第2話 日本シネマカメラ 801会議室 個別面接会場

最小限の電灯で薄暗い日本シネマカメラ8階801会議室 居並ぶ机に急仕立てのパーティション、早くも各自の面接が始まっている



目を見張る松本 

「この熱気、社員全員ですか」

「ああ、これからの社の運命が掛かっているからね、まあ座りなさい」芳賀、松本を詰め込まれた会場の端の席に促す

松本、只個別面接会場を眺めては

「まあ、」姿勢を正す



それぞれの狭いパーティションコーナーには、どの机にも分厚い資料とバインダーが積まれている

芳賀、面接を始める

「さて、原爆が投下され…」

「ちょっと待って下さい、本当に原爆なんですか、あれって」松本食らい付く

芳賀宥めるかの様に

「まあ松本君、国からの通達もあった 近場では埼玉に原爆が着弾したそうだ すでに原爆は落ちたのだから、今更慌ててもしょうがないよ 話を進めるね」

「おいおい、そんなんで冷静でいられるか、やはり帰ります」立ち上がろうとするも

芳賀、松本の腕をしかと握る

「駄目だ、まだ防護服を着て測定していないが、外は死の灰が舞っている、返す訳にいかない 松本君、確実に死ぬよ」

「死の灰って、死ぬって、ああ、どうすりゃいいんだよ」松本頭を抱える

「ご家族が気になって、帰りたいのも山々だろうが、今この時間を有効に使うべく個別面接を始めたいと思う、いいかね、始めよう」芳賀、手を差し伸べパイプ椅子に座る様に指示

松本逡巡しては

「…分かりました」

芳賀、分厚い社内報の冊子を捲っては

「さて我が社を巡る状況だが、君も知っての通り、主力商品24Kカメラ始め殆どのラインナップは中国で製造・組み立てを行っています この戦争状態に陥っては中国から日本に仕上がった製品の移送も不可能 現地中国工場も中国政府との合同会社契約が不履行となり、中国本国に接収も時間の問題 さて、分かるねこの状況」

松本事も無げに

「まさか倒産ですか、でも」

芳賀、松本を見据え

「松本君は実に飲み込みが早い、まさにそれだよ、いまどう足掻こうか役員会議が行われている、そう簡単に答えは出ないだろうがね」

松本食い下がらず

「いやでも、この状況なら取引先も待ってくれますよ、我が社のカメラは日本一、いや世界一なんですよ、日本シネマカメラには実績と歴史が有ります」

芳賀首を横に振る

「その間、売上げが一切も無くても、君達に給料を払えとでも」

「いやーそこは、そう内部留保とかあるんじゃないですか」松本答えを絞り出す

「内部留保、その言葉は少々早いが、いいでしょう、我が社の状況を掘り下げよう」芳賀只頬笑む「松本君、日本国における日本シネマカメラ政府調達ランクは、上からA・B・C・D・Eどこに当たるか分かるかね」

「それって、新聞とか本に書かれてますか」松本、首を傾げる

「いや、公然の秘密というやつだ、どこにも書かれていないよ 当てずっぽうでいい答えなさい」芳賀手を差し伸べる

「東京オリンピックへの貢献度、そして無償供与とかありますから、Bあたりですか」淡々と松本

「素晴らしい、松本君のセンスは実に素晴らしい、さすが我が社の売上げの5%に貢献しているだけはある!」立ち上がっては大仰に感嘆する芳賀


「はあ、まあ」照れる松本

芳賀何事も無く席に座る

「しかし、そのランク、Bであるが故に非常に困った事がある 国からの内部通達で、我が社の1兆円の内部留保を全て日本国に預けろとの事だ、預けろだよ、これならいっそDかEの方が良かったかね、さて」頭をもたげる芳賀

「でも預けるだけですよね」事も無げに松本

「松本君、この状況下で本当に返ってくると思うかね」芳賀、溜息混じりにマニュアルを捲って行く「何でも、日本の法人各社分散させて寝かせた内部留保の総額は800兆円だそうだよ、オリンピック景気恐るべしだね、国が食らい付くのも当然の結果だよ」

「それも戦争が終れば、何れは返ってきますよね」見据える松本

「そうだね、かなり一方的であるが戦争だね」芳賀感慨深気に「しかしこの戦争はいつ終るかね、その間に日本中の会社お店はどこもかしこも倒産だよ」

「ここまで作り上げた日本シネマカメラのブランドですよ、戦争が終ったら、会社更生法できっと復活出来る筈です」松本身を乗り出す

同じく身を乗り出す芳賀

「非常に良い案だね、我が社のファンは日本は疎か世界にも多い、民意に訴えかければ、その時まであるかどうか分からないが産業再生機構は疎か投資ファンドも動いてくれるだろね、実に希望に溢れている」

「希望じゃないです、きっと出来ます、なんせトーキーの時代からの老舗ですから世界中のファンが待っています」笑顔が戻る松本

仰け反る芳賀

「いいね、希望の話は何度聞いてもいいね ただ日本証券取引所は原爆が投下されてから、再開のメドは立たないそうだ、頼みの当座の資金調達も断たれたね おっとこれは非公式だから他言は無用だよ」

「だったら、国に会社存続をお願いすればいいじゃないですか、今からでもきっと救済してくれますよ そうですよ法人大手が倒産したら、あっと言う間に伝搬して日本中倒産ですよ」松本拳を固める

「ああそうだね、会長が涙ながらに訴えたそうだが、政府調達Aランク以外は手が回らないとけんもほろろだよ」俯く芳賀

「とはいえBですよ、Aとそれほど大差無いんじゃないですか、どれだけの差があるんですか、つうか押しが足りないですよ、日本シネマカメラが潰れたら、平和の祭典東京オリンピックはどうするんですか」松本切に

「この状況下で、東京オリンピック、平和の祭典、さて」芳賀深い溜め息「松本君、そもそもこの東京に、次の原爆が落ちない可能性はあるとでも?」

「そこは多分大丈夫ですよ、東京オリンピック開催きっと出来ますよ なんせ平和の祭典ですよ、早くオリンピック休戦を提案し、そのまま交渉進めて、きっと仲直り出来る筈ですよ 何で戦争始まったか分かりませんが、話し合えば縺れた糸は解れます」

「松本君、まだ目が覚めないかね、日本は戦争しているのだよ、あのキノコ雲の下で何万人死んだ、そんな余裕など、全く無い!」苛つき捲し立てる

「じゃあ、戦争止めろよ、何の為に戦争してるんだよ、解釈多々有れど憲法第9条、平和憲法だろう、日本が戦う道理なんて一切無いだろう!」松本、机を思わず叩き付ける


松本の咆哮に静まる個別面接会場


芳賀襟を正し

「松本君すまなかった、お互い冷静に行こう、話を進めたいが宜しいかね」

松本拳をおろし

「ええ、ですけど、どこと日本が戦争してるんですか」

「落ち着いて聞きたまえ」芳賀声を潜めては「中国だよ」

松本、体中の力が抜ける

「そんな、」

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