第5話 第三提案

ますます沈痛な面持ちの社員が溢れて行く、個別面接会場


芳賀、分厚い封筒から新たな約定を抜いては

「松本君これなら同意して貰えるだろうか、どうかね」松本の前に約定を差し出す

「【生体間臓器移植臨時立法 同意書】、これって死んだ時のドナー同意書ですよね、それなら肌身離さず持ってますよ」財布からドナーカード取り出し見せる

「いや違うんだ、」芳賀、面妖な面持ちで

「違うも何も、ドナーカード持ってますよ」松本尚もドナーカードを見せる

「全部読みなさいと言いたいが、時間が無いので、ずばり言おう、生きていても臓器提供なんだよ」芳賀、松本を見据える

「それ、倫理問題に引っ掛かりますよ、うっかり提供したら寿命縮むじゃないですか、いや早死にしますって、何言ってるんですか」松本約定を突き返す

「いや、順を追って説明するが、そこは安心しなさい、生体間臓器移植臨時立法に同意しても死なない様になってる」芳賀宥めるかの様に「目的としては戦地で負傷した兵士の為の生体間移植でね 生死を争う戦地で適合するドナーを待っていられる時間は無いだろう、そこで予め同意の上、各臓器を国立安心ドナーセンターに集め管理するのだよ そう一人でも多く救う為に生体間移植は必要なんだよ」

「それなら中国で医療の発展目覚ましい人工臓器有りますよね、ああ、中国かー」松本頭を抱える

「そうだね、中国はもはや医療で世界を牽引しつつあるね 全ての人工臓臓器移植数は勿論、不可能と言われていた脳移植は200人余りも成功している 医療の到達点とは一体どこなんだろうね、仁を知り尽くしたと言うのに、全く中国は」芳賀歯噛み

「いやまさか、生体間臓器移植って、心臓もかよ」松本息を飲む

「そう、生体間臓器移植臨時立法に臓器の例外は一切無い」芳賀事務的に体面を繕う

松本逆鱗に触れたかの様に

「おい、そんな法律あるわけないだろう、冗談だろ、殺す気かよ、」 

「ここでやっと話せる、移植で万が一でも死なんよ 移植後代わりとなる人工臓器は、既に中国からかなりの数を政府調達で輸入したそうだ これは先見の明と言えるかわからんがね」芳賀只溜息ついては分厚いマニュアルを捲って行く「ただ日本での人工臓器移植手術は臨床試験が遅れており、移植手術数が現状では圧倒的に少ない為、とても兵士には使えないとの見解だ そこで【生体間臓器移植臨時立法 同意書】だよ、民間から健康な臓器を抜き出し、代わりに人工臓器を埋め込む、ここに至っては倫理も何も無い、全ては戦争に勝つ為だ」顔を背ける

「そんな無茶苦茶な…」松本声を失くす

「戦争とはそんなものだ ベテラン兵の代えは全く利かない すでに日本でも、大小問わず生産できるラインを使っては人工臓器の生産に取りかかるそうだ」芳賀、分厚いマニュアルを何度も見返す

「戦争、ここまでやるなんて長期戦覚悟なんですか」目を剥く松本

芳賀正面に向き直り

「ああ、事前に配られたこの分厚いマニュアルの【中国侵攻の対応策】の箇所を読んだが、内閣は本土決戦まで頭に入れ10年相当の長期戦と見積もっている それまでに中国軍に上陸され日本国民の約一千万人は死ぬとの事だ、その後の民族浄化を逃れ、仮に生き延びても日本国民全て奴隷は確実だ、だから負けられないのだよ そう負けたら日本の明日は全く無い、太平戦争のまるでそれとは言えんが最後の一兵まで戦い抜く気概を感じて貰えないかね、私の説明が足りないのかね、松本君、明日の朝日を拝む為にも君の力が是非必要なんだよ」自らの言葉に酔う様相

「直接的間接的、どうあっても戦争に加担して、人を殺めろと言うんですか」松本吐き捨てる

「この後に及んで目を背けるかね、今日だけで同胞が何人死んだ、いやまだ午前中だ、国の発表はまだ無いがきっと途方もない数だよ いいかね何もせず死ぬより、大活躍して君の大切な人達を1日でも長く生きさせようと思いは無いものかね」芳賀息を繋ぐ「悪いことは言わない、この戦争に協力し、国に恭順の意を示すべきだ、松本君」語気を荒げる


押し黙る松本と芳賀、それを尻目に次々紛糾する個別面接会場


松本ポツリと

「【生体間臓器移植臨時立法 同意書】、ベテラン兵を救うにしてもきっと臓器足りませんよね」

「だが、どうしてもドナーの頭数は何としてでも揃えんといかん、これは政府調達Aランクの大会社の協力なら出来ると見越しての計画であるのだよ」芳賀、沈黙を遮るかの様に「ああ分かってる、これは限りなく詭弁だ、だが成人男子女子に向けての国威掲揚にはなる、ここまで尽くしたら、日本の勝利を確信せざる得まい」芳賀背筋を伸ばしては「しかし松本君、君はこの約定にサインすべきでは無い 適性検査“壬”の君にはこの戦争を打開できるだけの力がみなぎっている」

「でも、この約定にサインする人いますよね」松本、約定見ては思いを巡らす

「この芳賀、総務部の一員たるべく身命をとして我が社の全社員そつなく教育してきた自負はある しかし、松本君みたいに、優秀な人間ばかりではないのだ ここは察してくれ」芳賀、微動だにせず

「あんた、悪魔だよ」芳賀の顔に詰め寄る

「松本君、裏で何を言われてもいいが、ここでは最低でも名前で呼びなさい」尚も表情崩さず

「これも、さっきのあれも、兎に角サインは出来ません」松本、手元の日記に書き連ねて行く

「止む得まい、それでは全ての案を話す事になりそうだね」芳賀嘆息

「ああ、聞きますよ」松本、尚も書く手を止めず

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