五. 新しい人生

一緒にクリスマスの幸せな時間を過ごした。


由美さんに告白をし、お付き合いすることができた。だが、普通のお付き合いではないように思えた。

二人で出かけたり、毎日連絡を取り合ったりすることもなく、あけみちゃんを軸に考えていた。

由美さんと僕のエゴで付き合っていると、すべてを失う気がした。


今日で仕事納め、毎年恒例の会社の忘年会があった。

仕事終わりに、会社のみんなでお店に向かった。

一年の振り返りと来年の抱負を社長と話す会でもある。

僕の順番が来て、社長の隣に座り話しをして、最後に、「プライベートのほうも充実させます」と言っていた。

社長から、「最近、生き生きしてたから良いことでもあったのかなって思っていたよ」と言われ、自分では出てないと思っていたけど、自然と顔に出ていたみたいだ。


トイレに行くときに、スマートフォンを取り出すと、メールが二件入っていた。


「今年最後のお仕事お疲れさま! 明日はピアノ発表会、緊張してるけどみんなが見に来てくれるからがんばるよ。発表会終わったらごはん食べに行こうね」


「由美です。10時半に駅前で待ち合わせしましょう。そこから両親と合流して教室に向かう予定です。忘年会中ですよね、返事は大丈夫ですよ。明日はよろしくお願いします」


出口のベンチに移動して返信をした。

忘年会もお開きの時間になり解散となった。


帰宅して、明日のことを思うと緊張が止まらなかった。

由美さんのご両親だから、優しく素敵な方だと想像はできたけど、不安は消えなかった。

ベッドに入ると枕元にあった手紙を見つめ、目を閉じるとお酒もあって、すぐに寝てしまった。


アラームをかけてないのに、いつも起きる時間に目が覚めた。

カーテン越しに、天気が良いのがわかった。

気持ち良さを感じていると、緊張が舞い上がってきた。

あけみちゃんも緊張していると思い、メールを送った。


「あけみちゃんおはよう。今日はピアノ発表会当日だね。緊張していると思うけど、あけみちゃんなら大丈夫大丈夫! いつもの練習通りやればいいんだよ。終わったら、あけみちゃんが食べたい美味しものを食べに行こうね。それじゃあ教室でね」


送信後、僕の緊張も少し和らいだ。


待ち合わせ時間より、15分も前に駅前に着いてしまった。

駅に行きゆく人を見ながら待っていると、日差しに照らされた由美さんが手を振りながら、小走りで向かってきた。

僕も由美さんに近寄って行った。


挨拶を交わし合って、「じゃあ行きましょうか」と由美さんが言い、歩き始めた。


緊張していて、会話をする余裕がなかった。

由美さんは、感じ取ったように、僕の顔を見て、いつもの笑顔を見せてくれた。

その瞬間、緊張が和らいだ。


すると、「両親が居ました」と見てる方向に視線を送ると、遠くから見てもわかるぐらい、品がある感じの雰囲気のご両親が立っていた。


由美さんと目を合わせ、小走りで向かった。


おばあちゃんから、「あらー武志さん?」と由美さんに似た優しい笑顔をしていた。

「はじめまして。川神武志かわかみ たけしと言います。よろしくお願い致します」と深く頭を下げた。

顔を上げると、おじいちゃんと目が合い、「じゃあ行くかね」と言い、「はい」と明るく返事をした。


おじいちゃんが僕らの前を歩き、一歩後ろから付いて行った。

おばあちゃんは話好きなのか、あけみちゃんから僕のことを聞いていたことを、色々と話してくれた。

緊張もしていたし、何を話したら良いのかと悩んでいたから、話はとても助かった。


教室に行くと、先生が案内で表に立っていた。

僕に対しても不思議に思わず、挨拶をしてくれた。

中に入ると、あけみちゃんが手を振っていた。

みんなで近くに行き、緊張が和らぐ言葉をかけた。

その姿は、客観的に見たら家族に見えていただろう。


席に座ると、由美さんは近くにいた保護者に挨拶をしていた。

僕は会釈をするこしかできなった。


僕の存在を聞かれたら、なんて答えればいいの……由美さんは、なんて説明する気なんだろう……話しておけばよかったと後悔した。


ステージを見ていると、あけみちゃんが登場してきて、誰よりも先に拍手をした。

僕たちを探すように観客席を見ていた。

由美さんとおばあちゃんが小さく手を振り、僕は笑顔で見た。


僕らに気づき、安心したようにあけみちゃんもいつもの笑顔が出て、弾き始めた。

優しい音色の中に強さもあり、あけみちゃんの性格が表れていた。


弾きはじめてから終わるのが、あっという間だった。

あけみちゃんは、観客席に深く頭を下げた。

僕は、笑顔で誰よりも大きい拍手をした。


隣に座っていた由美さんに、「素晴らしかったね」と言うと、おばあちゃんも振り向き笑顔でうなづいていた。

横に座っていたおじいちゃんも、奥から僕を見て深くうなづいていた。

同じように笑顔で、返すようにうなづいた。


表で待っていると、あけみちゃんが先生に挨拶をして僕たちのところに来た。


笑顔で小走りで向かってきて、おばあちゃんが拍手をして、「すごく上手だったよー」と言うと、「おばあちゃんありがとう。おじいちゃんもお兄さんも来てくれてありがとう」と言った。


「あけみちゃん素晴らしい音色で感動したよ。呼んでくれてありがとう」と言うと、四人は僕のことを見ていた。

四人が笑顔の姿を見て、素敵な人たちと出逢えて本当良かったと思えた。


続けて話した。

「あけみちゃんご飯なにが食べたいかな?」

「ハンバーグが食べたーい! パフェも食べたい」と無邪気に言った姿に僕たちは笑った。

「駅前にハンバーグ屋さんを知っているので、そこに行きますか?」とおじいちゃんを見ながら言うと、頭だけを動かし返事をした。

おばあちゃんが明るく、「そこにしましょう」と言い、歩き始めた。


お店に着くと席も空いていてスムーズに入れた。

おじいちゃんとおばあちゃんが隣同士で座り、あけみちゃんを間に由美さんと僕は座った。


今日のピアノ発表会の話をしたり、あけみちゃんが僕の話をしたり、僕に色んな質問をおばあちゃんがして、その場は盛り上がっていた。

おじいちゃんを見ると、黙々と食べていた。

寡黙だが、怖さはなく優しい雰囲気がにじみ出ていた。

いつか二人で話してみたいと思った。


すると、食べ終わったようで、ゆっくり立ち上がりトイレに行かれた。

戻ってきて座らずに、おばあちゃんに耳打ちをして、「それじゃあ私は先に失礼するよ」と僕を見ながら言った。

すぐに立ち上がり、「はい」と言うと、「武志くん? もし良かったら……元日うちに来ないか?」と言ってくれた。


すごく嬉しいお誘いだった。

由美さんとあけみちゃんを見ると笑顔でうなづいていた。

その流れで、おばあちゃんを見ると同じようにうなづいていた。


「はい。ありがとうございます。お邪魔させていただきます」と言うと、目線を合わさずにうなづかれて、「それじゃあ」とあけみちゃんの肩に手を置き、そのままの流れで歩きはじめた。


僕は付いて行きドアを開け、「今日はありがとうございました。失礼します」と頭を深く下げた。

さっきと同じように肩に手を置き、そのまま歩いて行った。後ろ姿は、とてもかっこ良かった。


テーブルに戻ると、パフェを食べているあけみちゃんが、「楽しみだね。おばあちゃんのおせち料理すごく美味しいんだよー」と言う姿を見て、微笑ましく感じた。

「あら、腕によりをかけて作らないと。あけみもお手伝いしてね」

「うん」と明るく返事をして、おばあちゃんにパフェを食べさせてあげていた。

由美さんを見ると、すごく幸せそうな顔をしていた。

その姿を見て、僕は嬉しい気持ちを噛み締めた。


会計をするために店員さんを呼ぶと、お釣りとレシートを持って来た。

その瞬間、おじいちゃんが会計を済ませてくれたんだと理解した。

おばあちゃんに、「すいません。ご馳走様でしたとよろしくお伝えください」と深く挨拶をした。

お店を出て、駅までおばあちゃんと歩き、その場で僕たちと別れ、見送った。


真ん中に立っていたあけみちゃんが移動して、僕を間にして、あけみちゃんと由美さんが両サイドになり、手を繋いで歩きはじめた。

そのまま二人のマンションに向かった。


あけみちゃんはピアノ発表会でおめかしをしていたから、着替えに自分の部屋に入って行った。

リビングには、由美さんと僕だけになった。


「そういえば、あけみちゃんに僕たちのこと話したのかな?」

「ううん、まだ……」ちょっと困った顔をしていた。

「じゃあ後でタイミングを見て僕から話すね?」

「うん。ありがとう」安心した顔に変わった。

その様子を見て、僕も安心をした。

「さっきコーヒー飲めなかったから淹れるね」

ダイニングテーブルに座り、作っている姿を見惚れた。

まだクリスマスの飾りつけがされた部屋に夕日が注ぎ込んで、コーヒーの香りが部屋に広まり心地良かった。


あけみちゃんが、プレゼントしたパジャマを着て嬉しそうにして、リビングに戻ってきた。


ソファーに移動して発表会で撮った写真を見ていると、あけみちゃんがアルバムを持ってきて見せてくれた。

開くと、あけみちゃんが生まれてきた頃から今までのアルバムだった。

話を聞きながらめくっていくが、不安があった。

お父さんが写っている写真があるんじゃないかと、めくるのが怖くなってきた。

さすがに一枚も写っているものはなかった。

「ありがとう」と言いながら、ゆっくり閉じて渡した。


あけみちゃんがアルバムを片しに行ったときに、由美さんの顔を見た。

言うならこのタイミングだと思い、由美さんにアイコンタクトをすると、感じたみたいで深くうなづいた。


あけみちゃんがソファーに座ったと同時に、

「大事な話があるんだ。聞いてもらえるかな?」と言い、顔を見た。

視界には由美さんも入っていた。


不思議そうに、「うん」と言った。


「あのね、お母さんと僕は話して“これからもずっと一緒に居よう”と約束したんだ。お付き合いすることにしたのね。これからは、あけみちゃんにとってお父さんのような存在で、お母さんにとって恋人の存在で居たいと思っているんだけど……」


「わかってたよ」


あけみちゃんは振り返り由美さんの顔を見ながら、「お母さん最近すごく嬉しそうにしてたから……結婚するの?」


返事に迷っていると、「ううん、結婚はしないわよ」と由美さんが言った。


「新しい形なのかな。休みの日に三人でお出かけしたり、一緒にご飯作って食べたり、旅行にも行ったり……」


「まだこれからの話だからさ。ゆっくり三人で考えて、これからの人生を一緒に歩んでいこう」


「あけみは三人で居られれば、それだけで嬉しいよ」


「そう言ってくれて嬉しいよ。あけみちゃんありがとう」


三人で顔を合わせ笑顔で見合った。


新しい人生がはじまった。

まだ出逢って一ヶ月。

事が進むのが早すぎるのかもしれない。

それ以上に、第六感のようなものを感じていた。

惹きつけるなにかが、二人には合った。

好きな気持ち、守りたい気持ち、一緒に生きていきたい気持ちが強かった。

簡単に言えば、運命なのかもしれない。


ソファーに三人で座っている時間も心地よく、二度目の事とは全く思えなかった。


「じゃあお兄さんの呼び方、考えなくちゃ」


「うん。あけみちゃんが呼びたいように呼んでいいよ」


三人にとって大切な記念日になった。

あけみちゃんに報告したことで、正式にお付き合いが始まったように感じた。

今日から新しい形がスタートする。


1月1日の朝を迎えた。

11時に伺う予定になっていた。

朝ごはんは食べずに、コーヒーだけを飲んだ。

どんな服装にするか悩みながら、二人のことを書いたノートを開き、由美さんから貰ったポールペンを握りしめた。


二日前の出来事が、もっと前にあったことのように思えた。

三人でしたいこと、行きたいとこ、話したいことがたくさん出てきた。

すべてを書き留め、ノートをゆっくり眺めた。


着替えをはじめ、新しい靴下を履いて靴も磨いた。

手土産も持ち、イヤホンをして僕の中での想い出の曲を流した。


今日も天気は良く、足取りがとても軽かった。

家が近づいて来ると、毎度のように緊張が湧き上がってくる。

家の前で、いつものように深く深呼吸をしてインターフォンを押した。

ドアが開くと、あけみちゃんの姿が見え、緊張がほぐれた。


「たけたけ明けましておめでとう。今年もよろしくお願いします」と満面の笑みを浮かべて言った。

「たけたけ? かわいい呼び方を思いついたんだね」笑顔で言うと、緊張がどっかに消えてしまっていた。


「お邪魔いたします」と聞こえるように、大きな声で言いリビングに向かった。

扉を開くと、おじいちゃんが一番に目に入り、キッチンから由美さんとおばあちゃんが出てきた。


「お邪魔いたします」と頭を下げ、続けて「明けましておめでとうございます」と言った。

あけみちゃんのことを見ると笑顔で僕の姿を見ていた。


「こっちこっち」と僕の手を取り、ダイニングテーブルのおせち料理を並んでいるのを見た。

「すごいですねー食べるのが楽しみです」と言って眺めていると、手土産の存在を思い出し、おばあちゃんに渡し、由美さんの顔を見た。

女性三人はキッチンに移動してしまった。


一人掛けのソファーに座って、テレビを見ていたおじいちゃんの側に行き、「一昨日はご馳走様でした」と言うと、ゆっくり顔を僕のほうに向けて、「ちょっと書斎に行くか?」と立ち上がり、僕は後ろから付いて行った。

部屋に入ると、たくさんの本が並んでいた。色々なジャンルがあった。


「本は読むか?」

「仕事に関係する本は読みます」

「私はね、若い頃から本が好きでね。分野に捉われず様々なものを読んできた。やっぱり、いつになっても面白いのは恋愛小説だな」


とても意外だった。


「人間は自分自身が一番に思う。自分が良ければいいとね」


おじいちゃんが椅子に座り、僕が立っていると手で椅子に座るように誘導してくれた。

小さな声で、「失礼します」と腰をかけた。


「恋愛は喜怒哀楽を学び、必要とされ頼られることで自分自身の存在価値が生まれる。そして生きる意味を見出せる。気になり好きなになり、付き合う。最初は自分が幸せだが、時間とともに自分の幸せより相手の幸せを感じてもらえるように考えて行動するようになったとき、その時が愛の証だな」


僕に話してくれてることが、由美さんのことを“愛してあげてくれ”と言ってるようにも感じた。言葉一つ一つを忘れずに頭に入れ込んだ。


「どんな本より、恋愛小説は人生の意味を感じさせてくれると私は思っていて、学生たちにも進めているんだ。今の子たちは小説より漫画のほうがいいみたいだな」


すると、部屋をノックする音が聞こえ、返事と共に扉が開き、「準備できたよ」とあけみちゃんが言いに来てくれた。

お互い立ち上がり、ゆっくり歩き始め、「お話してくださってありがとうございます。また色んなお話を聞かせてください」


僕の顔を見て、「大学教授を引退して暇をしているから、いつでも来なさい」

扉の近くで、僕の背中に触れ先に出させてくれたが、その手の重みが“由美とあけみをよろしく頼むぞ”と言ってるように感じた。


リビングに戻ると、由美さんが心配そうな顔で僕のことを見ていた。

笑顔で“大丈夫だよ”という意味を込めて見返した。

由美さんは、安心した顔でキッチンに戻った。


おじいちゃんの隣にあけみちゃんが座り、その横には、おばあちゃんが座った。

僕はおじいちゃんの隣に座るよう誘導されて、隣には由美さんが座った。


おじいちゃんにお酌をし乾杯の挨拶をされた。

一口飲み、「今日はお招きいただきありがとうございます。今後とも宜しくお願い致します」とみんなの顔を見た。


「こちらこそよろしくお願いしますね。もう固い挨拶は終わりにして食べましょう」とおばあちゃんが言ってくれた。


まだ僕のことを知らないことも多いのに、こんなに優しくしてくれて感謝しかなかった。

由美さんの優しさはご両親から受け継がれているのがわかった。

そして由美さん、おばあちゃん、おじいちゃんに囲まれているあけみちゃんは素晴らしい子に育つはずだ。


近所の神社に初詣にも出かけた。

五人で居ると、由美さんが家族を大切にしていることが伝わって来る。

由美さんが大切にしていることは、僕にとっても大切にしないといけないと強く感じた。


リビングでテレビを見ながら、ゆっくりしていると疲れたのか、あけみちゃんは寝てしまっていた。

おじいちゃんを見ると、一人掛けソファーで同じように寝ていた。


おばあちゃんから、「武志さんも横になっていいからね」と優しく声を掛けてくれた。


「ありがとうございます」と言った後に、由美さんの顔を見ると、「私の部屋を紹介してあげる」と僕の手を取り流れのまま付いて行った。


二階に上がり、一番角の部屋の扉を開くと、全体的に白とピンクで統一された可愛い部屋だった。


「さっきお父さんとは大丈夫だった?」


「うん。とても良い話をしていただいて勉強になったし、すごくスッキリした気持ちもあったよ。またお話を聞きたいよ」


「お父さん寡黙な人だけど本当は話すのが好きなんだ。なかなか話せる相手がいないから。ああいう姿を見たことがなかったから、武志さんのこと気に入ったんじゃないかな」


不安もあって思わず、「認めてくれたのかな?」


「私から見ていてお父さん武志さんのこと、すごく好きだと思ったよ。お母さんも“良い人ね”って言ってたし」


「そっかそっか」深く安心をした。


部屋を出るときに、由美さんが振り返り笑顔でキスをしてくれた。

そして階段のところまで手を繋いだ。


リビングに戻ると二人は起きていた。


時計を見て、良い時間になっていて帰ることを伝ると、玄関までみんなが来てくれた。

その時、みんな素敵な笑顔で見送ってくれた。


一人になって歩いて帰っていると、寂しさより幸せな気持ちのほうが強かった。


人生のターニングポイントがあるとするなら、今日なのかもしれない。


月日が経つのが早かった。

出逢って3ヶ月、付き合って2ヶ月になっていた。


変わらず、あけみちゃんからは毎日メールが届き、由美さんとは三人で逢う日のことでのやり取りする日々が続いた。

週末には二人の元に行き、ショッピングに出かけたり、映画を観たり、三人で料理を作ったり、あけみちゃんを軸に過ごしていた。


バレンタインには、二人で作ったケーキを用意してくれていた。

あけみちゃんは女子校だったこともあり、好きな男の子にあげることはなく、友達同士で渡し合うためにシフォンケーキを作っていた。


海外では、男性が女性に渡すのが普通だ。

だから僕は、二人に花をプレゼントした。

あけみちゃんには部屋に飾れるようにブリザードフラワーにして、由美さんには薔薇を4本を渡した。“死ぬまで愛の気持ちは変わらない”という意味がある。


二人は、予想外のプレゼントに感動して喜んでいた。

その姿を見ることが、僕にとって幸せのひと時だ。


帰りに由美さんから、温めれば食べられるようにと、おかずを持たせてくれた。

家に着いてタッパを冷蔵庫に入れようと、紙袋の中を見ると手紙が入っていた。


『Dear 武志さん

いつもありがとう。

武志さんが横に居てくれるだけで幸せを感じる。

お出かけするのも楽しいけど、三人でソファーでゆっくりしている時間が一番好き。

それと武志さんの笑顔が大好きなの。

こうやって手紙を渡したいほど好き。

書きながら、喜んでくれるかな、笑顔で見ているかなと想像すると私まで笑顔になっちゃう。

ps……3月12日にあけみが友達のところにお泊まりしに行くので夜ごはん食べに行きませんか? From 由美』


手紙を開いた状態で、由美さんから貰ったペンを握り返事を書いた。


『由美さん

まさに笑顔で読んでいました。

由美さんとあけみちゃんと一緒になり、

僕の人生が始まったと思ってます。

いつもありがとう。

ゆっくり一緒に歩んでいきましょうね。

隣には僕がずっと居るよ。

情熱と愛を込めて……武志』


次の週末に渡すために、まだ封をしないで香水は付けずに机の上においた。


そして、由美さんにメールで手紙のお礼と3月12日の件の返事をした。

美味しいお店を調べて、予約するためにパソコンを開いた。


仕事が終わり、由美さんにメールを送りながら急いで駅に向かった。

電車に乗ると、窓ガラスに映る自分の顔を見て、楽しそうな顔をしていて笑えてきた。


改札口を出て周りを見渡したが、由美さんはまだ来てなかった。

壁に寄りかかり、改札口のほうを見つめた。

疲れていたが、それ以上に由美さんに逢える嬉しさのほうが勝っていた。


電車が着いて、人が改札口に流れてきた。


その中に、由美さんが居るような気配を感じて、探していると最後のほうに歩いているのが見えた。

出口のほうを見て僕を探しているようだった。

由美さんを見ながら手を上げると、気づき小走りで向かってきた。


「お待たせ。ごねんね。待った?」

「全然。由美さんお疲れ様」と笑顔で言うと、「武志さんもお疲れ様でした。どこのお店にしようか?」と言い、僕の手を握った。


由美さんの顔を見て、「美味しそうなお店を予約しといたよ。イタリアンだけどいいかな?」

「うん! ありがとう、嬉しい」とまっすぐ歩こうとした由美さんの手をひっぱり、「こっちだよ」と言い、二人で笑い合った。


こんな些細なことが楽しくてしょうがなかった。

由美さんは、僕の前では一人の女性というより、少女のような可愛らしさが出る。

おっちょこちょいなところもあるが、大人の部分もあり、その両面が、僕にとっては魅力的で好きなところだ。


お店に着き、壁側に座ってもらい、お互いコートを脱ぐと店員さんがきた。

メニューを置いて戻ろうとしたときに、「すいません。ドリングだけ先に頼んでいいですか?」

由美さんの顔を見て、「ジャンパン飲もうか?」と言うと笑顔でうなづいた。


「特に祝いことがあるわけじゃないけど、今日はなんとなく飲みたい気分になった」

「うん。今日は初めて二人でゆっくり過ごせる日だから……記念日」と由美さんが嬉しそうに言っている姿を見て、こっちも嬉しくなり、「確かにそうだね」と満面の笑みを見せた。


見つめ合いながら、グラスを合わせた。


仕事の話、あけみちゃんの学校の話、次どこに三人で出かけるか、色んな話をした。

話が途切れることはなかった。

なにを話そうかなんて、ちっとも思わなかった。

お互いどっちともなく話題が自然と出た。


「この後、どうする?」

「うーん、DVDでも借りて観ようか?」

由美さんは、笑顔でうなづいた。

「ウチで見る?」

「私の家にしよう」

「わかった」


お店を出て、今度は僕から手を繋いだ。

由美さんと手を繋いだときのフィット感にはびっくりする。


街中で、老夫婦が手を繋いでる姿を見て微笑ましかったけど、手を繋ぎたくなるぐらいフィットしているのかもしれない。

そして繋ぎたくなるぐらい好きなんだろう。


「武志さん……なに考えてるの?」


ゆっくり由美さんの顔を見て、「おじいちゃんおばあちゃんになっても手を繋いで歩こうね」


今だけじゃなく、未来のことも考えられるし、イメージができた。

見つめ合うことも大事だけど、お互い同じ方向を見つめることも大事だと感じた。


家に着き、ソファーに座ると由美さんから紙袋を渡された。


「開けてみて」


「え? なになに?」


開けてびっくりした。

二人にあげたブランドのパジャマのメンズ物だった。


「武志さんにも買っちゃった」


「ありがとう。だから家に来てほしかったんだね」


由美さんは、立ったまま笑顔でうなづいていた。


「すごく嬉しいよ! 本当ありがとう」


「着てみて着てみて!」


立ち上がると、ジャケットをハンガーに掛けてくれた。

ネクタイを外していると、シャツのボタンを下から取って脱がしてくれた。

ズボンは自分で脱ぐと、由美さんは綺麗にハンガーに掛けてくれた。

些細なことかもしれないけど、僕が気にすると思ってシワにならないように綺麗に掛けてくれる優しさが嬉しかった。


「サイズちょうど良いね。どうかな? いい感じ?」


「いい感じ! いい感じ! やっぱり武志さんに似合ってる」


僕が嬉しくしていると、由美さんは嬉しそうに見ていた。


「由美さんも着て来なよ。僕が着させてあげようか?」


「大丈夫です」と笑いながら、リビングを出た。


ソファーで待っていたが、なかなか戻ってこなかった。


廊下を歩く音が聞こえてきて、扉のほうを見ると、うつむきながら電気を消して、間接照明だけの明かりになった。


顔を見るとメイクを落としていた。

ノーメイク姿も、やっぱり綺麗だった。

ずっと見ていられる。


ソファーの肘掛けに寄りかかり脚を乗せて、由美さんを見つめながら手を伸ばした。

由美さんは脚の間に入り、僕に寄りかかった。

後ろから抱きしめるように手をまわした。


「メイク落としたんだね。ノーメイク姿も綺麗だよ」

「いつも帰ってきたら落としてるの。恥ずかしいけど、あとで見られちゃうし」

「ずっと見ていたいよ」

「武志さんたら……」

後ろにいるから顔は見れないが、笑っているのがわかった。


「後でお風呂入ったら髪を乾かしてあげるね」

「 ……なんで武志さんはそんなに優しいの?」

「だって、由美さんが僕に与えてくれたことを考えたら、優しくなっちゃうんだよ」


由美さんの手を握った。


手と手が重なり合えば、そこにはもう言葉はいらなかった。


これから、幸せな日々が続くと思うと、笑顔が自然と溢れる。


三ヶ月後は、僕の誕生日を迎える。


ただ、由美さんとあけみちゃんと過ごせるだけでいい。

笑顔を見せてくれればいい。

楽しいと言ってくれるだけでいい。


それだけで僕は幸せだから。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る