三. 想えば叶う

最近、あけみちゃんからのメールは写真付きで届く。


習いことしてる姿や料理をしてる姿、由美さんとのツーショットの写真が送られてくる。

写真を保存して、気づいたときは見てる自分がいた。由美さんのことだけを見ながら考える。


偶然、会った日からちょうど一週間が経った。由美さんからメールが来ることはない――メールが苦手なのか、送りにくいのか、それとも僕から届くのを待っているのか。答えが出るわけでもない考えをして、会社に出勤した。


夕方になり休憩しようと、スマートフォンを見ると由美さんからメールが届いていた。


「武志さんお疲れ様です。急ですが、今日の仕事終わり空いていますか? またあのカフェでお話しませんか?」


嬉しさとびっくりで、一気に身体が熱くなった。

今朝、考えていたことが、まるで引き寄せたように感じた。

周りを見渡し、もう一度メールの文面を見返した。

「由美さんお疲れ様です。大丈夫です。前と同じぐらいの時間でも大丈夫ですか?」

仕事に戻ったが、メールの返信が来てるか気になり、ソワソワしている自分がいた。


仕事が終わり、すぐにスマートフォンを見た。

「武志さんありがとうございます。前と同じ時間で大丈夫です。先にカフェでお待ちしていますね」


その場で返信を送り、すぐに会社を出た。

イヤホンを取り出しテンションが上がる音楽をかけた。曲でなのか逢えることにウキウキしてなのかわからないが、いつもより早く歩いているのがわかった。

電車に乗り、外の風景を見ながら何を話そうか、それとも何か話があるのか、頭を巡らせ考えた。


駅に着くてイヤホンを取り、トイレの鏡で身だしなみのチェックをした。

身だしなみのチェックより、自分がどんな顔をしているのか気になった。

顔は、その時の気分を正直に表している。

仕事で疲れてたはずが、口角が上がり良いことがあったような表現をしていた。

トイレを後にして、急いでカフェに向かった。


ちょうど電車が来て踏切に捕まってしまった。

カフェのほうを見ると、前と同じ窓側の席に由美さんが座っているのがわかった。

外を見ながら、僕のことを探しているように見えた。

踏切のバーが上がり、由美さんのほうを見ながら小走りでカフェに向かうと、僕に気づきガラス越しに笑顔で会釈をしてくれた。

僕も同じように笑顔でお店のドアを開けた。

マスターと目が合い会釈して、由美さんのほうを見た。


「由美さんこんばんは。すいません。お待たせしちゃって。待ちましたか?」

ありきたりな言葉を並べてしまった。

「武志さんお疲れ様です。いいえ、大丈夫ですよ。むしろ急にお誘いしてすいません」

由美さんの顔を見ると、さっきまでの緊張がどこかになくなってしまった。

「連絡もらえて嬉しかったですよ」と言うと、由美さんは包容力がある優しい笑顔で僕のことを見た。


コートを脱いで座ろうとすると、マスターがお水とカフェラテを持ってきてくれた。

「……え?」という顔をすると、由美さんがすかさず、「カフェラテで大丈夫でしたか? 先に頼んじゃいました」と言い、僕は、「ありがとうございます」とスマートに言ったが内心はとても嬉しかった。

マスターは、何も言わずに笑顔でカウンターに戻った。


「いつもカフェラテを飲んでいると言ってたので、先に頼んじゃいました。武志さんはお酒は飲まれるんですか?」

「覚えててくれてたんですね、ありがとうございます。ほとんど飲まないですね、弱いのもあるので……その時の雰囲気で飲むことはありますよ。 由美さんはお酒は?」

「私もたしなむ程度で、ほとんど飲まないですね」と言いながらカフェラテを飲み、その姿を見て同じように僕も飲んだ。


お互いコップを置くと、由美さんから、「もうすぐクリスマスですね。本当に私たちとクリスマス過ごされて大丈夫ですか?」

「大丈夫というか、一緒にいる相手も居ないので寂しいクリスマスを過ごすところでしたので、由美さんとあけみちゃんとクリスマス会やるのが、今から楽しみです」と安心してもらうように話した。


不安そうな表現で聞かれたから、安心して欲しかった。


「そう言ってもらえて嬉しいです。 あけみも毎日のようにクリスマス会が早く来ないかと楽しみにしていて。もうクリスマスツリーを出して飾り付けを一生懸命やってますよ。武志さんを驚かしたいみたいで」


楽しそうに話してくれて、やっている風景が想像できた。


「あっ……もしかしたら内緒なことかもしれないので知らなかったことにしてくださいね」と慌てて照れたような表情で言った。

「はい。大丈夫ですよ。聞いたことは秘密にしておきます」と笑いながら答えた。

笑い合い、お互いカフェラテを飲んだ。


「そういえば、武志さんの知らないことが多いので色々聞きたいなと思っていて……出身は東京ですか?」

「元々は埼玉に居て、小学五年生のときに東京に引っ越してきて、そこからはずっとここに住んでます。 由美さんは?」

「はい。私はずっとここで産まれて育ちました」

「武志さんはご実家ですか?」

「いえ、一人暮らしですが、実家は割と近いです」

「ご兄弟はいますか?」

「五つ上の姉と二つ上の兄がいます。 二人共、結婚して神奈川と千葉のほうで暮らしてます」

「武志さん次男なんですね。長男のイメージがありました」と笑いながら言った。

「よく長男っぽいと言われます。なんででしょうね」と笑顔で言うと、すかさず由美さんが、「武志さんしっかりしてるから」と真面目なトーンで、そして急にタメ語の表現になったことが無性に興奮した。

「私は一人っ子だったので、兄妹に憧れます」

「一人っ子なんですね。あけみちゃんも一人っ子で同じですね」

「だから何となく一人っ子という部分でも似てるところがあります」

「じゃあお互い気持ちが分かり合えていいですね」

同時に、二人してカフェラテを啜った。


「血液型は? 私はO型であけみもO型です」

「二人共O型なんですね。僕はA型です」

「A型かなって思ってました 」と笑って言った。

「A型としか言われたことないです」と同じように笑顔で返した。


「武志さん趣味ありますか?」

「これと言った趣味がなくて困ってて、服を買いに行ったり、インテリアショップで家具を見たり、カフェで読書したり、映画見たり、旅行に行くのも好きですね。趣味というかなんと言うか……休日にしてることは、そんな感じですね」

「好きなことが多いですね。私もこれと言った趣味がなくて、趣味がある人に憧れがあって、武志さんは趣味あるのかなって気になっちゃって。強いて言うなら私は小説を読むことが好きですかね」


僕は思い出したかのように、「そうですよね。はじめて逢ったときも待合室で本を読まれてましたよね?」

「そうでしたね。よく覚えてましたね」

「あの時のことは鮮明に覚えてます」

「私も鮮明に覚えてます」


二人して静かにカフェラテを飲んで、僕は由美さんが飲んでる姿を見ながら、全部飲み干した。


時間が気になり時計を見た。

その姿を見て、「何時ですか?」と聞かれた。

「8時10分ですね。そろそろ行きましょうか? あけみちゃんも待ってますよね?」

「楽しい時間はあっという間ですね」

「今日で終わりじゃないですから。これからもずっと続きます」と真顔で言うと、由美さんは安心したような表現で大きくうなづいて返事をした。


コートを手にかけ、「今日はお近くまで送りますね」と笑顔で言いながら立ち上がった。

由美さんも僕の行動を見て同じように立ち上がった。

僕は、マスターのほうに向かうと、由美さんは着いてこなかった。

見たわけじゃなく、背中で着いて来てないのを感じた。


「ごちそうさまです」と言いながら、財布を取り出そうとすると、マスターは由美さんのほうを見ながら、「もう頂きました」と言った。


僕は、すぐに振り返り由美さんを見ると出口のドアの近くに立ちながら照れたように笑っていた。

マスターに会釈をして、驚きながら由美さんに近づいて行った。


財布を持ちながら、「由美さんありがとうございます」と言うと、すかさず、「前回ごちそうしてくれたので、今回は私がごちそうします」と満面な笑みで言ってくれた。


先に出してあげようとドアを開けると、由美さんは、「ごちそうさまでした」とマスターのほうを見て言い、僕も続けるように言った。


お店から一歩出て、由美さんの顔を見て、「由美さんごちそうさまでした」

素敵なことをしてくれた嬉しさを前面に出た気持ちで言った。

「今日は近くまで送ります」

「はい」と笑顔で答えてくれた。


気持ちも高まり手を繋ぎたいと思ったが、一線を越えてはいけないような感覚がこみ上げてきた。

今は隣に笑顔の由美さんがいるだけで、充分幸せなことだと自分に言い聞かせた。


「あっちですよね」と歩く方向を指差し冷たい空気を感じながら歩き始めた。


「今日もあけみは両親のところに居るので迎えに行きますね。クリスマスの日、ウチに来てもらうので住んでるマンションを通って両親の家のほうに向かって大丈夫ですか?」

「はい」と言った後に、由美さんのことを見て目が合った瞬間に、「どこまでもついていきますよ」と笑いを狙ったように言うと、「キャハハ。武志さんって面白くて素敵」

続けて由美さんは話した。

「クリスマスまであっという間に来そうですね。なんか久しぶりにワクワクしてます」と照れながらも思っていることを言える由美さんが愛らしく見えた。


女性を家まで送り、誰かに見られてないか、そしてソワソワしながら話す感じが、学生の頃に戻ったようで新鮮だった。


「そうですね。僕も楽しみでワクワクしてます。楽しいことを待ってるときは、あっという間に来ますね」

由美さんと同じ喋りのトーンで話し、同じペースで歩いた。


「あそこを曲がったらマンションがあります。この辺は知ってますか?」

「いえ、この辺は来たことないのでわからないですね。けど、方向音痴じゃないので道順も覚えたので当日は迷わないと思います」

「私は方向音痴なんです」と笑いながら言い、続けて話した。

「すごく方向音痴なので、武志さんのように迷わない方はすごいなって思うし、そういう方じゃないと出掛けられないです」


心臓の音が聞こえるぐらい大きく動いた。

“これは僕と出掛けたいと遠回しに言ってるのか”と思いながら、ちょっと勇気を出して言ってみた。


「じゃあ僕と居れば安心ですね」


由美さんの顔を見ると、僕に見られたことに気づき、満面の笑みでうなづいた。

その顔は、あけみちゃんとそっくりだった。


「ここがウチのマンションで304号室です」

「はい。わかりました。 当日は直接向かいインターホン鳴らしますね」

「お願いします。 ちょっと自転車取ってくるので待っててもらえますか?」

「はい。ここで待ってます」と笑顔で言うと由美さんは小走りで自転車置き場のある裏のほうに行った。

後ろ姿を見ているとスーパーで、偶然会った時の姿を思い出した。


マンションの前に立っていると住んでる方が通り、「こんばんは」と言われ、同じように挨拶をして会釈をして顔を上げると、前から由美さんが自転車を押しながら歩いてきていた。


不思議そうな顔をして、「どうされました?」と言われ、「住人の方に挨拶されて……」

安心した顔で「ここのマンションに住んでる方は良い人が多くて、必ず挨拶し合うので住み心地が良いです」

「それは良いですよね。安心して住めますね」と言いながら歩き始めた。

「武志さんお家遠くなっちゃうんじゃないですか?」

「大丈夫ですよ。歩くの好きですし前回送ると約束したので」

思い出したように、「そういえば、散歩も趣味です」と言うと、笑いながら、「また一つ知れました」

「こうやって少しずつお互いの事を知り合って行きましょうね」

また由美さんは笑顔でうなづいた。

その姿がすごく好きだ。


好きな気持ちは大きなキッカケより、自然と流れていくように好きになるんだと感じながら、なくなっていた幸せな気持ちがこみ上げて来た。


「武志さん前に話してたお付き合いしてた方は、どんな方だったんですか?」


「……うーん」と言いながら、頭をフル回転させた。

答え次第で、近くにも遠くにも思わせてしまうと思ったからだ。

「優しくて素敵な人でしたよ」多くは語らず、相手の悪いところも言わず、嘘も言わず、率直に思ったことだけを言った。


「武志さんが好きになった人だから素敵な人なのわかります。好きになった人って自分と似たような人を選ぶような気がします。武志さんも優しくて素敵な人だから」

サラッと嬉しいことを言ってくれる。

「僕は素敵な人ではないですよ。普通ですよ……普通」

すかさず、「そんなことないです」と由美さんは真顔で言ってくれた。

「そう言ってくれるのは由美さんだけです。自分と似たような人を選ぶのすごくわかります。似てるからこそ落ち着けたり自然に入られますよね」


元旦那さんのことが聞きたかったが離婚した話は聞いたが、それ以上話さなかったから話したくないんだと思い、聞きたい気持ちをグッと抑えた。


「由美さんの好きなタイプは?」

ありきたりな質問だが、すごく気になった。


「相手の立場になって考えられる優しい人が好きです」と即答した。


即答したのに意味を感じた。

もしかしたら元旦那さんは、その逆の人だったんじゃないかと思った。


「武志さんの好きなタイプは?」

「特にコレと言ったタイプがある訳じゃなく、好きになった人がタイプですね」

「確かに、すごくわかります」

「直感タイプなので好きになったら、その人の全てが好きになっちゃいますね」

「武志さんは一途なんですね」

「自分で言うもの変ですが、すごく一途ですね」と笑いながら言うと、由美さんも同じように笑った。


その笑顔には、安心した気持ちが込められてるように見えた。


楽しくなってきたところで、由美さんが急に立ち止まり、「そこ曲がったら、すぐ実家なのでこの辺で大丈夫ですよ。送ってくれてありがとう」と微笑んだ顔で言ってくれた。

僕も同じように微笑んで、「こちらこそ今日は誘ってくれてありがとうございます。そしてご馳走さまでした」

「今日も楽しかったです。またクリスマス前に逢いましょうね。まだまだ武志さんと話し足りないので」

「そうですね。そういえば21日は由美さんお誕生日ですよね? 誕生日の日にお祝いできたら嬉しいですけど、難しかったらその前後で逢いたいです」

「はい。武志さんいつもありがとう。逢う日はまた連絡しますね」

「わかりました。由美さんもいつもありがとうございます」

目が合ったまま変な間があった。


普通の恋人なら別れを惜しんで、抱き合ったりキスをしたりするのだろう。

今は笑顔で見つめ合うことしかできない。

その時期が楽しかったりする。

これからは当たり前になるようなことが、今はできないからこそ大切にしたかった。


「ご実家から自宅に帰るときは気をつけて帰ってくださいね。今日も寒かったので、温かくして休んでくださいね」

由美さんは自転車にまたがり、「はい。武志さんも気をつけて帰ってくださいね。おやすみなさい」


いつものように由美さんが見えなくなるまで見届ける。

この瞬間はすごく好きなときだ。

曲がる瞬間に振り向いてくれないかなと思いながら見つめる。

振り返って見てくれる人は心が優しい人だと感じる。

そんなことを期待しながら見ていると、自転車を止めて振り返って手を振った。

僕も同じように大きく手を振った。

見えなくなったときに、由美さんの優しい心を感じて思わず笑顔になってしまった。


イヤホンを取り出し、この瞬間を想いだせるような優しい曲を選んでリピートにして歩き始めた。

同じ曲が何度も流れ、さっきのシーンを思いながら、大きく鼻から空気を吸い口からゆっくり息を吐いた。

息を吐き切ったときに、すごく晴れやかな気分が舞い上がって来た。


家に着いてソファーに座り、ひと息つくとメールが届いた。

由美さんかなと見ると、あけみちゃんからだった。


次、逢えるのは誕生日の日。


薔薇の花束を渡して、今の気持ちを由美さんに伝えようと手紙を書いてみることにした。


どんな風に喜んでくれるだろうか考えると楽しみでしょうがなかった。


早く時が経ってほしかった。

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