見つめ愛

會津 宣哉

一. 出逢いは突然に

恋愛から避けていた。

大きな失恋をし、新しい恋人を作る気になれなかった。

寂しさ、無気力、後悔で、ものすごく悩んで考えて抜け殻の状態になっていた。

これから何のために生きればいいのか。

人生に価値を見出せないでいた。

自然とストレスを感じていたのか、身体に痒みが出て湿疹ができてしまい皮膚科に行くことにした。

人気のある皮膚科で、夕方から受付が始まる夜型の病院。受付を済まし、診察まで時間が空くため一度家に帰った。


診察時間が近づいてることを電話で知らせがきて、急いで病院に向かった。

11月25日の寒い日だった。

病院に着くと、予約のために並んでいた人たちが待合室に居た。

周りを見渡すと座る席は、予備のパイプ椅子しかなく広げて座った。


もう一度周りを見渡すと、女の子と目が合った。予約のときには、いなかった子だ。

隣を見ると綺麗な女性がいた。たぶんお母さんだろう。左手を見ると指輪がなかった。


そう考えていると、女の子は僕の顔をまじまじと見ている。

小学校高学年ぐらいだろうか、髪はセミロングでセンター分けで二本に結んでいた。私立の学校なのか制服を着ていた。落ち着いた雰囲気で品がある容姿。


二人して本を読んでいた。

お母さんは本を読んでいたが、女の子は本を開いたままの状態で、僕を見つめている。

ずっと見られていることに不思議に思い、『うん?』という表情をした。

女の子は、少しハニカムような表情をして開いていた本に目を向けた。


何だったんだろうと思いながら、テレビの方向に視線を送った。

テレビを見ていても、視界には女の子が入ってくる。本を見たり僕を見たり繰り返している。気付いていたが、視線を送ることはしなかった。

また目が合ったら、どんな顔をしていいのか分からなかった。

そんな状況が30分ぐらい続いていた。


女の子の名前『佐藤あけみさん』と呼ばれ、立ち上がったときに目線を向けると、女の子は僕を見ながら診断室にお母さんと入っていった。

その時、お母さんも僕のことを見て、目が合った。

お母さんも女の子に似て綺麗な目をしていた。

中の様子が気になりながら、テレビに視線を送った。

全然内容が入ってこなかった。

女の子は、なぜ僕を見ていたのか、綺麗なお母さんのことも、気になってしょうがなかった。


10分程度すると、診断室のドアが開き視線を送った。

同じ場所の予備に出していたパイプ椅子に、二人は座った。

座った瞬間に、女の子はまた僕のほうに視線を向けた。

お母さんは読んでいた本の続きを読み始め、女の子も続くように本を開いた。

少しすると受付の人が、女の子の名前を呼んで薬を持っている。

お母さんは会計をするために受付に向かった。

女の子は、座っていたパイプ椅子をお母さんの分も畳み、予備のパイプ椅子が置いてある、僕の横に向かってきた。少し恥ずかしそうに歩いてくる。

僕は女の子を見つめ、近くに来たときに自然と手を出して、「片づけるよ」と言っていた。

女の子は、嬉しそうに「ありがとうございます」と言った。

会計が終わり、嬉しそうにしている女の子を見て「どうしたの?」

「椅子を片してくれたの」と僕を見ながら言った。

お母さんは僕を見て、笑顔で「ありがとうございます」と頭を少し下げた。

僕も笑顔で「いえいえ」とだけ言った。

そのまま女の子とお母さんは出口に向かった。

靴を履いている姿を僕は見つめていた。

女の子が振り返り、僕の顔を見た。

お母さんもその姿に気づき、会釈をした。

僕は笑顔で会釈をした。


またテレビの方に視線を送り、女の子とお母さんのことを考えていた。


なぜ女の子はずっと見ていたのだろう……

お母さんはすごく綺麗な人だったな……

二人のような奥さん娘を持てたら幸せなんだろうな……


出口の自動ドアが開く音がして見ると――そこには、さっきのお母さんがいた。

緊張とまた見れた嬉しさで、心臓が鼓動した。

その瞬間は、スローモーションのように長く感じた。

お母さんは、僕の目を見て手招きをした。

僕は驚き人差し指で自分の顔を差した。

お母さんは、ゆっくり頭だけを動かし、うなづいた。

ゆっくり椅子から立ち上がり、出口のほうに歩いた。

その時の気持ちは、無の状態だった。

身体だけが自然に動き、ただただ時間がゆっくり進んでいた。


表に出ると、そこには、女の子が立っていた。

「すいません。娘がお兄さんにお礼を言いたいみたいで……」と女の子を見た。

僕も同じように見た。

女の子は出口を出た瞬間から、ずっと僕の顔を見ている。

女の子は、緊張しているのか口を開かなかった。

僕のほうから「どうしたのかな?」と優しい口調で聞いた。

女の子の背中に触れ「ほら、お礼を言いたいんでしょ?」と言い、お母さんと僕は女の子を見た。


閉じていた唇が少し開き、小さな声で「お兄さん……」と言い――間があった。


どうしたのかなって思った瞬間に、「私のお父さんになってください」


僕は、言われたことに理解ができなく、「……えっ?」と目を大きくして聞き直した。


お母さんも驚いた顔をして、「何を言ってるの?……あけみ」


少し寂しそうな顔をして、「お兄さんにお父さんになって貰いたいの」


僕は何も答えれず、どう返事をするべきか考えていた。


そうすると、「お兄さんが困るでしょ?急にそんなこと言われて」僕の顔を見て、困った顔で「ごめんなさい」と言った。

僕は真顔で、「……いえ」としか言えなかった。


お母さんは女の子の手を取り、「ほら、お兄さんも診察があるから……行くよ」と身体を帰る道の方に向けて一歩動いたが、女の子は足を踏ん張り動かなかった。

その間も僕の顔をずっと見ている。

女の子は、寂しそうに何か訴えかける顔をしていた。

僕の頭の中は、夢を見ているような感覚になっていた。


「あけみ……どうしたの、行くよ」と優しい口調で話しかける。

女の子は僕の目を見たまま――全く微動だにしない姿を見て、いても立ってもいられない気持ちになった。

「あけみちゃん? まだ僕のことを知らないと思うし、お父さんになることは難しいよ。僕もあけみちゃんのこと何もわからないし、お母さんのこともわからない……」

悲しそうな顔で、僕を見ている。

腰をかがめ、あけみちゃんの顔の高さに合わせ続けて話した。

「けど、あけみちゃんが僕のことを“お父さんになって欲しい”と思ってくれたことは嬉しいよ。ありがとう」

少し嬉しそうな表情に変わった。

「でね、思ったんだ。まずはお互いの事をもっともっと知り合おう」

さっきと同じ笑顔に変わった。

僕も笑顔で話を続けた。

「来月はクリスマスだよね。三人でクリスマス会をするのはどうだろう?」と言った後に、お母さんの顔を見た。

あけみちゃんもお母さんの顔を見た。

お母さんはちょっと困ったような顔で、「ご迷惑じゃ……」

「いえ。予定もありませんし、これから入る予定もないので」

あけみちゃんは今日一番の笑顔で、嬉しいそうな声で、「お母さんいいよね? いいよね? 三人でクリスマス会したい」と言った。

お母さんは、あけみちゃんのことを見て困った顔のまま、「うん……」

あけみちゃんは、飛び跳ねてお母さんに抱きついた。

「本当に大丈夫ですか?」と照れたような表情で僕を見て言った。

「はい。大丈夫です」とかがんだ体勢を戻して言った。

あけみちゃんが、お母さんに抱きつきながら、「ありがとう」と言い、顔だけを僕に向けて、「お兄さんもありがとう」と笑顔で言った。


僕は二人に近寄り、病院の方を見て「僕は中に戻りますね」と言った。

すると、「お母さん。お兄さんと連絡先交換して」と言い、「そうね」と携帯を取り出した。

僕もスマートフォンを取り出し連絡先を交換した。


「名前は川神武志かわかみ たけしと言います」

佐藤由美さとう ゆみと言います」

「私はあけみだよ」と笑顔で言った。

二人を見て、「あけみちゃん、由美さん、これからもよろしくお願いします」と言った後に、二人からも声を揃えながら、「よろしくお願いします」と言われ、声が揃ったことが面白く三人で笑った。

その瞬間は、とても愛らしい空間だった。


「そろそろ……」と言って――ガラス越しから待合室の方を見た。

「順番来ちゃってるかも知らないですね。すいません。それじゃあ行きますね」

「お兄さんありがとう。おやすみなさい」と笑顔で言い、思い出したように、「あっ! クリスマス楽しみにしてるからね」とまんべんな笑みで言った。

「うん、僕も楽しみにしてるよ。おやすみなさい。気をつけて帰ってね」と笑顔であけみちゃんと由美さんを見て言い、二人が見えなくなるまで見送った。


道を曲がるときに、あけみちゃんが振り返り大きく手を振り、由美さんは会釈をしてくれた。

僕は、手を左右には振らず高くあげた。

映画のワンシーンみたいだなと思いながら、冷たい空気が気持ち良く感じた。

夢みたいな状況から少しリアルな気分になった。


現実に一気に戻らされたように、受付の方が、外まで僕のことを呼びに来てくれて、時間が通常通りの感覚に戻った。

「すいません」と言い、小走りで診察室に向かった。


診察か終わり、薬をもらうために待合室のソファーで座って待っていた。

忘れないうちにと思い、スマートフォンのカレンダーに『12月25月あけみちゃん由美さんとクリスマス会』と記入をした。

文字を打ってるとき、口角が上がってるのがわかり、意識をして下げた。

看護師さんから急に名前を呼ばれ、無意識にでかい声で返事をしていた。

飲み薬と塗り薬の説明を受けるが、全然頭に入ってこなかった。

頭の中が、上の空の状態だった。


会計が終わると、急いで外に出てスマートフォンをチェックした。

駐輪場は、暗くスマートフォンの光が異常な光を点してるように感じた。

メールが一件届いていた。

メールを見ると、短くもない長くもない文字数だった。


「由美です。先ほどはすいませんでした。あけみがあのような事を言うと思ってもみなかったので、驚いたのが正直なところです。お優しい対応していただきありがとうございます。あけみが明日お兄さんにメールをしたいと言っているのですが、送っても宜しいでしょうか?」


僕は笑みが溢れて見ていた。


自転車の鍵を開けライトを付けて、自転車にまたがった。

寒い日で、パーカーの袖で手を覆い、透き通った空気を感じながら深呼吸をした。

メールの内容を思い出しながら返信の内容を考えて、ゆっくりペダルをこいだ。

家に近づき返信の内容が固まり、自転車を止め公園のベンチに座った。


川神武志かわかみ たけしです。こちらこそ先ほどは、すいませんでした。余計なことを言ってしまったかなと反省しています。ご迷惑でしたら、このまま僕から返信がこなかったという事にしていただいても構いません。由美さんが大丈夫でしたら、明日メールをお待ちしています」


送信ボタンを押すまで、三回も読み返した。

あけみちゃんの気持ちに答え、自分の気持ちで動いてしまった。冷静に考えてみると、由美さんの気持ちを考えずに言ってしまったことに、心の残りがあった。

返信に不安を感じながら、待っていた。

誰もいない公園のベンチに座っていると、すごく冷静に考えられた。


送信して5分後にスマートフォンが鳴った。

慌てて画面に目をやると由美さんからだった。


「迷惑じゃありませんよ。あけみの事を第一に考えて言ってくれたことに感動し、お優しい方だと私も嬉しかったです。今日も遅いので、また明日ご連絡させていただきますね。おやすみなさい」


一度、画面から顔をそらし空を見上げ、心の中でガッツポーズをした。


「ありがとうございます。そう言っていただけて僕も嬉しいです。明日メールお待ちしていますね。おやすみなさい」

指が勝手に動いて文章を作って送信をしていた。


ベンチの背に頭を乗せて、夜空を見とれた。

初恋のような気分で、余韻に浸っていた。

すごく時間が立ったように感じ、時計を見ると15分しか経っていなかった。

冷たい空気に触れ、少し気持ちが落ち着き、帰ることにした。

自転車にまたがり、今日の気温、空気、夜空を全て記憶するように、ゆっくり家に向かった。

家に着き、心が落ち着いたのか、すごく眠気を感じた。

明日の連絡を楽しみに、二人のことを考えて休んだ。


次の日の朝、目覚めると昨日起きたことが現実だったのか夢なのか、わからない感覚があった。

カーテンを開け、日差しの眩しさを感じながら、ベッドに座りスマートフォンを取り、昨日届いたメールを見返してみた。

現実に起きていたことは分かっていたが、一度寝てしまうと、昨日の出来事に少し距離を感じた。


いつも通りの生活に戻り、支度をして仕事に向かった。

いつもと違う感覚があった。

駅まで歩いてるとき、電車の移動中も、休憩のときも、考える時間があるときに、心が満たされているのを感じた。

時間が過ぎるのが早く感じ、あっという間に仕事が終わった。

時計を見るためにスマートフォンを取り出した。21時を回っていた。

メールが入っていることに気づき開くと、あけみちゃんからのメールだった。


「お兄さん。あけみだよ! 今日はお仕事でしたか? 今日はお母さんと夜ご飯にカレーを作りました。クリスマス会は、ウチでお母さんと一緒に料理を作ってお兄さんに食べさせてあげるから、楽しみにしててね。嫌いな食べ物はありますか?」


二人が作ってる姿、メールを打ってる姿、食べている姿を、一瞬にして想像ができた。

スマートフォンをしまい、返信の内容を考えながら駅に向かった。


電車に乗り、席は空いていたがドアに寄りかかり、スマートフォンを取り出した。

「あけみちゃんお仕事で、帰宅途中でメールをしています。カレーは美味しく作れたかな? 今のうちから料理を作れたら素敵なお嫁さんになれるね。嫌いな食べ物はないよ。クリスマス会であけみちゃんの手料理を食べれるの、とても楽しみにしてるよ。何を作ってくれるのかな?」


送信ボタンを押し、外の景色に目を送った。

いつもと違うような景色に見えた。

手の中にあるスマートフォンが振るえ、メールが届いた。


「由美です。お仕事お疲れ様です。あけみは寝てしまいました。返信してくれてありがとうございます。明日伝えときますね」

すごく冷静にメールを読んでいる自分がいた。


本当に、家にお邪魔していいのか……

由美さんは、どう思ってるのか……

二人で話した上で言ってることだから大丈夫だよな……


「そうですよね、寝ちゃいましたよね。よろしくお願いします。由美さんクリスマスの日、お邪魔して本当に大丈夫ですか?」


大丈夫という言葉をもらって安心したい気持ちがあった。


「大丈夫ですよ、是非来てください。狭い家ですが、あけみと料理を作ってお待ちしてますね。クリスマスは、いつも二人だったので私も楽しみです」


安心、嬉しさ、ワクワク、ドキドキ、たくさんの感情が一気にこみ上げてきた。


「僕もとても楽しみにしています。クリスマスケーキは、僕が用意しますね。手料理も楽しみです。由美さんありがとうございます」


返信と同時に、二人にプレゼントを用意しようと思った。別々の物よりお揃いで毎日使えるようなものが良いと考えていると返信が届いた。


「あけみも喜ぶと思います。武志さんもありがとうございます。私もそろそろ休みますね。おやすみなさい。また明日あけみからの返信送りますね。よろしくお願いします」

メールを見て由美さんは少しメールが苦手なのかなと思いながら返信を送った。

「はい、あたたかくしてゆっくり休んでください。おやすみなさい。また明日、返信お待ちしています」


由美さんのメールのテイストに合わせて返信をした。

帰りの電車が、いつもより何倍も長く感じた。

最寄りの駅に着いて家に向かうと、前の公園に行きたくなり、缶コーヒーを買って向かった。

前回、座ったベンチに腰を下ろして、缶コーヒーを一口飲み、空を見上げた。

はじめて出逢った――あの日の感覚がよみがえってきた。


そして、ふと思った。

お父さんは、なぜいないのか……

離婚をしたのか、亡くなってしまったのか……

そもそもどんな人だったんだろう……


今まであけみちゃんと由美さんのことを考えすぎていて、お父さんの存在を忘れていた。

無意識に、気づかないようにしてたのかもしれない。

考えても分かることではない、聞くこともできない、由美さんから話してくれるのを待つしかないと思った。


缶コーヒーが飲み終わり、考えていたことも落ち着き、帰宅することにした。

ベッドに入ると、あけみちゃんと由美さんのことを考えてしまう。

二人のことをもっと知りたいと考えていたら、いつの間にか寝てしまっていた。


翌朝、起きてると二人の夢をとびとびの記憶だが見たことに気づく。


“三人でどこかを散歩していた。あけみちゃんだけが少し前を歩き、たまに振り返って由美さんと僕を見つめる。僕と由美さんも顔を見合わせ笑顔で見つめ合う。会話は一言もなく、ただ三人が見つめ合う” 夢だった。


まだ、あの日から二日しか経っていないのに、無性に逢いたい気持ちが込み上げてきた。

今は、夜に来るメールを待つことしかできない。完全に二人が気になっている。

常に二人のことを考えている自分がいる。起きてから寝るまで、夢にも出てくるぐらい頭の中は二人のことだらけだ。

この事は誰にも話していないし、相談もしていない。

今は自分の心の中に閉まっておきたいのと、まだ自分の中でしっかりと整理ができていないこともあった。

そんな事を考えながら、いつの間にか会社に着いていた。

すごく宙に浮いたような感覚で、まるで映画の世界に入ったように主役になっている気分だった。


仕事に入ると、スイッチが入ったように集中して忙しく働いた。今日は、とても忙しくスマートフォンを見る余裕がなく、仕事が終わったときにやっと見ることができた。


その瞬間に二人のことを想い出す。

メールが届いていた。


「あけみだよ。 お仕事お疲れさまです。クリスマスのご飯は当日までのヒミツだよ。21日はママの誕生日だからクリスマスの日に一緒に祝ってあげようね! あけみの誕生日は8月6日だよ。お兄さんの誕生日はいつですか?」


メールの画面から目を外せなかった――嬉しさと戸惑いの両方の感情が込み上げてきた。


なぜなら、12月21日は母親と同じ誕生日で僕とはソウルメイト魂の仲間の繋がりがある。戸惑ったのは、8月6日は以前の彼女と同じ誕生日だからだ。

二人との深い繋がりがあるように感じた。偶然、母と元彼女と誕生日が一緒だなんて、意味があるようにしか思えなかった。

とりあえずスマートフォンをしまい、駅に向かう最中も誕生日のことが頭から離れなかった。

思えば思うほど、嬉しさより戸惑いのほうが強かった。


電車に乗り、いつもようにドア側に立ち、スマートフォンを取り出した。

「あけみちゃんお仕事が終わって帰宅しているところだよ。お母さんの誕生日一緒に祝ってあげようね。あけみちゃんの誕生日は、来年祝ってあげるからね。誕生日は6月19日だよ」

メールの返信を送り、外の景色に目をやった。考えながら一点を見つめ、いつもの景色が流れるように通って行った。


明日は休みだから、クリスマスプレゼントと由美さんの誕生日プレゼントを買いに行こうと決めた。

クリスマスプレゼントはお揃いのモコモコのパジャマと決めたが、由美さんの誕生日プレゼントは何をあげるか、どうやって渡すか、 頭を巡らした。


家に着いたが、あけみちゃんから返信もなく、由美さんからのメールもない。

なんとなく今日は、メールが届かない気がして寝ることにした。


5時に目覚めカーテンを開けると、まだ外は暗かった。

休日の朝は平日に溜まった洗濯物を一気に回すところから始まる。

洗濯機を回してる間に、朝ごはんの準備に取り掛かり音楽を流した。

パンケーキが食べたくなり作り始めた。

家事全般、自分で出来てしまう。

結婚したい、子供がほしい、家庭を持って落ち着きたい、自分の家を持ちたいという願望は特にない。

必要なのは、自分のことを必要としてくれる人が居てくれれば、それだけで存在価値を感じ生きていると実感できる。

いま生きていると感じさせてくれるのは、あけみちゃんの存在は大っきい。たまたま会った僕を見て、“お父さんになってほしい”と言ってくれた。冗談で言ったわけでも、何となく言ったわけじゃなく、彼女は本気で言っていた。

その瞬間、今を生きていると強く感じた。

自分の子ではないのに、すごく愛おしく思えた。

あけみちゃんの想いに応えてあげたい、守ってあげたい、笑顔が見たい、根拠はなく直感的に心がそう感じていた。


そう考えていると洗濯機のアラームが鳴り、考えていたことがスッと現実に戻った。


朝ごはんを食べていると、スマートフォンが鳴った。

「お兄さんおはよう! 起きてるかな? 誕生日の日にち覚えたよ、来年ママと一緒にお兄さんの誕生日も祝うからねー! 今日は学校お休みだよ。お兄さんもお休みかな?習い事のピアノの練習に行ってくるよ。今度発表会があるからがんばって練習してるよ。発表会のとき応援に来てね」


メールの画面を開いたまま、コーヒーを飲み口の中をうるおした。


「あけみちゃんおはよう! 来年の誕生日楽しみにしているよ。今日はお休みで、早起きして朝ごはんにパンケーキを作ったよ。お店みたいに美味しく出来たから、今度あけみちゃんとお母さんに作ってあげるね! ピアノを習っていたんだね、頑張って練習してきてね。発表会、応援に行くよ。 日程は決まっているのかな?」


嬉しさより不安の方が強い。

発表会に由美さんが居たとしても、俺はどのような立場で行けばいいんだ?

考えていても不安は取れないのは分かっていた。

不安を安心に変えるために、由美さんに詳しく聞いてみることにした。


食べ終わり片づけをしていると、メールの返信が届いた。

「お兄さんもお料理できるんだね。すごい! パンケーキ食べたいな。楽しみにしているからね。ピアノ発表会は12月30日だよ。ピアノ教室でやるんだよ! これからママと、おじいちゃんおばあちゃんの家に行って来るよ! いつも遅くまでお仕事で大変だから、休みの日はゆっくり休んでね」


最後の文面を見て、なんて優しい子なんだと癒された。


「ピアノ発表会の日はお仕事も休みに入るから応援に行けるよ。おじいちゃんおばあちゃんが近くに居ていいね。気をつけて行ってらっしゃい。あけみちゃんありがとう。ゆっくり休むね」

返信を送り、コーヒーを手に取りゆっくり飲んだ。


プレゼントを買いに行くお店の場所を調べ始め、近くだと池袋にある事が分かった。

早く起きたからか少し眠気がきて、ソファーで横になるといつの間にか寝ていた。


長く寝てしまった感覚があり、スマートフォンを見ると15分ぐらいしか経っていなかった。

同時に、あけみちゃんからのメールが来てるか確認したが届いてなかった。


池袋までは電車で一駅。

太陽が顔にあたり暖かさを感じ、音楽を聴きながら歩いて向かった。


お店に入ると、「メンズ物はコチラにあります」と声をかけられた。

「いえ、プレゼントで……大人の女性と小学生の高学年の子でペアの物はありますか?」

「奥様とお子様にですね。お子様の身長はどのくらいですか?」

一瞬戸惑った。

「そうですね、130cmぐらいですかね」

「じゃあXSで大丈夫ですよ。奥様の身長はおいくつですか?」

「160cmぐらいです」

「そしたらM、もしくは細身の方でしたらSでちょうど良いと思います」

「わかりました。デザインを選んで、そのサイズを選べばいいですね」

「そうですね。今の時期はパンツが長い方を選ぶ方が多いですね。ショートパンツなら冬場はタイツやロング靴下を履かれる方もいますよ」

二人が着ているところをイメージしながら、一つ一つデザインを見た。

「長い丈の方が良いですね。夏場になったらショートパンツだけ買えば良いかな」

「すごく良いと思います。夏にもプレゼントしてもらえたら嬉しいですよ」

「そうですかね」と謙遜した。

「マネキンが着てるやつにしようかな」と言ったが、店員さんの意見を聞きたかった。

「このデザインは人気で雑誌にも載った物なので、プレゼントしてもらえたら嬉しいですよ」

「お姉さんも貰えたら嬉しいですか?」と笑いながら聞いてみた。

「えーすごく嬉しいです。しかも旦那さんから子供とペアでもらえるなんて夢ですよ」

自分の選んだものが正しかったんだと嬉しくなった。

「二人にも喜んでもらえそうなので、このマネキンのXSとMをください」

「ありがとうございます。在庫を確認して来ますので少々お待ちください」


店内を見渡すと女性しかいない。

男性が一人で居ると視線もすごく感じた。

普通だと恥ずかしいとか、早くお店を出たいと思うかもしれない。

それ以上に、二人が喜んでくれる姿を思うと、なんとも思わなかった。

そう考えていると、居心地の良い空間に思えてきた。

由美さんの誕生日プレゼントをどうしようかと考えていると店内さんが戻ってきた。


「ありました。しかもXSもMもラスト一個でした」と嬉しそうに持ってきてくれた。

僕も嬉しい気持ちと、このデザインを選ぶべきたったんだと運命を感じた。

「本当ですか、良かった良かった。別々の袋に入れてプレゼント用にお願いします」と言いながらレジのほうに向かった。

「支払いはカードで」と言いながら、カードを取り出し渡した。

「はい。ありがとうございます」別の店員さんが来て、プレゼント用に包装をしてくれていた。

「金額を確認して、コチラにサインをお願い致します」サインをし渡した。

「ありがとうございます。プレゼント用に包装してますので少々お待ちください」

その頃には、包装はほとんど終わっていて最後の袋に入れる状態だった。

接客してくれた店員さんが袋に入れてレジから出た。

「ありがとうございます」と受け取ろうとすると、「出口まで……」と言い、流れるように一緒に歩いた。

「クリスマスプレゼントですよね? 奥様もお子様もすごく喜んでくれると思いますよ」

「一緒に選んでくれてありがとうございます。またよろしくお願いします」と言い、店員さんが持ってくれていた袋を受け取った。

「ありがとうございます」と店員さんは笑顔で頭を下げた。

歩き始めて、お店が見えなくなる頃に振り向くと店員さんが立ってくれていて、笑顔で会釈をすると、続けて店員さんも深く会釈をした。

すごく気持ちが良かった。

割と大荷物になってしまい、とりあえず帰宅してプレゼントを置くことにした。


最寄りの駅に着くと、コーヒーを飲んでゆっくりしたいと思い、よく行くカフェに向かった。

ドアを開けるとマスターと目が合い、笑顔で「いらっしゃい」と言われ同じように笑顔で会釈をした。

カウンターには二人のお客さんが居た。

一つ間を空けてカウンター席に座り、「カフェラテのホットください」マスターは笑顔で会釈をし作り始めた。


このカフェはすごく落ち着ける場所だ。

個人周りとした空間、濃い色のウッドで出来たカウンター、コンクリート打ちっ放しの壁、静かにささやく落ち着くBGMに、コーヒーの豆の匂いが香る。


「はい。クリスマスが近いからツリーね」とラテアートを作ってくれた。

マスターの見た目からは想像がつかないほど、可愛いラテアートを出してくれる。

「ありがとうございます」と笑顔で言うと、隣のお客さんが覗き込んでラテアートを見てきた。

見えやすいようにカップを回して見せてあげると、女性が、「可愛いー」と言いながら、男性に寄り添っていた。

二人に少し頭を下げ、カフェラテを飲み始めた。


いつも笑顔で、多くは語らず、お客さんの話を楽しそうに聞いてくれるマスター。

すごく素敵な心を持っている方で、見た目も自分のスタイルを持っていてダンディなおじさんだ。

カウンター席の横には、テレビが置いてあって、いつも映画が音無で流れている。

それを眺めながら、コーヒーを飲んでいるとすごく落ち着ける。


そうしていると、隣にいた二人が席を立ちお店を出て、お客は僕だけになった。

マスターは二人が飲んだカップを下げ、僕の目の前にある流し台のところに来て洗い始めた。

洗い終わるころを見計らって質問をした。


「マスターちょっと相談なんですけど……」と言うと、手を拭きながら僕の顔を見て笑顔で、「うん。どうしたの?」と優しく聞いてくれた。

「女性に最初の誕生日プレゼントって何をあげてきましたか?」

「うーん。そうだねー」とすごくゆっくり考えながら、「今まではどうしてたの?」と聞かれた。

「今までは、デートのときに欲しいものを何となく言ってたり、逆に聞いて買ってあげたりしてましたね。 今回はちょっとデートに行くことも、聞くことも出来ないので……」

「だいたいの女性が喜ぶプレゼントがあるよ。日本人の男性は、そのプレゼントをする人は少ないんじゃないかな。 映画でもそういったシーンはよく見るけど、日本人の男性は恥ずかしくてなかなか出来ないんだよな」

「え? 何ですか?」すごく気になって早く答えが知りたかった。

「それはね、花束だよ」

言われて、確かにそう思った。

貰って嬉しくない女性はほとんどいないし、今まで渡したことがなかった。


マスターは話を続けた。

「花には花言葉があるでしょ? その意味を持たせて渡すのも良いよね。季節は違うけど向日葵には“私はあなただけを見つめる”という意味があるんだよ。ロマンチックでしょ。薔薇には色で意味が違うし、本数でも意味があったりするからね」

「そうなんですか。全然知りませんでした」

「僕もね、知らなかったけど教えてもらったんだよ」

「プレゼントってアクセサリーとか形に残るものを渡しがちだけど、花はいつか枯れちゃうけど、意味を持たせてもらった花言葉は心にずっと残るからね。そういうことをする男性は、かっこ良いよね。ラブストーリーのイケメン主人公みたいだよね」と良い、マスターは映画に目を向けた。

「確かにそうですね。マスターに聞いて良かったです。ありがとうございます。こうやってアドバイスできるマスターもとてもかっこ良いですよ」

同じように映画に目を向けると、僕の顔を見て笑顔を見せた。

お店のドアが開きお客さんが入って来た。

マスターはお客さんを見て、いつものように笑顔で「いらっしゃいませ。お好きな席にどうぞ」と初めてのお客さんのようだった。

カップルなのか、カウンター席ではなく一つだけあるテーブル席に座った。

マスターはお水とメニューを渡しに行った。


花について分からないことが多いから、プレゼントするために調べてみようと思った。

そう思うと、早く帰って調べたい気持ちになり、カフェラテを一気に飲み干した。


マスターがカウンターに戻ったときに、お金をテーブルに置いて、「ありがとうございます。マスターに相談して良かったです」と立ち上がると、「健闘を祈るよ。またいつでも話し聞くからね」と優しい笑顔で言ってくれた。

心から感謝の気持ちが込み上げて、「ありがとうございます」と頭を下げ店を後にした。


家に着くと、すぐにパソコンの電源を付け、プレゼントをクローゼットの中に閉まった。


花束、プレゼント、花言葉、薔薇、本数意味のワードで色々と調べてみた。

1本の薔薇は一目惚れ、2本だとこの世界はあなたとわたしだけという意味で、ちょっと違うと思い、3本渡すことにした。


赤い薔薇の意味は、情熱、愛情、あなたを愛します、美、熱烈な恋、私を射止めて、薔薇三本は告白という意味がある。


今後、関係が続けていけるなら、本数を増やしていって渡せたらいいなとしみじみ思った。

一番大事なのは、いつ渡すかだ。

クリスマス当日だと、誕生日が過ぎてしまうし、あけみちゃんも居るから渡すタイミングがないかもしれない。誕生日当日に渡したい。

もう少し近くなったら、誕生日の日に逢いたいと連絡してみることにした。


スマートフォンを見ると、あけみちゃんからメールが入っていた。

「お兄さんゆっくり休んでるかな? 習いごとが終わっておじいちゃんおばあちゃんん家に来てるよ! 四人で夜ごはんを食べに行ってくるよ」


あの日から、あけみちゃんから毎日メールが届いている。

その日にあったことを教えてくれる。

メールを見ると、どんなに疲れていても忘れてしまうほど笑顔になれた。


そして由美さんのことも同時に考える。

毎日会えるわけじゃなく、連絡をすることもない、考える時間のほうが断然に多い。


逢うことで好きになるというより、考える時間が好きという気持ちを強くするものだと感じた。

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