第18話 マレーシア ジョホールバル ヒライファーム
ヒライファーム事務所内、一行の紹介も終り消息確認が始まろうと
ボタンダウンの白いシャツに薄ら汗、日に灼けた白髪混じりの体格の大きな老人、平井が憮然と
「まあ、猿滑さんの紹介では、無下に出来んか」
「あの、日本語が流暢ですね、日系の方ですか」花彩頬笑む
「いやまあ、正直に申せば恥ずかしながら元日本人ですよ、日本人向けの名刺はと、」平井机の中を探る「1枚で宜しいですな、それではお嬢さんに」綻び立ち上がり名刺を渡す
平井から名刺を受け取る花彩
「ヒライファーム、ヒライさん、平井さん、やはり日本の方なんですね」
「ああ花彩さん、その昔訳があって平井に改姓しました 日本は怖いから脱出した口でね、察してくれれば有り難い そしてこのマレーシアでグリーンカード取得して一念発起、今や一大農園ですよ、いやここまで大きくするのは長かったね」平井感慨深気に
真壁恐る恐る
「あの平井さん、改姓って、ご都合悪く無ければカメラ回し続けてても大丈夫ですよね」
「ああカメラね、日本で借金は踏み倒していないから大丈夫ですよ、真壁さんどうぞお続けなさい」平井表情崩さず「そして花彩さん、誰をお探しでしたかな、」
花彩息を飲んでは
「何度でも申します 恐れ入りますが、私のおじい様松本文也は何処にいますか 生きていれば94才の筈ですが、ご存知でいらっしゃいますよね 私は誰がおじい様に戦地へと赴かせたかを、直接聞きたいのです」遂一歩出る
「94才、そうだねご高齢だね 残念ながら今日のヒライファームはオートマシーンだけだよ、他の名前の農園ではないのかね」平井、頬笑む
「いいえ、農園で日本姓のヒライはここだけです、念の為マレーシアの現地地図を30回読み直し、しっかり頭に入れました」花彩、微笑
「それならばだね、この時期とかになると食物目当てで働かせてくれとの人が絶えないからね そんな人いたかも知れないし、いないかも知れない、さて心当たりがないね」不意に顔を背ける平井
花彩、毅然と
「平井さん、何をお隠しになってるんですか、不都合な事など有りませんよね」
「隠すも何も、これは手厳しい 後ろの天上さん、さてはこれ、抜き打ちの査察ですかな」平井取り繕う
「ええ、いざとなればローマ参画政府の監察のもと執行出来ますよ」天上、事も無げに
「ローマ、ローマ参画政府とは、いざ言われると頭が痛い、世界の中立調停機関がこんな辺鄙な所迄態々、いやーこれは手強い 不法就労?強制労働?産地偽装?租税回避?そんなの滅相もないですな そう、それならばまず近隣の人達に聞くと良い ただ私の評判は上々だがね、はははー」平井高笑い
「平井さん、先程から、巧みに話が掏り替わってますよ 94才の祖父の松本文也は何処にいますか、どうか教えて下さい」花彩只頭を下げる
平井何度目かの嘆息
「花彩さん、私の言葉を信じないかね だから近隣の人達聞いてみなさいと言っている、この農園、ヒライファームにご高齢の日本人がまだいるかと 彼等は繁忙期には手伝ってくれるからね、良く知ってる筈だよ」
真壁カメラ回しながら
「あっつ、その証言やはり必要です、近隣も回ってみましょうよ 少々希望が薄らぎましたが、おじい様の足跡を辿る過程も放送しないとドキュメンタリーとして成立しませんし」
「真壁さんの裁量も事務的ね、それは後にしましょう」天上ピシャリと
平井表情崩さず
「どうしたかね、近隣の人達に証言を撮りに行かないのかね、今の時間なら朝市から戻って来ている筈だよ」
「回りくどいな、平井さん 口が回る典型的な戦中派だよ」見据える最上
「私がか、そんな巧みに回避しては口を噤んでおるかね、いやー失礼した だが君達も手順をちゃんと踏みたまえ、まずは人間関係を構築すべきだよ」平井窘める
「平井さん失礼しました」天上、深いお辞儀「最上も控えなさい、大切な所よ」
「俺は理由もなく頭下げませんよ」最上憮然と
真壁、思わず舌打ち
「うわー最上さんやり難い、阿南さんなら透かさず平身低頭ですよ」
「いや、久し振りの日本の若い方で私も昂っているのです、最上さんもそれなりに筋は通っている」苦笑
「そうでしょう」最上頬笑む
「もう、最上さん、これ以上駆け引きに乗ったら、話がどんどん逸れて行きます」花彩、最上の袖を引っ張る
思わず花彩のやりとりに笑みが溢れる平井
「そうだ、今迄の飛び込みのヘルプだがね、台帳が残っているから全部確認しませんか、それで納得して頂けるかね」平井吐息「ただね、この地に来て開墾してから50年は経つからね、相当な記録なんだよ」壁一面の書類棚を指差す「それ全部ですな どうしますか、これなら松本文也さん捜索のヒントになりますかな」
「これ!預かって持ち帰っても1週間掛かりそうですね、それよりトラック借りないと駄目そう」真壁嘆息
「いいえ、私なら3時間で読める量です」花彩余裕の笑み
「相当な読書家なんだね 花彩、凄いよ」最上微笑
「ここは任せて下さい」花彩小さくファイティングポーズ
天上制しに入る
「いいえ、はったりもそこまでにしなさい平井さん、戦中の方が平井さんと同様に本名国籍簡単に晒す訳ないでしょう くれぐれも言っておきますが、日本始め各国の生存追跡管理システムは戦犯を見張る為ではありません、適正な恩給並びに給付金をお渡しする為のものです、戦争に行った人々と家族へのせめてもの罪滅ぼしです」
平井、天上を見据える
「国の僅かなお金では忘れたい過去は消えんよ、天上さん 何より手順を踏みませんか、ここはとても長閑でしてな、如何かな」
「勿論です平井さん、何卒御協力お願いします それでは、ここはひとまず素敵な農園全て見せて頂いて宜しいですか」天上微笑する
「確かに自慢の農園です いいでしょう、確かに手順を踏まれていますな」綻ぶ平井
撓わに実る菜園・オリーブ畑等に感激しては農園を隈無く回る一同 要所要所にオートマシーンが栽培作業を務める
「うわー、ここで収穫の映像欲しいんですけど、平井さん、お願い出来ますか」真壁嬉々と
「真壁さんも飽くなき取材ですね 大晦日の特番の長さは3時間ですよ、諸々考えても…遠路遥々的な構成も否めませんが、それはどうですかね」花彩思案顔
「いいのいいの、今日迄の出来映えから行って尺は幾らでも申請出来そうだから、漏れ無く撮ります お願いしますね平井さん」真壁カメラ持ちながら一礼
「構いませんよ、今日は特に良い日和です」平井オリーブの実を眺める
天上、感慨深気にオリーブの実を眺める
「平井さん、ここは私達も摘ませて頂いて宜しいでしょうか、花彩さんのおじい様がこのオリーブを摘んだかもしれませんので」
「天上さん まあ、いいでしょう」平井事も無げに
「いいですね、ついでにオリーブ尽くしの料理の映像も欲しいですよ、そこはまあ私でも何とかできるかな」真壁思案顔
「それは私に任せなさい、かなり美味しいわよ」天上満天の笑み
「おお、出来る感じがかなり醸し出してます」花彩思わず拍手
「天上さん、そこ俺の方が絵になりますよ」最上出しゃばるも
「いいの、ここは私よ、ローマの料理でちゃんともてなすのだから」天上笑みを絶やさず
昼下がり、収穫の手伝いも一段落 農園の青空席に座り、天上お手製のオリーブのローマ料理尽くしに舌鼓する一同
真壁、搔き込む癖が抜けず
「ふー美味しかったですよ、満足満足」
「確かにかなり美味しいですけど、真壁さん早い、カメラ切り上げるのも早いし、そんなに食べたかったのですか」花彩目を見張る
「当たり前でしょう、このカルボナーラの香りに勝てる訳無いでしょう、兎に角美味しい、乳製品もコクがありますよ」唸りまくる真壁
「これは地元の乳製品ですよ 確かにここまで味が引き出されるとは、マレーシアの酪農も明るいと言うものです」ホクホクと平井
「もしローマに来られたら、幾らでも馴染みのお店紹介しますよ 地産地消のヒントになる事受け合いです」ご満悦の天上
「それもいいですな、この一帯の青年団使節の余裕が出来たら紹介してみましょう 天上さんその際は宜しくお願いします」平井一礼
「謹んでお受けします」天上も一礼
「私もありがとうございます」真壁軽く一礼「でもローマか、そこまで番組の予算が出ないかな、はあ」溜息
「そうねローマ、近そうで遠いわね それなら私の料理で良かったら言いなさい、このロケの期間ちゃんと賄いを作って上げるから」天上頬笑む
「やった、かなり当たりのロケだ、」真壁弾む「阿南さんのサバイバル御飯さようならです」両手を合わせお辞儀
「確かに、いやー実に美味しかった、戦争が始まる前の一流レストランを思い出しますな それは辛気臭くなるかな、いや失礼 これで夕飯も有り付けると非常に有り難いのだが」平井破顔
「そこまで皆喜ぶなら、ホテルのディナーばかりも何だし、天上さんそうしません」最上、天上に目配せ
「そうね、蓄電小屋を見せて頂いたら、そのお時間になりそうね」天上、平井を見つめる
「宜しいでしょう、自然の流れです 明日も明後日では心が痛む事でしょう」平井、従容と
「ありがとうございます、平井さん」天上一礼
「あっつはい、ありがとうございます」花彩も思わず一礼
続く真壁一礼
「またごちそうになります、あれ違うかな?」
「もう、いやですよ真壁さん」花彩腹を抱える
「やれやれ、手順踏むのは大変だな」ナプキンを粗雑にテーブルを置く
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます