第20話 神の名を持つ者(二人目)

さて、俺は今、羽々斗と共に神崎の前に立っていた。


「それじゃあ、行きますね」

「よろしく」


 神崎がスライムを召喚し、俺はそれが足元まで這いずってくるのを眺めていた。

 この世界のスライム、中々にいやらしい。

 ちなみに粘性の強い液体に見えるこいつは、実は単細胞生物である。


 スライムと一口に言っても、その種類は大きく分けて三つ。

 一つ目は、現在進行形で俺の膝まで飲み込んでいる、この単細胞スライム。

 こいつは死体やバクテリアなどから養分を吸い取り、自然へと返すミミズみたいな役割を持っている。

 戦闘能力も低く、生きている獲物を襲うことはまずない。いわゆるザコモンスターだ。


 二つ目はコアを持つスライム。通称コアスライム。

 コアスライムは高度な知能を持っている場合がある。

 スライムのクセに魔法を使ったり、他のスライムを使役したりもする。

 体内のコアを潰さない限りは、煮ようが焼こうが凍らせようが殺すことは出来ない。ただしコアさえ破壊できれば打撃だろうと斬撃だろうと何でも良い。


 三つ目は多細胞スライム。いわゆる斬撃や打撃が通用しない古いファンタジーに登場するタイプだ。

 死体も食うし、待ち伏せしては動いているスライムにも飛び掛り、得物を窒息死させる凶暴な性格をしている。

 ただし急激な温度変化や魔法で簡単に排除することが出来る。


 神崎が使役しているスライムは単細胞で戦力としてはイマイチながら、こういった雑用にならば役立つ。

 俺と羽々斗がやってもらっているのは、いわゆる洗浄。身体に付着したゴミや老廃物を食べてもらっているわけだ。

 最終的に残る妙にヌメヌメしたものはタオルで容易に拭き取れるし、衣類は干しておけばすぐに乾く。


 思わぬ便利屋さんで、ペットとしての評判も良い。


「ただ、感触がちょっと……あうっ!?」


 特に汚れを感知しているのか、腰周りを重点的に舐られる。


「あの、神崎ちゃん? も、もう良いんじゃ……」

「いえ、しっかりと汚れを食べてもらわないといけません、ので」


 しかし俺には分かる。あの目は、獲物を舐るような目だ。

 もっというと、俺が二次元嫁を愛でるときの目だ。

 神崎はもしかしたらアブノーマルな性癖の持ち主なのかもしれない。

 そう思いつつ、俺は下腹部に纏わり付くしつこいくらいのスライムの刺激から意識を遠ざけようとしていた。


 そういえば、羽々斗のほうはどうだろうか。

 ふと横を見る。羽々斗は特に反応を示していない。


「羽々斗は、これ平気なのか?」

「特には」


 なんて立派なのだろう。

 あまりの逞しさに惚れてしまいそうだ。見習おう。


 しばらくして、ようやっと洗浄を終えたスライムが地面へと戻り始める。

 思えばここまで器用なスライムに育て上げるのに苦労したものだ。

 最初は手洗いから始まり、何度も血が滲んだものだ。





 翌朝、俺はいつもどおりマナに稽古をつけてもらっていた。

 その後にレーナとの試合。

 レーナの天才のセンスを前に、勝利などありえない。

 と思われていた。


「くっ!」


 苦戦を強いられているのはレーナの方であった。

 対して俺の方は妙に体が軽い。

 というよりは、体が相手の動きに反応できているのが自分で分かった。

 どのタイミングで踏み込めば良いのか、その時にどこに注意を払い、その後に追い込むべきなのか退くべきなのか。

 戦闘の流れ、相手の挙動のリズム、こちらが踏むべき足運びのテンポ。


 そして、それらの判断の速さと迷いの無さ。

 集中するごとに恐怖は薄れ、相手の動きを正確に知覚できるようになる。


「シィッ!」


 レーナの流れるような踏み込みと振り上げ。

 俺はそれをサイドステップで避け、一歩踏み込んで横に薙ぐ。

 するとレーナは高く跳躍してそれを回避。横向きになる身体を回転させ、俺の頭上から刃を振り下ろす。


「うっ!」


 間一髪のところでなんとか受ける。

 だがその一撃は日ごとに重さを増してきている。

 レーナも成長しているということか。


「この程度でッ!」


 だがそれは俺も同じ。

 着地したレーナが踏ん張る前に押し切る。

 バランスを保てない彼女は後ろに転がってしまう。

 そこに追撃をかける。


「そこっ!」


 速度を重視し、全力で踏み込み、刺突を繰り出す。

 しかしレーナは器用にも足で俺の剣を蹴り飛ばし、逆立ちから跳ねて着地する。


「まだまだ、こんなもんじゃ負けられないわ!」


 言いながら再び双剣を構えるレーナは笑っていた。

 相対し、剣を構える俺。


「……そういえば、彩人、最近笑うようになったわね」

「あっ、分かる?」


 そう、最近になって、戦いを楽しめるようになってきたのだ。

 慣れて余裕が出てきたのだろうか。しかし剣を交わす駆け引きのスリルが面白い。


「にしても、まだレーナから一本も取れないのか」

「よく言うわね。初心者がほんの数日でその成長は、おかしいわよほんと」


 べた褒めされた。

 嬉しさのあまり、戦いの楽しさとは別の笑みがでてしまう。


「隙あり!」

「なっ……!」


 声を上げるよりも先に、レーナの剣が俺の喉元に届いた。


「ず、ずるぅっ!」

「ずるいって……勝負なんだからこれくらい普通よ」


 レーナのしてやったりといった表情では、その言葉になんら説得力もない。


「まあ、彩人もまだまだってことね」

「くそう……」


 どれほどの力があろうとも、油断や隙を突かれて敗北しては意味が無い。

 その辺りの詰めの甘さをなんとかしたほうがよさそうだ。


「ていうか、あの盗賊のときはちゃんと油断しないで対応できたじゃない」

「あれはなぁ」


 なんと言えば良いのか、別にレーナを見くびっていたりとか、甘く見ているわけではないはずなのだが。


「あれは他人だからな」

「た、他人」

「レーナは大事な友人だし、信頼もしてるし」

「……」


 レーナは目を細めてこちらを睨む。


「まったく……まあいいけど」


 が、満更でもないようで、剣を収めてからは嬉しそうだった。

 横から監督していたマナは、改めて彩人を評価してくれた。


「でも、本当に彩人さん、かなり成長してますよね。私もうかうかしてられませんねー」

「そうだと良いんだけどな。なんにしても異界の使者が攻めてくるまでには仕上げたい」


 マイゴッドは二人目の神の名を冠する者を見つける頃には、もう開戦してしまうかもしれないと言っていた。

 もはやこれ以上の遅れは許されない。


「それで羽々斗、ここからはどうすれば?」

「この森を入り、山の奥へと向かう」


 羽々斗が見やる方向には、深い森への入り口があった。

 そこからは緑色の山脈が右から左まで連なっている。


「重ねて言うが、此処から先は強力な魔物が出る。より一層、気を引き締めてほしい」

「例えばどんなのが出て来るの?」

「基本的に集団、或いは大型の獣。妖怪、精霊……少なくとも、これまでのものとは比較にならない。一種のダンジョンとしてみたほうが良い」

「ダンジョンかぁ」


 ダンジョンといえば隣国に行く最中に寄った村。

 そこで冒険者と共に馬鹿でかいアリの巣に入ったことがあったな。

 山林もある意味ダンジョンみたいなものか。

 モンスターの巣窟と言えば確かにその通りだ。


「なるほどなぁ。でもそれなら神崎ちゃんの魔本の中身を増やせるな」

「確かにそうかもしれない。とはいえ、妖怪に手を出せばそれと友好的な山林の国そのものを敵に回すことになる」


 ということは、妖怪相手には下手に手出しが出来ないのか。

 しかも生贄を捧げるという話だし、そうなると面倒そうだ。


「なるほど……あんまり長居は出来そうにないな」

「ああ。出来る限り早急に立ち去るべきだ」


 羽々斗の助言を肝に銘じながら、俺たちは慎重に、足早に山林地帯へと侵入することになった。





 途中、やたらでかい熊やら二足歩行で武装するトカゲやら、人語を解する狼の群れを倒し、魔本に取り込みながら進む。

 特に狼では苦労した。神崎の刑罰は犬を使ったものだったので、イヌ科へのトラウマが植えつけられてしまったのだ。


 前後左右、どこを見ても木だらけで、鳥や小動物が目に付く。


「木がいっぱい……すごいですね。彩人、さん」

「ああ、そうだな」

「彩人、さん?」


 俺はと言えば、前世のことを思い出していた。

 この世ならざる物を探して、ついでに神頼みまでする旅で、山に踏み入り、森に分け入り、神隠しにでもあわないものかと期待しながら踏破したものだ。


 結果、限度を越えた放浪の果てに遭難、マイゴッドに拾われ、ここに至る。

 今となっては何もかもが懐かしい。


「いや、大したことじゃないよ」


 そう、目の前の二次元美少女に比べれば、俺の過去なんてどうでもよいのだ。

 俺もいい加減、過去は過去と割り切って忘れ去るべきなのかもしれない。


 そうしたいのは山々なのだが、特に未練があるわけでもないのになぜか踏ん切りがつかない。

 もやもやを抱いたまま、俺は思わず溜息をこぼす。




 山林の国に辿りついたのは夕方だった。


 さすがに馬の動きも悪くなり、やたら物騒な噂が蔓延るこの山で野宿する羽目になるかとヒヤヒヤしたものの、なんとか辿り着くことが出来た。

 木々の隙間から、深い樹木を並べたような、そこまで高くない壁と門。

 その両端には、武士のような恰好をした守衛が二人。壁の向こうに建っている物見やぐらにも二人。

 門から見ると、巨大な和風の城が堂々と聳え立っているのがすごく目立つ。


「おい、貴様ら何者だ。商人ではないようだが」


 こんなところでも商魂逞しい商人は足を運んでいるらしい。

 俺たちは事情を説明し、救世主とその近衛であることを説明する。


 やがて入国の許可を貰い、門は開かれ馬車は誘われる。


「じゃあここからは前と同じ流れで?」

「いや、ここは全員で行く。下手に分散すると危険だ」


 隣国と違い、かなり慎重になる必要があるらしい。

 もはや敵国に遣いに出されているような気分だ。


 とはいえ、その後は特に前回と変わりなし。

 閉鎖的な山林の国といえど異界の使者は脅威なのか、とんとん拍子で話が進み、この国で神の名を冠する者を探してもらえることになった。




 とりあえずは今日のところはこれくらい。

 俺たちは用意された部屋で休むことになった。

 宿屋が無いため城に泊まらせてもらう。

 和風の旅館のような部屋で、全員が同室で泊まる。


「しかし、本当に空気が澄んでていいところだな」


 部屋は全て和室だった。

 アルトリカは和洋どちらも慣れているらしく、存外に適応していた。

 マナもレーナも特に困った様子はない。もちろん俺もだ。


 ただ、二人ほど地べたに座るということに慣れていない者がいた。

 神崎と羽々斗である。


「本当に地べたに座るのか」


 羽々斗はかなり複雑な表情で俺達を見ていた。

 神崎は俺の膝の上に乗ることで、辛うじて居心地の悪さを相殺させているようだった。


「大丈夫だって。ほら、座布団あるよ」

「むぅ」


 羽々斗は渋々といった感じで腰を下ろす。

 それも正座。どうしても尻は地面につけようとはしない。


「ふぅ」


 四角い卓を全員が囲むように座り、ほっと一息つく。


 カコン、と獅子おどしの音が聞こえて来そうなほど静かだ。

 空気も澄んでいるし、久々の和室に居心地は良すぎるほどだ。


「さてと、それじゃあ」


 神崎を自分の両足の間、座布団の上に座らせ、俺は立ち上がった。

 すると用心深い羽々斗が問う。


「彩人、どこへ?」

「決まってる。冒険の旅だ」





 立ち並ぶ木々と動き回る動物。そして神秘的な自然。

 今の俺は完全に、旅を始めたばかりの、あの期待に満ち溢れていた時に舞い戻っていた。


 日はもう完全に暮れ、提灯が煌々と光って道を照らしている。

 やはり一人は危険ということで、全員が俺についてくる形になっているが、俺はそんなことすらお構いなしに歩みを進める。

 この冒険心は誰にも止められはしないのだ。


 建物の屋根はほとんどが瓦。時代劇に出て来そうな建物が並んでいた。

 この力をもって、閉鎖的とはいえ、仲間内ではかなり仲良さげに井戸端会議している人々が目に付く。

 ただ、その誰もが刀を腰にさしているのが気になった。


「マナ、どう?」

「結構やる雰囲気ですね。まあでも私達なら十分対応できますよ」


 頼りがいのあることだ。

 なら、遠慮なくどんどん進ませてもらおう。


 弾む歩調で、更に浮き足を一歩前に出した瞬間だった。

 背後で神崎の声が聞こえ、振り返った。


「えっ?」


 生暖かい空気が頬を撫で、気が付いたときには、すでにそこに誰の姿もなかった。

 景色が一変していた。


「えーっと、これは、いわゆる……」


 振り返った先には、提灯に照らされているやたら大きな赤い鳥居。

 その奥には、ひたすらに鬱蒼と茂る木々が底なしの暗闇を蓄えている。


 そしてもう一度振り向けば、通りは境内に化け、すぐ先にはやはり、提灯に照らされた神社があった。


 実のところ、明かりは提灯ではなかった。

 色は青いし、火はむき出しの状態で辺りを浮遊しているからだ。

 それはもう提灯ではない。火の玉だ。

 

「神隠しというやつか?」


 なぜ今更。マイゴッドの仕業だろうか。

 とにかく、元の場所に帰る手段を考えないといけない。

 俯いて考えていると、ふと頬に暖かいものが触れ……


「熱ッ!? あっつッ!? えっ、なに、ナニ、何!?」


 ふと見ると、それは青い火の玉だった。

 よく見てみれば、いつの間にか周囲の火の玉がこちらに集まりだしていた。


「ちょ、エッ? なにこれ、俺このまま焼き殺されるの?」


 後退りながら誰にともなく問いかけるが、火の玉がそれに応答するわけもなかった。


「あー、タンマ! ちょっと待て! 俺が死んだら大変だぞー? 俺は救世主だから、俺が死んだら異界の奴らに征服されちゃうぞ? いいのか?」


 しかし火の玉はなおも接近する。

 やむを得ない、と腰に差した剣に手をかける。


「ほう、戦意を見せるか。その勇敢さ、確かに救世主であろうな」


 大人びた女性の声。

 すると火の玉が次々とよせ集まり、ついに本来の姿を現した。


「なっ!? こ、こいつは……」


 あまりの光景に目を奪われ、疑うことすらできずにいた。

 青い火はその青さを瞳だけに残し、そのほかの毛は見事なもふもふ感をイメージさせる金色の長い髪、九つの尾。

 それが何よりも、目の前の存在が何者であるかの答えだった。


 そして、その存在に相応しいほどの見目麗しさ。

 落ち着いた雰囲気の和装の上からでも分かる、驚異的な首下の膨らみ。

 膨大な尾によって持ち上がった裾の隙間から見える、白い内股からすらりと伸びて、足先までもが夜闇の中でさえ輝いて見える。


「妾の名は菊。夜長(よなが) 菊(きく)。お初にお目にかかる、共有者殿」

「あ、ああ。これはご丁寧にどうも。雨上彩人です」


 挨拶は大事。ここはしっかり頭を下げておこう。

 殺されないように。


 一目で分かった。この狐風の妖怪は、簡単に俺なんぞ縊り殺せる。


「ふむ、その判断は賢明と見るべきか、軟弱とみるべきか……まあよい。ぬし、尋ね人がおるじゃろ?」

「尋ね人……神の名を持つ者のことか」


 すると菊は目を細めた。


「神に選ばれし、神の名を持つ者……妾から紹介しよう」


 九尾はおもむろに胸の谷間から畳まれた扇子を抜き取る。

 セックスアピールだろうか。

 と思うとこちらを、否、こちらの背後を指し示す。


「それが、ぬしの探す神の名を持つ者……名を神無月」

「神無月……」


 振り返ると、そこには夜闇に紛れながらも、提灯の薄明かりに照らされる物体がいた。


「なんだ、この……これが、もう一人の神の名を冠する者!?」


 もう一度、菊を見る。

 扇子を開いて口元を隠し、妖艶な瞳を細めでこちらを見ていた。





 彩人が消えてから30分ほどが経過。

 マナは子供のように泣きが入り始め、羽々斗は冷静そうに見えながらもきょろきょろと探すのみ。

 レーナは眠さのあまり座り込み、神崎はしがみついている。


「神崎、しっかりなさい。それでも救世主様の相棒ですの?」

「う、うぅ……」


 夜と同化しかかっている髪を撫でてあげると、涙目ながらも魔本を強く抱き締めてしっかりと立つ。

 やはりこの娘は強い。見所がある。

 きちんと育ててあげれば、きっと逞しく生きていける。


「ど、どどど、どうしよう……」


 それに比べてこの子は本当に落ち着きが無い。

 まがりなりにも私に勝利したのだから、もう少し落ち着きというものがほしい。


「落ち着きなさいな、マナ」

「いやいやいや! でもだって彩人さん消えちゃったんですよ!?」

「マナさんの言うとおり。早く探し出さないと」


 羽々斗も真剣な表情で周囲を見回している。

 ただの迷子ならともかく、とにかく場所がまずかったのだと思う。

 この魑魅魍魎が跳梁跋扈する山林では、多くの妖怪が人を喰らう。


 特に余所者となれば、原住民の助けを得るどころか、確実に妖怪や祟り神への捧げ者にされてしまう。

 という羽々斗の言葉が、より一層マナの不安を煽っている。


「わ、私が絶対、絶対護るって、やっ、やぐぞぐしだのにぃ……!」

「あぁ、もう……」


 アルトリカはまた大きな溜息を一つこぼした。


「ていうか、なんでそんなに冷静なんですか!」

「なんでって、少なくとも彩人が救世主を自称する限りは、いくら妖怪といえど過ぎたことはしないと思いますわ」


 妖怪がどういう性格か分からないが、余程理性のない凶暴な相手でもない限りは下手を打つようなことはない、と思う。

 一瞬にしてたった一人を連れ去るようであれば、なおのことそうだ。


「だから私はこの場所で待っていようと提案したのですわ」


 私たちは彩人が消失した場所からまったく動いていない。

 下手に分散するとそれこそ別の問題が起きかねない、そう羽々斗が言うのなら、ここは動かないのが最善手。


 なのだが、このままではマナが死にかねない。

 いっそ彼女だけ探索に出してしまおうか?


「あー、あの」


 声の方を見る。彩人が消えた方向からだ。

 消えた時と同じように、彩人は突然に出現した。

 何が起きたのかよく分かっていない。そんな表情で。

 あと何か黒くて小さな塊を抱きかかえている。


「ただい……」

「ざいどざぁあああああん!!」

「っ!?」


 驚いて身を震わせた彩人に構わず、マナは突進、彩人の身体を完全に捕縛した。


「ぐぇっ……」

「ごめんなさい! 護るって約束したのに……ごめんなさいぃいいい!!」

「しぬっ、し、死ぬ……」


 メキメキと音を立てながら、彩人の姿勢が不自然な折れ曲がり方をしつつあった。

 それ以上はいけない。


「マナ、護るどころか絞め殺しそうですけれど」

「えっ」


 マナが一瞬、身を離して彩人を見直す。

 その瞬間に黒い物体が跳ねたかと思うと、マナが叫びながら数歩下がり、顔を抑えながらうずくまる。


「うるさいですわ」

「アルトリカ、さん。あれは……」


 神崎は私の裾を引っ張って、マナの頭の上に着地した黒い塊を見る。

 それは悶えるマナの髪に噛み付いては引っ張っている。

 よほど抱き締められたのが苦しかったのだろう。

 

「話は後。一旦戻りましょう。それでいいですわね。彩人?」

「ああ……俺も少し状況を整理したい」


 彩人は頷き、私達は無事に城へと戻る。

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