六. 最愛の日々

好きな人ができると不思議なことが起きたりする。


時計を見ると数字が相手の誕生日だったり、ICカードの残高が相手の誕生日だったり、街中で相手の名前が聞こえて見るとお母さんが小さい娘さんを呼んでる光景を見たり。


意識の中に、常に由美さんがいるから不思議なことを引き寄せてしまうのかもしれない。

逢うたびに好きな気持ちが強くなっていくのがわかった。


出逢って7ヶ月、付き合って6ヶ月。


今日は、僕の誕生日。

一人のときは特に気にしてなかった。

いや、寂しいから気にしないようにしてたのかもしれない。

誕生日の日は、たまたま日曜日で休みだった。

三人で居られれば、それで良かった。


あけみちゃんは、吹奏楽部の練習があり夕方からの合流になった。

由美さんに“行きたいところあるか”と聞かれたが特になかった。

強いて言えば、自分が好きな場所に連れて行きたかった。


二人だけで出かけるから、デートらしく最寄り駅ではなく、有楽町駅で待ち合わせをした。

改札口で待っていると、由美さんがいつもよりおめかしをしていた。


すらっとしたスタイルでヒールを履くと、僕と同じくらいの身長になる。

綺麗で可愛さもあり品も兼ね揃えている容姿。

そして内面も美しい。

心優しくて、おっちょこちょいなところもあり、容姿とのギャップで良さを引き立てている。

そんな由美さんを見ると、自然と笑顔が出てしまう。


有楽町駅から、好きな道である丸の内仲通りに流れた。

石畳で道の両サイドには色んなお店がある。

由美さんは、初めて知ったようでショーウィンドウを見ながら気になったお店に入り、ゆっくり東京駅に向かって歩いた。


途中でテイクアウトでコーヒーを買い、好きな場所に着いた。

そこは、東京駅が見え、後ろには皇居がある行幸ぎょうこう通りだ。


「ちょっとそこに座ろうか?」

「うん。ここが武志さんの好きな場所?」

何も言ってないのに、由美さんは感づいた。

「そうなんだ。ここは東京都の特例都道となっていて、天皇陛下が通って行幸ぎょうこう通りと言われてるんだ」

由美さんは顔を左右に動かして見て、僕の顔を見た。

「初めて通ったときに、思わず立ち止まって、ここに座ったんだ。時間が止まったように感じたんだよね」

コーヒーを飲み、続けて話した。

「ここの道の名前も“行く幸せ”と書いて行幸ぎょうこう通りと言うんだ。なんか良いでしょ?」

「名前もここの景色も素敵ね。大事で特別な場所なのに連れてきてくれてありがとう」

「自分の中で特別な場所だから、大事な人を連れてきたかったんだよ」

コーヒーを飲みながら、この瞬間を大切に味わった。


僕一人の大事な場所にしようと思っていたけど、由美さんのことを好きになりお付き合いを始め、二人だけの想い出の大事な場所にしたいと思えた。


「ランチはどこで食べようか?」

「今日は誕生日だから、武志さんが好きそうなお店を予約したよ」


僕の手を取り、楽しそうに歩きはじめた。

僕のために考えて探して予約してくれたこと、自分の事のように喜んでいる姿を見て、由美さんと一緒になれて本当に良かった。

これからもずっと隣に居たいと思った。


お店に着くと静かで高級感が溢れる店内。

料理はコースのみで、すでに選んでくれていた。

前菜から出てきて、ゆっくり食べながら、空間、料理、会話を楽しみならがら、特別なランチを味わった。


「そういえば、あけみに報告したとき“結婚はしない”と言ったけど……あの時どう思った?」

口に入っていた物を飲み込み、お水を一口飲んだ。

「うーん、あの時は僕のためにそう言ったのかなって。由美さんはどう思ってんだろうと思ったよ」

続けて話した。

「結婚して一緒に住んで、正式にあけみちゃんのお父さんになるイメージが湧かないんだ。あの時に由美さんが言った“新しい形”という言葉には、すごくしっくりきた」


「私もね、結婚して一緒に住みたいと思ってないの。武志さんのためでもあるけど、私とあけみのためにも、三人が仲良く楽しく幸せに居られるのは今のスタイルかなって」


「僕たちが良ければ、周りは気にしなくていいんだと思うんだよね。あけみちゃんは、どう思ってるんだろう……」


「あけみとも少し話したら、私たちと同じような事を言ってたよ。クリスマスのときも言ってたけど、“三人で一緒に居られれば、それでいい”って。一緒に住んだりしなくても休日に遊びに行けるだけで十分って言ってた」


三人の考えは一致しているのかもしれない。

由美さんとは、目を合わして話して本音で言ってるのがわかった。

あけみちゃんとは、直接話したわけじゃないが、本当の気持ちを言ったんだろう。

僕も今のままで満足しているし、誰よりも幸せだと思ってる。

何より、二人の気持ちを尊重して関係を続けて行きたい。


次の料理が届き、自然と話題は変わった。

「あけみ夕方に部活が終わるみたいだから、学校まで迎えに行こう」

「うん。そうしよう。門で待って驚かそう」

お互い笑顔を見せ、由美さんがお手洗いに立ち上がった。


僕は、おかわりのコーヒーを頼み、店内を見渡すと素敵な老夫婦が食事をしていた。

僕たちも、将来あの夫婦のようにおめかしをして、素敵なお店で記念日を祝い合える関係でいたいなと思っていると、由美さんが戻ってきた。

ウエイトレスが椅子を押し、座ると同時にデザートが出てきた。

プレートには、誕生日のメッセージが書いてあった。


「誕生日だから。こういうのあまり好きじゃないかもしれないけど」

「ううん、嬉しいよ。ありがとう」


由美さんは、考えてお店の方に盛大にやらないように頼んだのかもしれない。

僕は面倒くさい性格だ。

そんな僕を面倒くさがらずに、考えてやってくれる由美さんの優しさに愛を感じる。


「おばあちゃん、おじいちゃんになってもお互いの記念日のときは、こうやって祝おうね」


由美さんは、さっき僕が見ていた老夫婦に気づき、ゆっくり僕の顔を見て、満面な笑みでうなづいた。


「今日は私がごちそうするからね」

「いいよいいよ。僕も出すよ」

「もう払っちゃったもん」

なんて可愛らしんだ。笑顔が止まらなかった。

「ありがとう。色々考えてやってくれて本当嬉しいよ」

「ううん。私も楽しいし嬉しいから」

「由美さんいつもありがとう」

「武志さんもいつもありがとう」


思っていることは、言葉にしないとわからない。

口は、しゃべるためにある、言葉にして気持ちを伝える。

それが、良い関係でいられる方法なのかもしれない。


お店を出て、東京駅周辺をプラプラして電車であけみちゃんの学校に向かった。


ちょうど終わる頃に、校門に着いた。

待っていると学生たちが出てきた。

よく見ると、その中にあけみちゃんが仲良く友達と話している姿が見えた。

その中の一人の友達が、由美さんに気づき、あけみちゃんの肩をたたき僕たちのことを指をさしてくれた。

あけみちゃんは、驚いていた。

僕たちは笑顔で、あけみちゃんの姿を見た。

友達に手を振り、走って向かってきた。


「たけたけ、お母さんどうしたの?」

「びっくりした? あけみちゃんを驚かそうと思って待ってたんだ」

「びっくりしたよー! たけたけお誕生日おめでとう」

「ありがとう。じゃあ帰ろっか?」

あけみちゃんは、振り返り友達たちを見て、手を振った。

由美さんと僕も振り返り、軽く会釈をした。

そしてバスに乗り、三人で一番後ろに座った。


マンションに帰る前にスーパーに行き、夜ご飯の食材を買いに行った。

一人一品作ることを提案した。

僕がパスタで、由美さんがムニエル、あけみちゃんはカプレーゼを作ることになった。

一つのカゴを持ち、三人で店内を周り食材を入れて行った。

この食材はあるとか、あの調味料はないと話している二人を見て、僕は楽しくてしょうがなかった。

こんな一コマも、僕にとっては誕生日プレゼントに思えた。


「なんでたけたけ笑ってるの?」

「笑ってた?」

「笑ってたよね? お母さん」

「うん。笑顔になってたね」

「いや、幸せだなって思って自然と笑顔になっちゃってたのかな」

僕より二人のほうが照れていた。


お店に出ると、いつものように僕が間になりマンションに向かって歩いた。


家に着いて、お揃いのパジャマに着替えて、料理を作りはじめた。

三人でキッチンに立ち、お互いの料理を手伝いながら作った。

あけみちゃんは、中学生になりスマートフォンを買ってもらい、カメラで僕と由美さんを撮ったり、自撮りで三人が入るように撮っていた。


料理をダイニングテーブルに運び、席についた。

「今日は一緒に居てくれてありがとう」

二人は目を合わせて笑い合った。

「じゃあ食べようか」

「たけたけ誕生日おめでとう」

「武志さんおめでとう」

「あけみちゃん由美さんありがとう」


今日の昼間に行った場所を聞かれ、あけみちゃんが学校の出来事や部活について話してくれた。

いつも三人でいるときは、あけみちゃんが会話を盛り上げてくれた。

僕も由美さんも笑顔で話しを聞いていた。


食べ終わると、いつものようにソファーに移動した。


「たけたけ、ちょっと待っててね」

あけみちゃんが由美さんの手を取り、廊下に出て行った。

すぐに戻ってきて、「武志さんこっち向いちゃダメだよ」と言われて、見ないようにうつむいた。

二人が両サイドに座ったのがわかった。

「はい! 顔を上げてー」とあけみちゃんが言い、見ると二人してプレゼントを持っていた。


「じゃあ私から」

由美さんのほうを向き受け取った。

「開けてみて」

包装紙を剥がし、少し大きめの箱で、開けてみると、頑丈に紙で包まっていた。

一つ一つ大切に取り出すと、お茶碗セット、お箸、マグカップだった。

「武志さんがいつも使ってるの来客用だったから、ウチで使える武志さん専用ね」

「専用……いいね。ありがとう由美さん」

由美さんは、誕生日に僕のことを、たくさん考えてくれていたんだと思いながら、プレゼントを見つめた。


「じゃあ次はあけみのね」

テーブルにプレゼントを見えるように置き、あけみちゃんのほうを向いて、受け取った。

プレゼント用の袋に、平べったいものが入っているのがわかった。

リボンを取り、手を入れ取り出すと、そこにはアルバムが入っていた。

「開いてみて」

二人にも見えるような形で、ゆっくり開くと今までの写真が綺麗にデコレーションされて挟んであった。


「作ってくれたの?」

「うん。かわいいでしょ?」

「うん! ありがとう、本当嬉しいよ」


ゆっくりゆっくり――その時の想い出や気持ちを思い出しながら見た。


「これから三人の想い出をアルバムに残していこうね」


あけみちゃんと由美さんの顔を見て、両手を使い、肩に手を回した。

三人でプレゼントを見つめながら、会話はなく、この幸せの瞬間を味わっていた。


あけみちゃんは、僕の脚を枕にして横になった。中学生なのに、まだまだ甘えん坊。

今までお父さんが居なくて甘えられなかった分、僕に甘えてるのかな。


寝そうになっていたあけみちゃんを見て、由美さんが、「あけみ、お風呂入って来ちゃいなさい」

「うーん」と言い、眠そうにしていたあけみちゃんを両手で身体を起こしてあげた。

ゆっくり伸びをしながら立ち上がった。


「たけたけ、まだ居るでしょ?」

「うん」

「泊まっていけば?」

由美さんの顔を見ると、うなづいていた。

「じゃあそうしようかな」

そのまま、あけみちゃんは廊下に出て行った。


ダイニングテーブルに行き、由美さんと一緒に片づけをはじめた。

小さい声で、「前に泊まったことは言ってないんだよね?」

「うん。二人の秘密ね」とささやいた。

僕がお皿を洗い、由美さんは拭いて戸棚に入れていった。


コーヒーを淹れてくれて、ソファーに移動してテレビを見ていると、あけみちゃんが頭にタオルを巻いて戻って来た。


タオルを外す姿を見て、なんとなく気になり、「乾かさないの?」

「こうやって水分を取ったら乾かすよ」とロングヘアの髪を前に持って行き、タオルで髪をトントン叩いていた。

「そうなんだ。乾かしてあげようか?」

「やったー! 乾かして欲しい」

「じゃあドライヤー持ってきな」

急いで取りに行った。

ダイニングテーブルの椅子に座ってもらい乾かし始めた。


「あけみちゃんは誕生日なにが欲しいの?行きたい場所でもいいけど」

「三人でディズニーランドに行きたい」

「わかった。じゃあ決定だね」

「ディズニーランド久しぶりだなー」


正直、あまり得意な場所ではなかった。

楽しめるか不安だったが、二人が居たら自然と楽しめるかなとポジティブに考えた。

「たけたけありがとう。もう大丈夫だよ」

ドライヤーを渡し、戻しに行った。


僕はソファーに戻り、由美さんにくっつき、顔を見た。

由美さんが振り向き、目が合った瞬間に、「由美さんも乾かしてあげるからね」

「本当? ありがとう」

すごく嬉しそうな笑顔を見せた。


あけみちゃんも戻って来て、三人でテレビを見た。

気づけば自分の誕生日だったことを忘れていた。

それぐらい落ち着けて、楽しくて幸せな気持ちだったんだろう。


テレビ番組が終わると、あけみちゃんはあくびをしながら、「そろそろ寝るね」と言い、立ち上がった。

「あけみちゃん今日はありがとう。アルバムも嬉しかったよ」

「ううん。だって今日はたけたけの誕生日だもん」

「本当ありがとう。ゆっくり休んでね。おやすみね」

「たけたけ、お母さん、おやすみ」

由美さんと僕は声を揃えて、「おやすみ」と言い、あけみちゃんがリビングを出るのを見届けた。


「武志さん先にお風呂入ってきていいよ」

「うん。じゃあ入ってこようかな」

ゆっくり立ち上がると、由美さんも一緒に着いてきた。

「バスタオルこれ使ってね。あとは適当に使って」

「うん。ありがとう」

一度、使ったことがあるから、かってはわかっていた。


シャワーを出して、頭からかぶると、今日一日のことが走馬灯のように流れた。

今日くれた幸せな気持ちは、二人の誕生日、そして日頃から返していこうと思った。


浴槽には入らず、シャワーだけで済まし、リビングに戻ると、「早かったね」とソファーから立ち上がり、僕のほうに向かって来た。


僕も近寄り由美さんを抱きしめた。

少し強く抱きしめ、由美さんも手を回した。


背中をさすりながら、「じゃあ私もお風呂入ってくるね。待っててね」

ゆっくり離れて、「うん。急がなくていいからね。ゆっくり入ってきな」

笑顔でうなづき、リビングの扉を開けた。


僕は、その姿を見届け、ソファーに座ると、もらったマグカップにお水が入っていて、一気に飲んだ。


ずっと見てなかったスマートフォンを鞄から取り出した。

二人と居るとスマートフォンの存在を忘れてしまう。

アルバムを見ながら、友達から届いたお祝いメールに返信をした。

一通り全員に送ると、廊下のほうから歩く音が聞こえてきた。


扉を見ると、由美さんが戻ってきた。

閉めたと同時に、「お水用意してくれてありがとう」と言うと、タオルで髪をあげて、笑顔で僕の顔を見た。


キッチンに行き、コップにお水を入れて由美さんに渡した。

受け取ると、すぐに一気に飲む姿を見て、思わず笑ってしまった。


「うん? どうしたの?」

「いや、僕も同じように一気飲みしたから」

由美さんも笑った。

「私たちって、なんか似てるよね?」

「うん。なんか似てる」

二人で笑い合った。


「じゃあ乾かそっか?」

「うん」

由美さんの手を取り、洗面台に向かった。

小さい椅子があり、鏡の前に動かして座らし、乾かし始めた。

言葉は交わさず、鏡越しに由美さんを見て、目が合いお互い笑顔を見せた。

由美さんの髪型は、セミロングで乾くのが早かった。

「仕上げは自分でやるからリビングで待ってて」


ドライヤーを渡し、リビングに戻った。

スマートフォンを手に取り、返信が来てないか確認をして、明日のスケジュールを確認した。


すると、由美さんからメールが届いた。


「寝室に来て」


メールを見て、心臓がドキドキしたのがわかった。

リビングの電気を消して、由美さんの部屋に向かった。


ゆっくり扉を開くと、小さな間接照明だけが付いていて、由美さんはベッドに入っていた。

僕を見て、掛け布団を持ち上げた。


持ち上げた部分から、そっと入り腕枕をした。

由美さんは、身体全体を密着させ、頭を僕の心臓のところに乗せた。


「今日は本当にありがとう」

「ううん」

由美さんの声が耳から心臓からも伝わってきた。ベッドの上は幸福感で溢れていた。


由美さんは、疲れていたのか寝息が聞こえてきた。


寝顔を見て癒され、身体が触れ合って温もりを感じ、香りが気持ちを落ち着かせ、寝息が心地よくメロディーのように心を満たしていく。


ゆっくり目をつぶり、一緒に夢の中に入っていった。


自然と目が覚めた。

少し寝ぼけながらも、目だけ動かし時計を見ると5時だった。

そのまま由美さんを見ると、寝たときと変わらない状態だった。


今日は平日で仕事もあった。

帰宅して着替えないといけなった。

ゆっくり由美さんの手を動かし、起こさないようにベッドから降りた。


リビングに行き、カーテンを開けた。

メモを手に取り、由美さんとあけみちゃんにメッセージを書いた。


忘れ物がないか確認をして、アルバムのプレゼントを持ち、由美さんの部屋に行きメモを目覚まし時計の横に置いた。アラームがセットされてなくてオンに切り替えた。

由美さんの寝ている姿を見て部屋を出た。


あけみちゃんの部屋の前に来て、扉の下の隙間からメモを入れた。

玄関にあった鍵を手に取り、音を立てないようにドアを閉め鍵をかけた。

鍵にプレゼントのリボンをつけて、玄関のポストにゆっくり下ろして音が出ないように置くことができた。


マンションを出ると朝日が気持ち良く、心なしか太陽が僕だけを照らしてくれているように思えた。


家に着き、時間にまだ余裕がありシャワーを浴びた。

頭からシャワーを浴び、目を閉じると、昨日と同じように出来事が走馬灯のように流れて行った。


シャワーから上がってリビングに行き、スマートフォンを確認すると、由美さんからメールが入っていた。


「武志さん起きたの気付かなくてごめんね。

アラームかけてくれてありがとう。おかげで寝坊しないで起きれた。

鍵も確認した。何から何まで私たちを起こさないようにしてくれてありがとう。今日もお仕事頑張ってね。大好きよ。いつもありがとう」


返信の内容を考えながら、コーヒーを淹れて、チョコレートを口に入れた。


「おはよう。起こさなくてごめんね。

気持ち良さそうに寝ていたから起こしたくなかったんだ。かわいい寝顔を見惚れたかったから。由美さんもお仕事がんばって、気をつけていってらっしゃい。僕も大好きだよ。いつもありがとう。行ってきます」


洗面台に移動して、鏡で自分を見た。

前まで、顔を見てもどうも思わなかった。

二人に出逢ってから、鏡を見るのが好きになっていた。

生き生きしている自分がいるからだ。

好きな人ができると、こんなにも人は変われるのかと、つくづく思う。

失恋したときは、鏡を見ても自分の姿が見えないぐらい落ち込んでいた。

生きる価値さえ見出せなくなっていた。

今は全く違う。

過去は変えられないけど、未来は自分次第でいくらでも変えられる。

過去の経験がなければ、今の自分がいないと思うと感謝している。

だから今を大切にしないといけない。

由美さんとあけみちゃんを大切に、この思いを大切に――歩んでいこうと思う。

3年後、5年後、10年後にも幸せだと思えるように。


貰ったアルバムをノートの隣に置いて、家を出た。

週初めで、憂鬱な気分になる人も多いけど、僕は晴れやかな気持ちだった。

電車に乗り込むと、スマートフォンが鳴った。


「たけたけおはよう! 朝会えなくて残念だったけど、お手紙うれしかったよ! 今日もお仕事がんばってね。あけみも勉強に部活もがんばるからね」


昨日、撮った写真も送られてきた。

三人とも本当に良い笑顔をしている。

周りを気にしながら、ずっと眺めていた。


スマートフォンを持ってから、あけみちゃんから直接メールが来るようになり、夜だけじゃなく、朝も学校終わりの夕方にも届くようになった。

由美さんからは、相変わらず日常のメールのやり取りはなく、必要最低限の連絡しかしなかった。

平日は、仕事で逢うことはなく、二人とは金曜日の夜から日曜日まで一緒にいる。

1ヶ月間のうち12日、逢ってることになる。

1年間で144日だ。

多くも少なくもない、僕らには、ちょうど良い回数なのかもしれない。

逢わない日があるから、二人のことを考える時間がある。

その時に、自分の気持ちを確認できる。

逆に失恋したときは、時間が解決してくれる。

好きな人ができると、逢えない時間が想いを強くしていく。

時間のことを、一つとっても、二つの捉え方ができる。恋愛は本当に面白い。

約1000年前からある恋愛は、今も、これからも、そして一生変わらないのだろう。

そんなことを思いながら、最愛の日々が過ぎていく。


明日は、あけみちゃんの誕生日。

仕事終わり駅に向かいながら、由美さんに電話をした。


「もしもし。どうしたの?」

「明日のことで電話した。メールに電車の時刻表送ったから」

「うん。ありがとう」

「乗り換えの駅、時間も書いてあるから。ホテルに荷物送ってくれたかな?」

「うん。今朝やったよ」

「ありがとう。あけみちゃん近くにいる?」

「ちょっと待ってね」


「もしもし」

「あけみちゃん。明日はデートのように現地で待ち合わせにしたから。寝坊しないように今日は早めに寝なよ」

「たけたけこそ、寝坊しないでよ」

「大丈夫だよ。今まで遅刻したことないでしょ」

「油断は禁物だよ」

「そうだね」

「じゃあ明日ね。楽しみにしてる」

「明日ね。おやすみ」

「おやすみ。お母さんに代わるね」


「武志さん、まだ会社?」

「ううん。これから電車乗るところ」

「気をつけて帰ってね」

「うん。明日も早いから早めに休んでね」

「ありがとう」

「それじゃあまた明日。おやすみ」


電話を切り、電車に乗った。

窓ガラスに映る自分を見て、笑顔になっているのがわかった。

明日、喜んでもらえるかなと考えると楽しみでしょうがなかった。

苦手な場所なんてことは、どっかに飛んで無くなっていた。


明日の準備をして、ベッドに入った。

寝たのか寝てないのか、よくわからない感覚があった。目覚めは、すごく良かった。


家を出て、好きな音楽を流して車を走らした。

道も空いていて、早めに着けた。


コーヒーを飲みながら、待つことにした。

スマートフォンを手に取り、メールが届いてることに気付き見ると、由美さんからだった。

無事に向かってることが分かり安心した。

同じく安心してもらうために、着いていることを伝えた。


店内から外を見て、女の子同士、カップル、家族の歩いてる姿を見ながら、自分たちのことを想像した。


時計を見ると二人の到着時間が近づいていて、お店を出て改札口の前に向かった。

人が多くて、改札の中をよく見ながら、二人を探した。


お揃いのコーディネートをした、あけみちゃんと由美さんを見つけた。

白いTシャツにデニムに、僕があげたスニーカーを履いていた。

僕を探しながら、改札口を出るところに歩み寄った。


「お母さん! たけたけ居たよ」

由美さんの手を取り、僕の目の前に来た。

「あけみちゃん誕生日おめでとう」

「ありがとう」

僕の手を取り、三人で歩き始めた。

あけみちゃん越しに由美さんの顔を見て、「おはよう」と言った。


入り口に着くと、誕生日のことを伝えバースデーシールをもらい、あけみちゃんに貼ってあげた。

それだけで喜ぶ姿を見て、こっちまで嬉しくなった。


あけみちゃんが行きたいところ、乗りたいもの、食べたいもの、すべて任した。

あけみちゃんが楽しければ、由美さんも僕も自然と笑顔になれて、一緒に楽しめると思った。


並んで待つ時間が、しんどい気持ちになったりするが、全くならなかった。

次はどこに行くとか、何が食べたいとか、お土産を買うとか色んな話をしながら、自然と時間が過ぎていった。


パレードの時間まで、ご飯を食べながら、ゆっくり過ごした。

朝から、ずっと動いていて三人とも疲れてしまっていた。


パレードの時間も近づいてきて、お店を出て調べておいた、よく見える場所に向かった。


パレードが始まり、こんなに凄かったかと感動しながら見ていると、二人の様子が気になり、由美さんを見ると同じように感動した顔をして僕を見て微笑んだ。

あけみちゃんを見ると、パレードを見ながら寂しそうにしていた。

もう終わるんだと思うと悲しくなったんだろう。

あけみちゃんの肩に手をかけ、由美さんとは手を繋いだ。


パレードも終わり、出口に向かった。

「楽しかったー! けど寂しなーもっと居たかったな」と言っている姿を見て、由美さんと目を合わせた。

「そうだね。楽しい時間はあっという間だね」と言いながら、ホテルの入り口に着いて、笑顔でルームキーを渡した。


あけみちゃんは、由美さんと僕の顔を見て驚いていた。


誕生日は、“ディズニーランドに行きたい”と言われて、日にちを見たら運良く土曜日で、由美さんにサプライズを提案していた。

朝早く来て、チェックインの手続きをしてルームキーを受け取っていた。

すべは、あけみちゃんが喜んでもらえるように、二人で考えた。


入り口を開けると、由美さんがあけみちゃんの背中を押しながら歩いた。


「えっ……お泊まりセット何も持ってきてないよ」

「大丈夫だよ。由美さんが全部用意してくれたから」

「お母さん知ってたのー?」

すごく嬉しそうに言った。

「うん。武志さんが手配してくれたんだよ」

自分事のように笑顔で話した。

「サプライズだよ! 成功した?」

「成功、成功、大成功だよ! 嬉しいーありがとう」と僕に飛びついてきた。

由美さんと笑顔で、見つめ合った。


部屋に入ると、あけみちゃんは大はしゃぎしていた。

「見てみて」

由美さんと僕は、あけみちゃんに近寄ると、ミッキーとミニーから届いたお祝いメッセージを見せてくれた。


「たけたけー本当にありがとう」

「……こうやってさ、嬉しいと思える気持ちを持てたのも、由美さんが産んでくれたおかげだからお母さんに感謝しないとね」

「お母さん! いつもありがとう。産んでくれてありがとう」


由美さんの顔を見ると、嬉し涙が流れていた。

思わず、笑顔で抱きしめてあげた。

あけみちゃんを見て、手招きをして後ろから抱くように合図すると、笑顔で駆け寄り抱きしめた。

嬉し涙を流しながら声を出して笑い、あけみちゃんと僕もつられて笑った。

由美さんは、身体をあけみちゃんのほうに向けて、正面から抱きしめた。


「明日は今日乗れなかったアトラクションに行って、お土産も買わないとね」

「明日もいいの?」

「せっかくホテルに泊まったし明日も堪能しないとね」

「やったーお土産友達に買っていく」

「そうだね。おじいちゃんおばあちゃんにも買っていこうか?」

「うん。お土産いっぱいになっちゃうね」

「大丈夫だよ。車で来てるから」

間髪入れずに、「よし。誰が一番にお風呂入る?」

「あけみが入る」と言い、ゆっくり離れた。


由美さんにハンカチを渡し、ソファーで横になった。

“ハンカチは女性の涙を拭くために持つんだ”と前にマスターが言ってたことを思い出した。


二人で浴槽に行き、由美さんが扉をゆっくり閉め戻って来た。

ソファーに座り、僕の脚を自分のももに乗せてマッサージをしてくれた。


「今日は疲れたでしょ?」

「ホテルに着いて、どっと疲れがでてきた」

「私も。ねぇ武志さん頭重いでしょ?」

「うん。なんでわかったの?」

「私も重いから。武志さんも重いだろうなって」

「由美さんは何でもわかるね」

身体を起こし、由美さんの頭をももに乗せて横になってもらい、頭をなでてあげた。


「次、お風呂入りな。それまでこうしててあげるから寝てな」

「うん。ありがとう。こうしてると落ち着く」

「僕も落ち着くよ。由美さんいつもありがとう」

「武志さんもいつもありがとう」

ゆっくり――ゆっくり――頭をなでた。


与えられたら、与えたくなる。

優しくされたら、優しくしたくなる。

ありがとうと言われたら、ありがとうと言いたくなる。

当たり前のことなのに、時と共に忘れがちになってしまう。

そうならないように、日々もらった幸せな気持ちを、口に出して相手に伝えることで、自分にも言い聞かせているようになる。

そこで改めて、自分の気持ちを理解する。

愛とは何か――前より深くわかって気がする。


由美さんがお風呂に行き、あけみちゃんはベッドの上に乗り、髪を乾かしてあげた。


乾かすのが好きな自分がいた。

嬉しそうにしてる姿を見ると幸せな気持ちになれた。


由美さんも上がり、そのまま洗面台で髪を乾かしてあげた。

まったく苦と感じない。

寧ろやってあげたくてしょうがなかった。


「オッケーかな?」

「うん。ありがとう。いつも乾かしてもらちゃって」

「ううん。好きでやってるから」


由美さんは、扉が閉まっていることを確認して小さな声で、「私は武志さんが大好き」と言い、唇を合わせてきた。

鼻から息を出して笑い、僕からも唇を合わせにいった。


お風呂を出ると、間接照明だけが付いていて、二人は寝てしまっていた。

寝顔を見ると気持ちよさそうに寝ていた。

自分のベッドで横になると、枕元にメモが置かれていた。

薄明かりで見えづらく、明るく見えるように間接照明の灯りに傾けながら読んだ。


『Dear たけたけ

誕生日お願い叶えてくれてありがとう。

三人で行きたいと思ってたから嬉しかった。

何よりサプライズは本当に嬉しかった。

13年間で一番の誕生日になったよ。

いつもありがとう。

これからもお母さんとあけみをよろしくね。

たけたけ大好きだよーー‼︎ From あけみ』


ゆっくり折りたたみ、隣のベッドに寝ているあけみちゃんを見た。

その奥には由美さんの姿も見えた。


女性一人で、こんなにも素敵な娘に育てて尊敬をする。

僕たちは、周りから家族のように見えるかもしれないが、本当の家族ではない。

お互いがお互いに、奥さんとも娘とも、旦那、お父さんとも思っていない。

ただ好きで愛していて、一緒に人生を歩もうと約束した新しい形。

支え合って、甘え合って、笑い合って、ずっと側にいる、掛け替えのない存在。

僕にとって二人は、何ものにも変えられない宝。


翌朝、疲れていたのか起きれなかった。

身体を揺らされ目を開けると、由美さんが優しい顔で僕を見ていた。

「おはよう。武志さん朝だよ」

まだ眠い目を擦りながら、身体を起こした。

「たけたけおはよう。朝ごはん食べに行こう」

二人の顔を見て、「おはよう」と言いながら、身体を伸ばした。

「武志さんシャワー浴びてきたら? その間に私たち準備してるから」

ベッドから立ち上がり、少し冷たいシャワーを浴びて眠気を飛ばした。


なぜだろう――昨日の出来事なのに夢のように感じた。

そこには、由美さんもあけみちゃんも居るのに、寝ると過去の出来事になり距離を感じ、少し寂しさが出てきた。


浴び終わり戻ると、二人は着替え終わって荷物をまとめていた。

「ベッドの上に洋服置いたよ」と由美さんから言われて見ると、綺麗に畳まれて、着替えやすいように並べてあった。

「ありがとう」と目を見ながら言い、優しさを感じた。

朝から由美さんの優しい顔、声、気遣いに癒された。


着替え終わり、朝ごはんを食べに部屋を出た。

ブッフェスタイルで、各々好きなものを取り、テーブルに着いた。


「いただきます」と自然と三人の声が揃った。


乗りたいアトラクションについて話をして、だいたいの帰る時間も決めた。


昨日、お土産を少し見たときに、ダッフィーの大きいぬいぐるみを可愛いと抱きかかえた姿を見て、プレゼントしようと隠れて買ってホテルに届くように手配をしていた。

想い出のプレゼントはしたが、形の残る物もあげたかった。

見たときに誕生日の日のことを思い出して、また幸せな気持ちになってもらいたかった。


朝から三人ともお腹いっぱい食べてしまった。

部屋に戻り、荷物をベルデスクに預けてホテルを後にした。


さっそく昨日乗れなかったアトラクションに向かった。

少し足取りが重かったが、気持ちには余裕があった。


昨日は、楽しんでもらえるか、サプライズが成功するか、あけみちゃんが行きたいアトラクションにたくさん回れるかと思うと、足取りは軽かったが、気持ちには余裕がなかったのかもしれない。


二人の笑顔を見たら、そんなことはどうでもよくなった。


気づけば、お昼をとっくに過ぎていたが、三人ともお腹も空かずアトラクションを堪能した。

昨日今日を振り返って、もう一度行きたいアトラクションを最後に乗ることにした。


並んでいると、疲れたのもあると思うが、パレードのときと同じ顔をしていた。

「あけみちゃん記念日じゃなくても、また三人で来ようね」

「うん。たけたけありがとう」


由美さんの表情が気になり、つばの長いハットを被っていて覗き込むと、いつもの優しい笑顔が見えた。


最後に、お土産を買いに行き、僕は二人の後ろを着いて歩いた。

友達、おじいちゃんおばあちゃん、自分用にも選んでいた。


おじいちゃんおばあちゃんの分は、僕が買うために先に別で買った。

会計が終わり、由美さんとあけみちゃんは他のレジに並んでいて近寄ると、「武志さん出口のところで待ってて」と言われた。

周りには人も多かったから、確かに邪魔になると思い、二人から離れた。


この後のサプライズのことを考えた。

どのタイミングで、どうやって渡すか考えていた。

二人がたくさんの袋を持って出口に来た。


「じゃあホテルに戻って荷物取って帰ろう」


夕方だったが、日差しが強く、夕方に感じさせなかった。

三人とも、なぜか微笑んでいて気づけば足取りも軽くなっていた。


ホテルに着いて、二人にはソファーで待ってもらった。

ベルデスクで荷物を受け取り、ぬいぐるみを袋から出して抱きかかえながら、あけみちゃんと由美さんのところに笑顔で近づいて行った。


「えーーたけたけ! なんでダッフィー抱いてるの?」

「はい。誕生日プレゼント」

「ありがとう。本当ありがとう」とぬいぐるみを強く抱きながら、何度も言った。


周りの人たちが見ていたが、そんなことはどうでもよかった。

迷惑をかけなければ、僕たちが幸せな気分になれたなら、周りの目は関係ない。


由美さんの手を取り立たせた。

あけみちゃんは、嬉しそうに両手でぬいぐるみを抱きしめて、僕たちは手を繋ぎながら、その姿を笑顔で見つめた。


トランクに荷物とお土産を入れて、ドアを開け二人が座ったのを確認して閉めた。


運転席に座り、横を見ると由美さんが僕の顔を見て笑顔を見せた。

一緒に後ろを振り向き、あけみちゃんがまだ嬉しそうに、ぬいぐるみを抱いていた。

もう一度、見つめ合い、「じゃあ出発するよ」と言い、車を走らせた。


いつの間にか夕日に変わっていた。

オレンジの空が綺麗で、車の中の空間を素敵に演出してくれた。

自然も僕らの味方になってくれていた。

三人とも何も話さず、今の時を静かに味わった。


マンションに着いたときには、暗くなっていてあけみちゃんは寝てしまっていた。

トランクから荷物を取り出している間に、由美さんがあけみちゃんを起こした。

荷物とお土産を渡すと、お土産の袋から小さい袋を、僕に渡してきた。


「うん?」

「たけたけにプレゼント」と言った後に、由美さんが、「帰ったら見てね」と二人してニヤニヤしていた。

「わかった。後で見るね」

「昨日今日と本当にありがとう。たけたけ」

「疲れちゃったと思うし、早めにゆっくり休んでね」

「武志さん本当ありがとう。気をつけて帰ってね」


運転席に座り、車を走らせた。

曲がるときにミラーで後ろを見ると、手を振っている二人が見えた。

助手席に置いた袋を見て、中身が気になった。


駐車場について、袋に手を入れて出してみると、キャラクターのボクサーパンツが四枚入っていた。

デザインを見て、あけみちゃんと由美さんで二枚ずつ選んだんだろうと思った。

手に持ちながら見つめ、昨日と今日のことを振り返っていた。


三ヶ月後には、出逢って一年を迎える。

あの日がなければ、今までのことは、すべて起きてなかったと思うと考え深かった。


付き合った日より、出逢った日のほうが、遥かに大切だ。

出逢わなければ、付き合うことも、見つめ合うことも、笑い合うことも、できなかった。

あけみちゃんが、見つめてくれて勇気を出して言ってくれたこと、由美さんが僕を受け入れてくれたこと、全てに感謝しかなかった。

僕が見つけたというより、あけみちゃんが僕を見つけてくれたんだ。

そして由美さんと結びつけてくれた。

あけみちゃんを無視して考えることはできない。

僕は、由美さんもあけみちゃんも同じように大切な存在。

今まで比較することはなかった。

そして、これからもずっと変わらない。


今日は、二人に特別な時間を味わって欲しくて、はじめてウチで料理を振舞うことにした。

すべて僕が用意して、二人には手ぶらで来るように伝えた。


今までの感謝の気持ちを伝えたかった。

料理、物、言葉、色んな形で祝いたかった。

こんな事で、今までの感謝の気持ちを伝えきれないけど、最善の努力を尽くした。


19時にウチに来ることになっていた。

ポトフを温め、ローストビーフを焼き始めた。

テーブルには、フランスパンにマッシュポテト、カルパッチョにグリーンサラダを用意した。


時計に目をやると、19時を回っていた。

道に迷っているのかと不安に思い、スマートフォンを手に取り電話しようと操作をすると、インターホンが鳴った。


モニターを見ると、少しソワソワしている二人が映った。

「玄関空いてるから、そのまま入ってきていいよ」

あけみちゃんの声で、「わかったー」と聞こえた。


少しすると、ドアが開く音がした。

キッチンから玄関に行くと、いつもの笑顔で、「お邪魔します」と立っていた。

「どうぞどうぞ。そこにあるスリッパ履いて」

ゆっくり歩きながら、リビングに来た。


二人は、まじまじと部屋を見渡していた。

「へぇーシンプルでおしゃれな部屋に住んでたんだね」と由美さんが言ったあとに、あけみちゃんがフォトフレームに飾られていた三人の写真を見ていた。


「その写真、三人とも良い笑顔だよね。好きだから飾ってるんだ」


黙ったまま、僕を見て安心したような顔を見せた。

もしかしたら、二人とも心配してたのかもしれない。

家にも呼ばなかったし、他に女性がいるのかもと思わせていたのかもしれない。

もっと早く招いていれば良かったと後悔をした。


ダイニングテーブルの椅子を引いて二人を座らせた。


「武志さんが全部作ったの?」

「そうだよ。いまローストビーフ焼いてるから」

「たけたけすごいねー」

「今日は肌寒かったしポトフでも飲んで」

二人の前に置いた。

「なんかお店に来たみたい」

「今日は二人に日頃の感謝の気持ちを伝えるためにおもてなしだよ」

「美味しい! 美味しい!」と口を揃えながら言った。


ローストビーフも出来上がり、テーブルに座ると、あけみちゃんが、「じゃあ改めて、いただきます」と言い、由美さんと僕も続けて言った。


どれも美味しいと食べてくれて、料理の感謝の気持ちは成功したかな。


想い出を振り返りながら、楽しかったこと、笑ったこと、幸せだったことを、話して盛り上がった。

話しが途切れることもなく、各々が自然としゃべりはじめる。

二人がウチに居ることが、不思議に感じると思っていたけど、全く違和感がなかった。


二人ともお腹いっぱいになって落ち着いたところで、ケーキを出した。

チョコレートのプレートには“一年記念日。いつもありがとう”とメッセージを書いてもらった。


「あけみとお母さんが好きなミルクレープだ」

「美味しいお店を探して買ってきたよ」

「武志さんありがとう」

「僕も食べたかったしさ。美味しい?」

「今まで食べた中で一番美味しい」

「本当ね。すごく美味しいね」

「良かった良かった」


些細な会話でも、こんなにも幸せを感じる。

自然と笑顔になってしまう。

一年経っても、出逢った頃と何も変わらない気持ちでいられるのも、二人からの愛があるからこそだった。

三人の絆を形にしたいと思っていた。


「食べ終わったね。じゃあ……ここに立って」


二人は目を合わせて、僕の姿を目で追った。


ワンルームで細長い部屋に住んでいた。

ダイニングテーブルから離れたベッドに行き、隠しておいた物を手に取り背中に隠しながら、ゆっくり笑いながら、あけみちゃんと由美さんに近づいていった。

僕の近寄る姿を見て、笑顔で二人は身体をくっつけながら立っていた。


「はい! 手を出して!」


背中に隠していたプレゼントの箱を置いた。


「同時に開けてね」


驚いた様子で、お互いを気にしながら箱を開けて、同時にゆっくり中身を持ち上げた。


あけみちゃんも由美さんも、黙ったままネックレスを見つめていた。

嬉しかったのか、言葉が出てこなかった。

僕は、自分がしているネックレスを見せながら話した。


「三人でお揃いの物を持ってなかったから。あけみのAに由美のYに武志のTね」


三人のイニシャルのチャームが通してあり、自分のローマ字だけが小さいダイヤで光っていた。


「付けてあけるね。ほら、あけみのAが光ってるでしょ?」


「たけたけはTが光ってるんだね。可愛い! ありがとう」


「由美さんも付けるよ」


付け終わった合図で肩に手を置いたら、由美さんは手を重ねて置いた。


「武志さん本当ありがとう。すごく……嬉しい」


少し涙ぐんでるように見えた。

由美さんの手を取り、あけみちゃんの腕をつかみ、ベッドのほうにある全身鏡の前に三人で立った。


「うんうん。これで三人の絆の物ができたね」


「ありがとう」


二人は何度も言った。


「緊張したときとか、寂しいとき辛いときが、もしあったら、これを見たら、今日のことを想い出して元気が出るよ」


「わかった! たけたけありがとう」


あけみちゃんが明るく返事をすると、空気感が一気に変わった。


「そうだ! あけみからもプレゼントがあるの」

ベッドに由美さんと座り、あけみちゃんは鞄を持って隣に座った。

「コラージュした写真だ。じゃあもらったアルバムに挟むね」

「うん」

「あけみちゃんもありがとう」


ベッドに三人で座りながら、写真を見て、ネックレスをしている姿の写真も撮って、想い出を残した。


時計を見ると、いつの間にか時間が経っていた。


二人は荷物を持ち、玄関に向かった。

靴を履く姿を見て、はじめて病院で逢ったときに、出口で二人が靴を履く姿を想い出した。


「武志さん、今日はお家に招いてくれて美味しい料理から、ネックレスまで本当にありがとう」

「ううん。こちらこそいつもありがとう。気をつけて帰ってね」

「たけたけありがとう。おやすみ」


ドアをゆっくり閉めて、二人は帰って行った。


リビングに戻り、ベランダから二人を見るために出たが、まだいなかった。

すると、あけみちゃんが出てきて、由美さんが見えなかった。


不思議に思っていると、玄関から由美さんの声が聞こえて、急いで玄関に行くと、「携帯忘れちゃった」


ダイニングテーブルの隅に食器に紛れていた。

由美さんに渡すと、笑顔で手紙を僕に渡した。


「書いてくれたの?」

「うん」

「すごく嬉しいよ」


手紙を見ながら言い、顔を上げると由美さんは笑顔で僕に一歩近づいた。


身体を引き寄せ――ゆっくり唇を合わせた。


恋人同士じゃないときは、別れ際は変な間があり、できなかったことが、今は当たり前のことになっていた。


「武志さん愛してる……」


「僕も好きから愛に変わったよ」


今度は由美さんから笑顔のまま唇を合わせてきた。


形のプレゼントはいらなかった。

その笑顔、愛の言葉、唇を合わせるだけで、僕には十分だった。


またベランダに出て、二人が見えなくなるまで見続けた。


ベッドに座り手紙を開いた。


『Dear 武志さん

あの日から一年。なんか不思議ですね。

ずっと前から一緒にいるように感じてしまう。

過去にあった嫌なことを忘れさせてくれて、

克服させてくれたのも武志さんの存在があってのこと。

過去は見ないで、未来を考えようと思えるようになれたの。

武志さんのこと、あけみのことを考えるだけで幸せ。

最近思ったの……武志さんのことが好きから愛に変わった。

武志さんと時間を共にすればするほど、内面を知れて好きな気持ちが、どんどん強くなっていくのが分かったの。

武志さんからの、私とあけみへの愛も伝わってるよ。

武志さんからの愛があるから、私は笑顔で居られるの。

人生のターニングポイントがあるなら、武志さんと出逢えたこと。

そうやって思えるほど、幸せで幸せでたまらないの。いつもありがとう。

これからもずっとずっと側に居てくれたら嬉しいです。武志さん愛してる。 From 由美』


僕も全く同じ、そのままそっくり返したい。

想っている気持ちは一緒だった。

二人と出逢えて、無くなっていた幸せの感情を取り戻して、必要としてくれて存在価値が見出せて生きてると感じた。


そう思うと今の気持ちを、すぐに伝えたくなった。


「由美さん家に着いたかな?

手紙を読みました。

どうしても、いま想ったことを伝えたくてメールしました。

内容見て、そのままそっくり同じ言葉を贈りたい。

全く同じことを想っているよ。だから安心して。

こんなに感じてることが、同じなんだから離れようなんて思わない。ずっとずっと側にいるよ。

僕にとって、由美さんもあけみちゃんも何にも代えられない宝だよ。僕も愛しているよ」


スマートフォンを手紙の横に置き、もらった写真を手に取って、一枚一枚見た。


未来を考える。

1年、4年、7年と時が経つのは、あっという間だろう。

この一年が、すぐ来てしまったのだから。

想っている気持ちは言葉で伝える。

今しかない時を写真で残す。

三人で寄り添い、何もしない時間を作る。

記念日は必ず一緒に祝う。

あと何回、そういった時間を過ごせるか分からない。

一緒に住まない分、逢っている時間は大切にする。


全ては未来のために、今を大切に、後ろを見ないで前だけを見つめる。

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