第10話 2021年10月 東京都 日本シネマカメラ 総務部安全衛生対策室

残暑が未だ残る東京 戦争の影が重くのしかかり、都の賑わいは過去へ

総務部の窓際角に置かれた完全防音パーティション、総務部安全衛生対策室


室に飛び込んで来る芳賀

「位打シニアアドバイザー、松本が島根で死んだそうです、」

位打眉一つ動かさず

「そうですか、比較的時間が掛かりましたね、ただ死んだ証しはあるのですか」

芳賀しどろもどろに

「はい、遺体の収容が遅れ損傷も激しくDNA鑑定で確認出来ました、改めて残念な人物を亡くしました」

「一安心ですか 松本さんの様な英邁な方がいると、辞めさせてもしゃしゃり出て来ては会社に反旗を翻しますからね まあ松本さんに限らず、似た様人物はどこの会社も大変だったと聞きますよ」位打思いも深気に「死亡通知は松本さんのご家族には伝わっていますか」

「いや、相も変わらずそれは難しいです、松本の家族に限らず、埼玉原爆の放射能被害を警戒して、どこに疎開しているかまでは、さすがに…」芳賀言い淀む

位打目も合わそうともせず

「芳賀さんは総務部ですよね、どの仕事が優先事項なんですか、松本さんのご家族のハイパーナンバーもご存知の筈ですよね」

芳賀只平謝り

「申し訳ございません、今現在ハイパーナンバー使用権限も制限され、情報網も錯綜しています、それもこれも戦時中ですので何卒お許し下さい 何せ戦時中に配布された認識票も、熱線で鉄の塊になったとかでは、如何ともしがたいです」

「ふっつ、まるで人間をゴミ扱い、戦争とはここまで心を荒廃させるものですか」位打息も深く「それは兎も角、松本さんの家族の所在が死の間際まで分からなかったのが心残りですね 松本さんの事ですから、私が勿体ぶって延々と戦場近くに置いたお思いかもしれません それは不本意です 希望を持ったまま死ぬ事が餞と言うのに そうです、もっと早く分かれば安心してとっくの昔に死ねたというのに 芳賀さんは全く役に立ちませんね」毅然と芳賀を見据える

芳賀恐縮しては

「全ては2度の原爆一斉投下です、お許し下さい」

「芳賀さん、何かにつけ原爆の性にするのも如何ですよ その恐怖心でこの国が成り立ちますか、中国に増々付け入られますよ」位打、芳賀を何度も指を差す


ガラス越しの街に一斉にカラスの大群が羽ばたき、泣き声がビルの谷間に木霊する


芳賀恐縮しては

「位打シニアアドバイザー、お聞きしても宜しいでしょうか 私達の仕事、いや行いは正しいのでしょうか」

位打、何れの興味も無く窓の外を眺めては

「その答えは、まずは戦争を勝ち抜いてからです しかしよくもぬけぬけと、芳賀さんの人生は常に敗者の側なのですか、非常に情けない」

「ですが社員の半分が死傷者です、まともに動けません、特に若者などは玉砕です、これでは業務が、会社が成り立ちません」芳賀、手の震え止まらず

位打、一瞥もせず

「建前は結構です 今の日本シネマカメラのお仕事内容を鑑みますと適正な人数です、十分凌げますよ」 

「こんな下らない事は、いつまで続くんですか」芳賀の涙がついに零れ落ちる

「芳賀さん、私の前で”下らない”と言いますか」位打拳を握るもすぐに開放する「結構です この戦争の結末が気になるのなら軽く触れましょう 国は日本国土の半分を割譲し中国と休戦したい様ですが、中国の思惑は違います 中国は完全占領した上で日本の工業地帯と豊穣な土地を根こそぎ欲しい様です、勿論有る一定数の奴隷を込みの上です」

「確かに原爆は日本は疎かどの国の工業地帯・農業地帯を回避している様ですが、、人の命がここまで軽いとは」芳賀肩を落とす

冷静を装う位打

「私は逆に芳賀さんの言葉が軽く思います 人間とは、魂とは、目を閉じて思った事が有りますか、当然有りませんよね、俗物の塊のあなたには」口角が上がる「さて俗物の考えを改めましょう 決して軽くは無い膨大な尊い犠牲者が出ている事、豊穣な土地の放射能汚染が軽度な事、工業地帯が無傷で有る事で、ちまちました外交交渉のきっかけになって良かったですね、もっともそれでは同じ円卓にまだ座れる事は無いでしょう とことん頭を下げ隷従の意を伝えねばなりません そうそれで、日本の人口はかなり減少しましたが、これで残る命が救われるというものです 君のほざいた綺麗事“行い“はここで見事な完結です 完結したら全てを美しい思い出にするつもりですね 売国奴め 私がそれを許すと思いますか いいえ、人を率いた管理者責任は勿論取って頂きます、隷従に屈するなら今直ぐ詰め腹を切りなさい」尚も口角が上がる「とは言え芳賀さんの様なコバンザメなら、それさえも擦り抜け、どんな事をしてでも生き残れるでしょうね」

「はい、生きるために何でもします お陰で目が覚めました、私は位打シニアアドバイザーに何としてもついて行きます」芳賀只平身低頭も拳をキツく握りしめる

位打見下げては窘める

「新たなご覚悟に満足です だが芳賀さん宜しいですか 恨むなら私ではなく、酷い仕打ちを辞令に印刷してきたあなた自身を恨みなさい それでも恨みが余りあるのなら そうですね、40才以上の成人でも戦場に送れる様に私が手続きをしましょう そこで思う存分暴れて来なさい」

「いや、いや、いやー、何をおっしゃいます」芳賀取り乱し「位打シニアアドバイザー申し訳有りません、私はまだ死にたくありません!」遂に土下座

「率直さは武器です、今はそれは仕舞っておきなさい」位打、芳賀に近寄る

「本当に死ねません、疎開している家族が路頭に迷います、何卒お許し下さい」芳賀額を床に擦り付ける

「路頭など笑止、心配せずとも幾ばくかの恩給は出ます 本当に己の可愛いさを隠すのに必死ですね 興が尽きました、もう結構です、顔を上げなさい」位打の語気が上がる

「ありがとうございます」芳賀、床に何度も頭を叩き付ける

「そうです芳賀さん まずは生死を問わず皆に感謝、そして今迄の行いを懺悔すれば、きっと天国に行けますよ」位打の口角が緩む

「ぬおおおおーーーすまぬ、」芳賀土下座しながら、止まらぬ後悔の念、嗚咽も止まらず

位打、目を細めてはパーティションのブラインドを降ろす

「芳賀さん、」嘆息「そこまでにしなさい、総務部の皆さん覗きに来ますよ」土下座したままの芳賀の後頭部を踵で踏みつけ捩じ伏せる



突然 東京湾のど真ん中から閃光が降り注ぐ 凄まじい熱戦風圧がビルと窓を揺さぶり一気に“バリーーーン”、透かさず凄まじい熱線が建物という建物に流れ込む



「熱い、」芳賀必死にもがき転がっては背中の火を消すも間に合わず「助けてくれー」

位打、背広の火を素手で事も無げに払っては声を張る

「これが原爆か、これが戦争か、これが煉獄か、これが私の業か、こんな業火では私を焼き尽くせぬ、これが人間の執着だ、意志の強い人間だけが生き残るのだよ、それを確信した人間はどこまでも高みにいける、目の前の煉獄など恐れるに足りん、何もかも焼き尽くせるならやってみろ、多くの叡智を積み重ねた日本の大地をいとも容易く消せるか、消せまい、これが私の心血を注ぎ込んで来た国、日本国というものだ、そしてこの世の栄えというものだ! はははー」高笑いが鳴り響く

芳賀目を見開いては

「鬼、鬼、鬼、鬼、鬼がいる、」只恐れ頭を必死に隠す 



窓ガラスの吹き飛んだ総務部安全衛生対策室の紙という紙が燻っては、一気に発火して舞い上がる 壊れ溶けたガラス窓から外に飛び出す火の紙片、何処かしらからも行方も定めず火の紙片が集まってはビル風に舞い上がり、火炎の輪を作る 東京は煉獄の入り口と化す

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