四. 幸せの境地
毎日やることがある。
あけみちゃんから届いた写真を見ることだ。
起きたとき、仕事終わり寝る前、ふとしたときに見て癒されて幸せな気持ちになる。
もう生活の軸が二人になっている。
そして、今日は由美さんの誕生日。
自分の誕生日じゃないのに朝から、なんだかソワソワしていた。
出勤前にメールを入れた。
「由美さんお誕生日おめでとうございます。急ですが仕事終わりに逢える時間ありますか? プレゼントを渡したいので、どこかで落ち合えたらと思ってます。時間があるときに連絡待ってます」
送信した瞬間に、爽快感を感じた。
お昼に返信が届くだろうと思い、スマートフォンを閉まった。
するとらスマートフォンが鳴り、急いで取り出すと由美さんからだった。
「武志さんありがとうございます。とてもとても嬉しいです。今日ですが仕事終わって、すぐ実家に行かないといけないので、帰宅してあけみが寝てからでも大丈夫ですか?」
由美さんは、僕からのメールを待ってたかのように返信が今までになく早かった。
メールを読み返すと、内容にホッとしたと同時に緊張も出てきた。
喜んでもらえるかな……
重すぎないかな……
想いは伝わるだろうか……
とにかく夜を待つしかない。
今は目の前の仕事を頑張るだけだ。
仕事が終わり、プレゼントの花束を受け取りに行ってから、帰宅した。
由美さんからのメールを待ったが、家にいても落ち着かないから、いつものカフェに向かった。
カフェに着き、いつものようにカウンター席に座りカフェラテを頼んだ。
マスターがカフェラテとチョコレートを添えて出してくれた。
「ありがとうございます」と言うと、マスターから、「食べたら落ち着くよ」と言われた。
いつもと違う、緊張している僕を感じたんだと思った。
それ以上、話しかけることもなく、僕は流れている映画に目をやった。
スマートフォンを見える位置に置いて、意識は完全にテレビではなく、スマートフォンの画面にあった。
プレゼントに手紙も用意した。
『お誕生日おめでとうございます。
由美さんが生まれてきたこと出逢えたことに感謝しています。
もしかしたら出逢うべくして出逢ったのかもしれません。
由美さんと僕の誕生日を見ると
これから三人で人生をゆっくりと歩めたら嬉しいです。
想いを込めて……武志』
そして、手紙にいつも付けている香水を振りまいた。
最近はメールが当たり前で、手紙で想いを伝えることも、だいぶ減ってきている。
字が汚いからと恥ずかしがらずに相手が喜ぶ姿だけを考える。
ただ喜んでほしい、気持ちを知ってもらいたい、幸せと感じてもらいたい。
スマートフォンの画面が明るくなり、メールが届いた通知が見えた。
「武志さん遅れてごめんなさい。今から大丈夫ですか?」
すぐ返信を送った。
「由美さん大丈夫ですよ。今からお家の近くの公園に向かいますので、着いたら連絡します。そしたら来てくださいね」
丁度のお金を置いて、「ごちそうさまです」と言うと、マスターはドアに向かい開けて待っててくれた。
笑顔で、「いってらっしゃい」と言ってくれ、僕も笑顔でうなづいた。
お店を出ると早歩きで公園に向かった。
ベンチに座り、由美さんが歩いてくる方向を見て待っていると、ダウンコートを着た由美さんが小走りで公園に向かってくるのが見え、僕は由美さんのほうに近寄って行った。
「武志さんこんばんは。遅くなってしまってごめんなさい」
「いやいや、急にお呼びだてしてすいません……由美さんお誕生日おめでとうございます」
背中に隠して持っていた花束を渡した。
「わあーきれい! 武志さんありがとうございます。とても嬉しい」と言いながら、花束を見つめていた。
「誕生日当日に渡せて良かったです」
由美さんは顔を上げ、僕の顔を見て満面の笑みを浮かべた。
僕は、この顔が見たかった。
マンションのほうに歩き、入り口のところでまで行き、立ち止まった。
「由美さん目をつぶってください……そして手を出してください」
「えっ……なんですかー?」
「いいからいいから」と言いながら、由美さんの手を取り目をつぶっていることを確認して、手の上に手紙を乗せた。
「はい。目を開けてください」
由美さんは手の上に乗っているものを不思議に見ていた。
「書いたので後で読んでください」
手紙だとわかって照れたように、「はい。ありがとうございます。初めてだから嬉しいです」と手紙と花束を見つめていた。
この瞬間が止まってほしかった。
ずっと続いて欲しいと心の底から思った。
こう言った時が、由美さんの幸せでもあり、僕の幸せでもあるんだと思い、僕の中で気持ちが確信に変わった。
「本当に今日はおめでとうございます。プレゼント喜んでくれて嬉しいです。それじゃあクリスマスの日にお家に伺いまいますね」
「着く時間がわかったら連絡くださいね。クリスマス楽しみです」
「わかりました。僕もすごく楽しみで今からワクワクしてます」
するとマンションの住人が、僕らの横を通り挨拶されて二人で声を揃えながら、「こんばんは」と言い、由美さんと目を合わしてクスッと笑い合った。
「それじゃあ行きますね」
「はい。今日は本当にありがとうございます。気をつけて帰ってくださいね」
「ありがとうございます。由美さん今日も寒いのであたたかくして寝てくださいね」
「おやすみなさい」と言い合い、僕は歩き始めた。
角を曲がるときにマンションのほうを振り向くと、由美さんがまだ立っていて、手を振っていた。
立ち止まり僕も同じように手を振った。
気分が舞い上がっていて、家にそのまま帰る気分になれなかった。
出逢ったときの公園に行き、いつものベンチに座った。
空を見上げると、空気が透き通っていて夜空が綺麗だった。
さっきのことを考えて余韻に浸っていると、薔薇の本数の意味を伝えることを忘れていることに気づいた。
クリスマスのときに二人きりになるタイミングのときに話そうと考えた。
家に着いたが、まだ気持ちに落ち着きがなかった。
ベッドに入っても、なかなか寝られなかった。
今日プレゼントを渡したこと、クリスマスのことを思うと眠気が起きなかった。
ふとノートの存在を思い出し、ペンを取り読み返しながら、頭の中にあることを書き出してみた。
間接照明の明かりが、ノートだけを照らしていた。
クリスマスまでの四日間は、今までになく一日の時間がゆっくり進んでいた。
会社の行き帰り、仕事中も、帰宅してからも長く長く感じた。
特に長く感じたのは、寝る前のベッドの中にいるときだった。
そして今日は、ずっと待っていたクリスマス当日の朝が来た。
スマートフォンを見ると一件のメールが届いた。開くとあけみちゃんからだった。
「お兄さんおはよう! ハッピークリスマス! お仕事終わったら連絡してね。すごく楽しみにしてるよ。お勉強がんばるからお兄さんもお仕事頑張ってね」
返信をし、二人へのクリスマスプレゼントを玄関に準備をして家を後にした。
会社に着き仕事をはじめ、気づいたらお昼、夕方と、クリスマスまでの一日は長く感じたのに、今日は時間が進むのが早かった。
仕事が終わったと報告のメールを送り、いつも以上に足早に家に向かった。
家に着き、スーツから私服に着替える、自分の姿を鏡で見ると気持ちが高ぶっているのを感じた。
クリスマスソングを聴きながら、二人の共に向かった。
マンションが見えてきて気持ちを落ち着かせるために、冷たい空気をゆっくり吸いゆっくりと吐いた。
オートロックの前に来て304号室を押すと、「はーい」とあけみちゃんの声だった。
「こんばんは。武志です」と言うと、「どうぞ」の返事と同時に自動ドアが開いた。
エレベーターを押すと、今までにない緊張が出てきた。
部屋の前まで来て、もう一度、深呼吸をゆっくりしてインターホンを押した。
ドアが開き、あけみちゃんが居て、後ろには笑顔の由美さんが居た。
その瞬間、緊張は一気になくなった。
「こんばんは。お邪魔します」と言いながら、靴を脱いだ。
リビングに行くと、豪華なディナーが用意されていて、由美さんが言っていたクリスマスの飾り付けもたくさんされていた。
感動していると、あけみちゃんと由美さんは見つめ合いながら笑顔を見せていた。
「サンタさんからあけみちゃんと由美さんにクリスマスプレゼントを預かってきたのでツリーのところに置いておきますね」
あけみちゃんはツリーの近くに来て、「えーーなんだろうなんだろ」とはしゃいでいた。
由美さんの顔を見ると、何も言わずに笑顔を見せてくれた。僕も同じように笑顔を見せた。
「じゃあディナーを食べ終わってから開けようね」と言い、あけみちゃんの肩を持ち、ダイニングテーブルに移動した。
テーブルには、たくさんのご馳走が並んでいた。
「お母さんと一緒に二人で全部作ったんだよ」
「ありがとう。どれも美味しそうだね。見てたらお腹が空いてきちゃったよ」
「それじゃあ食べましょうね」と由美さんが言い、グラスに飲み物を注いでくれた。
三人で顔を合わせながら、満面な笑みで、「メリークリスマス」と声を揃えて乾杯した。
あけみちゃんと由美さんの笑顔が見たくて、笑いを取ったようなことを言ったり、喜んでもらえるようなことを言って、僕自身も幸せな気持ちになっていた。
たわいもない話をしながら笑い合い、二人の話を聞いたり、僕の話をしたり、美味しい料理を食べながら楽しい時間を堪能していた。
何よりこうやって三人でいることが楽しくてしょうがなかった。
本当の家族ではないが、家族ってこんな感じなのかなと思いながら、素敵な時間を味わった。
お腹がいっぱいになり、ツリーがあるソファーの方に移動した。
由美さんはコーヒーを僕の分だけ作り、テーブルに置いてくれた。
二人掛けソファーは、三人で座るとギューギューだった。
コーヒーを一口飲み、ツリーの下に置いていたプレゼントを取り、「メリークリスマス」と言いながら渡した。
二人は、ゆっくりと梱包を剥がし、顔を見合わせながら、同時に中身を取り出し、「かわいい」と声を揃って言った姿を見て、僕は自然と笑みがこぼれた。
「お母さんとお揃いのパジャマだ! モコモコで気持ちいい! かわいい」とすごく喜んでくれた。
由美さんからも、「武志さんありがとう」と言われたが、その姿は母親の由美さんだった。
僕は笑顔でうなづいた。
「せっかくお揃いだし着替えてきたら」と促すと、あけみちゃんは乗り気だったが、由美さんは少し照れていた。
あけみちゃんが由美さんの手を取り、別の部屋に行った。
僕はコーヒーを飲みながら待っていると、扉が開く音がして振り返ると、二人は手を繋いで立っていた。
僕も立ち上がり、二人を見て言葉が出なかった。本当にかわいいと心の奥底から思った。
黙って見ていると、あけみちゃんが、「どう? かわいい?」と言われて、「うんうん! 二人ともすごくかわいいよ」と言いながら、見惚れていた。
「想い出に写真を撮ろう」と言い、二人だけの写真、三人の写真をはじめて撮った。
ソファーでゆっくりしていると、あけみちゃんは寝てしまった。
時計を見ると、あけみちゃんはいつもなら寝てる時間だった。
由美さんと目を合わせ子声で、「ベッドに運びましょうか?」と言い、起こさないように、ゆっくり動いてお姫様抱っこをした。
由美さんに付いて行き、ベッドにそっと下ろし布団を掛け寝顔を見た。
音を出さないように扉を閉め、リビングに戻った。
すると、由美さんは間接照明とツリーの明かりだけにしてソファーに座った。
その瞬間、由美さんは母親から女性に変わったように見えた。
横に座ると僕の顔を見て、「今日は本当にありがとう。私の分までプレゼント用意してくれて……武志さんのおかげで誕生日とクリスマスと素敵な日になりました」
「いえいえ、こちらこそありがとうございます」
ツリーを見ながら、ゆっくり話し始めた。
「今日来たのは、ただ楽しみで来たわけじゃなく気持ちも伝えたいと思って……」と言ってから――由美さんの顔を見た。
「僕は、由美さんのことが気になって気になってしょうがないです。由美さんのことが好きです。けど……正直、愛しているという気持ちは、まだ分からないです」
「私も全く同じ気持ち。出逢った日から気になってて、二人で逢ったときに好きな気持ちが出てきて。けど……武志さんの言うように愛しているという気持ちはまだ分からない。だから、愛している気持ちを知るためにも、一緒に居る時間が増えれば増えるほど、答えは見えて来ると思うの。武志さんと恋人のように日々を過ごせるだけで幸せ」
間があり、由美さんは話を続けた。
「実はね……武志さんのこと待合室で並んでるときに見て、素敵な人だなって思ったの。けど……私は武志さんとはすごく年が離れてるし、こないだの誕生日で43歳になっちゃったし。私からは気持ちを言えないと思っていたから、話をしてくれて嬉しい」
「年齢は関係ないですよ。僕は今の由美さんが好きで、これからもずっと一緒に居たいと思ってます」
身体を由美さんの方向に向けると、由美さんも同じように身体を動かした。
「誕生日プレゼントにあげた薔薇3本には理由があって……告白という意味があるんです」
由美さんは初めて知ったみたいで、驚いた顔をしていた。
「これから由美さんにとって恋人で、あけみちゃんにとってお父さんのような存在で、居させてもらえませんか?」
「はい。あけみも喜びますし、私もすごく嬉しい。こちらこそ一緒に居てもらえますか?」
由美さんの手に優しく触れ、見つめながら――深く返事をした。
これ以上、言葉は要らなかった。
だいぶ遅い時間になってしまい、“泊まっていく”と聞かれたが、なんとなく今日ではないような気がして、次回にすることにした。
二人で片づけをしている時間も楽しくて幸せでたまらなかった。
片づけも終わり、コートを着ようと手に取ると由美さんから、「ちょっと待ってて」と言われ、廊下に小走りで向かった。
コートを着て待っていると、由美さんが笑顔で戻ってきた。
「武志さん! 目をつぶって」と言われて、僕も笑顔のまま目を閉じた。
由美さんは、僕の手を取り、紙袋のような物を置いて目を開けると、「武志さんメリークリスマス」とすごく嬉しそうな顔で言った。
中身を見ようとすると、僕の手を押さえ、「帰ってから開けてね」と言われた。
「わかりました。由美さんありがとう」とプレゼントが気になりながら、玄関の方に向かった。
靴ひもを結び立ち上がり、由美さんのほうに身体を向けた。
「今日は本当にありがとうございます。美味しい料理もごちそうさまです」と小声で言い、一歩近ずき由美さんの手を掴み、「そしてこれからもずっとよろしくお願いします」と目を見て言った。
由美さんはいつもの笑顔で、ゆっくりうなづいた。
すると、由美さんが小声で、「目をつぶって……」と言った。
ゆっくり閉じながら何だろうと考えた瞬間に、唇にそっとキスをしてくれた。
僕の唇には感触が残っていた。
由美さんの背中に手を回し抱き寄せ、もう一度唇を合わせ、少し強く抱きしめた。
顔を見合わせ言葉は交わさずに、玄関を開け締まりきるまで、笑顔のまま見つめ合った。
マンションを出ると寒さが顔に染みたが、今の僕には心地良かった。
イヤホンをして、行きと同じクリスマスソングを流し、プレゼントが気になりながら早歩きで家に向かった。
行きとは、まったく違うように曲が聴こえてきた。
コートも脱がずにソファーに座り、プレゼントの箱を開けた。
そこには、ネーム入りのボールペンがあった。
ゆっくり取り出し握りしめた。
紙袋を折りたたもうとしたが、何かが引っかかっていて折れなく、中を見ると、封筒が入っていた。
『Dear 武志さん
お手紙が嬉しくてお返事を書きました。
誕生日プレゼントのバラの花束とても感動しました。
そしてお手紙も感動しました。
人生ではじめてもらったプレゼントだったので、ずっと見惚れていました。
武志さんが言うように私も強い繋がりを感じています。
もしかしたら、偶然じゃなく必然だったのかもしれませんね。
私たちを見つけてくれて選んでくれてありがとう。
これからもずっとずっと、あけみと私の近くに居てくれたら嬉しいです。
武志さんいつもありがとう。
ps……手紙を枕元に置いて寝ます。まるで武志さんが隣にいるようです。
From 由美』
何回も読み返した……
ボールペンを握りしめながら……
ずっと手紙を見つめた。
恋愛では、この感情はずっとは続かないと言われているけど、今の気持ちをどれだけ大切にするか、忘れずに日々思うか、ちゃんと言葉にして伝えるか。
相手から必要とされることで、生きていると感じ存在価値が生まれる。
僕は、その部分を失っていたけど、いま戻ってきた。
人を好きになる気持ち、楽しさ、幸せな感情が心を動き回った。
今のこの気持ちを、世の中の言葉では表現できなかった。
今日撮った写真を見ながら、枕元に手紙を置いて間接照明で照らしながら、目を閉じた。
次は逢うのは、あけみちゃんのピアノの発表会。
そこには、おじいちゃんおばあちゃん、つまり由美さんのご両親も来る。
その日が、5日後に待っている。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます