第4話 第二提案

個別面接会場は時間を追う毎に、ひっきりなしに嗚咽興奮怒声憤慨が飛び交う


芳賀から微笑

「さて松本君の端末のログを見たのだが、君の動体視力はずば抜けているね、どんな長文もあっという間に読みきってしまう 情報システム部は、予々君の事を超人じゃないかと訝しんでるよ 本当の所どうなのかね」クスリと

「まあ本を読むのは早いですけど」松本思案顔で「それ、これからの事に何か関係有るのですか」

芳賀満面の笑みで

「大有りだね、先程のリストラ案の延長になるが、週8時間労働は何の為か分かるかね」

「いいえ」松本只伺う

「率直に言おう、国の労役だよ」芳賀毅然と言い放つ「その中に男女問わず志願兵と言うのがあってだね、」急いで社員のバインダーの書類を捲り「松本君は適正で言う所の、甲乙丙の“壬”なんだよ」

「“壬”ってなんだよ、甲乙丙の何れかじゃねえだろう」吐き捨てる松本

「“壬”はVIPクラスだよ、その動体視力が買われた様だね いやー私も鼻が高いよ、最高度適正なんて大手一社に一人いるかどうかだからね、いや改めて敬服するよ」芳賀、仰々しく一礼「そうそう、国からも委任状が用意されている、この約定を見たまえ」分厚い封筒から約定を差し出す

「知ってますよ、それって赤紙ですよね、だからこの会場騒がしいのか」松本斜に構える

「伝え聞く太平洋戦争と一緒にされては困るね 会社の業務内容とは違うが、憲法で言う所の勤労の権利だよ、君の好きな憲法の適用内だよ 大体、日本が戦後の反省もせず大ぴらに徴兵出来るかね」芳賀毅然と背を伸ばす

「ふざけるな芳賀さん、こんな日本国憲法、誰が認める」約定を押し戻す

「困ったね松本君、遡って一昨年の日本国憲法抜本改正を知らないのかね いや、そこは長くなりそうだね、そうプライベートは後回しにしよう」芳賀口角上げては躱す

「何でも知ってる素振りですね」松本、薮睨み

「個人のプライバシーを踏み込んで守る為にグレードアップされた個人情報国際保安法、最後は国の管理するところだが、雇い主も当然知っている 色々言いたい事はあるが、それは最後にしよう」芳賀嘆息「兎に角この志願兵、頭数を揃えて国に名簿を提出しなくてはいけないのだよ」

松本、日記に殴り書きしては、芳賀を見据える

「頭数って何だよ、それって政府調達Bランクの大会社がやる仕業かよ、内部留保差し出してそれで終りにしないのかよ」

芳賀鼻息も荒く

「たかが1兆円の内部留保差し出して、国が納得するかね いいかね松本君、湾岸戦争の様にこの国ではないどこかの国への戦争支援金と勘違いしていないかい そうお金も必要だが、今この国には志願兵が一番必要なんだよ」

「何かにつれ志願兵って、いい加減にしろよ」松本吐き捨てる「どうしても戦争続ける気なんですか、戦争って人と人が殺し合うんですよ 今直ぐ休戦にすべきです」

「ほほ、それを私に言うかね」芳賀慄然と「あの中国が前触れも無しに原爆を落とした以上、殲滅戦だよ、そう兵力が天と地だ、休戦に応じる訳があるまい、」

松本凛と

「いいえ、話せば分かり合えます」

「成る程ロマンチスト程、甘い言葉に惹かれるか」芳賀苦笑するも「まあいいでしょう、ここは私の顔を立てると思ってこの約定にサインを頂けないかな」約定を何度も差し出す「これは前もって言っておくが、ここの会場で個別面接を行っている社員はどうあってもサインを押さざるえないのだよ どうかね、前に進ませてくれ、手こずらせないでくれ、君の他にまだまだ面接は続くのだよ、頼むよ松本君」お辞儀も長く

「戦争反対、です」松本語気を荒げる

「松本君ね、言いたくないが実を言うと会社の危機なんだよ、助けてくれないか」芳賀甘える素振りで

「どうであろうと、サインは出来ません、戦争反対です」眼光鋭く芳賀を睨む

「そうかね、困ったね」芳賀溜息「先程言った配給の為の公民札の支給なんだがね、これは政府調達Aランクしか配られないんだよ、志願兵名簿を漏れ無く国に差し出さないと公民札は貰えないんだよ そうなんだよ、そうなれば松本君と君の家族は疎か、我が社全社員全家族餓死は免れん」

松本、日記への殴り書きを確認しては

「何言ってるんですか、日本シネマカメラは確か政府調達Bランクですよね、はなっから公民札貰えませんよね」

芳賀切に

「いやそれがだね、政府調達Aランクを頂ける権利が特別に用意されているのだよ」声を失くす

松本察しては

「まさか、公社化ですか、それとも海外市場で持株全部売れとかですか」 

「いや、国が終始一貫望んでいる条件は、志願兵名簿の基準を満たす事なんだよ そう、どうしても頭数を揃えたいんだよ」芳賀の拳が耐え切れず震え出す

松本察するも、舌鋒緩めず

「急場凌ぎの札の為に、志願兵になれなんて、どの口で言うんだよ 芳賀さん」

「分かってる、しかし私にも立場があって言い続けなくてはいけないのだよ」芳賀声を振り絞る「しかし言おう 内心、君達が汗水たらして利益を齎した内部留保も召し上げられて、幸せに働く社員も差し出すなんてとんでもない条件とは分かってるよ でも皆が生き延びる為には仕方が無いのだよ なんであろうと、ひもじい思いをしながら身動きも出来なくなる餓死者を一人も出せんのだよ」

松本、芳賀を見据えたまま

「生き延びる為には何でもするんですか、誰かが犠牲になれば、この世が良くなるなんて、この会社から学んだ事では有りませんよ」松本頑として首を振らず

「ああするさ、何でもするさ、君になんと言われてもね」芳賀事も無げに

「いいえ 今のまま政府調達Bランクでも皆の知恵で凌げますよね、まだ解決出来る方法がありますよね、いや絶対ここが踏ん張り所ですよ、頑張りましょう!」松本興奮止まらず


松本の熱を帯びた発言で、個別面接会場から、どこかしらから啜り泣く声


芳賀、増々従容と

「いや松本君、実は、その政府調達Bランクも雲行きが怪しくなっている」

「本当、追い込むのがお得意ですね」松本項垂れる

「そうでは無いのだよ」芳賀、必死に言葉を繋ごうと「だが言える範囲で言わねばなるまい 国から指摘を受けた、我が社のラインナップの中国での製造・組み立てがネックになっている 憎っくき敵国と推定される中国に生産ラインを容易く奪われ、設計図から製品迄何もかも奪われたので、内閣府は今かんかんに怒って懲罰動議が上がっているらしい 分かるねこの立ち位置 ここで国のご機嫌損ねたら日本シネマカメラ解散だよ、そう志願兵名簿が基準に達しなかったら、我が社の全社員全家族は三日ともたず餓死するよ、いいかね苦しみ恨みながら死ぬんだよ」

松本気圧されるも

「死ぬ前提はやめろよ縁起でも無い 大体敵国が中国って、ちょっと待てよ、何で中国なんだ、良い人ばかりでしょう、愛想が良いでしょう、どんな難しい話も笑顔で対応してくれるでしょ それに世界の工場中国なら日本の他の会社も状況は同じでしょう、なんでそんな国の不条理に付き合うんですか、ここは一致団結して一言国に申しましょうよ」

「えーい、松本の緩さには付いていけん、もう隠せん、そうなんだよ、よりによって中国なんだよ!」芳賀怒りで震える

「何で、どこがどう拗れて、戦争なんてするんだよ!」松本負けじと声を張る

「そんなの知らん、いきなりドカンだ、全くどうなってるんだ!」芳賀容赦なく机を叩く

「一体何人死んだんだよ、何だよ、この虚無感、こんな仕打ちなんてあるのかよ」松本慟哭

「知らん知らん、知らん!」感情を抑える芳賀


静まり返る個別面接会場 松本芳賀へ一手に視線が集まる


「ここは少し冷静になろう、松本君」襟を正しパイプ椅子に座る芳賀

「この個別面接、志願兵を送り込む為の口実なんでしょう、でももっと腹を割って話し合いましょう、きっと回避出来る筈です」松本漸くパイプ椅子に座る

「いや、ここは譲れん」頑として首を縦に振らない芳賀「このマニュアルでは、中国の日本への侵攻だがね 日本各地の自衛隊と予備役は生きていれば約35万人、中国は軍隊だけで遥か彼方の上を行く約500万人だよ、兎に角志願兵動員しないと勝てないんだよ それもこれも原爆をいとも容易く落とすのだから、占領されたら何をされるか分かったものではない」唇を振るわせながら、振り絞る「それ以前に、何故日本は防衛の為に原爆を持っていないのだ」

「勝つとか負けるとか、何に拘ってるんですか 大体日本に原爆は入りません、広島原爆長崎原爆の惨劇を忘れたんですか」

「誰が忘れるか原爆の惨劇、この世の地獄の果てだよ」芳賀吐き捨てる「だがね松本君 中国が日本に侵攻してきたら、君の家族、いや民族浄化のもとに日本国民ほぼ皆殺しだよ 他国の戦争ニュースや歴史を全く見ていないのかね、完全な統治をするには多くの犠牲が必要なんだよ その為にも水際で食い止める強力な兵器たる原爆が必要だったんだよ」

「そんな非道、誰に吹き込まれたんです、芳賀さん心が荒み過ぎてますよ」松本、芳賀から目を離さず

「何度も言う、これは戦争なんだよ そして今や日本に安心な地など、どこ一つも無い」芳賀従容と

松本食い下がる

「ですから、何を置いても対話ですよ、この約定にサインは出来ません」

「そうか、それなら別の案を提示させてくれ」新たに分厚い封筒を取り出す芳賀

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