第17話 神の名を持つ者(一人目)
彼女がなんとか落ち着いてくれた頃合、俺は綺麗な湯船につかることを勧めた。
彼女が湯船に入ったことで、俺がシャワーを使えるようになった。泡だらけで衣服も濡れてしまったので、とりあえずは服を全て脱ぎ捨てて、微かに残っているであろうあの匂いを落とすことにしたのだ。
「あの、あの……」
「気にしなさんな。俺にも似たような経験が腐るほどある。そのたびに慰めてもらってたよ」
正確には、現実でひどい目に合わされ、妄想の世界で慰めてもらっていた。現実世界にそんな姿を見せられるほど、心を許せる相手などいない。
あと勘違いしないで貰いたいが、彼女から臭いが移ったから身体を洗うのではない。あの空間にいた時点で、多少なりとも悪臭が微かに染み付いてしまっている恐れがあるからだ。
少しでも彼女が、あの臭いを思い出さないように配慮しなくてはならない。少なくとも彼女の自称、『汚れた体』を受け止めた俺がするべきことの一つだろう。
「さすがにびしょ濡れだと風邪を引きかねないから、俺も湯船に入れてくれ」
「……」
え、そこ沈黙するの? ちょっと待って。大丈夫だよね? 問題ないんだよね? まあ俺も多少反応するだろうけど。ねぇ羽々斗さん。
「ど、どうぞ」
やや不満そうに言われてしまった。なぜだろう。
いや、もしかしたらいかに二次元化されたとしても、俺のようなフツメン止まりでは好印象はもたれないということだろうか。ちょっと慰めたくらいで彼氏面しないでみたいな。
身体も洗い終わったので、冷えた身体で湯船に浸かる。
身に沁みる暖かさに、抑えきれず微かに声が漏れる。
「まあ、今はゆっくり休んでくれ。俺達のことは後でいいから」
「どうして、そこまでしてくれるん、ですか?」
「それも含めてのことだが……まあ、放っておくわけにも行かない。一応、俺は救世主だからな」
すると神崎はやや驚いた様子でこちら見た。
「救世主、あなたが……」
「救世主のことは知ってるみたいだな」
「知らない人は、いないと思います、けど」
それなら話は早く済みそうだ。
とはいえ、彼女が戦力になるとは到底思えない。
汚れを落とせば、髪は深みのある黒で、漆のように艶やかだ。いまだ怯えが見える瞳は眠そうで愛らしく、人形のように整った顔立ちと傷一つない白い肌。
とても戦力として数えるべき人間には見えないのだ。
「食欲はあるか? 上がったら何か食べるか?」
「……」
無理もない。とはいえ、何も食べないままでは精神の回復も叶わない。
「とりあえず、食べやすい物を聞いてみないとな。まだ前の世界から来て日が浅いから」
「救世主様は、別の世界から?」
「彩人でいい。今更そんな他人行儀になることもない」
「それじゃあ、彩人さん」
彼女は照れくさそうに俺の名を呼んでくれた。光栄だ。
「前の世界のこと、聞かせてくれませんか? 何もしないでいると、思い出してしまって……」
「あー、そうだなぁ」
困った。前の世界でいいところなんてないし、ネガティブな表現しか出来ない。それこそ、俺にとっての前世は彼女にとってのアレだ。全身を、三次元の人間たちの欲や業によって汚されていく。
汚らしくて、穢らわしい。あんな世界に戻るくらいなら、まだ二次元なだけアレの中でいたほうがマシだ。そこはブレない。
とはいえ、今の彼女にそんな話をしたら逆効果だろうし。何か、前世で話せるような綺麗な話……。あった。
「あっ、そうだ。たくさんあったな。よし、じゃあ聞かせてあげよう」
あのクソッタレな三次元世界で唯一生きる希望として存在するのは、二次元や御伽噺くらいのものであった。
そして、俺が作った妄想の世界のことも話のネタにはなるだろう。
どれくらいの時間、語っただろうか。
「とまあ、その世界では自分の抱いた理想が力になる、理想の世界なんだ」
「良い世界、ですね。私も行きたいです」
「ああ、俺も行ってみたい」
行こうと思っていたし、行けると思っていた。だから旅をしていたわけだが。
「あと妖怪と人間が一緒の世界で生きてるのとか。悪魔もいる、んですよね」
「前の世界じゃ、もしかしたらと思って実際に探し回ったもんだよ」
結果、この二次元世界にたどり着いたわけだが。
「そういえば、神崎は悪魔崇拝してるんだっけ?」
「……は、はい」
急に神崎の声が強張った。
俺は反射的に首を傾げたが、ふと気付く。
救世主は一応は神の使い。悪魔崇拝とは正反対の立ち居地。となれば、彼女にとって俺はアウェイな存在なわけだ。
「あいや、悪魔崇拝は大丈夫だと思うよ。あの神様なら」
「や、やっぱり神様と話すことがあるんですか?」
「まあ夢の中で何度か」
「夢……」
「まあ、マイゴッドは割と適当だから。信仰とか気にしないし」
とマイゴッドの評判をあまり落とさないように配慮するが、なぜか神崎は暗い表情で俯く。もうそろそろ何が地雷か分からなくなってきた。
「そろそろ上がろう。のぼせたら逆に身体に悪い」
「あっ、はい」
俺に続いて、神崎も立ち上がる。
だがやはり長く湯に浸かり過ぎた為か、神崎はふらついた。
俺は咄嗟に彼女の体を受け止めた。
「っと危ない……うっ!?」
彼女の年齢くらいならば、一緒に入っても問題はない。それがこの世界の常識である。
とはいえ、自分として申し分ない。
決してロリコンというわけではないが、二次元となれば受け皿は広い。男の娘まではいける。
そしてただでさえ二次元美少女である神崎と布の一枚すら介さず、滑らかな素肌を重ねあうようなことがあれば、俺に絶大な衝撃を与えるのは当然である。
もはや匂いは芳しいボディソープの香りを放つ、すべすべの白い柔肌が俺の前身と密着させられる。
ずり落ちないようにと華奢な両腕を腰に回され、彼女を引き剥がすことさえかなわない。
「ご、ごめんなさ……」
「動くな」
自分でも驚くほど、深刻で真剣な声が出た。神崎もピタリと止まる。
これ以上、摩擦をおこすわけにはいかない。
「一人で立てるか」
「ご、ごめんなさい。まだちょっと」
「大丈夫、ゆっくりでいいからな」
口ではそういうものの、そこまで余裕が無い。
「……あの」
俺は沈黙するしかない。もはや弁明のしようもないのだ。
「し、失礼ですが、あの、そういう趣味の方ですか?」
「ただの生理現象だ。その気はないから、そっちのタイミングで離れてね」
そういえば、この世界に来てから、自分で慰めるようなことは一度もしていなかった。今この状態で理性を保っていられるのが自分で不思議なくらいだ。
「あの、どうかな。そろそろ」
「大丈夫だと、思います」
「そうか、じゃあゆっくりだ。ゆっくり離れよう」
しかし、若干の摩擦は覚悟しなければならない。俺はなんとか気合で堪えようとするが。
「あぐっ!」
体中に電気が走ったかのように体が跳ねてしまう。
「あの」
「大丈夫だから! そのまま……」
長いような短いような。どれくらい時間を要したのか分からないが、やっと神崎が完全に自立した。瞬間に俺は湯船のなかで蹲ることになる。
「ごめん、先上がってて。羽々斗って人を呼んでタオルもらってね……」
「は、はい。あの、ありがとうございました」
彼女は湯船から上がり、バスルームを後にする。
その間、どうしても視線はそちらを向いてしまったことは、もはや妥協せざるを得ない。
いやむしろよくぞ耐えたと自分を褒め称えてやりたい。
とはいえあそこで欲望の赴くままに行動してしまっては、結局あの独房の中と変わりなくなってしまう。
「マナが帰ってきたら、特訓に付き合ってもらおう」
とりあえず、何かしらの形で発散しなければ、俺の理性が壊れる前に。
さて、風呂を上がって間も無く、マナたちが帰ってきた。
外食でたらふく食べるマナに触発されたか、神崎も問題なく食事ができた。とはいえ量は少ない。元々小食なのか、それとも精神的ダメージによるものか。
そこから宿へと戻り、ようやく本題に入ることになる。
「と、いうわけで、神崎さんには異界の使者と戦うために、俺と一緒に来て欲しい」
「……えと」
神崎は困惑した様子だ。まあ急に救世主だの異界の使者だの言われても困るのが普通だろう。
「あの……わ、私じゃないと、駄目なんでしょうか」
「恐らくは。神崎は自分以外に神の名の付く人を知ってる?」
「いえ、両親はもう居ないので……ごめんなさい。やっぱり私には無理です」
困ったことに、神崎はあまり前向きに検討してはくれないようだ。
嫌がる二次元美少女に強引な真似はしたくない、というか出来ないし。
「理由を聞かせてくれないか?」
と問うが、神崎はなぜか理由を言いたがらない。
ただ、その表情から察するによほど思うところがあるのは間違いない。
また彼女は悪魔崇拝者ではあるものの、悪魔を使役したりなどは出来ないらしい。
つまり彼女はただの普通の人間なのだ。
いや、それは俺も同じか。異世界から来たってだけで、そこまで特別な力を持っているわけではないからな。
「でも、私が聞いた情報だと神の名前がつくのはこの子だけなんですよね」
「私の方でも、神崎という名しか情報はありませんでしたわ。彩人、神様って本物でしたの?」
「マイゴッドは本物だ間違いない。なにせあの方が俺をこの世界に連れてきてくださったんだぞ。とても偉いんだぞ」
神様らしさは欠片もないが、結果的に俺を救ってくれたことに違いない。
マイゴッドは神。それは間違いない事実だ。
「神様なんて偉くないです」
神崎が初めて、自分から意見を口にした。
俺を含め、誰もがそれに驚いていた。
「もしかして、神崎は神が嫌いなのか? それで悪魔崇拝を?」
「……そうです。私は神様なんて嫌いです」
神様が嫌い。神の名を持つ少女は、静かにその過去を語り始めた。
もっと幼かった頃、私は神様が大好きでした。
おやすみする前には、いつも母親に神様が使いが人々を導いてくれる物語を読んでもらっていました。
その物語は、神様が使わした一人の救世主様が、世界の英雄と共に人々を導いていく……そんなお話でした。
私はいつも、その救世主のお嫁さんになって、一緒に人々を救って、導いていきたい。そう思っていました。
ある時、父は淫魔に殺されました。即死でした。
母は私を産んでから体が弱くなり、父との夜の営みがご無沙汰だったみたいで、それで淫魔を呼び寄せてしまった、と……
淫魔によって死亡した男性とその身内は、かなり白い目で見られます。
母も父を死なせてしまった罪悪感で、かなり衰弱しているようでした。
それもこれも、私が生まれたせい。私が生まれて、母から生気を奪ってしまったせい。母はそんなことないと言ってくれた。それに淫魔だって生きるために仕方なかった、と。
私は神様に祈りました。どうか父を生き返らせて欲しいと。私の命と引き換えに、父と母を幸せにして欲しいと。
でも、神様は答えてくれませんでした。
母も今では寝たきりです。国から給付が出て、生活は出来ていますが、それでも寂しくて、虚しいんです。父が生きていた頃の幸福感が、すっぽり抜け落ちてしまったようで……
ある日、ふと気付いたんです。神様は答えてくれない。淫魔は私の父を殺した。父の魂は神様のところにはない。悪魔が持っていってしまったんだって。
だから、私は悪魔にお願いすることにしたんです。助けてもくれない、護ってもくれない、何もしてくれない神様なんて信じるのをやめて、悪魔を信じようって。悪魔に返してもらおうって……
「なるほど、それで悪魔を召喚する儀式を行おうとして、動物を生贄に捧げたのか」
「……はい」
そして儀式は失敗し、生贄で国の法に触れた代償として、あの年齢制限がかかりそうな惨状だったわけだ。
「なんというか、災難だな」
「だから、私は神様なんてもう信じないことにしたんです」
とはいえ、神様に死人を生き返らせてもらおうというのも無茶な話だ。基本的にそういうのは禁忌のはずだ。大概の世界ではそうだろう。
しかし、このままでは彼女は神の使いである俺の仲間には、なってくれなさそうだ。
俺はおもむろに天井を見上げる。
「なにしてんの?」
洞察力の鋭いレーナがすぐに問う。
「いや、こうすれば覗きマイゴッドに察してもらえると思って」
一区切り置いて、俺は全員を見回す。
「さて、今日できることはもう無いだろう。明日はとりあえず神崎を母親のもとに返そう」
「いいんですの? 彼女が神の言っていた
「それはそうだが、連れ出すにも保護者の許可を得ないと。とりあえず今日は皆お疲れ様。各自、好きなように休んでくれ。以上……こんな感じでいいかな」
マナが親指を立て、羽々斗が短く礼をする。
「神崎ちゃんも、今日は遅いからゆっくり休んだ方がいい。明日にはお母さんのところに帰して上げるからな」
「は、はい……ありがとうございます」
この後、疲れを知らないマナの特訓に付き合い、レーナとも手合わせをして、疲れた身体で部屋のベッドに倒れこんだ。
「いたっ……」
「えっ」
ベッドの下に何かがある。掛け布団をはがすと、そこには神崎が潜んでいた。
「あっ、ごめん」
「いえ……」
と、互いに沈黙する。俺と神崎は固まったまま、マナとレーナはさっさと寝入ってしまったようだ。羽々斗とアルトリカはとっくに就寝しているので、騒ぐわけにも行かない。
「あの、暗いと怖いので、一緒に……だめですか?」
せっかくマナとの運動で発散したというのに、また煩悩が下腹部に溜まってしまいそうだ。
ふと気が付くと、目の前に神崎の可憐な顔があった。
つぶらな瞳が俺を見ている。長い黒髪を思わず手で避けてしまいたくなるほどに、見惚れてしまう見事な可憐さである。
「っ!?」
と、神崎も気付いたのか、頬を紅潮させて、後ろに倒れそうになる。
手を身体に回して引き寄せ、彼女が落っこちるのを回避する。
やはりここは、いつもの白い部屋である。
「やあ、アツアツだねお二人さん。妬いちゃうなぁ」
声の方を見る。やはりマイゴッドだ。
大仰な玉座に座り、太腿の隙間に視線を釘付けにさせるように足を組んでいる。
「マイゴッド、悪戯が過ぎます。あとなんですかその恰好は」
「うん? これはほらあれだよ。淫魔のコスプレ。淫魔イゴッドだね」
なにをわけの分からないことを言っているのか。
小さな黒い羽根と悪魔の黒い尻尾を生やし、露出度と密着度の高いボンテージの服で意外とある胸部や太腿を見せ付けてくる。
「あなたが、神様なの?」
と、抱きとめられている神崎が問う。
「そうだよ、僕が神様さ。初めまして、神の名を持つ少女」
どうやら神崎が神に選ばれし者ということで間違いないらしい。
「いやぁ、君のお父さんは災難だったね。ご愁傷様」
マイゴッドはかなりいやらしい笑みを浮かべて、心にも無さそうなことを歌う様に口にしていた。
結構ドSな性格なのだろう。
「どうして……どうして私の願いを聞いてくれなかったの? どうしてお父さんを助けてくれなかったの?」
「うん? どうしてってそれは……理由が無いから」
あっけらかんとマイゴッドは、悪びれることもなく言ってのけた。
神崎と言えば、もうシリアス満載の目を見開き、絶望した表情でいた。
「いやぁ、崇めてくれるのは嬉しいんだけど、別に死人を生き返らせるほどではないというか別に私が何かする必要あった? 彼が死んだのは私のせいじゃないし」
「そんな……」
「そもそも、君達人間は神様をなんだと思っているのかね、崇め奉れば自分達の望みを叶えてくれる。そんな都合のいい存在だと思ってるんじゃないの? まあそういう物好きな神様もいるけどさ」
どうやらこの世界の、この神様は物好きではないらしい。
「僕は神様だ。およそこの世界に関してできないことは何も無い。だからなにもしない」
「何も、しない?」
「うん。なにもしない。神様はなにもしないべきだ」
どうやら興が乗ったらしい。マイゴッドは両手を広げて語り続ける。
「君たちは、君達の力でもって生き、成せばいい。僕は何も邪魔はしないし、助けもしない。僕は君達の生き様を見て楽しむだけさ」
世界の不条理、理不尽。そういった理由があるとすれば、きっとこういう神様の仕業に違いない。
「別に僕をダシにして戦争が起ころうが、悪魔を召喚しようが構わないよ。僕は邪神に敵対する善神ではないしね」
「じゃあどうして異界の使者は……」
「そりゃ、あれは特別さ。これは僕の世界だよ? 他の神様やらその使いやらに横槍を入れられたら台無しなんだよ。だから僕は彼を、彩人を呼んだ」
マイゴッドと神崎の視線が俺の方を向いた。
「俺か」
「彩人、今さら言うけど、君の住んでいた世界は神の見放した世界だ。本来なら他の世界から人を抜き取るなんて出来ないことだけど、あの世界は君が言うとおり見所なんて無い世界だったんだよ」
見所のない世界。それは俺が抱いている感情を正確に表現していた。
どうやらあの世界を創った神様も同じ考えのようだ。
「でも神様は見誤った。君という存在はとても面白い」
「そりゃどうも」
「君は特に取り得も無い、ごく普通の人間だった。あの世界と同じように。でも唯一つだけ見所があった。その本気さだよ」
マイゴッドの語りはとどまることを知らないようで、聞いても居ないことをべらべらと話し続けている。
いい加減飽きてきたところだ。
「君の望む二次元。それに対しての本気さ。いやぁぶっ飛んでるよね。その呪縛から解放されれば、そこそこ幸せな人生も送れただろうに、君は絶対にその
「大したことじゃない」
そう、大したことではない。単純に、誰もがいずれ成長と共に手放すものを、どうしても手放さなかった。それだけのことだ。
「謙遜しなくてもいいんだよ。この神様が褒めてあげているのだから」
「別に。確かに俺は誇りをもって二次元を探求したが、人に見せ付けるものじゃない。俺が好きでやったことだ」
「そこだよ。君の『好き』はあまりにも本気すぎて、特異なんだよ」
特異。褒められているのかどうか微妙なところであるが、きっとマイゴッドは褒めているつもりだ。
「さて、それじゃあ本題に入ろうか。神崎ちゃん」
「……」
「さっきも言ったとおり、僕はただの傍観者だ。君が悪魔崇拝しようが、悪魔を使役しようが好きにすればいい。が、君は悪魔を使役するなんてことは出来ない。思い知っているだろう?」
神崎はマイゴッドから視線を逸らす。
そう、彼女は悪魔召喚に失敗した。つまり彼女は今のところ、戦力としては数えられない。それが問題だった。
「そこでだ。君がもし彩人と共に異界の使者と戦うというのであれば、僕が君に悪魔を使役する才を与えようと思うんだ」
「えっ?」
予想外のあまり、神崎は声を漏らした。
俺も少々驚く。
「なんでいきなり干渉するんだ?」
「言ったろ? 異界の神と使者に横槍を入れられたら台無しなんだよ。君をこの世界に招きいれたのと同じ、これは奴らに対抗するための『例外』の一つだよ。僕は異界の奴らに自分の庭を好き勝手されるわけにはいかないんだ」
神崎の悪魔崇拝を認め、別に世界の神様とその使いの侵攻を阻止してもらおうという取引内容なわけだ。
だが、それでは神崎の意思を動かすには少し弱い気もする。
「でも、そんなことをしても、私のお父さんは……」
「そりゃ死人の魂は帰ってこないさ。だが、君にはまだ母親がいるはずだ。異界の使者にこの世界を支配されたらどうなるか……御伽噺でよく知っているよね?」
うわ、脅迫だ。マイゴッドが少女を脅迫している。
正確にはマイゴッドが危害を加えようとしているわけではないのだが、それにしてもやり口が汚い。
とはいえ、このままでは異界からの侵略を防げないというのも事実だ。言ってしまえば、神崎が協力しなければ、この世界は終わる。また、俺だけの力ではどうにもならないということも意味している。
「さあ、どうする?」
マイゴッドからの問いに、神崎は答えあぐねている。
恐らく、答えは決まっている。ただ踏ん切りがつかないのだ。
失望していた相手からの突然の施しに、心が拒絶している。
「わからない……分からないよ。私、なんで私が……」
どうして自分がこんな目にあうのか。
なんで自分だけこんなことになってしまったのか。
理不尽に、不条理に、納得が出来ない。流されたくない。でもどの方向に自分の望む場所があるのか分からない。自分が望んでいたものがなんだったのかすらも分からなくなって。
「神崎」
俺は頭を抱えて震える彼女を呼んだ。
「もっと最初の方を思い出したらどうだろう」
「さい、しょ……?」
「神崎が一番最初に望んだこと。それはなんだった?」
「私が最初に望んだ……」
神崎は目をきょろきょろとして、過去を手繰り寄せていく。
「それはきっと光と希望に満ちていた。心を浮き足立たせるものだったはずだ。楽しみだったはずだ」
俺が彼女に出来ることは、恐らくここまでだ。あとはもう、彼女自身の意思次第だろう。
ひどい神様だと思った。神様というのは、もっと清く正しく、聖なる感じだと思っていた。
しかし目の前の自称神様は、悪魔も逃げ出すような意地の悪い人? だった。
でも、それももうどうでもいい。彩人さんが、私の最初の望みを思い出させてくれた。
私は元々、神様なんてどうでもよかったんだ。私の心を熱くさせたのは、神様に選ばれた救世主様、そして、そのお供をする英雄……
「救世主様……」
遠い御伽噺の世界に憧れていた。でも、ふと気付けば、そこには本物の救世主様がいた。あんなろくでもない神様が選んだ救世主様。
私をあの地獄から助けてくれた救世主様。
私は、救世主様と共に人々を導く、英雄になりたかった。
どうして今まで気付かなかったのだろう。私が本当に望んでいたものが……すぐそこにある。
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