第21話 大江戸市 環状線
戦後60年 かつて賑わっていた東京という街並も蔦に覆われ、見る影も無し 人通りもまばらに、あちらこちらで職もなく焚き火に当たっては只通る車を見つめる、やつれ果てた人々
「今日もハローワーク入れなかったよ」
「求人倍率9%もあるんだ、そりゃ溢れるよ」
「この調子だと10%越えも近いかな」
「希望より、今日の飯だよ、商いだよ」
「はあー駅前で闇市しようにも、手元に商品無いもんな」
「遥か昔に無人のデパートとかから拝借したが、さすがに終戦前に無くなった」ポツリと老人が語る
「昔は施錠が甘かったんですよね」
「ああ、幾らでも力ずくで奪えたさ」
「今そんな事しようにも、商品がまるで無いのでは悪い事も出来ませんね」
「悪事もとことん尽きたよ、この東京は」
「東京って古いですね、今は復興を掲げる大江戸市ですよ」苦笑
「どこに大江戸市の標識あるんだよ、東京のままじゃねえか」
「名前なんてどうでもいいさ、戸籍もどこにあるか、もう忘れたよ」
「そう悪事も何も、そこは元々が普通の人々だ、ここまで復興が長引くと懺悔も改心もするさ」
「とは言え、今日のお金と食事は必要だ、そう簡単にくたばってたまるか」吐き捨てる
「この公民札いるか?」
「おいおい、そんな戦中のお札、誰が換金してくれるんだよ、縁起悪い、燃やせ」
「いや、一応とっておけ財政が良くなったら、何かあるかもしれん」
「戦中の名残か そうだな、昔は生体と人工臓器と交換して、はした金貰えたがな 儂も一通り交換して早く寿命が尽きるかと思ったが、ふっつ今も生きとる、皮肉なものじゃ、ほれ」やつれた老人シャツを捲り上げてはレーザーメスだらけの跡を見せる
「おお、戦中も戦後直後も何でも有りですね、それって、今とか募集していないんですか」
「それは無いな 人工臓器が発達した今、ジュネーヴ生存協定で臓器交換は全面禁止だ、バイヤーは勿論、ドナーも簡易裁判無しでブタ箱行きだ」
「へー学が有るんですね」
「義務教育の中学で教わったろ」
「食うのに必死で青空教室に行けないですよ」
「今からでも行っとけ、義務教育受けないとちゃんとした会社雇わないぞ」
「一回でいいから正社員になってみてー」
「なれよ、家族揃って生活出来るぞ」
「まあ学より、今となっては、毎朝の炊き出しが唯一の楽しみですがね」満面の笑み
「まさか、ホリデーシーズンの昼の炊き出し知らないのか?」
「えっつ、どこでやってるんですか」
皆詰め寄る
「寄るなって、高輪のなんとか聖堂に長蛇の列だ、漏れ無くご相伴に有り付ける、場所は行けば分かるから、明日にでも行って来いよ、離れろって」
「ふん、ユーロの施しなど絶対に受けん」やつれた老人の口元が震える
「それ絶対に言わないで下さいよ、機嫌損ねて打ち切られますよ」
「知るか、儂は絶対行かん!」やつれた老人、吐き捨てる
「この爺さん、あの原爆で家族失ったんだ、察してやれ」
「原爆ってどれです、25個も落とされたら全然分かんないや」
「儂の事は語るな、戦争の事忘れて謳歌している連中が、何とも気に食わん!」やつれた老人、熱り立っては怒りに震える
「爺さんもまだ働けるだろ、気休めだけど思い詰めてる事忘れられるぜ」
「そうそう、生きていれば、3年後、2088年のローマオリンピック見れますよ」
「それに合わせて旅行ビザが緩和されたとかだし、やっと平和な時代が来た証拠ですね」
「この光景のどこが平和なんだよ、ビルに潜り込んで毛布被っても寒いって」
「あー開会式の抽選に当たるかな」
「さあな、2020年の東京オリンピック中止以来で、ローマに問い合わせたくさん来ているとからしい」
「オリンピック、どんな大会なんでしょうね、見て見たいなー」
焚き火の木の割れる音が、街に木霊する
不意に快走してくる白い改造ラシーンが通り過ぎて行く
「あれ、改造しまくってるけど日産のラシーンじゃないか」
「良く知ってるな」
「焚き火の足しに、閉鎖した図書館から本持って来るからな、車は良いよなー」
「車って、どうやって運転するんですか?」
「これだから、もやしっ子は」
「ガソリンの都市部配給なんて無いんだ、車に夢見るな」
「そうですね、そこいらに真っ黒になって転がってても、ガソリン抜かれてますからね」嘆息
「しかしゴツい装甲だったな、かっこいい」感嘆
快走する白い改造ラシーン内
「ねえ高速に乗らないの」天上、左手を指差す
ハンドル握りながら苛つく階上
「無理無理、補修工事追いつかないから事故頻発ですよ、もし壊れたら馴染みの静岡の工房からレッカーですよ、勿論べらぼうなお金持ってかれます 絶対に車線合流しないですからね、」語気が上がる
高速道路を見やる花彩
「うわー高速って、あの文献に出て来る東京の高速道路ですか、わーあそこに走ってみたいです、それでもってターミンのCDかけてもらえますか」嬉々と振り向く
「だから高速は無理だって」階上溜息「大体、そのターミンってどの時代のターミンよ、そもそもご所望のCD無いから」
「そうよね、花彩さん日本久しいのよね、前回のテレビ収録で来たから2度目よね 日本も放射能半減期に伴う未成年の入国はやっと撤廃されたけど、親御さんまだ安心してないものね」天上、感慨深気に「それで最上、ハイCD」天上、助手席の最上に鞄を丸ごと差し出す
「でも残念、天上さんの手持ちのCDは元祖中越さちこしか無いんだよ」最上、天上の鞄の中を探る
「古古古、古っつ、昭和の話題に付いて行けない」階上、ハンドルを右に切っては点灯もしない交差点を曲がって行く
「あら、貴重な全復刻BOXなのよ そもそも戦後から、新しいアーティストのCD出てないでしょう、元祖中越さちこで十分よ」
最上、元祖中越さちこの全復刻BOXの分厚いブックレットを見ては
「天上さん、新しいアーティストなんて、そんな余裕はユーロでやっとですよ」最上手慣れた手付きでCDを選びカーステレオ差し込む「それでCDは最後の夕餉会:桃源郷でいいですね」
「いいわね、まさに全身全霊の渾身作、最上も分かってきたじゃない」楽曲が流れる中、天上悦に浸る
「お二人古過ぎですよ、パフォーマーズ4thとか知らないんですか、『ゴールドラッシュ・ピープル』名曲ですよ♫」階上ご機嫌に
花彩食いつく様に
「はいはい、女性三人組で踊ってる人達ですね、CGにしては関節の負担の少ない優雅な踊りで大人気ですよ」
「イエス!親戚中で踊ってるよ、ふふん、踊りたいよー」階上浮かれては
「階上もヤングの振りして」天上、溜息「CGアナグラムミュージシャンなんて知らないわよ、でも浜田翔祐の分身は中々雰囲気いいよね」
「俺はすぐ発禁になるけど竜崎豊の分身、歌詞の自動生成が過激過ぎるけどな」最上、自分の鞄からCD取り出しブックレットを読む
階上叱りつける様に
「もう最上さ、何でそんなの持ち歩いてるんだよ、発禁モノはすぐ処分しろよ、トリビュートアルバムとは言え職務質問で交番に引っ張られるぞ いくら刀持ってるからって、なあなあの雰囲気で終らないからな」
「俺に『彼女のスクーター』入ったCD捨てられるかよ」最上ふいにエアギターでイントロ開始
「いいから、いい曲ならベスト盤で買い直せよ、正規版でちゃんと売ってるんだろ」階上吐息
「トリビュートアルバムとは言えアルバムの雰囲気込みでの、あの名曲なんだよ、彼女のスクーター♫」最上上機嫌にも
「それ同意するわ」とくとくと頷く天上「でも、今は元祖中越さちこの時間よ」
「仕方無いな」最上エアギターを止める
「もう、人のカーステレオでご機嫌になって」階上憮然と「音楽大好きなら、もっと分身のCD聞きましょうよ、これでも世界文化の片隅担ってるんですよ そう、貴重な国の財源になるんですよ」階上、放置された工事中のままの道路の誘導灯を見ては、ハンドルを左に切る
「そうは言っても、歌詞の自動生成が戦前の日本なのよね、切ないわ」天上物憂げに
最上、窓の風景を只見やる
「今は無き幻の東京に夢見てる人、世界中に結構いるんですよ それでいざ大江戸市に来てみたら、この光景に耐えられず悲鳴失望が絶えないとか、まあこの有様ですからね そのお陰で観光客が鎌倉に流れて来るのがまた問題なんですよね、観光区との間にくまなく塀を作ろうとか何とか、立ち消えてはまた浮かび、署名が回覧板で回って来てますよ」
窓の外の大江戸市は、ビルと街並が2度の原爆の熱線で依然と焼けこげた跡が残ったまま、長年の雨にも流されずクリーニングもされず放置され、退廃の極み、唯一の救いはそれでも蔦が生い茂る事
花彩、中越さちこブックレットに夢中
「ふむ、なるほど、おお、さすが全復刻BOXだけは有ります、うう全部聞きたいけど、ここは、」そして右手を高く上げ「はい、元祖中越さちこさんの全復刻BOXのCDなんですけど『シュプレヒコールを何度でも』を是非お願いします、自宅にもベスト盤があって母が絶唱しています」花彩破顔
「知ってる、」一同目を剥く
花彩頬笑み
「歌いましょうか?」
改造ラシーンは尚も快走
「そうこうしているうちに着きますよ、目指している悪党のビル 目的は聞いて分かりましたから、とっとと終らせましょう、長引かせて後味悪いのは勘弁ですよ」階上忙し気に
「あいつらも血税使って、何しているやらね」天上溜息
最上毅然と口を開く
「踏み込む前に言っておきますが、天上さん色々敵に回しますよ」
「最上もこの後に及んで及び腰ね 所詮は三次団体よ、無茶な証拠残さなければオールokね」天上、窓から見える灰色の大江戸市をどこまでも眺める
「今回銃弾は無いから、そこは大丈夫ですか」最上、シートに凭れる
「全く、非番でなければ一式持ってるのに どうです宮代さんの所から銃器借りますか、いやルーフに銃座付けないと駄目かな、寄りましょうよ平和島」階上、バックミラー越しに天上を見る
「駄目よ 今回事情が事情だから、無茶も出来ないし、提携先の宮代さんにも迷惑掛けられないわ」毅然と天上
割って入る花彩
「大悪党との対話、やはり興奮しますね」果敢にも凛と
「ふん、幾らでも屈服させて上げるわよ」天上首を解す素振り
強ばる階上
「あーあ、色々ハンディ有りまくりで危なっかしい、だから天上さんのは断っていたのに、本当にもう これも調子に乗って新東京駅にいたからだ」目を細める階上
「階上、ちゃんと期待しているわよ」天上、階上にウインク
「うわ、見ちゃった」階上バックミラー見据えては溜息
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