第3話 初めての友達
現在、俺は引き続きマナに城の案内をしてもらっていた。
「それじゃあ明日から私と一緒にトレーニングしませんか?」
マナは期待の篭った瞳でこちらを見る。
二次元美少女とのトレーニング……ありだな。
「いいのか?」
「勿論です! 最初の友として、私が彩人さんを育てて見せます!」
張り切るマナの姿はとても頼りがいがある。
どこか活発の良い妹のようで、面倒見の良いお姉ちゃんのようでもある。
「それなら、是非よろしく頼む」
「それじゃあ、明日は朝からトレーニングして、午後は城下町の方を案内しますね」
勝負は惨敗だった。それはもう完全に。
惨敗、だったのだが……
「これが、救世主の力……ですの?」
尻餅をついた俺は、目の前に剣先を突きつけられている。
これがこの世界での、試合の決着である。
「貴方、本当に……」
徒手空拳で挑むも、武器を持っている相手に勝てるはずが無い。
振るわれる刃を避けている間に躓いて、この有様である。
「この弱さ、無様さ……」
ああ、駄目だ。この体たらくでは救世主などと認めてもらえるはずもない。
ごめんなマナ。ごめんなさいマイゴッド、私はここまでのようです。
「言い伝えの通りですわ!」
「はっ?」
思わず声が出てしまった。
しかし彼女たちはかなり興奮しているようだった。
そして、はっ、と我に返り、三人ともが剣を置いてこちらに跪いた。
「今までのご無礼、どうかお許しください。最近は救世主を語る実力者が多くて」
「実力者なら救世主かもしれないんじゃないの?」
「言い伝えによれば、救世主はこの世界に降り立ったばかりの頃、生まれたての赤子のように無力である、とありますわ」
あっ、つまり俺は生まれたての赤子のように無力なのか。ショックだな。
「ですが、我こそは救世主と名乗り出るものは、そもそもが相応の実力者。赤子のように無力、とはとても言えませんわ」
「そんな無力な俺がどうやって世界を救う存在になるんだ……」
「それは、この世界の強者によって、刀剣の如く鍛え上げん。と言い伝えにありますの」
鍛え上げる? 誰か教育とかしてくれるのだろうか。
おそらくトレーニングはしなければならないようだが。
「あっ! そうですわ!」
何かに気付いたのか、アルトリカは四つん這いでこちらに迫ってくる。
「よろしければ、由緒正しきプラチナム家の一人娘である私が、一緒に稽古を受けさせてあげてもよろしくてよ?」
「け、稽古?」
稽古。まあ、恐らく剣の関係であることは間違いないだろうが。
「そう、プラチナム家は代々伝わる白金流剣術の家。そして私はその伝承者となる存在。貴方が得る技巧において、」
こんな若い乙女が一つの剣術を受け継いでいるのか。
「でも一子相伝というわけでもありませんから、私がお父様に相談すればきっと快く受け入れてもらえると思いますわ。ぜひ!」
これは、いわゆる勧誘だろうか。
救世主を勧誘する。自分たちの剣術を有名にさせるための一つの手段として……
つまり剣豪の一人娘ルートだな?
「いいんですか!?」
「もちろんですわ。むしろこちらからお願いしますわ」
「待ってください」
と、そこに待ったをかけたのはマナだった。
どうしたことか、今までの印象と違って真剣な表情。
「あら、どうかなさいまして?」
「彩人さんは一応こちらが側近として仕えています。黄金の剣部隊の方にお世話になるのは……」
「気になさらなくてよろしいのよ。所詮使い捨ての探索部隊に、これ以上の負担は」
「これは国王様直々の命です」
なんだろう。やけにマナがムキになっている気がする。
これはもしかして、嫉妬?
「でも救世主様が……私も彩人さんとお呼びしてもよろしいかしら」
「ど、どうぞ」
「ありがとう」
にこりと笑うそのしぐさは、確かに高貴なお嬢様といった感じだ。
悪く言えば作りもの臭いのだが、それでも童貞には十分。
「彩人さんが個人的に白金流剣術を教わる、というのでしたら何も問題はありませんでしょう?」
「……剣技は、私が仕込みます」
えっ、と俺を含めた一同がマナの方を見る。
どうやらマナは俺に剣を教えてくれるらしい。
「貴方が人に剣を教える? ふ、ふふ……うふふっ!」
「彩人さん、下がっていただいてもいいですか?」
「あ、ああ」
立ち上がり、二人から距離を取る。二人に挟まれた空間は殺気に満ち、もはや異界と化している。
「貴方如きが、人に剣を教えるだなんて、思い上がりも甚だしいと思いませんの?」
「…………」
「貴方の異名、知ってますわ。沈黙の断絶者。黙々と剣を振るい、容赦なく敵を屠る様。いざ対面するとしましょうか」
対面するマナとアルトリカ。
何が戦闘開始の合図になるのか、俺には想像がつかない。
「さあ、いつでもいらっしゃい」
それは待て、を解除された走狗のようであった。
一歩だ。たった一歩で、マナはアルトリカとの距離を完全に詰めた。
「っ!?」
あまりの速度に、油断していたアルトリカは完全に出遅れた。
咄嗟に反応し、剣を抜く。
が、剣身が中ほどまで露出したところで、その動きは止まった。
アルトリカの首筋には、既に刃が突きつけられていたからだ。
「…………」
「ま、まっ……」
その言葉を、どうにか言うまいとアルトリカは足掻いた。
マナの刃がアルトリカの首筋に触れ、そっと動かされた。
「まいり、ました……」
すると、マナは本当にゆっくりとした動作で剣を収める。
その間、俺はマナの眼光に釘付けになっていた。
あんなに愛らしい仕草を見せていた健気な彼女が、あれほどまでに修羅のような眼光を見せるなんて。
が、それは一瞬にして失せ、マナはこちらに笑みを向けた。
「彩人さん、私の活躍、見ていてくれましたか?」
「あ、ああ。しっかりと」
そのギャップに、俺は完全に胸を討たれたようだ。
浮き足立った様子で城の中を案内するマナを眺めていると、あっというまに日が暮れてしまった。
今は自室でマナと休憩中。俺はベッドに、マナは椅子に座っている。
「ふぅ、それじゃあそろそろ戻りましょうか」
食堂、浴場、書庫、武器庫、表庭、中庭、裏庭、トレーニングルーム……
これで城の中のほとんどを巡った。
明日は午前中にマナと一緒にトレーニングし、午後には街のほうまで案内してくれるらしい。
「でもいいのか? 明日は休日なんだって?」
「とんでもないです! トレーニングは趣味ですし、案内は私がしたいからしているんですから。彩人さんが遠慮することなんてないんですよ」
ありがたいことだ。ただでさえこんなに可愛い二次元美少女に案内してもらえる上に訓練してもらえる。まさに絶頂期なのでは。
「それにしてもマナ、アルトリカと戦っている時かっこよかったな」
「えっ?」
驚いた表情。だが、ガチなほうの驚き方だ。
「どうした」
「い、いえ。私が戦ってるときって、大抵怖がられるから」
「怖がられる?」
「表情が本気すぎて怖いって。最近はもう立会いしてくれる相手がいないんです。殺されそうだからって」
「殺されそう」
確かに、あれは本気の顔だった。
「ちなみに実際のところ、どこまで本気だったの?」
「まあ、
「まあ、確かに」
マナは常に実戦を意識しているのだ。だからあんなにも素敵な顔が出来る。
もっとあの顔が見たい。今の可愛い顔も捨てがたいが、あれは二次元にしか出来ない顔だ。
「マナの戦ってるときの表情、もっと見たいな」
「ほ、ほんとですか? 私の顔なんてお見苦しいのでは……」
バカを言ってくれる。マナの顔が見苦しいというなら、俺は今まで汚物の中を生きてきたことになる。というか俺自身が汚物だったということになる。
「実際そんなとこか。あそこは」
「えっ、今何か?」
「いや、独り言」
「それじゃあ、明日は試しに立会いもしてみますか?」
「なるほど、そうすればマナの戦う表情も見れるというわけだ」
武器庫で一通りの装備品も支給してもらえた。剣の素振りも型の練習もし放題である。
「明日から一緒に頑張りましょうね!」
マナは宝石のような橙の瞳を輝かせながら言う。
俺はやはり、この幸せをかみ締めながら、マナに頷いて応えるのだった。
「あ、そうだ。どうせなら今から街を見学しませんか? ついでに夕飯も済ませちゃいましょう」
「街って、城下町?」
「はい。美味しいお店を知ってるんです。いかがですか?」
勿論、断る理由など皆無である。
二次元愛好者が二次元の誘いに乗らないわけが無いのだ。
「ぜひお供させてください」
「ふふ、それは私のセリフですよ」
ということで、夕飯のために俺とマナは城下町へと繰り出すこととなった。
のだが、マナは鎧を脱ぎたいということで、城門で待ち合わせということになった。
その道中、廊下でばったりと彼女に出くわした。
「あっ」
「あら」
先ほどマナに敗北したアルトリカである。今は誰も連れていないらしく、一人のようだ。
「ごきげんよう。先ほどはお見苦しいところをお見せしましたわ」
「ど、どうも」
こうしてみると本当にお嬢様らしい気品が感じられる。
よくよく見れば身につけている服もちょっと高そうな装飾が施されている。
「あの時は渡せませんでしたけど、これをお近づきの印に。受け取っていただけるかしら」
差し出されたのは皮製の紐。中央に宝石を埋め込まれた十字架がくっついているから、ペンダントと呼ぶべきか。
なんにせよ、プレゼントということなら受け取っておこう。
「ありがとうございます。頂きます」
手を伸ばした瞬間、アルトリカは懐に踏み込んだ。
素早い手つきで俺の首元にペンダントを括りつける。
「うん、思ったとおり、お似合いですわ」
「お、おおっ?」
吐息のかかる距離で、視線が交錯する。
突然の行動にたじろいでいる俺を見て、彼女は悪戯っぽく笑う。
「これがあれば、何かと便利になるはずですから」
「便利? それはどういう……」
「お返しは、またの機会で結構ですわ」
そう言うとアルトリカはバックステップで離れる。
「それでは、ごきげんよう」
すれ違い、アルトリカはどこかへ去っていってしまった。
なかなか自由な人柄だな。
それにしても、と貰った十字架を見てみる。
茶色の革製の細い紐に、銀色の十字架。中央には、小指の先ほどの大きさの、琥珀色の宝石が埋め込まれている
見たところ、かなり高価そうだが、簡単に貰ってもよかったのだろうか。
そうえいば、お返しはまたの機会で、と言っていたが、まさか……
と、考えてるうちに城門に辿り着いていた。
左右には鎧を着込み、槍を持った兵士が直立している。
「うん、お前は……いや、あなたは救世主様」
「どうも。ちょっと待ち合わせしてるんだ。マナと」
「ああ、別に構わないよ。こうして棒立ちしてると暇だから、話し相手にでもなってくれ」
俺は二人の慰み者……ではなく、世間話の相手をすることになった。
ふと、兵士Aが問う。
「マナと待ち合わせって、何かするのか?」
「城下町を案内してくれるついでに、夕飯まで食べさせてくれる」
「ほう、救世主様は随分モテるんだな」
すると兵士Bも話し出す。
「救世主ってのは女を侍らすためにわざわざこんなところまで来たのか?」
「おい、それは失礼だろ」
「大体、本当に救世主なのか?」
「お前、自分が救世主じゃないってバレて降格されたの、まだ気にしてるのか?」
兵士Bは沈黙する。アルトリカが話していたのはこういうことか。
「で、実際のところどうなんですかね救世主様。マナは」
「どう、とは?」
「そりゃ決まってるじゃあないですか。異性としてですよ。向こうだってそう意識しているはずだ」
そんなことは今更言うまでもない。文句のつけようのない二次元美少女。元気で健気な性格。そして戦闘時の真剣の表情。
あれを見せられて、惚れない男がいるものか。
「少なくとも、俺はいいと思う」
「おおっ、これはマナ、これまでの不遇を逆転する機会に恵まれたか?」
「不遇?」
「ああ、あいつは戦闘能力はピカイチなんですがね、気の毒なことに頭が良くない上に孤児だった。だから隊長クラスにはなれないし、位の高い部隊にも配属されない」
どうやら二次元世界もそういった、人間の業を感じさせる部分は存在するようだ。
「苦労してるんだな」
「救世主様が娶ってやれば、身分は爆上げ。高貴な奴らからバカにされることも減るでしょうなぁ……ん?救世主様、その首にかけてるのは」
「ああ、これはさっき貰ったんだ。アルトリカから」
すると兵士Aは先ほどの饒舌が嘘のように沈黙した。
「どうした?」
「あー、いや、おそらく救世主様は何も知らずに押し付けられたんでしょうが、そいつは……」
「彩人さーん!」
開け放たれた城門の先、城の方から駆け足で寄ってくるマナ。
まるでデートの待ち合わせのようだ。未体験ゆえに興奮を抑え切れない。
「すいません、お待たせしちゃいましたか…?」
「いや、俺も今来たところだから」
月並みのセリフを返し、しかし笑顔を湛えるマナを見ているとこちらまで頬が緩む。
「それじゃあ、行きましょう!」
マナは俺の一歩先を歩いて誘う。誘われるままに歩くことにした。
そして背中で兵士Aの声を受ける。
「グッドラック、救世主・彩人」
さて、日の暮れた城下町は建物から漏れる灯と、星々の光だけが道を照らしていた。
クリーム色の石畳を歩き、満点の星空を眺めながら……などと言っている場合ではない。
せっかく二次元の町並、せっかくの二次元乙女との交友。全力で楽しまねばならない。
「彩人さんは異世界から来たんですよね? どんなところだったのか、聞いてもいいですか?
「あー」
そうかぁ。そうだよなぁ。彼女にとっては俺が異世界の住人で、俺の済んでいた世界が異世界だったんだもんなぁ。そうなるよなぁ。
「あ、あの、何か不味かったですか? い、いえ。すいません。今のはなかったことに」
「いや、良いんだ。異世界に興味が湧くのは自然なことだから。でも俺の世界はろくなところじゃないのは確かだよ」
現代社会とは思えない奴隷のような労働をさせる経営者。それを抗うこともせず受け入れる労働者。自意識過剰な自称社会人。過剰なほどの女尊男卑。くだらない差別、不毛な戦争……
そして何より、そこから溢れる二次元規制の金切り声。
「ああ、本当にろくでもない世界だった。だから俺はこの世界に来れただけで凄く幸せなんだ」
二次元だし、と心のなかで付け加える。
「なんだか、大変だったんですね」
「なに、これからも大変だ。この世界を救わないといけないんだから」
そう、まがりなりにも救世主なのだ。この夢のような二次元世界を救い、護らねばならない。
「と、いうわけでマナ、今後ともよろしくお願いしていいかな」
「も、もちろんです! 光栄です! 頑張ります!」
赤い髪を揺らし、橙の瞳はこちらをまっすぐと見つめている。
三次元では怖ろしくて逸らすしかなかった目は、今や美しさのあまり視線を外せない。
「あ、ここ! ここです!」
マナが俺の背後を指差す。
振り返ると、中々に……中々に、焼肉店?
「彩人さんもトレーニングするなら、やっぱりお肉を食べなきゃですよ」
「そ、そうだな」
マナは筋金入りの肉食主義者であった。
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