第19話 ヒライファーム 蓄電小屋

ヒライファーム内 農園の片隅の蓄電小屋、パーティションに区切られたオートマシーンらの部屋 蓄電中のオートマシーンの胸にはそれぞれの名称


「平井さんすいません、オートマシーンさんの部屋が質素過ぎませんか」花彩ポツリと

「花彩さん、そこは止む得ないのだよ 邸の中に入れて一緒に暮らす事はやぶさかではないが、周りの小作人の家が良くてこれでね」平井、毅然と

天上深い溜息

「未だアジアでのオートマシーンへの偏見があるとでも、自ら進んで待遇改善をしないから、その偏見が消えないのです 法的強制力は有りませんが改善して頂けませんか」

「まずは近隣の農家の生活が上向いてからですよ」平井、天上に向き直り「それとも、ユーロへの輸出を切り開いて頂けるとでも」

天上凛と

「いいえ、ユーロに輸出してはアジア内での流通量が減り価格が高騰します、引き続きアジア内での提携輸出をお願いします」

平井目を剥き

「進行こそ遅いが砂漠が六割になった中国に、私が手を差し伸べろとでも 言いたい事は分かってるね」

「ええ、私は言えません サンクトペテルブルク平和条約に近隣国の密なる相互援助の推進が有ります 罰則こそありませんが、その行い人相に出ますよ、平井さん」天上頬笑みで返す

「ふん、」火花が散る平井


一通りオートマシーンの部屋を巡る花彩、不意に写真立ての感熱紙の画像に目を移す

「えっつ、これはおじい様の写真…」花彩振り向き「平井さん、おじい様はやはりこの農園にいました、この写真の持ち主を覚えていませんか!」

「この写真は、ここにいるオートマシーン、甲子00345の持ち物だよ」平井、目を伏せがちに

「それならば、このオートマシーンさんの元の持ち主を事覚えていませんか、」花彩切に

「このオートマシーンは猿滑工房から譲り受けたものでね、以前の持ち主など、詳細な事は分からないよ」平井、首を振る

「そうですか」花彩、落胆する

「さて、このオートマシーン、甲子00345ですがね 彼は故障しているようでね、最近特に疑似涙が止まらず、どうしたものかと」平井従容と

「きっと祖国が恋しいんですよ」花彩じんわりと

斜に構える最上

「いや、労働市場に出回っているオートマシーンに感情は少ない 昔に仕組まれた矯正機能は殆ど外されたものの、その過酷な影響がまだ残っているのか、ただ働くのみだけどな」嘆息

「いいえ最上、彼等は人間よ、言葉とモニターとプリンタは封印されているけど、感情はちゃんとあるわ」オートマシーンを従容と見つめる天上

「そうだね、私が切り出さねばならまい」平井深い溜め息「猿滑工房さんのオートマシーンは、矯正機能が全て外され起伏に飛んでいるので非常に助かるよ」頬笑む「そうだね、いつもありがとう松本さん」オートマシーン甲子00345の肩を労るかの様に叩く

「まさか………そんな、」ゆっくり涙が頬を伝い、思わず顔を覆う花彩

ゆっくり目を背ける天上と最上

カメラのファインダーからゆっくり目を上げる真壁

「えっつ…何が、まさか…」


農園から野鳥の声が静寂に響く


平井言葉を繋ぐ

「花彩さん、残酷な仕打ちに思えるだろうが、猿滑工房から譲り受けた時、認識証も漏れ無く付いてきたよ 甲子00345の首の認識票を見て見なさい」

花彩、甲子00345に詰め寄り、首のパンチ穴のついた認識票を手に取り確認する

「日本のハイパーナンバーのアルゴリズム、松本文也…1991年生まれ、男性、そんな事って!」目を見張り「いやーー」嗚咽

天上、花彩に寄り添う

「そうね、そうよね、でも花彩さん、分かっているでしょうけどここは次に進む為に整理しましょう」ゆっくり語りかける「第三次世界大戦での死者は手当もろくに受けられず、2025年当時人口の半数の37億人にまで及んだわね そして負傷した人は数知れず、中国はその中から強引に敵国の5万人の延髄丸ごと切り離し、密かに開発していたオートマシーンに徴集 オートマシーンが戦場で死なない事をいいことに、何度も何度も回収しては最前線に送り込み、戦争は一向に終らず仕舞い 痺れを切らした中国は度重なる原爆一斉投下しても、対戦国が屈服しない事から、尚も戦争は長引き各国荒廃の極み 気が遠くなる程残酷なお話よね」

「強引にって、天上さん、その歴史何ですか、聞いた事無いですよ…、」声を失うも気丈に「でもこのオートマシーンさん達、これが戦争なんですか、戦争終らすにはどうしても私達人間を犠牲にしないと行けないんですか」花彩、蓄電小屋のオートマシーン達を見やる

最上とくとくと

「どの時代も善はあった しかし何れの戦争もそこに至るまでの過程が諸説あれど、そこにそれぞれの善があったかは、人がたくさん死に過ぎて結局よく分からん 上手い事言えないが、あの戦争を必死に生きた人達、今も尚必死に堪えて生きてる人達には何かしらの理が生じ善も生まれる そこで改めて善とは何か、今この世界で主張される善全てに懐疑的にもなるが、俺はあらゆる善を易々と捨て切れない 憤りに見失うな花彩 目の前の事実を受け入れろ」花彩を見つめる

「そうね、人の数だけ戦争体験はあるの 生きて行く人達が全部背負うのは限りなく不可能だけど、可能な限り未来に繋ぐのよ、それが私達の役目でもあるの きっと出来るわ そう血を流さずとも理解出来る筈なの、善が一つでも有る限り悪は蔓延らないの そう花彩さん、ここから決して目を背けないで、ちゃんとその先にある善を感じるの」天上、がっちりと花彩の肩を抱く 

「オートマシーンへの強制手術、決して許せないです、勝手に何もかも奪うなんて、」花彩震えが止まらず

「戦争は終ったから安心しなと言いたいけど、オートマシーンの在り方は脳移植法で合法化された 俺達、上家衆かみけしゅうの先輩も頑張ったけど、まだまだ平和への道程が遠いね」従容と最上

「この状況を甘んじろとでも言いたいのですか、善の言葉で全て置き換えろと言いたいのですか、ねえ最上さん」花彩、最上を見据える

「そうだ、自ら穢れるな」最上、花彩から視線反らさず「だが、おじい様の件は白黒付けよう」最上手持ち無沙汰に刀に手を添える

天上嘆息

「最上は早いわよ」決意も新たに「でもそうね、付けましょう白黒 中にはオートマシーンになって生きているだけでもって割り切る論客いるけど、そんな人絶対ローマには入れさせないわ」

最上項垂れながら

「ああそれでですか、ローマの東門前で公用車止めて泣かせた中国高官のあれって、あの時ただ機嫌悪かっただけじゃないんですね」目がぎらつき始める「そう、私闘禁止って言っておいて、それは無いですよ天上さん」

天上窘める様に

「最上も目が怖いわよ ローマに住んでいるなら一通りの言語覚えなさい、最低でもドイツ語は必須よ」



まだ泣き止まぬ花彩に寄り添う天上

最上、平井に詰め寄っては

「大体平井さん、何故早く松本さんを日本に引き渡して頂けなかったのですか」

捲し立てる平井

「引き渡し、冗談を言うな、日本に引き渡したら忽ちスクラップだ、彼等は人間だよ、君には見えんかね、人間だよ」

「そんなのデマです、真に受けないで下さい」最上、毅然と平井の目を見つめる

天上物憂げに 

「あながちそうでもなかったのよ ローマの調査書では、確かに勝手に部品を抜く各国の輸入業者を見つけてはローマの監察部が立件したけど、今は大丈夫、各国に引き渡されたオートマシーンは手厚く保護して余生を暮らしているわ」

「いやーーー何故、」花彩遂に悲鳴を上げる「何故、そんな酷い事ばかりするんです、」

「ふん安心手形の進行形か、引き渡せるものか」平井吐き捨てては「今の日本に手厚い保護など、そんなゆとりがあるとは思えん 日本の何処にオートマシーンを保護出来る施設があるのかね、言ってみなさい」

「ジュネーブ生存協定追加条項の元、オートマシーンの生存権も遵守されました、日本始め各国法整備施設建設は進んでいます 施設に関しては勝手に引き取る輩が絶えませんので非公表です、一切明かせません」天上口を噤む

「ローマ参画政府が日本の内情を語るとは、ここに来て世迷い言を、今は戦後60年だよ、時既に遅し、大方姨捨山にでも送り込んでるのだろう、君達は心が痛まないのか」平井尚も責め立てる

「嘘ですよね、全部嘘ですよね、天上さん」花彩次々縋る視線「真壁さんも、このロケ全部嘘ですよね」

涙が零れ落ち顔を背ける真壁

「花彩ちゃん、演出じゃないわ、違うの」

「そんなー、」一気に崩れ落ちる花彩

天上毅然と

「平井さん、姨捨山って敢えて抽象的に言われますね 原爆爆心地の片付けの事を言ってるのですね」

真壁慌てては

「あっつここは、オブラートに包んでお願いします、完全防護された生体脳といえど被爆はします、オートマシーンへの生存権侵害になります」

天上視線を上げては

「いいえ、ちゃんと真実を語るべきよ、原爆の被害地域の片付けは放射能が基準値になった場所から、オートマシーンも人間も皆総動員で復興しました、決してオートマシーンだけが作業した訳では有りません」

「それは先進国だけだろう、未だ発展途上国では原爆爆心地でオートマシーンが作業をしている、決して証拠映像が無いとは言わせないぞ」息巻く平井

「確かに各国の報道賞でそういう番組がたくさん賞を獲りました、でも、ああ、安全かどうか分からない」言い淀む真壁

「全く敵いそうにないな、天上さん頑張って」最上クスリともせず

「最上は冷やかさない」天上嘆息「平井さん、今や半減期も過ぎ爆心地に放射能汚染の恐れは有りません、平井さんは核の恐怖だけが先行していますので、そこはきちんと訂正して頂けますか」

「宜しい改める努力はしよう ただ私達の世代は辛うじて広島原爆長崎原爆を伝え聞いてきたんだ、どの世代よりも恐怖がある、この世の地獄をそう簡単に洗い落とせないのだよ」平井竦んでは

「違います、大丈夫です、出来ます、平井さん」花彩一歩前に出ては平井に詰め寄る「私はもう大丈夫です、皆さんからちゃんと勇気を貰いました」凛と向き直る「私達若い世代も、ちゃんと戦争の事を伝えて行きますので、恐怖心に負けず真実と向き合いましょう、平井さん 私もちゃんと向き合います、決して目を背けません」平井の手をこれでもかと握る

「花彩ちゃん…」見かねてファインダーから顔を上げる真壁

「真壁さん、ここは残さず撮ってね」天上、真壁の肩に手を当てる


手を握ったまま、ついに崩れ落ちる平井

「…これが人の温もり、真心というものなのか、分かってはいるが、いや分かっていたが、どこかで忘れていたようだ、おお、おお、」背中が震え涙より先に声が漏れる「ありがとう、花彩さん、本当にありがとう」手を握り返し、平井の涙が床に止めどなく零れ落ちる


農園から野鳥が一斉に飛び立つ、ありふれた昼下がりの光景の中の世界の瞬き



気丈にも最上

「まあ話も詰めてきたし、天上さん、後一歩ですかね」

「最上も焦らない」天上溜息「平井さん宜しいですか 松本さんの身柄ですが、強制的に国連憲章における復員兵並びに準復員兵の帰還業務を遂行したいのですが、これには厳しい罰則が伴いますので私は行いたく有りません ここは是非理解して頂けませんか」

平井、花彩から手を離し漸く顔を上げる

「ああ、戦犯を匿ってなどせん にしても営業停止1年、実質倒産のあれかな、マレーシア始めアジアの多くは法整備されていないので形骸化しておるよ だが、ローマ参画政府が名乗り出ては融通も利かないか」深い溜め息「困ったね、働き手全てのオートマシーンを奪われては種まきも収穫も出来なくなる また、再開するまで長い時間が掛かるだろうし、私の農園と言えど流石に破産だよ」大袈裟に手を振る

最上、蓄電小屋脇の収穫されたトマトの山から掴んでは

「平井さん、富が目当てで農園を経営していない事は、このトマトで分かります 穏便にお話を進めましょう」

「確かに帰還業務を遂行しても、その都度オートマシーン達の引き取り手が極端に少ないのは悩ましい所です ですがこのヒライファームで働きがいを持って生活しているのは否めません、幾らでも穏便にお話は進められますよ」天上、微笑

花彩、トマトの山に寄っては

「ふむ、身割れのない立派なトマトですね」涙を拭い頬笑む

「そうでしょうそうでしょう、このオートマシーン達が真心を持って丁寧に収穫しました 皆さん採れたてを食べてみなさい、無農薬だからそのままガブリとね」平井何度も涙を拭っては頬笑む

「平井さん、それでは頂きます」最上、手にしたトマトに齧り付く

「地中海でもこんな立派に実らないわね、平井さん頂きます」天上、トマトの山に寄っては取り上げ上品に口に運ぶ

「平井さんありがとうございます、頂きますね」花彩もトマトを取り上げ、上品に齧り付く「ふむ、芳醇ですね」綻ぶ

恐る恐る真壁

「平井さん、私もいいですか、日本では夏場しか食べられないんですよ、是非」

「日本は未だビニールハウスが難しいんだったね、食べてみなさい、今なら世界一と言えるよ」トマトの山から一つ掴み、真壁に差し出す

真壁両手を差し出し受け取る

「ありがとうございます」一礼

「どれ、私も食べようか」平井もトマトの山から一つ掴み

一同トマトに齧り付いては感嘆舌鼓


依然と蓄電小屋 電源ケーブルを繫ぎ頑丈な椅子に座るオートマシーンの胸には【甲子00345】のペイント

「甲子00345、この方がおじい様なんですね…」花彩改めて声を失う

「先程、故障とか言われてましたよね、動かないんですか」最上、甲子00345から目を離さず

「うう…」涙を浮かべる花彩

「最上も故障とか失礼よ、そこ疑似涙が止まらないよ もう、何か良い表現が出て来ないわ、」天上忸怩と

「いや、ユーロはオートマシーンが少ないのだから、ことさら戸惑っても仕方が無い事」平井改めて生命維持装置のラックを見やる「これといって、エラーメッセージは出てないのが深刻なのだが」

「すいません、どうしても慣れないもので」最上軽く一礼

「でも修理、いやメンテナンス、じゃなくて手術、いや治療、どれが適切なのかな」真壁悩まし気に

「治療で通っているわ」天上前に進み出る「平井さん、やはり、いや、どうしても日本で適切な処置をさせて下さい」

平井向き直り

「いや、これはどう足掻いても難しいでしょう ここ最近いくら充電しても起動が遅くてね、表の太陽光パネルからも十分電力は取れているのだがどうにもこうにも 勿論、猿滑さんに頼んでかなり部品交換したがお手上げの様でね そう、ここはそっと見取らせてくれないか」従容と

「ここに来て諦めろと、今迄の手順とかは何なんですか」最上嘆息

天上毅然と

「いいえ譲れません、日本へ手厚く移送します 平井さん了承頂けますか」

「きっとまだ可能性は有ります、そうですよ、平井さん」花彩懇願 

「いや、いや、待ってくれ、松本さんはここに来て決して長くはないが…駄目だ、やはり止めよう、日本は東南アジアよりオートマシーンに対する環境が酷すぎる」平井、従容と

「いや、ですが…」天上逡巡「それは一理はあります、今や昔の日本の技術、お世話になっているドクター猿滑の腕も群を抜いていますし、何より日本に戻っても国と三次団体の保険でどこまで賄えるかが疑問だわ」

「天上さん、酷過ぎます、おじい様をここで一生を終えろと言うのですか、せめて柏の自宅迄連れて行かせて下さい!」天上に詰め寄る花彩

「花彩さん そう、まだ、死ぬと決まった訳ではないから落ち着いて」天上自ら諭す様に、花彩の両腕を優しく支える

「いや、この年になり見送って来た数は少なくない 松本さん、いつ峠を下ってもおかしくないのだよ」甲子00345を只見つめる

「ええっ…」只声を無く花彩

「急に人で無しになりますね」最上毒突くも

「若僧なら、その台詞構わん」平井意に介さず

天上溜息

「もう、」凛と胸を張り「ええ、死は何れ訪れるわ、皆も見送る準備は欠かしていないでしょう だけど、それにも動じないで最善の方法考え抜きましょう そうですよね平井さん」平井に歩み寄る

平井目を見開き

「お言葉だが天上さん、それもこれも今の日本はオートマシーンへの認識が圧倒的に低過ぎる 中国に日本人の延髄丸ごとを取り出されておいて、強制的に同胞の日本人を薙ぎ払ったオートマシーン達に国家予算など避けまい そう、中国が日本を恐れさせる為に散々流した情報・ビラの全て教えて上げたいよ、【捕まえたら全て農奴にしてやる】とだ、【歯向かう奴は脳を容赦なく奪う】とだ、【死んでもお前等を案山子にしてやる】とだ、前線から追い出す為に確かにやったよ奴らは そして脈絡も無く原爆を止めどなく落としやがって、全人類の口を封じたかったのか、いや、中国は一体何をしたかったのだ、全く凡人には計り知れんよ」

花彩嗚咽

「でも、中国がそこまで酷い行い・煽動をする訳がありません、そんな歴史、メルボルン国債図書館のどこにも有りません、そんな、そんな見せしめ酷過ぎます!そうですよね天上さん、」

「花彩さんも見ないと分からないなら、ローマに来なさい デン・ハーグ統合軍事裁判所の第三次世界大戦裁判の記録を全部見せて上げるわ」俯く天上 

「戦争と言うより、まさに“人狩り”ですね でも平井さん、あなたの今迄の寂しさを紛らわす為に俺達は来た訳では有りませんよ」最上前に歩み出る

「うるさい!“人狩り”と言うな、“人狩り”を知ってるなら何故日本は隠そうとする、忘れようとする、無かった事にする 戦争の傷は深過ぎるのだよ、今も尚心を抉るあの光景、あんな無惨な、ああ労しい、あれは本当なのだよ、分かってくれないのかね それとも何か、我々老兵が早く死ぬのを待っているのか、それで満足か、君達日本人は!」平井口から飛沫を飛ばす「何より、松本さんに平穏な日々を送れる完全な人間の義体用意するなんて保険でも何億掛かるんだ そうだよ、日本は何時迄一握りの富裕層がのさばるのかね、富を支配するのかね、日本国民全て毎日の食事にも貧するのに優先順位が違い過ぎる えーい全ては悪魔の所行、煽動、発明、中国憎しだよ、くそーーー!何がしたくて戦争起こした、誰が開戦に踏み込んだ、誰に囁かれたんだ、この世のまだどこに悪魔がいるのだ、教えてくれ、憎んでも憎みきれん、」崩れ落ち何度も地面を叩く

花彩漸く立ち上がり、恐る恐る平井の背中に手を添えては

「平井さん、それでも中国は5度の原爆一斉投下を始め、そして各国への侵略の謝罪をしています、きっと改めてオートマシーンへの強制手術への謝罪もしてくれる筈です そして、例え原罪が増えてもそれを日本は受け入れるでしょう 皆さんあの戦争で気付いたのです、争う事の空しさを 勿論そこに各世代の国民感情がまだまだ伴っていないのは承知しています ですが、些細な何れか一つでも気付き受け入れれば、それがきっかけとなり、皆さんの心に明りを灯せる筈です」

「戦争に行った人間に善を説くかね、花彩さん 私の手は何度となく血にまみれたのだよ」平井立ち上がろうとするも膝から崩れ落ちる「あの戦場が未だ目に焼き付いている、魂の飛び去った人間の塊と山、あの空虚感は何だ、消えない、目を閉じても消えないのだよ、その為には常に何かをしてなくてはならない、まだまだ働かなくては、」行き場も無く、床を爪で掻きむしる「うぐーーー」

天上透かさず膝を折っては、両手で平井の手を止める

「恐れながら分かっています、その苦しみ 平井さんの今迄の歩み、それは道とお考え下さい 平井さんの道、私達が必ず繋いでみせます」平井の手をこれでもかと握りしめる


不意に胸のゲージが赤く点滅し起動する甲子00345

「会話に反応したのか」最上いち早く

「ああ、松本さんも戦争の事など忘れられないって事だ」項垂れたままの平井

「おじい様!」一目散に駆け寄る花彩


甲子00345から尚も滴る疑似涙


「涙が…」花彩息を飲む

「分かったでしょう花彩さん、その涙は本物だよ 松本さんはここにいるべきお人なんだよ、こここそが戦争を忘れられる私達の楽園なんだよ」平井尚も説く

「そんな、なんて言えばいいの」花彩止めどなく涙が溢れる

「花彩さんは、どこまでも人の為に泣けるのか…この私は何を、」平井心を打たれ、やり場も無いまま床を力無く叩く 

天上、平井の肩に手を添える

「平井さん、未だ無垢な心のまま生きるのは難しい時代ですが、花彩さんの様な方は沢山います 平井さん、ここはきちんと見届けて頂けますか」

「やはりお別れなのか、」平井声を失くす

「そうです、この優しい光りは天国への階段です」天上、小屋の天窓を見上げる


天窓からの光りが、和らぎを持ったかの様に蓄電小屋を隈無く照らす


「このままではいかん、」平井我に返る「花彩さん、松本さんのお孫さん、松本さんに話しかけなさい、矯正機能は全て取り外されているから、きっと思い出す筈だよ」 

「はい、」花彩、松本に問い掛けようと「おじい様聞こえますか、孫の花彩です、祖母は第三次世界大戦で死にましたが、母は何とか戦争を生き延びました、声を聞かせて下さい、」切に訴えかける

「オートマシーンの会話は…」最上言い淀む「いや奇跡は起こるか」

「最上も、漸く分かってきたわね」天上頬笑む「花彩さん、ちょっと退いて貰える」ゆっくり花彩を抱きかかえる

「何をされるんですか、」花彩不思議に

「禁止事項だけど、」右手を直角に挙げ「“ローマ参画政府の下、ジュネーブ生存協定の遵守をここに宣言します”、さあ松本さんの封印を開けるわ」オートマシーンの胸の封を切り施錠を開ける

甲子00345の胸のモニターには走馬灯の様に駆け巡る文字画像、とどまる事を知らず

「凄まじい高速スクロールだな、俺でも頭に入らないよ」しばたく最上

横から花彩の右手が伸び胸のモニターに食い入る

「ふうむ、戦前のゼータOSですね、デバッグを延々自己修復している様です」花彩の目が一点を見据え、延々流れる高速スクロールを逃さじと「必ず奇跡を見逃しません!」

「これ読めるのかよ、」最上目を見張る

「駄目、もう1K映像だとブロックノイズが、24K映像に切り替えないと」真壁カメラをスイッチング「バッテリー持つかな」

「花彩さん、戦前のOSまで分かるの?」驚愕する天上

「きっちりハウツー本読みました、やはりOSの新規開発費は嵩むので、どこも亜流ばかりです、ですが猿滑さんの改良版は無駄が有りません」花彩尚も焦点動かさず

「関心するね、褒めるのは後にするよ」最上感嘆

「最上さんありがとうございます、文学以外の本はメルボルン国際図書館で殆ど頭に入れてます」花彩尚も胸のモニターに目を見張る

「文学も今は昔か、やはり基本はヌーヴェルヴァーグ映画だよな」最上頻りに頷く

「花彩さんそれでいいのよ、清濁通り越した本が沢山あるから賢い証拠よ」天上、モニターを見ては目が何度もしばたく

「そんな感じですよね、来た、」花彩、ログの入り口を見つける「音声ログイン、メンテナンス権限施行、物理メインメモリのデフラグ解消後に生体メモリから再度データ移行、鍵のかかった物理サブメモリは消さない様に、最速自己修復へ」不意に花彩の右手にリングが仄かに浮かぶ「メモリ領域に負担が掛かりますが、延々ループしては機器の負担が取れません」

「ほう、やっと本性出たか、」最上微笑

「この娘は…」天上、只花彩を見つめる


徐々に甲子00345のモニターのスクロールが遅くなる

「おじい様頑張って、頻繁に出て来る位打さんって日記の人ですよね、さっきの画像見せて下さい、その人が位打さんなんですよね、その位打さんがおじい様を最前線へと送った鍵を握ってるんですよね、もっと証拠を教えて下さい、日記だけでは足りません」花彩思わず声を張る

様々な画像と文章のスクロールと共に、甲子00345の胸の感熱紙へ次々プリントアウトされて行き、漸くスクロールが止まると

「花彩、遥々会いに来てくれてありがとう」松本の初めての肉声、胸のゲージが消え、全ての電源が止まり、止めどなく滴り落ちる疑似涙、そして涙

「おじい様、何もしていません」花彩、松本の固い手を握っては泣き崩れ落ちる「あんな、手紙の為に最前線の仕事受けるなんて…」

力強く手を組んでは祈る 

天上近付き「花彩さん、今は祈りなさい」そっと松本の手を組み直し、自分の胸のロザリオを外しては、松本の胸に優しく置く「皆さん、略式ですが、松本さんの為に祈りましょう」手を組み目を閉じて祈りを捧げる

続く一同、手を組み目を閉じ祈りを捧げる



最上、オートカッターで切られた感熱紙を床から一通り掬い上げては、ある手紙の文面に目を通す

「成る程 花彩に聞いた話だと、松本さんの奥さんはすでに死亡、娘さんは低温治療で全米に移送されては、その消息など当時の日本では分かる筈も無いですね」

天上、最上から丸ごと感熱紙を奪っては、次々捲る

「どう贔屓目に見ても、この勿体ぶった文章気に入らないわ、全ての手紙の決め台詞【この位打、身命を賭してでも御家族を探し出す】何言ってるの、本社の総務のお飾りがそんな事する訳無いでしょう、一体どの口が言うのよ、呆れるわ」

「それじゃ、位打が黒って事でいいですね でも当時の天下りですよ、もう寿命ですって、多分今日の事も知らずに往生してますよ」最上、苦虫を潰す

「それじゃ、これ 最上、こいつなら心当たり無いかしら」天上、感熱紙の束からある感熱紙を引き出し差し出す

最上、感熱紙を受け取り

「天上さん、タグ見る限りこいつが位打、位打麝広、でもこれって…この顔、あのリストの奴なら、まあやりかねないか」嘆息

「長くローマに詰めていないわよ そう正しく日本の国賊、まだまだ生きて人生を謳歌してるわ いい頃合いだわ、全て公にしましょう」天上毅然と身が引き締まる


花彩未だ泣き崩れる 平井も声にならず泣きながら花彩の背中を何度も優しく叩く 

天窓から流れ込む柔らかな光りが、松本の最後の涙の一滴に吸い込まれゆっくり床に落ちる 厳かな午後

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