアルトリカだった。

 勿論、御付の二人、セイヴとアンシアも居る。


「あっ、どうも」

「いかがでしょう。息抜きに、少し私と遊んでみません?」

「アルトリカと?」


 するとマナが俺の隣を抜け、やや前に立つ。


「あら、どうかして? マナ・ソードベル」

「いえ、その……」

「別に指導しようというわけではありませんわ。ただ少し、救世主様とチャンバラして交友したいだけですの。駄目かしら?」

「そう、ですか。分かりました。彩人さんはどうですか?」

「チャンバラ?」


 アルトリカは頷く。


「そう。昨日のような戦闘ではなく、戦闘ごっこ。ただの遊戯ですけれど、そこから得られることもありますのよ?」

「へぇ。ちょっとやってみようかな」


 男は度胸だというし、あわよくば加護の力で技術を習得できるかもしれない。


「決まりですわね。それでは早速始めましょう」


 アルトリカは己の得物を抜いた。

 よく見れば、綺麗な直剣である。飾りは少ないが、儀礼用のように綺麗なフォルムをしている。

 自分が持っている剣とは違う。


「そうそう、支給される剣より、自分にあった剣を買った方が愛着が湧きますわよ。ねぇ、マナ?」

「そ、そうですね……私は欲しい剣が買えるようなお金は無いので」

「あら、そうでしたわね。ごめんあそばせ?」


 なにやら妙にぎこちないというか、親しげながらも違和感を覚える会話だ。

 とはいえ、今は集中する。


「もっとリラックスして結構ですわ。救世主様」

「彩人でいいぞ。友人だというならそう呼んでくれ」

「なら彩人」


 あ、いきなり呼び捨てか。アクティブだなぁ。


「もっと肩の力を抜いて、型に囚われないことをオススメしますわ」


 マナとは少し方向性の異なるアドバイスをアルトリカは提示する。


「相手の攻撃に対して最も確実な対応は、回避すること。蝶の様に舞い、蜂のように刺す。それが優雅に敵を圧倒するための基本ですわ」

「なるほど」


 アルトリカは、剣を握る右手をだらんとおろし、素手である左手の方を前にして構える。


「試しにマナとの訓練で身につけた技、私に使ってみてはいかが?」

「えっ?」

「ご心配なさらずに。私もそれなりの剣士ですから」


 遠まわしに、俺の刃は届かないと言っているのだろう。

 ならばやるしかない。美少女の挑発には乗るべきだ。


「それじゃあ、遠慮なく」


 俺は剣を抜いて、マナと同じように正面に剣を構える。

 そして、気付く。


「いかが? 実戦と素振りではまるで違うでしょう?」


 見透かされている。アルトリカの言葉に、俺は答えられない。

 訓練の素振りは攻撃する相手がいないために、間合いやタイミングなど考えずに技を放てる。

 しかしこうして立ち会ってみると、まるで自分の身体が鎖で雁字搦めにされているかのようだ。

 つまり、動き難い。


「来られないなら、こちらから参りましょう」


 たっ、とステップを踏むように軽やかな足取りで迫るアルトリカ。


「緊張しすぎですわ彩人。もっと力を抜いて?」


 親しげに語りかけられ、心をくすぐられる。

 やや嗜虐的な笑みを浮かべるアルトリカ。


「ふふ、可愛らしい。まるでチェリー……ほら、間合いですわよ?」


 気付けば、もう技を放つに十分な間合いだった。


ッ!」


 踏み出すと同時に刃を横に寝かせ、踏み込みと同時に刃を引いて……


「ち、違っ……」

「くすっ」


 ちぐはぐでお粗末な斬撃だった。アルトリカは軽やかに背後にステップし、余裕で回避する。

 力み、大振りになった俺の斬撃は虚しく空を斬る。


「あらあら」

「くっ……」


 恥ずかしい。これではマナの努力が無意味だと言っているようなものだ。

 なんだこのザマは。


「動きがガチガチですわね。ほら、私みたいにもっとリラックス、リラックス♪」


 技術が十分に発揮できない以上、俺はもはやアルトリカの助言に耳を傾けるしかなかった。


「り、リラックス」

「そうそう。ほら、動き難い型なんて実用的ではありませんわ。今はお捨てなさい」

「あ、ああ。こうか」

「もっと自然に、自分が相手を斬るのに一番やりやすい形で構いませんわ」


 言われたとおりにやってみる。

 剣の両手持ちは止め、右手のみで握る。

 左半身は後方に下げ、右半身を前に、剣は相手に向けるように。

 素手フリーの左手は腰の辺りに、いつでも両手に持ち帰られるように配置。


「いいですわ。その構え。攻撃的で素敵」

「そう、かな」

「ええ、とても。では次はそちらからどうぞ」


 促され、俺はアルトリカに近づく。

 そして剣を引きながら踏み出し、踏み込みと同時に横振りの斬撃。

 するとアルトリカはそれを剣で受け止める。


「良いですわ。先ほどよりは大分良い剣筋ですわよ。そのまま思うままに動いて?」

「分かった」


 受け止められた剣を一旦戻しながら一歩引く。

 剣を戻しながら、頭上で回転させるようにして逆側からアルトリカに斬撃を放つ。


「良いですわ!」


 アルトリカは俺の剣に合わせて、回転しながら僅かに下がる。

 そしてこちらに向き直るもう半回転。そこで大きく踏み出し、斬撃。

 身を引き、剣で防御しようとした時には、すでに迅雷のような剣先が眼前の空を切り、アルトリカは再び下がった。

 俺はそれを唖然と見ているしかなかった。


「ふふっ……いかがかしら。アルトリカ自作の技巧は」

「じ、自作? 今、自作って」

「ええ、プラチナム家は確かに剣術の家。ですが、旧式の技巧は所詮旧式。私は我流の剣術を開発していますの」

「我流の、剣術」


 自ら探求、模索するその姿勢。

 既存の技術に囚われず、個性を発現しようとするその野心。

 絶対的な自信に、余裕の振る舞い。そして優雅な身のこなし。


「アルトリカ……」


 二次元美少女。そして優雅さと気品さ。

 それは理想的な二次元お嬢様であった。


「最高だな」


 その笑みに、女神をも凌ぐ美しさを見た。


「どうです彩人。これからも私とチャンバラ、いたしませんか? 彩人が都合の良い時は、いつでも声をかけてもらって構いませんわ。チャンバラといっても実戦に近いやりとり。決して無駄にはならないと思いますけれど」


 確かに、マナは試合となるとガチになってしまう。

 あそこまでいくとこちらが観察する間もないから力を行使できない。

 その点、アルトリカのチャンバラは観察の余裕がある。ところどころレクチャーもしてもらえれば、技量の上達に非常に助かるかもしれない。

 なにより我流の剣術を開発しているなんてかっこよすぎる。是非お近づきになりたい。


「是非……お願いしたい」

「そう仰っていただけると思って……」

「ところなんだが」


 俺はマナの方を横目で見る。


「確かに、私のやり方が全て彩人さんにあっているとは限りません。色々と経験するのも良いと思います」

「マナもああ言っていますし、いかが?」

「それじゃあ……」


 マナが無理をしているのは、なんとなく感じた。

 だが、おそらくこれは俺にとって必要なことだ。

 二次元美少女を悲しませるのは死ぬほど苦しい。

 だが異世界との戦争までに、可能な限り力を身につけなくてはならない。そうしなければ、大切なもの全てを失うことになる。


「それじゃあ、これからもお願いしていいかな」

「お願いだなんて水臭いですわ。もう私たち、お友達でしょう?」


 そしてやはり、アルトリカもまた可愛いのであった。

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