ニ. 必然は存在する

あの日から、二週間ほど経っていた。

あっという間でもなく、かと言って長くもなく、ただただ濃厚な日々だったことは確かだ。

無くなっていた幸せな気持ちが、心の中に見え隠れしていた。


仕事が終わり、スマートフォンを見ても、いつも届いてるはずのメールが来てなかった。

今日は、最寄り駅のスーパーに寄った。

いつも買う物は決まっている。

迷わず店内を周り、カゴに食材を入れレジを済ませた。

お店を出ると、冬の寒さを顔で感じ肩をすくめたとき、肩を叩かれた。

振り返ると、そこには由美さんがいた。

走って追いかけてくれたのか、鼻で強く呼吸してるのが分かった。


「武志さん……やっぱり」


僕は、すごく驚き――びっくりした顔をすることしかできなかった。


由美さんは、お店を振り返り、「武志さんのことを見かけて声をかけようと思ったんですけど、すぐにお店を出ちゃったので……」

「すいません。全然気がつかなくて」と由美さんの目を見つめながら言った。

「いえいえ。追いついて良かったです」と笑顔で由美さんは言った。

「走らせちゃってすいません。もしかして買い物の途中でしたか?」

「カゴに食材を入れて置いて来ちゃいました」

「ここで待っているので、良かったら一緒に帰りませんか?」

満面な笑みで、うなづいてくれた。


すごく嬉しそうに返事をしてくれて、僕も嬉しくて笑顔になっていた。

由美さんは小走りでお店に向かい、「由美さんゆっくりで大丈夫ですよ」と言うと、振り返り笑顔を見せた。

由美さんが見えなくなっても、お店のほうを見ていたが、意識は頭の中にあった。


やっぱり綺麗で可愛さもあり、魅力的な女性だ。

気になるというより、好きという感覚のほうが強くなってるのを感じた瞬間でもあった。

まだ会うのが二回目だが、前から知り合っていたかのような、出逢うべくして出逢ったんだと思い始めていた。

視界に入るモノ、音、匂い、全てが無に感じ、由美さんだけが頭の中にいる。


そう考えていると、レジに向かう由美さんを見つけ、僕は見つめていた。

レジが終わり、袋に食材を入れてる姿が見えている。

何かを感じたのか、ゆっくりと顔を上げ僕を見て微笑んだ。

僕も、すぐに同じ顔を見せた。

二つの袋を持って小走りで、僕のほうに向かってきた。僕も由美さんに近づいていった。


片手が空いていたから、由美さんの袋に手をかけた状態で、「一つ持ちます」と言った。

由美さんは、「大丈夫ですよ」と言ったが、手がかけた状態だったから自然と手を離し、「ありがとうございます」と嬉しそうに言った。

僕は笑顔で返事をした。


「あけみちゃんはお家にいるんですか?」

「いえ、今日は両親のところに行ってます。自転車で行ける距離に住んでいるので」

「そうなんですね。由美さん少し時間ありますか?ちょっとだけでもお話できればなって」

「はい。大丈夫です。私もお話したいと思ってました。どこに行きましょうか?」

「お家はどっち方面ですか?僕は、線路渡った側なんですけど……」

「ウチも線路越えて大きい公園の近くです」

「線路渡った側に、たまに行くカフェがあるので、そこに行きましょうか?」

「はい。武志さんにお任せします」

由美さんのペースに合わせて、ゆっくり歩き始めた。


スーパーから踏切は近く、電車が来るときでバーが下がっていた。

僕は由美さんのほうに顔を向けて、ちょっと大きな声で、「あそこですよ」と言い、薄明かりのお店を指差した。

由美さんは指差した方向を見て、「あのカフェ 気になってて行きたかったんですよ。けど、一人では入りにくくて……」

笑顔で僕のほうを見た。

目を離さずに、「本当ですか?」と言ったが、電車が通るときでうるさくて、由美さんは笑顔でうなづいた。

電車が過ぎるとバーが開き、同じタイミングで歩き、お互い無言のまま、お店の前に着いた。


ドアを開け、「どうぞ」と言い、先にお店に入ってもらった。

マスターが笑顔で、「いらっしゃいませ」と落ち着いた声で言った。

由美さんの後ろから、「どうも。こんばんは」と言うと、マスターも、「こんばんは」と言った。

いつもは、そのままカウンター席に行くが、今日は、由美さんが居るから窓側のテーブル席にした。

壁側に誘導し、僕は目の前に座った。


お互いコートを脱ごうとしてるときに、マスターがテーブルに来て、「今日もお疲れ様です」と言い、お水とメニューを置いて行った。


「なに飲まれますか? お酒? それともコーヒーにしますか?」と言い、ドリンクメニューを開いて見せてあげた。

「今日はコーヒーにしておきます。武志さんは、お酒お飲みになりたかったら飲んでくださいね」

「ラテアートをやってくれるので、カフェラテ頼みましょうか?」

「はい。いいですね」


カウンターのほうを見るとマスターが気づき、「カフェラテを二つ」と頼むと、笑顔でうなづいた。


由美さんは、大きくない店内を身体を動かして見ていた。

その姿を、見惚れていた。

見終わると、テーブルの水を手に取り一口飲んだときに、僕のほうを見た。

「このお店良いですよね。マスターもすごく素敵な方なので、コーヒー飲みたいときは一人で来るんですよ」

「ここの前を自転車で通って気になっていたんですよ」

「最初は勇気を出してドア開けましたよ」

由美さんは、はにかむ笑顔を見せた。


お水を一口飲み思い出したように、「さっきはびっくりしましたね。いつも駅前のスーパー使ってるんですか?」

「仕事が遅いときは駅前のスーパーを使ってて、武志さんが居てびっくりしました。武志さんは、いつも駅前のスーパーですか?」

「そうですね、いつも駅前スーパー使ってます。由美さんは、お仕事なにされてるんですか?」

「区役所で受付やってます。土日休みで、夕方には終わるので、あけみが帰って来るときには家に入れるので。武志さんはお仕事は何されてるんですか?」

「コンサルタントの仕事をしています。後々には独立して個人でやりたいと思ってて。土日休みで夕方に終わるから、あけみちゃんが帰るときには家にお母さんが居て寂しくないですね」

「そうですね。あけみの事を第一に考えて、選んだ仕事です。たまに遅くなることがあるので、その時は、両親に協力してもらってます。すごいですね、独立を考えてるなんてお若いのに確り考えてて尊敬します。武志さんなら大丈夫ですよ、絶対」

「ありがとうございます。今年で30歳なので、まだまだ勉強の身ですが、30代後半には形にしたいと思ってます」

“大丈夫、絶対”と言ってくれて、飛び跳ねたくなるような嬉しさがあったが、落ち着いたトーンで返答をした。


マスターがカウンターから出てきて、由美さんから渡し、「カフェラテとサービスでチョコね」と気さくな笑顔で置いて行ってくれた。

由美さんと僕は、声を揃えて、「ありがとうございます」と笑顔で言った。


「ラテアート可愛いですね。クマちゃんの顔になってる」と見惚れている由美さんは、微笑ましい姿だった。

「本当ですね。いつも色んなラテアート作ってくれるんですよ。見た目はダンディなのに……可愛いものを描いてくれるんですよ」と笑いながら言った。

由美さんは、僕を見て同じく笑ってくれた。


面白い、面白くないとかではなく、空気感で笑ってくれたことに嬉しく、由美さんの笑顔はとても素敵だった。


「由美さん……こないだの事ですが、あけみちゃんが言ってくれたこと、すごく嬉しかったんですが、由美さんの気持ちというか考えもあると思って、ご迷惑じゃないかと、あれから考えてまして……」


由美さんはカフェラテを一口飲み、ゆっくりコップを置いた。

「こちらこそご迷惑じゃないかなって思ってました。あけみが、急にあのようなことを言って驚きました。けど、あの時のあけみの姿は、今までに見たことのない姿で、強い想いを感じて、武志さんのお言葉に甘えて、あけみの事を第一に考えたことを言ってくださって嬉しかったです。お優しい心をお持ちの方なんだなって思いました」


「ありがとうございます」と小さな声で少し笑みを浮かべて言った。

「あけみの父親とは離婚をしてまして、理由は色々あって……」間があった。

僕は、うなづくことしかできなかった。


「離婚のことは理解してくれて、父親のことは今まで何も言ってこなかったんです。言えなかったのかもしれませんが、その分、私があけみのことを第一に考えて、父親が居ないことを感じさせないように努力はしてたんですが、やっぱり二役は難しいというか無理だなって思っていました。周りのお友達はお父さんが居て、あけみには居ないので、寂しさと新しいお父さんが欲しいと思って、お兄さんにあのような事を言ったのかもしれません」


「そうでしたか……話してくれてありがとうございます。あの時は、ただの優しさで無責任に受け入れたわけじゃなく何か感じるものがあって……」


「ただの優しさで言ってくれたと私も感じませんよ。確りと考えて言ってくれて、何よりあけみのことを第一に考えて言ってくれてるなって思いました。武志さんと別れた後、“なんで急にあんなこと言ったの? お父さんが欲しかったの? 今まで言ってなかったからお母さんびっくりしたよ”って言ったら、“お父さんが欲しいわけじゃなかったけど、お兄さんと会った瞬間にそう思ったの”と言ってました。“お母さんはイヤ?” とも聞かれて、“あけみのことを第一に考えて言ってくれて嬉しかったわよ”と話したら、“じゃあイヤじゃない?” って言われて“うん”と言ってから、お互いそれ以上、話さなかったんです」


「そうでしたか。あけみちゃんの気持ちは伝わりましたが、由美さんの気持ちや考えを無視して言ってしまったことは、失礼なことをしてしまったと思っていました」


「いえ、私も武志さんのことを知ってみたいと、あの時に思いました。あけみが“お父さんになってほしい”と感じたのには、武志さんに魅力があってのことだと思うし、私もそこを知りたいと思いました。むしろ武志さんはお若いですし、酷なことだと思い、このまま武志さんのためにも連絡を取らないほうが良いのかなとも思っていました……けど一度、二人きりで話したいと思っていたときに、今日偶然会えてお話が出来てとても良かったです」


「酷なことだなんて……自分の為にした事なので、そんな風には思ってないですよ。実は最近、婚約者に振られてしまい悩んで引きずっていたんですが、あの日を栄に考えなくなって悩んでいることが無くなって行って。その時に過去のことは忘れて、これからを楽しめるんじゃないかと思えたんです……なんか由美さんには何でも話せちゃいますね」


自分でもびっくりするぐらい、自然と笑顔が出てるのが分かった。


「そうでしたか……話してくれてありがとうございます。 私も、武志さんには自然と話せます」

僕と同じように、笑顔を見せてくれた。


そして、お互いカフェラテを飲み合った。


「思ったんですが、こうやって、また話しませんか? 由美さんのことを知らないことも多いし、僕のことも知ってほしいので、今日みたいに少し時間があるときは、ここでお話できませんか?」

「はい。ぜひお願いします。 今日みたいに時間があるときは、事前に私から連絡しますね」

「はい。そうしてもらえると助かります。 気づいたら1時間ぐらい経っちゃいましたね。 もう少しお話したいですが、あけみちゃんも待っていると思うので、続きは次回の楽しみにしましょうか?」

「気にしてくださってありがとうございます。私も、もう少し話したいですが、次回の楽しみにしましょうね。それじゃあ……行きましょうか?」


まだまだ話し足りなくて、一緒に居たかったけど、今日で終わりじゃないし、これからこういった時間が増えると思うと嬉しく、「はい」と笑顔で返事が言えた。


お互い立ち上がり、由美さんはコートを着ようとしていたから、マスターの元に行き、「今日のラテアートも可愛かったですよ」と言いながら、お金を置き笑顔で合図をした。

マスターは、「綺麗な方だったから、頑張って作っちゃったよ」と笑いながら言った。


笑いながら戻ると、由美さんにも聞こえてたみたいで笑っていた。

「聞こえてました?」と言うと、由美さんは笑顔でうなづいた。


コートを持ち、「行きましょうか」とドアのほうに向かうと、由美さんがマスターに「ごちそうさまでした。チョコレートもありがとうございます」と言った後に、僕だけに聞こえるように、「お会計は?」と片手にお財布を持ちながら言った。

笑顔で、「済ませました」と言いながらドアを開けた。


由美さんは、一歩だけ走るようにドアに向かい、「ごちそうさまです。本当ありがとう」と満面の笑みを浮かべて言った。


コーヒーをごちそうしただけなのに、プレゼントを貰ったかのようなに嬉しそうな笑顔を見せてくれて、僕も嬉しい気持ちを感じた。


「武志さん今日はごちそうさまです。 素敵なお店に連れてきてくれてありがとうございます」頭を下げて言ってくれた。

「いえいえ、こちらこそ色々話してくれて、急な誘いを受けてくれてありがとうございます」と言って、間髪入れずに、「お家まで送りますよ」と言うと、「大丈夫ですよ。両親の家に行ってあけみを迎えに行くので。 あと……あけみに会うまで、ちょっと一人で居たいので」と照れたような表情で言った。


そこまで言うなら、しつこくしない方がいいと思い、「わかりました。 じゃあ送るのも次回にします」と言い、ここで見送ることにした。


「じゃあ今日は本当ありがとうございました。失礼します。 おやすみなさい」

「はい。こちらこそ本当ありがとうございます。由美さんおやすみなさい」と頭を下げて言った。

由美さんは、振り向き歩き始めた。


僕は、歩き始めることが出来なく、その場で由美さんの後ろを姿を見続けていた。

角を曲がる瞬間に、振り返り僕がいることを確認して手を大きく振ってくれた。

由美さんの優しさを感じながら、同じく大きく手を振った。


姿が見えなくなり、その場に立っていると、お店のドアが開きマスターが立っていた。

「はい」と言いながら僕の手を取り、お釣りを置いてくれた。

マスターも僕と同じように、由美さんが歩いた方向を見て、「綺麗で素敵な人だね。優しい心を持ってそうな感じがしたよ。良いじゃん」と言いながら、僕の肩に手を置き、何かを伝えるかのようにギュッとしてくれた。

マスターの深みのある声と、言ってくれた内容と、肩に触れてくれたことが、優しさと安心さと、背中を押してくれてるようなパワーがあった。

お店のドアが閉まる音がして目を向けると、ガラス越しからマスターがコップを下げる姿を見ていると、視線を感じたのか僕のほうを見た。

頭を下げ感謝の気持ちを込めた。頭を上げると、マスターは笑顔で手を振った。


家に向かう途中は、由美さんのことが頭から離れなかった。


由美さんの笑う顔、透き通るような声、優しい話し方、可愛いらしい仕草、全てが魅力のある人。

外見はもちろんのこと、内面も美しいと知れた。


気づくと家に着いていた。


スマートフォンを見ると、二通メールが届いていた。

由美さんかなと思ったが、二通になっていて誰だろうと思ったら、二通とも由美さんからだった。

一通目は由美さんからで、二通はあけみちゃんからだった。


「先ほどは、ありがとうございました。今日はお話ができて本当に良かったです。そしてご馳走様でした。またあのカフェでお互いのお話しをしましょうね。今日は本当にありがとうございました。次は、あけみからのメールを送ります。今日のことは、あけみには伝えていないので、このメールに対しては返信は結構です。あけみからのメール内容にだけ返信お待ちしています」


とりあえず、二通目のあけみちゃんからのメールを見ることにした。


「お兄さんお仕事お疲れさまです。あけみだよ! 今日はお母さんの帰りが遅かったら、おばあちゃんおじいちゃんん家に行ってたんだよ。 だからいつもよりメール送るのが遅くなった。今日おばあちゃんにお兄さんのお話をしたら、おばあちゃんも会ってみたいって言ってたから今度遊びに来てね。おばあちゃんから料理を教わって一緒に作ったんだよ。作った物は内緒だよ。 クリスマス会のときに作るから楽しみにしててね。今日はもう遅いからあけみは寝るね。また明日メールするねー! バイバイ、おやすみなさい」


あけみちゃんが祖父母の家に居ることは知っていたこともあり、少し罪悪感ではないが、さっきとは裏腹にモヤモヤする気持ちがあった。

由美さんが言ったとおり、あけみちゃんだけに返信を打った。


「あけみちゃんこんばんは。もうお布団に入ったかな? 明日も学校だね、楽しく頑張ってね。おばあちゃんに僕のことを話してくれたんだね。ありがとう。そうだね、いつかおばあちゃんおじいちゃんにも会ってみたいな。なにを作ったんだろう? 楽しみだな」と返信をしてからベッドの上で横になった。


大きく深呼吸をして目をつぶると、いつの間にか寝てしまっていた。


近くに合ったスマートフォンで、時間を見ると5時でメールの返信は来てなかった。


そのまま身体を伸ばすと、眠気はなくなり起きることにした。

コーヒーを淹れて、ペンと新しいノートを取り出した。


あけみちゃんと由美さんのことを、頭の中で考えていることを文字に起こそうと思った。

自分の気持ちを整理するためにも、頭だけで考えているとパンクしてしまうから、ノートに書いて気持ちを落ち着かせたかった。


出逢った日にち、その時の感情から書き留めていった。

頭の中にあることを無我夢中で書いていくと、気持ちが落ち着いてきた。

ノートを開いた状態でコーヒーを手に取りノートを見つめた。


そして、また由美さんと逢える楽しみと、クリスマスが待ち遠しかった。

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