第15話 冒険体験

 俺はアルトリカの体を支えながら、羽々斗が取った宿の一室に向かった。


「彩人、人に見られてますわ! 一人で歩けますから!」

「いいから」


 アルトリカは確かに直撃を食らっていた。

 庭から宿に戻るまでの足取りも、明らかに重く震えていた。そんな有様を法って置けるわけが無い。


「どうしてわざわざ手加減したんだよ」

「ふふ、そっちのほうがかっこいいでしょう? 貴族というのは、ナメられたら終わりなんですのよ」

「演出ってわけか」


 マナたちには酒場で待ってもらっている。そこまでは自力で立っていたものの、廊下への扉を閉めた途端に膝を着いたのだ。

 ソレを見かねて、俺はこうしてベッドまで連れてきたわけだ。


「ほら、ゆっくり」

「過保護ですわね。これくらい大したことはありませんわ」

「あんな盛大に吹っ飛ばされて大したこと無いわけないんだよなぁ」


壁際のベッドに寝かせ、手早くポットからコップに水を注いで持ってくる。


「とりあえず水」

「もう、ありがとう」


 半ばヤケで観念したように、アルトリカは水を受け取って飲む。


「そこまで身体を張らないといけないのか? 貴族っていうのは」

「当たり前ですわ。そもそも騎士だって貴族の一角ですのよ?」


 騎士は与えられる称号であるため、貴族は力を見せ付けるためにやたらとそういったことにこだわるらしい。

 ましてやプラチナム家とあれば、冒険者如きに遅れを取るようなことがあってはならない。という感じか。


「もうちょっと自分の身体に比重を置いてもいい気がするけどな」

「ふん、別に理解してもらおうだなんて思ってませんわ。貴族とはそういうもの。それだけの話です」


 ちょっとしつこすぎたか、彼女はそっぽを向いていじけてしまった。


「もういいですわ。早くマナたちのところに戻りなさいな。私はちょっと疲れたから寝ます」

「そうか。ほんと、無理は駄目だぞ」

「貴方は……もう、分かりましたからさっさとお行きなさい。それとも男女の密室であらぬ期待でもしていらっしゃるの?」

「っ! そ、それじゃあまた後で」


 アルトリカは貴族を強調するくせに、冗談がピンク色すぎる。

 俺は部屋を後にし、酒場へと戻る。


「あっ、彩人さん! こっちですこっち!」


 見ると、先ほどの巨漢とその仲間の冒険者に混ざり、マナとレーナが一緒に飲み食いしていた。羽々斗は……元の席から動いていない。


「なんだこれ」


 俺はとりあえずマナに手を振って返し、まずは羽々斗の方へ向かう。


「あの、羽々斗。なにがあったんだこれ」

「貴方の後に、巨漢が帰ってきた。その彼にマナが声をかけたんだ」


 どうやらマナは自分の仲間が迷惑をかけてしまったことを真摯な態度で謝ったらしい。仮にも貴族の連れが平身低頭だったのが甚く気に入った冒険者は、すんなりとマナと受け入れたのだそうだ。


「じゃあレーナは?」


 レーナも楽しそうに話しながら料理を貪っている。


「レーナ自警団はもともとがそういった人間の集まりだ。解雇された騎士、路頭に迷う冒険者、見限られた戦士。彼らの持つ技術を向上させ、そして養ってきたのがレーナという少女だ。彼女にはアルトリカとはまた違ったカリスマがある」

「なるほど……」

「あの、彩人さん」


 気付けばそこにマナがいた。


「彩人さん、ちょっとお願いが」

「お願い?」

「あの、ダンジョンに行きたいんですけど」

「駄目だ、許可できない」


 俺が答える隙もなく、羽々斗がいう。


「そんな時間はない。一刻も早く選ばれし者を見つけ出さなければ」

「いやでも、旅の道中じゃ魔物と戦うこともあるじゃないですか。ここは彩人さんの技量向上も兼ねて、ダンジョン経験もしたほうがいいと思うんです!」


 マナの必死な説得。羽々斗は俯いて考えたと思うと、こちらに視線を寄越した。


「ふむ……彩人、実戦なら旅の道中でも十分得られる。とはいえダンジョンでの経験も確かに有益ではある」


 あとは俺の判断というわけか。

 ダンジョン。知識はそこそこある。闇に潜む脅威のモンスター、油断一つで軽々と命を絶つ罠と、危険が氾濫しまくってる地帯。


「危ないよなぁ」

「大丈夫です! 私が護ります!」

「モンスターはともかくトラップはキツくない?」

「そこはプロの冒険者さんも同伴ですから!」


 と、マナの背後にあの巨漢が立っている。


「さっきも言ったろ? 最近は冒険者になろうって野心家がいなくて困ってんだ。トラップくらいはなんとかしてやるよ」


 そこまで言うなら、一つダンジョンとやらを堪能してみるか。せっかくの二次元世界、楽しまなければ損だ。


「一回潜るのにどれくらいかかるんです?」

「今回は半日ってとこだな。新しく発見されたダンジョンをちょっと様子見てくるだけだからな」


 それならばと、俺は席を立つ。


「羽々斗はアルトリカを頼む」

「了解。彩人、ダンジョンはそのものが厄介だ。くれぐれも気をつけて」


 もちろん、まだまだ二次元世界を堪能したい。こんなところで死ぬ理由はない。




 というわけで、ダンジョン初体験ツアーが始まった。

 場所は村から北側にある山岳地帯の一角。中々大きな洞窟があった。


「ダンジョンって呼ばれるモンは大抵は決まって二種類だ。巣穴と迷宮。巣穴は潜んでるモンスターによって得られるものが違うが、深いモンだとレアな鉱物なんかが取れる。迷宮はレアな宝石や武器が取れる。今回は巣穴の方だ」


 巣穴には比較的、トラップが少ない。単純にモンスターが掘っただけの穴というパターンがほとんどだからだ。


「さて、出発するぞ。はぐれないようにな」


 メンバーはガタイの良い男三人、女性が二人、そして俺とマナの二人。合計は七人。

 レーナは狭くて暗い場所は苦手ということで、今回は待機だ。

 二人の男と女一人が先陣。それに続いて俺とマナ。後方をあの巨漢がついた。


「後方ってのが一番厄介なんだ。不利なときは急いで退路を開かないとならねぇ」


 さて、そこからは基本的に暗所でも生息できるタイプのモンスターが出現し始めた。

 そこまで基調でもない大こうもりは難なく前衛の人間に切り捨てられ、ジャイアントアントもちらほらと現れるが、屈強な冒険者の肉体が放つ斬撃が正確に間接を叩き砕いて戦闘不能にしていく。

 暗いと平原で見るようなゴブリンなどは出てこないらしい。ちなみに俺は松明で辺りを照らす係りだ。非常に見習いらしい役割だといえよう。


「証明もないし、完全に蟲か何かの巣だな。こりゃ」


 しばらくすると、簡単に最奥まで辿り着いてしまった。狭い通路から途端に広い空間に出る。

 そこには平屋の民家一棟分の大きさの巨大な蟻。


「なるほど、どうやら作りたての巣だな。ろくな卵もないなんて」

「つまりグッドタイミングってわけだ。このままハンティングだぜッ!」


 前衛の一人が荷物から数本の小瓶を取り出し、火をつけて無造作に投げ捨てる。

 地面に激突して中の液体が飛び散ると、火が燃え広がって周囲を照らす。

 さて、俺はどうするべきか


「行きましょう彩人さん!」


 見ると、マナは瞳を爛々と光らせていた。いや、もしかしたら火が反射してるだけかもしれないが、その表情は誤魔化せない。


「でも松明……」

「お二人さん! 明かりはこれで十分だから、腕に自信があるなら手伝ってくれ! 攻撃は分散できた方がいい!」

「ほらほら彩人さん!」

「分かった分かった。って、集団での狩りをやることになろうとは。やっぱり二次元世界は面白い」


 俺は松明を投げ捨て、腰の剣を引き抜いた。





 帰り道、夕暮れの平原を一行は歩く。

 幸運なことに、今回のダンジョン体験は非常にスムーズに終わった。

 だがその代わり、得られるものも微少であった。


「とまあ、こういうハズレが多いせいでな、人手が不足してるんだ」

「もうダンジョンは開拓されつくしたってことか?」

「いや、難易度の高いダンジョンは性感率が低いから誰も挑戦しようとしない。若手は簡単なところで満足してはやめていくし、古参も無理は出来ない。となると達人も頭数が揃わないってんで隠居を考える。その他は……まああの貴族様が言ってたとおりだな」


 完全な八方塞であった。

 しかしそうなると、アルトリカが冒険者を嫌う理由もなんとなく分かってくる。

 つまり彼女は半端な人間が嫌いなのだ。

 冒険者など、死亡率の高い職業に決まっているにも拘らず、安全に一攫千金を狙おうする欲の深さ。しかし難易度の低いダンジョンでろくな報酬も得られないことに唾を吐く浅慮さ。


「あの貴族の言うことも分からないではないんだけどなぁ」


 メンバーの一人がぼやく。


「確かに最近はヘタレが多いし、ダンジョンに命かけるくらいなら旅人でも襲ったほうがマシっていう性根の腐った奴もいる。どうしたもんかなぁ」


 なるほど人手不足で焦るわけだ。このままでは冒険者という職業そのものが廃業になりかねない。


「あんたも気が向いたら冒険者になってくれ。一番良い物を一番先に手に入る機会がある職業なんて、冒険者くらいのもんだ。魔石とかな」

「せっかくの誘いだけど、俺にはやることがあるからなぁ」

「そうか、残念だなぁ。なにやるんだ?」


 巨漢に問われる。まあ特に隠すようなことでもないだろうし、気楽に答えた。


「俺は救世主だから、この異世界からの使者からこの世界を護らないといけないからなぁ」

「きゅうせ……そうかそういうことか。考えてみりゃいっぱしの貴族様がこんなトコをうろついてるなんておかしな話だ。そうかあんたが」


 そういえば名乗っていなかった。お互いに適当なものだ。

 やはり冒険者というのはアバウトな性格の人間が多いのかもしれない。


「そうだ、この辺りで名前に神が付いている人って知らないか?」

「神って、神様の神か? いやぁ、聞いたことねえなぁ」


 空振った。しかしこうやって情報を聞いてまわるのもいいだろう。これからは積極的に聞き込み調査もしていくことにしよう。


「そうか。マイゴッドの啓示でそういう人を探している。何かあったら教えて欲しい」

「ああ、俺たちは基本的にこの村に居座ってるからな。いつでも来いよ」


 村に戻る頃にはすっかり夜になっていた。

 今回のダンジョン探索で得たものは、アリの蜜、卵、幼虫の肉くらいで、ろくなものがない。本当なら戦利品を酒場で披露して宴会という流れらしいが、今回はお流れとなった。


 翌朝、アルトリカもすっかり回復し、羽々斗は旅の支度。俺とレーナはマナに稽古をつけてもらう。

 もはや日課となった一連の流れも終え、いよいよ村を出る。

 それから三日、俺たちはようやく隣国へと辿り着いたのだった。

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