七. 未来の約束 

あれから7年が経とうとしている。


今年で僕は37歳、あけみは20歳、由美は50歳になる。


経験していくことが増えていき、同じ事は早送りのように流れて過ぎてしまう。

初めてのことは経験してないから、ゆっくり時間が進むように感じる。

気づけば、1年、4年、7年と経っていく。

振り返れば、あっという間だった。


目標通り、仕事のほうは独立して事務所を構えることができた。仕事も順調で充実していた。


二人とは、変わらず幸せな時間を過ごしていた。


由美は、少し老けてしまったが、僕の気持ちは一ミリも変わってない。

外見も内面も、美しい由美さんは、出逢ったときから僕の中で何も変わってない、素敵な女性だ。


あけみは、大きく変わった。

20歳になり、子供から大人の女性になっていった。

出逢った当時は、可愛らしい女の子だったが、今は化粧も覚えファッションも大人らしくなり、綺麗な女性になった。


出逢ってから今まで、ケンカすることもなく、三人で笑顔が絶えない日々を過ごしていた。


婚姻届を出すことも結婚式をすることも、一緒に住むこともなく、休みの日に三人で出かけたり、長い休日のときは国内や海外旅行にも行った。

あけみは、休日に友達と出かけることも多くなり、由美と二人で過ごす機会が増えた。

休みの前日からマンションに泊まるのが、恒例だった。


由美が言っていた“新しい形”を取っていたことが本当に良かったのかもしれない。

他人から見たら、家族に見えるかもしれないが、僕たちの中で家族とは、ちょっと違う不思議な感覚があった。

由美のことを愛していたが、イコール結婚には結びつかなかった。

頼り頼られ、ただ側にいて一緒に楽しい幸せな人生を歩めればよかった。


長く付き合い、愛し合っている人たちは、結婚という流れがある。

必ずしも、そうしなければいけないわけじゃない。

正しいのは、ルールでも、社会、両親、友達でもない。

世の中で一番正しい答えは自分なんだ。

自分たちが、それで幸せで居られるならいいと思っていた。

7年経っても、僕らの関係は何も変わらない。

これからも、ずっと変わらない。


そして今日は、あけみの誕生日。


20歳の誕生日は、“たけたけと二人で大人が行きそうな美味しいおしゃれなレストランではじめてのお酒を飲んでみたい”という要望があった。


大人のイメージは銀座かなと思い、素敵なお店を予約し誕生日のケーキも頼んだ。

地下鉄の銀座一丁目駅で待ち合わせをして、中央通りを歩きながら、お店に向かおうと思っていた。


先に着き地上で待っていると、白いレース調のワンピースに高いヒールを履いて、手にはクラッチバッグに、僕が前にあげたストールを持っていた。

首元には、いつも付けている三人でお揃いのネックレスが光って見えた。


足元を見ながら、ゆっくり階段を上がってきた。


「たけたけお待たせ。どう? かわいい?」と言いながら、服装を見せた。


あけみも、由美に似てスラッとした体型で、モデルの仕事もアルバイトとしてやっていた。


「かわいいよ」

「本当?」

スカートの裾を持ち左右に動いた。

「ほら、行くよ」


歩き始めると、小走りをして僕と並び、腕を組んできた。

三人で歩くときも、由美とは手を繋ぎ、あけみは腕を組んでくる。

いつもなら隣に由美がいるが、今日は二人きりでディナーで、なんだか緊張している自分がいた。


「ねぇたけたけ、私たちカップルに見えるのかな?」

「どうだろうね。歳も離れてるし怪しい関係に思われてるかもな」

「なにそれー」と言いながら、組んでいる腕は離さなかった。


そのままの状態で、お店に向かった。

二人で歩いていると周りの人から、すごく見られている気がした。


「あけみ彼氏できないの?」

「できないよ。良い人いないから」

「そうなの?」

高校までは女子校で出会いもなかったけど、大学に通い2年が経っても好きな人ができてなかった。

可愛いからモテるはずなのに、不思議で少し心配をしていた。

「彼氏がいたら誕生日祝ってくれたのにな」

あけみは何も返答をしなかった。

ゆっくり――お店がある方向に歩いた。


話題を変えるように話した。

「明日は花火大会だね。浴衣は用意した?」

「お母さんが出してくれてた。今年はじめて観るね」

「そうだね。良い観覧席が取れたから、よく観えると思うよ」

「たけたけいつもありがとう」


“ありがとう”の言葉に、“いつも”を付けるだけで、重みを感じる。

僕も日々ありがとうと思っている。


お店に着くと、少し薄暗いおしゃれな店内を見て、あけみは緊張をしていた。

テーブルまで手を背中に添えて歩いた。


壁側に座らし、ドリングメニューを見た。

「なに飲んでみたいとかあるの?」

「シャンパン飲んでみたい」

グラスシャンパンを頼み、はじめてお酒を飲むことをウェイターだけに聞こえるように伝えた。


あけみはメニューを見ていた。

「料理はコースで出るけど、気なるのがあればアラカルトで頼むよ」

「うん。わかった」

「遠慮しないで良いんだよ。誕生日なんだから」

「大丈夫。いつもたけたけには遠慮してないから」と笑いながら言い、メニューを閉じて置いた。


シャンパンが届き、あけみの方には、凍った果物が入っていた。

「じゃあ乾杯しようか」

「うん」

「二十歳のお誕生日おめでとう」

「ありがとう」

グラスを目線より、やや上に掲げた。

お互い一口飲み、様子を見るようにあけみの顔を見た。

不思議そうな表情をしていた。

「どう?」

「うーん。よくわかんない感じ」

「最初はそうかもね。無理して飲むことないんだからね」

入っている果物を見ながら、もう一口飲んだ。


ウェイターが二人きて、あけみと僕の横に立ち、前菜を同じタイミングでテーブルに置き、説明をした。

あけみは僕だけに分かるように、クスッと笑った。

「なんかすごいね」

「誕生日だから特別な時間を味合わないとね」


あけみは、話好きで一緒に居るときは楽しませてくれる。

それは、出逢った頃と変わらない部分だった。


「大学の友達にネックレス可愛いって言われるんだよ」

「そうなんだ」

「もらった時の話もして、みんな羨ましいって」

「そっかそっか。あれから7年だね」

「あっという間だったね」

「あけみも大人になったね」

「あの時は小学生だったし」

「聞きたかったんだけど、これで良かったのかな?」


今までの事を振り返って、深く話したことがなかった。

由美を通して聞くことはあっても、あけみの口から聞いたことがなかった。

良い機会だから、気持ちを聞いてみたいと思った。


「良かったと思ってるよ。だって幸せだし」

「お父さんとしての存在になれてるのかな?」

「わからない。物心つくころからいなかったから。お父さんがどういう物なのか、わからないんだ」

「ごめん。変なこと聞いちゃったね」

「ううん。たけたけの存在、なんて言えばいいんだろうね」

「一言で表情するのは難しいか」

「うーん……ずっと側に居て欲しい人」

「これからも二人の側に居るから安心して」

「ずっと一緒に居てね」

「うん」

「たけたけみたいな男の人が居ればいいのにな」


料理が美味しく箸も進み、気づけばメインも食べ終わってしまい、あけみは三杯も飲んでいた。少し顔が赤くなっていた。


「大丈夫? もう、それで終わりにしな」

「なんかフワフワしてる」

「酔ってる証拠だよ」

「歩けなかったら、おんぶしてね」

「子供じゃないんだから」


ウェイターがお皿を下げに来て、お水を頼み、アイコンタクトをした。


「料理はどうだったかな?」

「すごく美味しかった! 次はデザート?」

「そうだね」と言い、ウェイターのほうを見た。


その瞬間、バースデーソングが生演奏で流れた。

あけみの顔を見ると、手で口元を押さえ感動している様子だった。

テーブルにケーキが置かれ見惚れていた。

想い出に写真を撮ってもらった。


「たけたけありがとう」

「来年は彼氏作って祝ってもらえるといいね」

「そうなれたらいいな」


コーヒーを飲みながら、ケーキを食べる姿を見つめた。

あけみを見ていると、若いころの由美の想像をかきたてる。

そう考えていると、由美に逢いたい気持ちが舞い上がってきた。


「じゃあ帰ろうか?」


あけみはうなづいて、ゆっくり立ち上がった。

二の腕を支えるように持ち、歩くペースを合わせて、お店を出た。

道にちょうどタクシーがいて乗り込んで、由美に電話をした。


「もしもし。今からタクシーでマンションに帰るね」

「うん。あけみは大丈夫?」

「少し酔ったみたいで寝ちゃってる。また着く頃に連絡するね」

「うん。わかった」


なんだか由美の声が少し寂しそうに聞こえた。

電話を切って、横を見ると、あけみは気持ちよさそうに寝ていた。

座席に置いていたストールをかけてあげた。


早くマンションに着かないかと、窓の外に目をやった。

あけみのことは、娘でも年が離れた妹とも思えない。

好きだし愛を持って接してきた。

愛おしい存在なのは確かだ。

恋をして素敵な彼氏を作り、紹介してもらい、四人で出かけたりしたら楽しいだろうなと想像した。


マンションに着き、身体を揺らして起こした。

先にタクシーを降りたが、あけみはダルそうにして出てこなかった。

反対側をドアを開けてもらい、お姫様だっこのように持ち上げた。

タクシーから出して、下に降ろそうとしたが降りようとしなかった。

仕方なく、抱きかかえた状態でマンションに入った。


インターホンを押して、由美の声が聞こえた。

「はい」

「武志。開けてもらえるかな?」

自動ドアが開き、エレベーターに乗った。

「もうお家着くよ。起きな」


あけみは、ゆっくり目を開けると――ほっぺにキスをしてきた。


「何してんの」突然のことで戸惑った。

「今日のお礼」笑みを見せて、そのまま目をつぶった。


何も答えることができなった。

3階に着くまでのエレベーターが長く感じた。


部屋の前に着き、ドアを開けられなくてインターホンを鳴らすと、すぐに扉が開いた。


「ただいま」小さな声で言った。

「あけみ大丈夫?」

「タクシーから全然起きなくて」

「じゃあベッドに連れて行こう」

「そうしよ」


正直、寝てるのか起きてるのか、わからなかった。酔って、キスをしてきたんだと自分に言い聞かせた。

ベッドに、ゆっくり降ろして、由美がタオルケットをかけた。

電気を豆電球の灯りにして、部屋を後にした。


リビングに着くと、すぐソファーに座った。

由美はお水を持ってきて渡してくれた。

「どうだった?」

「出逢った当時の話しもできたし。良かったよ」

「そうだったんだ」

「来年は彼氏作って祝ってもらえるといいね」

「そうね。けど難しいかもね」

「なんで?」

「だって近くに優しくてかっこ良い武志さんが居るから。男性のハードルが高いのかも」

「そんなことないでしょ」


わからなくもなかった。

あけみは、男性の基準が僕を見て自然と作られてしまって、相手を見るときに比較してるのかもしれない。

だから良い人がいない――僕みたいな人が良いと言ってたのかもしれない。

ちょっと接し方を考えないといけないのかもしれない。

そしてエレーベーターのことが蘇ってしまい。話題を変えたかった。


「浴衣は準備したの?」

「うん。あけみのは私が前に着てたやつ」

「由美さんは?」

「新しく買っちゃった」

「どれどれ?見せて」

嬉しそうに、リビングを出て取りに行った。

さっきのことを忘れるようと、明日のことだけを考えた。

「武志さんどうかかな?」

紺地に花紋で、大人の女性らしい生地で、由美の美しさが引き立っていた。

「似合ってないかな?」

「ううん、すごく似合ってる。綺麗で言葉がでなかった」

由美は、いつものように笑った。


「お風呂入ってきたら。汗かいちゃったでしょ」

「うん。そうしようかな」

今日は泊まって、一緒に居たかった。

浴室に行くと、由美はタオルを渡してくれた。

「ゆっくり入ってきてね。寝室で待ってる」

シャワーを出して、汗をかいた身体を流して浴槽に入った。


上がると、タオルの横にパジャマが置いてあった。

由美の気配りは、昔も今も変わらない。

自然としてくれてる優しさが、心が満たされていた。だから僕も同じように返したくなる。


「いつもさ、僕のために色々やってくれてありがとう」

「愛してるから自然としたくなるの」

「昔から今も変わらない優しさ嬉しいよ」

「武志さんもだよ」

「うん?」

「変わらないで私のことを女性として見てくれて」

「なに言ってんの?」

「だって……こんなに年が離れてるのに」

「年齢なんて関係ないよ。由美さんは気にするのはわかるけど……」

腕枕はしたまま、くっついていた身体を少し離れて目を見た。

「今も愛しているし、これからもずっと気持ちは変わらないよ」

「ありがとう」

「今度そんなこと言ったら罰ゲームだからね」

「罰ゲーム? なに?」

「秘密」

由美は、いつもの笑顔を見せてくれた。


「その笑顔が好きなんだよ。その笑顔には価値があるから」

「武志さんからの変わらない愛があるから笑顔になれるの」

身体を引き寄せ、「じゃあずっとその笑顔が見れるってことだね」


隣にいる由美を感じながら思う。

人間は一人で幸せを感じるのは難しい。

相手が居てコミニケーションを取ることで、心が満たされていく。

目を閉じて、身体が触れ合っている間は、時間を忘れさせてくれる。


由美は僕の腕の中で、まだ眠っていた。

廊下のほうから物音が聞こえてきた。

起きようと身体を動かすと、由美を起こしてしまった。

「あけみが起きたみたい」

話しかけても、まだ眠そうにしていた。

ベッドから降り、タオルケットをかけ直した。


リビングに行くと、あけみがキッチンでお水を飲んでいた。

「おはよう。具合は大丈夫?」

「全然大丈夫だよ。お腹空いちゃった」

「朝ごはん作るよ」

「スクランブルエッグ食べたい」

「いいよ。座って待ってて」

「お母さんは?」

「まだ寝てるよ」

「昨日、私大丈夫だった?」

「覚えてないの?」

「うん。あんまり覚えてない」

「タクシーで寝ちゃって全然起きないから、抱っこしてベッドまで運んだんだよ」

「本当? あれ、夢じゃなかったんだ」

サラダをあけみの前に置くと、目を見ながら話された。

「エレベーターのことは夢だったのかなー」

「エレベーター?」

「うん。たけたけにキスしてたの」

「……夢だね。現実と夢が混ざったんだね」


キッチンに戻りながら言った。

目を合わして答えることができなった。


「パンは食べる?」と言い、話題を変えた。


本当に夢と混合しているのか、現実だとわかって言ってることなのか、理解できなかった。


リビングの扉が開き、タイミングよく由美が起きてきた。


「おはよう。朝ごはん作ってるから由美さんも座って」

先に二人の分を作ってテーブルに出した。

キッチンから食べる二人を見ていると、自然と笑みが溢れる。

「たけたけのスクランブルエッグ美味しい」

「美味しいね。朝ごはん作ってもらえて私たちは幸せね」

「良かった。美味しく食べてくれるから僕も幸せだよ」


本当の家族なら恥ずかしくて言えないことも、僕たちは思ったことを素直に言えて、笑顔で答えてくれる。


「今日は神宮の花火大会だね。何時に出るの?」

「5時にしようか。一度家に帰って浴衣に着替えるから駅で待ち合わせしよう」

「そうしましょう」

「食べ終わったら、僕は家に戻るね」

「わかった」

「有料席で良い席だから良く見えると思うよ」

「楽しみ」


何気ない会話が落ち着く空間にしてくれる。

隣に二人が居れば、ほかに何もいらない。

そう思わせてくれるのは、まるで魔法のようだった。


家に着くと、魔法が解けたように自分だけの世界に変わる。

同時に不安を感じてしまう。

このまま幸せな時間を送れるのか、これからも必要としてくれるのか、ずっと一緒に居てくれるのか。

二人のことを大切に思ってるからこそ、深く考えてしまう。

悩みもある、落ち込むことも寂しいと感じるときもある。

だから恋愛は楽しいんだと自分に言い聞かせていた。

浴衣に着替える頃には、ワクワクが止まらなかった。

さっきまで一緒に居たのに、長く逢ってないような感じがしてしまう。


気持ちが高ぶっていて、待ち合わせ時間より早めに来てしまった。

駅前には、浴衣姿の人がいたり、スーツを着た仕事中の人、お出かけ帰りの家族、いろんな人が目に入ってくる。


時計も見ずに、由美とあけみのことを、ただ待つ。この時が好きだったりする。

早く来ないかなとも思わず、二人が僕を見つけたときの顔を、見るのを楽しみに待つ。

その瞬間は、突然現れる。


「たけたけお待たせ。やっぱり先にいた」

「二人ともかわいいね」

「武志さんも似合ってるね」

「うん。かっこいい」

「褒めても何も出ないよ」


歩くときは出逢ったころと変わらず、僕が間になる。

今日は下駄なのもあって、いつもより歩くのが遅かった。

場所は確保しているから急ぐ必要はなかった。

乗り換えするたびに、浴衣の人が増え人も多くなって、あけみは僕の腕をつかみ、由美とは手を繋いだ。


人の流れに促されるまま歩いた。

地上に出ると、人で埋め尽くされていた。


「すごい人だね」

二人の身体を近くに引き寄せた。

「観る場所なかったら大変だったね」

「本当ね」

普段なら人混みは苦手だけど、なんだか今日は気にならなかった。

神宮球場の入り口に着いたが、中に入るために人が並んでいた。

少しずつ進み、グランドが見えてきた。


「たけたけこっちじゃない?」

「そうだね」

あけみはチケットを片手に席を探してくれた。

由美のことを見ると、笑顔であけみの姿を見ていた。二人とも楽しんでいるように感じた。

「あったよ。ここだよね?」

「ここだね。ありがとうあけみ」

「良い席ね」

歩いたときと同じように、僕が間になり座った。

「ちょっと疲れちゃったな。足痛くない?大丈夫?」

「大丈夫。ありがとう」

「あけみも大丈夫?」

「うん。たけたけは?」

「少し痛いけど大丈夫」

「バンドエイドあるよ?」

「欲しいな」


あけみは、バンドエイドを貼れる状態で渡してくれた。こういう優しさは由美と同じだ。


時計を見ると、打ち上がる時間が迫っていてカウントダウンが始まった。


目の前に綺麗に見えて、声を上げて見惚れた。

心臓まで音が伝わってくる。


由美もあけみも近くで見れて興奮していた。

“これ綺麗、これ好き、すごい”と連呼していた。

二人とも笑顔で、たまに僕の顔を見て問いかけた。

僕たちの感情は関係なしに、花火は打ち上がって行った。


気づけば終わりに近づいてきた。


言葉を交わすことなく、花火を見ていると寂しさも出てきた。

もう見れなくなる音を感じれなくなる、二人が楽しいという気持ちがなくなる事を思うと、しみじみしてしまった。


最後の花火が消えると、自然と周りから拍手が聞こえてきて、空を見ながら手を叩いた。

「終わっちゃったねー」

由美もあけみも余韻に浸っていた。


「お腹空いちゃったでしょ?」

「うん! 空いちゃった」

「よし! じゃあ行こう」

「たけたけどこで食べる?」

「ここから近いお店を予約しておいたんだ」

「武志さん予約してくれたの?」

「帰りの電車混むと思うし、食事してからなら空いてるかな」

「ありがとう」

「ねぇねぇどんなお店なの?」

「それは行ってからのお楽しみだよ」

「武志さんが選んだお店だからお洒落で美味しいところかな」

「楽しみだな」


スマートフォンを取り出し、お店に電話を入れた。

行きと同じように二人の手と腕を取り、お店に向かった。


「ここだよ」

「すごく近かったね」

「歩くの嫌になるだろうと思ったからさ」

「武志さん足大丈夫?」

「うん。大丈夫。ありがとう」

予約で伝えたテラス席に案内してくれた。

「すごくお洒落ね」

「なんか海外にいるみたい」

「浴衣だったし店内よりテラスのほうがいいと思って」

「もし店内だったら、テラスに移動したいって言ってたもん」

「あけみったら」三人で笑い合った。


そしてメニューを渡した。

「食べたいもの頼みな」

「お酒飲みたいなー」

由美の顔を見ると、「一杯だけだよ」

「たけたけもお母さんも飲もうよ」

「うん。由美さん何飲む?」

「武志さんは?」

「モヒートにしようかな」

「じゃあ私も」

「あけみもそれにしようかな」

店員さんを呼び、モヒートと二人が気なる物と、バランスを見て前菜を追加して頼んだ。


深いソファーで、クッションがたくさん置いてあり、周りはプールで仕切られていて、あけみが言ったように、まるで海外の南国のホテルに来たような空間。

モヒートが届くと、さらに海外に来たように感じさせる。


「また三人でグアム行きたいね」

「次はハワイ行きたいな」

「ハワイも良いわね」

「年末年始に計画して行こうか?」

「うん。行きましょ」

「帰りに駅で旅行のパンフレット持って帰ろうっと」

「思ったら即行動だな」

「たけたけが、いつも言ってることでしょ」


あけみは、僕が言ってたことを良く覚えている。

言った記憶がないことも、しっかり覚えていて会話の中で話してくれる。

いつもその時に驚かされる。


お店を出て駅に向かうと、人は減っていて電車も割と空いていた。

二人を座らせ、目の前に立ち見下ろした。

スマートフォンの写真を見ていた。

僕は、由美とあけみのことしか見えてない。


出逢ってから、他の女性が気になるどころか、全く興味がなかった。一途に思っていた。

何年経とうが、気持ちは変わらないと確信していた。

思い返せば、初恋のときも一途に思っていた。

初めに付き合った人と、どんな恋愛をしたのかで、考えが構築されるのかもしれない。

恋する楽しさを、あけみにも感じてもらいたかった。


「たけたけ今日泊まる?」

「今日は帰るよ。来週泊まりに行くよ」

「わかった」

「スーパー寄ってから帰るから」

「武志さん今日もありがとう」

「うん。気をつけて帰ってね」

改札口を出て、その場で別れた。


二人が気になり振り向くと、同じタイミングでこっちを見て、笑顔で手を振っていた。


衝動的に、出逢った日の公園に行きたくなった。

同じベンチに座り、スマートフォンを取り出した。


「たけたけお家着いたよ。今日はありがとう! すごく楽しかったよ」

三人で撮った、写真も送られてきた。


いつもと変わらない笑顔の写真を見ると、自然と笑みが出てしまう。


今までの写真も見て、想い出に浸った。

由美の誕生日の写真が出てきた。

今年はどうするか考えた。

カレンダーを見ると誕生日の前日が金曜日だった。

振り返ると誕生日や記念日は、なぜか休みの日が多い。

運が良いとつくづく感じる。


せっかくだからディナーをして、そのままホテルに泊まり、二人で誕生日の瞬間を迎えたいと思った。

誕生日が近くなったら、あけみに相談してみることにした。


今まで一度も二人きりで、お泊まりデートをしたことがない。

あけみを無視して出かけることはなかった。

由美にとっても僕にとっても大切な存在だからこそ、寂しい思いをさせないようにしていた。今はもう20歳になり、理解してもらえると思った。


いつもあげている薔薇の花束を用意した。

年数を重ねるごとに本数を増やしていき、今年は99本で“永遠の愛”という意味がある。

ホテルに送り、チェックインのときに受け取れるように手配した。


あけみは、大学の友達が一人暮らしをはじめたみたいで泊まりに行く予定があり、気にすることなくお泊まりデートができる。

誕生日当日の夜は三人でご飯に行こうと約束した。


仕事終わりに汐留駅で待ち合わせにした。

早めに仕事を切り上げ、ホテルに向かった。


ディナーをしたら帰ると思ってる由美は驚くに間違いない。

サプライズが楽しみでたまらなかった。


フロントで薔薇を受け取り部屋に行った。

窓からは、東京ベイと浜離宮恩賜庭園が一望できる。

夜はあまり良さがわからないが、朝になったら景色を楽しみながら朝食を堪能しようと思った。

薔薇をベッドの上に置こうとしたら、ホテルの名前が付いた小さなテディベアが枕元に二つ置いてあった。手に取り、薔薇の横に並べた。


スマートフォンを見るとメールが届いていて、急いで駅に向かった。

改札口に行くと、すでに由美がいた。


「ごめんごめん」

「ううん、大丈夫。お疲れ様」

「由美もお疲れ様」

顔を見ると、すごく笑顔だった。

「うん? どうしたの?」

「はじめて由美って言ったから」

自分では全く気づいてなかった。

「無意識に言ってた」

「二人のときは由美って言って」

「わかった。由美」

「私は武志さんでいいや」

「そこは、武志でしょ」

漫才みたいなやりとりをして、笑い合った。


「なんかね、武志さんって呼ぶのが一番好きなの」

「そうなんだ。なんで?」

「新鮮な気持ちでいられるから」


確かに、呼び捨てで呼ばれるイメージが湧かなかったし、新鮮な気持ちと言われて、すごく理解ができた。

逆に由美のことは呼び捨てで呼んだほうがしっくり来た。

なぜだかわからないが、自分だけのものにしたい気持ちが自然と働いたのかもしれない。


「今日は中国料理にしました」

「はい。久しぶりに食べるから楽しみだな」

「景色もいいし、ソファー席を予約したんだけど素敵なんだよね」

「武志さんは味だけじゃなく雰囲気も大事だもんね」

「あと隣に由美がいることが大事だね」


恥ずかしそうにしている顔が可愛らしく、その顔が見たくて照れるような言葉を言ってしまう。


お店に着くと、金曜日もあって混んでいた。

店内全体を見渡せ、全面ガラス窓から景色が一望でき、隣同士が見えないように半円のソファーは高い背もたれになっていた。

段差を上がり腰をかけると、他のテーブル席より目線が高くなり特別感を味わえた。


「素敵な空間だね」

「うん。早めに予約しててよかったよ」

「武志さんありがとう」

キャンドルの灯りが顔を照らし、優しい笑顔が美しかった。


ジャンパングラスを由美に渡した。

「じゃあ誕生日前夜祭に……乾杯」

目を合わしながら、お互い一口飲んだ。


「また歳を取っちゃうね」

「いくつになろうが、由美は由美だよ」

「ありがとう。なんか不思議だな」

「なにが?」

「武志さんはしっかりしてるから私より大人に見えるけど、実際は13歳差だなんて……武志さんが産まれたときに私は中学生だよ」

「そうだね」

「そんなこと考えると不思議に思っちゃう」

「歳の差は僕にとって関係ないし、同い年だったら出会わなかったかもしれないしさ。てか覚えてない? この話したら罰ゲームだよ」

「あっ……忘れてた」

「あとで罰ゲームね」

「えーやだやだ」

「とにかく安心して気しなくていいから」


笑顔で由美の顔を見ると、同じように笑顔で返した。


本当に気にしてないのは、理解してたと思う。

一緒にいるときの言葉、行動、そして気持ちで伝わっていたと思うが、それでも不安になるのが人間だ。

ちゃんと言葉で聞いて安心したいのはわかっていた。

この話題で真面目にならないで、もっと気楽に考えてほしかったから、罰ゲームという冗談を言っていた。

それも、すべて由美はわかっていたと思う。


「武志さん、これすごく美味しかったね」

「うん。味付けが絶妙だね」

「また食べたくなる味」

「そうだね。また記念日に食べに来ようね」


ウェイターがお皿を下げに来たときに、由美にわからないようにアイコンタクトをした。


すぐに誕生日プレートが運ばれてきた。


ウェイターが“おめでとうございます”と言い、“写真を撮りましょうか”と聞いてくれ、スマートフォンを渡した。


肩に腕を回して身体を引き寄せ、由美はプレートが見えるように傾けた。


「本当美味しかった。あけみにも食べさせてあげたかったな」

「うん。連れて来てあげよう」

「そういえば、今日あけみ友達の家に泊まるんだって」

「この前そんなこと言ってな。一人暮らしはじめた子の家だよね?」

「そうそう。今日うち泊まって行くよね?」

「今日はマンション行くのやめとこうかな」


寂しそうな顔をする前に、由美の手を取り、ルームキーを渡した。


「ここに泊まろう」


驚いた様子で言葉を発しなかった。


僕は、立ち上がり手を差し出し、由美はゆっくり手をつかんだ。

そのまま手を繋ぎ、部屋に向かった。


「武志さんありがとう」

「あけみから友達の家に行くの聞いてて、二人でお泊まりしようと思ったんだ」

「あけみも知ってるの?」

「うん。明日はいつものように三人でご飯食べようと話したよ」

「そうなんだ」

「いま何時?」

「10時半」

「ちょうどいい時間だね。誕生日のカウントダウンしないと」

「カウントダウンだなんて、はじめてだから照れるな」

「楽しまないと。ルームキーここにさして」


先に入り扉を押さえて、背中に手を添えて歩いた。


窓のほうに行き、並んで景色を見た。

冬の空は空気が透き通っていて綺麗で、ガラスに触れると冷たく心地よかった。


「すごい良いお部屋だね。高かったんじゃない?」

「誕生日ぐらい贅沢しないとね」

「本当ありがとう」

「朝はここで景色を見ながら朝食しよう」

「うん。今から楽しみ」

「ベッドルームにも楽しみがあるかもよ。はい、目をつぶって」

「なになに?罰ゲーム?」

「ちゃんとつぶってる?」


由美は目をつぶりながらも笑顔で、こっちまで楽しくなる。


ベッドの前に立たせて、見た瞬間の顔が見たくてベッドに腰をかけた。


「はい。開けていいよ」


ゆっくりまぶたが開き、薔薇の花束を見て、すぐ僕の顔を見たと思ったら飛びついてきた。


「ねっ、楽しみあったでしょ?」

「うん。いつも花束くれるけど今回すごい本数だね」

「99本だよ」

「意味はなんですか?」

「永遠の愛という意味です。僕の気持ち」


薔薇を見つめる由美を後ろから抱きしめながら、ベッドで横になっていた。


「テディベアも可愛いでしょ?」

「うん。男の子と女の子になってるんだね」


テディベアを両手で持ち、僕の顔を見てから、笑いながらテディベア同士キスをさせた。

その行動が可愛すぎて笑った。


歳の差なんて関係ないのは、こういうところにもある。

いくつになっても中身は、少女のように可愛くいたいけど、年齢や子供ができることで蓋をしてしまう。

二人で居るときぐらい少女に戻ってほしかった。


「薔薇どうしようかな」

「どうしようかなって?」

「本数が多いから、どこに飾ろうかな」

「良い案があるよ」

由美は振り返り、僕の顔を見た。

「薔薇風呂にしちゃおう」

「女の子が一度はしてみたいやつだ」

「じゃあ叶えよう」


浴槽にお湯をためながら、二人で薔薇の花びらを入れていった。


電気は消して置いてあったキャンドルの灯りだけにした。

スマートフォンをバスルームから見える位置に置いた。


先にシャワーを浴びて浴槽で待っていると、恥かしそうに後ろ向きで浴槽に入り、寄りかかってきた。手をまわし優しく抱きしめた。


「あそこにスマートフォンの画面見えるでしょ?」

「うん。カウントダウンができるようにしてくれたんだね」

「特別の日を迎えるからね」

「ありがと」


自分の誕生日かのように楽しんでいた。

出逢って付き合い、一緒に居られるのも、さかのぼれば12月21日に産まれたからこそ、今があるわけで、僕にとっては何よりも大切な日、感謝する日、愛を贈る日。

だから特別な時間を味わってもらいたかった。


「ねぇ今なに考えてた?」


僕が考えていることを感じ取っているかのように、由美は不意に聞いてくる。


「なんだと思う?」

「……わかった。当てようか?」

「当ててごらん」

「幸せだなーこの時間がずっと続けばいいなって思ってたでしょ?」

「なんでわかるの?」

「だって私たちソウルメイト魂の仲間でしょ?」


由美は笑いながら振り返った。


「そうだけど……」

「私も今まったく同じこと思ってたから」

「お互い頭が痛かったり、由美が腕をかいてたら同じ部分が赤くなってたり、考えてることが同じだったり、改めて思うけど、すごいね」

「本当だね。家族でもそんなことないのに」


話に夢中になり、時計を見るのを忘れていた。


「いま何時だ?」

「もう24時になるよ」

「危なかった」

「大丈夫。ちゃんと見てたから」

「見てくれてたんだ。よし! カウントダウン始めるよ」

「1分前からカウントダウン?」

「そうだよ! ほら、もう40秒だよ」

「武志さん楽しいでしょ?」

「めちゃくちゃ楽しいよ」

「私も楽しい。20秒だ。あとちょっとで24時だ」

「ここから一緒に数えて! 10・9・8」

「5・4・3・2・1」

「誕生日おめでとう! 由美」

「ありがと! カウントダウン楽しかったね」

「でしょ。よかったよかった」


由美は、身体を動かし向き合う形になって――そのまま唇を合わした。


カウントダウンのときとは、全く違う雰囲気に変わった。

嬉しくてキスがしたくなる。

幸せで笑顔になってしまう。

そこには愛が溢れていた。


「じゃあ上がろっか?」


一緒に並びながら歯を磨き、鏡を通して笑顔で見つめ合った。

そしていつものように髪を乾かしてあげた。


ベッドに移動して、ダブルより幅の広い高級なマットで寝心地が良かった。


「広いのにくっついて寝るから、いつもと変わらないね」

「そうだね」

「こうやって心臓の音を聞いてると落ち着くの」

「前にも言ってたね」

「最初のころは、鼓動が早かったけど、今はゆっくり」

「緊張してたんだろうね」

「今はもう落ち着いてくれてるのかなって感じる」

「鼓動で、僕の変化を感じてたんだね」

「そうなの」


鼓動を聞いて、今までの僕の変化を感じて、ゆっくりになったことで、落ち着いてくれたんだと感じて、嬉しくなるなんて素敵なことだと思った。

由美は鼓動を聞きながら、僕は温もりを感じながら、夢の中に入っていった。


朝日が眩しく起きると、まだ7時だった。


由美の顔を見ると気持ち良さそうに寝ていた。

寝顔を見つめて目をつぶった。

二度寝ができて隣には由美がいて、この瞬間は幸せな時間だ。


由美が起きたみたいで、顔を僕の胸に押し付けてきて、まだ眠そうにしていた。


「朝食9時に頼んだから、まだ寝てていいよ」

「……うーん、すごく天気いいね」

「最高の朝食を味わえるね」


お互い起きる気になれなく、ベッドで横になりながら、しゃべることもなく、ただ時間だけが過ぎた。


「武志さん起きてる?」

目はつぶっていたが起きていた。

「起きてるよ」

ゆっくりまぶたを開けると、僕の顔を見ていた。


「景色見てみない?」


先にベッドから降りた由美は、手を差し出し、つかむと引っ張り立ち上がらせてくれた。

夜とは全く違う景色が広がっていた。


「綺麗だね。天気が良くてよかった」

「由美の日頃の行いが良いからだよ」

「武志さんもだよ」

「ありがと。こうやって景色見るの好きなんだ」


由美は僕の手をにぎり、黙って景色を見ていた。


「後であそこの庭園行こうか?」

こっちに顔を向け、いつもの笑顔で返事をした。


インターホンが鳴り、朝食が届いた。


起きた状態だったから、僕が対応し由美はベッドルームに隠れていた。


焼きたてのパンの香りが部屋に広がり、テーブルにセットされた朝食は家では味わえない美しい空間。


「由美! もう大丈夫だよ」

「パンの香りがしてきて、お腹空いちゃった」

「うん、空いちゃったね。見てごらん」

「わぁーすごいね」

「こっち座りな。景色が見えやすいから」


太陽の光で、由美が明るく照らされていた。

幸せそうに食べる姿を見て、朝から幸福を感じてもらえて嬉しかった。


今日は忘れられない一日にしてあげたいと思った。


チェックアウトをして、浜離宮恩賜庭園に向かった。


寒い日だったが、太陽の暖かさが顔に伝わってきた。


前に味わったことがあるように感じた。

それは、付き合う前にクリスマスプレゼントを買いに行った日だ。

また同じような感覚を味わったときは、今日のことを想い出す。

そうやって良い想い出のほうに更新されていく。


「この中に水上バスの乗り場があって、浅草のほうまで行けるんだよね」

「そうなんだ。まだ時間あるし浅草行かない?」

「うん。じゃあ乗り場に移動しよう」


繋いでいた手をコートのポケットに入れた。


時刻表を見ると10分後に、浅草行きがありチケットを買って待った。

休日もあり並んでる人が多かった。


「浅草どこ行きたいとかある?」

「うーん、すごく久しぶりだからな」

「じゃあ適当に散歩しよう」

「浅草きた気分だけは、味わいたいから雷門から仲見世を歩きたいな」

「そうしよう。お腹減ってない?」

「ううん。朝食いっぱい食べちゃったから」

「そうだよね」

「夜はあけみと料理作ってくれるの?」

「うん。夕方に駅で合流しようと話してあるよ」

「わかった。ありがとう」


水上バスに乗り込み、窓側に座れた。

由美の横顔に、流れる景色を見惚れていた。


目の前に座ってる子供が振り返り、僕たちのことを見た。

由美は笑顔で、その子を見ている姿が素敵だった。

僕も同じように笑顔で、見ると恥ずかしそうに前を向いた。


「かわいいね」

「うん。かわいい」

「武志さんって子供好きだよね」

「うん。保育士になりたいと思った時期もあったしね」

「そうなんだ。いつも小さい子を笑顔で見てて思ってたんだ」

「そうだったんだ」

「武志さんと私の子供だったら、どんな子だったんだろうね」

「イケメンなのは確かだね」と笑いながら言った。

「女の子だったら?」笑顔で僕のことを見た。

「それは、由美に似てめちゃくちゃ可愛い子だよ」

「言わせたみたいになっちゃったね」

二人で笑い合った。


今まで、話してこなかった話題だった。

あけみが居たから、子供を作りたいという気持ちにならなかった。

一緒に住むことも、結婚もしてないのもあったと思う。

何より、三人で居られることが幸せだと思っていた。

話をされてはじめて、僕たちの子供が見たいと思った。

由美は欲しいと思ってないのは分かっていた。

だから笑いに変えてしまった。


お互い外を眺めて会話を交わすことなく、浅草が見えてきた。


水上バスを降りると、さっきの子がいて、笑顔で手を振った。

恥ずかしそうに手を振り返してくれて、由美と目を合わせ笑った。


「酔ってない?大丈夫?」

「大丈夫だよ。武志さんは?」

「平気。ちょっとコーヒー買ってもいいかな?」

「うん。あそこにコーヒー屋さんあるよ」

買ってすぐに由美に持たせた。

「寒いでしょ。手を温めな」

「ありがと」

「じゃあ雷門のほうに行こう」


思った通り人が多かった。

歩いていると、外国人に声をかけられて、道を尋ねられた。

英語は話せないが、知ってる単語とジェスチャーでなんとか説明して、由美も一緒になって伝えてくれた。


「よく声かけられるんだよね」

「武志さんは優しい雰囲気が出てるんだよ」

「そうなのかな」

「そうだよ。だから、まだ言葉が話せない小さい子供からも見られるし、日本語が話せない外国人の人からも声かけられるんだよ」

「優しさが顔からにじみ出ちゃってる?」

「身体全体からにじみ出ちゃってる」

お互い楽しくて笑った。


そして由美は笑顔のまま、「そういうところが好きよ」

「そういうところ?」

「みんなに心優しいところ」

「それは由美も同じだよ」


繋いでいた手を少しだけ強く握りしめた。


雷門の前に着き、立ち止まった。

スマートフォンを取り出し、ツーショット写真を撮った。


仲見世で食べ歩きをしながら奥に進み、浅草寺に着き参拝をした。


由美を見ると、まだ参拝していた。

その姿は、すごく気持ちが込もって見えた。


終わるのを見ていると、ゆっくり目を開け、優しい笑顔で僕を見た。


時計を見ると4時になっていた。


「そろそろ戻ろうか?」

「うん。あけみは大丈夫? 待たせてない?」

「5時ぐらいと伝えてあるから大丈夫だよ」


もうちょっとで少女からお母さんに変わるときが迫ってきていた。

最後の最後まで少女のように楽しんで欲しかった。

だから僕は笑顔で、由美のことをたくさん見た。


最寄駅に着いたが、あけみは、まだ着いてなく改札口で待った。


少しすると、改札口に来るまばらの人の中にあけみがいた。

僕たちを見つけると、小走りで向かってきた。


「お母さんお誕生日おめでとう! 昨日は楽しかった?」

「あけみありがと。楽しかったよ」

「良かったねー」

「あけみおかえり。今日なに作ろうか?」

「ただいま。今日も寒いからクリームシチューはどうかな?」

あけみと僕は、由美の顔を見た。

「いいわね」

「じゃあ決定! 行こ行こ」


あけみは、自ら間に入り、僕たちの腕を組み引っ張るように歩き始めた。


「昨日は何食べたの?」

「中国料理だよ」

「すごく美味しかったから、あけみを連れて来てあげようと話してたの」

「いいな! たけたけ今度連れて行ってね」

「うん。三人で行こうね」


スーパーに着くと、クリームシチューの食材から前菜になるような物を入れていき、由美も家にない物を入れて行った。

パン屋にも行き、フランスパンと明日の朝に食べるパンを各々で選んだ。


食べ終わったら、映画を観ようとなり、レンタルショップに行き、三人がそれぞれ観たい作品を借りた。


マンションに着き、休む間も無く料理を作り始めた。


ソファーに座ってた由美のところに行き、「身体冷えちゃったでしょ、お風呂に浸かってくれば? その間にあけみと作ってくるから」

「うん。じゃあお言葉に甘えて入って来ようかな」

「お母さん、ゆっくり入って来ていいよ」

「ありがと」

笑顔でリビングを出て行った。


「たけたけは、本当に優しいね」

「好きだから優しくなっちゃうんだよ」

「そこまで気を使えて優しい人はいないよ」

「そんなことないと思うけどな」

「駅で会ったときに思ったけど、お母さん幸せな顔してたね」

「昨日今日と楽しんでくれたのかな」

「そうだよ。お母さん幸せにしてくれてありがとう」


いつものあけみらしくなく、不思議に感じたが、素直に嬉しかった。

はじめて娘らしいことを言った気がする。

良い言葉をかけてあげたかったが、思いつかなかった。


笑顔であけみのことを見ると、同じように笑顔で返すと思ったら、変顔で返してきて、声を出して笑った。


「すごい顔してたよ」

「可愛かったでしょ?」

「可愛いといえば……可愛いかな」

「なにそれー」と言い、また同じ変顔をした。


いつものあけみに戻った。


食材を切り終わり、鍋に入れていった。

二人で作ると早かった。


テーブルにランチョンマットを敷き、由美が来る前にセティングしておいた。

前菜も作り、あとはクリームシチューの出来上がりを待つだけ。


ソファーで座って待っていると、由美がリビングに戻ってきた。


「すごいすごい! もう準備できたの?」

「あとはクリームシチューだけ」

「クリームシチューの良い香り」


三人でソファーに座った。


「映画どれ観る?」

「これはどっちが選んだの?」

「僕だよ」

「どんな内容なの?」

「ラブストーリーで、若い男女がクリスマスに出逢う話かな」

「良さそうだね。お母さんのは、これアクション系だよね?」

「そうね。あけみは?」

「学生がセレブの家に泥棒に入るみたいな、実話なんだ」

「今日は由美さんの誕生日だから、これにしようよ」

「武志さんのほう観たいな」

「私も今日は、たけたけのが良いと思う」

「今日にいいかなって思って。クリスマスも4日後だし」

「たけたけは、やっぱり違うねー」

「なにが?」

笑いながら、二人を見た。

「武志さんは考えて選んでくれたんだなって」

「そうそう」

「私なんてアクション系だし」

「本当だよ! お母さんウケる」


こんなやり取りが楽しくてたまらなかった。

二人も本当に楽しそうに笑っている。


僕らは、バランスが取れていると思う。

足りない部分は、誰かが補えていて、自然と助け合っている。

だから関係がうまく行ってるんだと思う。


「クリームシチュー出来たから、二人とも座ってー」

盛り付けてくれて、あけみも座った。

「じゃあグラス持って」

あけみと目を合わした。

「お母さん」

「由美さん誕生日おめでとう」

「二人ともありがとう」


こういった誕生日を毎年やってるのに、毎年、新鮮な感じがする。


してることは同じなのに、なぜか初めてやっているような気分になる。

楽しい記憶は上書きされずに、1ページずつ想い出に残されていく。

だから初めてのような感覚が味わえてるのかもしれない。


食べ終わり、キッチンであけみと片付けをしていると、急に耳打ちをしてきた。


「ケーキ冷蔵庫に入れてあるから」


手でオッケーサインをすると、スマートフォンを取り出し何か入力をしていた。


画面を見ると、“ロウソクに火をつけたら、たけたけ電気消してね”と書いてあって、笑顔でうなづいた。


由美はソファーでテレビを観ていた。


気づかれないように歩き電気を消すと、「えっ? 停電?」と驚きながら振り向いた。


ケーキを持って、誕生日ソングを歌いながら、あけみが近づいて行った。

僕も近くに行き、テレビを消した。


「お母さん! 消して」


消えた瞬間に電気をつけたら、あけみが爆笑していた。


「お母さん停電って! テレビ付いてたじゃん」

「急に電気消えたからびっくりして」

「お母さん本当かわいい」

可笑しくて声を出して、三人で笑った。


「あけみがケーキ用意してくれたんだよ」

「そうなんだ。あけみありがと」

「ううん。映画観ながら食べよう。二人とも座ってて」


僕はDVDをセットして、由美は電気を消して間接照明を付けた。


あけみが座って、再生ボタンを押した。


予告も僕たちにとっては楽しい時間。

観たいものを決めたり、観たことがあるないで盛り上がる。


本編がはじまると、急に喋るのをやめ、集中して見始める。


“今までに付き合ったことが、一度もない男女がクリスマスの日に一人で、お客が全くいないカフェに行き、そこで二人は出逢う。お互い意識をして何度も目が合う、先にお店を出た彼女をガラス越しから見つめ、彼女も彼のことを見ながら歩いていた。彼女が見えなくなってしまって、寂しさを感じ下を向いてると、クリスマスで早めにお店が閉まってしまった。男は外に出て彼女が歩いて行った方向を見つめ走りはじめ、無我夢中で彼女を探した。見つからずコンビニ入ると目の前に彼女が居た。びっくりしてる姿を見て優しく彼女は微笑んでいた。男は勇気を出してデートに誘った。彼女は笑顔で「今からデートしましょう」と言い。その日から二人の関係が始まった。お互い初めての付き合いで分からなことだらけで、模索しながら喜怒哀楽な日々を過ごしていた。主人公の魅力は想ったことは必ず実行すること、彼女は喜びを全身で表す。男は初めて出逢った日に想っていたことを、彼女に伝えるために出逢ったカフェに呼び、プロポーズをする。そして幸せな家庭を築く”


「いいなーこうゆう恋愛がしてみたいな」

「あけみなら、いい人現れて素敵な恋ができるから大丈夫よ」

「うん。見つかるよ」

「なんかモヤモヤするから、お風呂入ってくる」

「はい。いってらっしゃい」


「ハッピーエンドな内容で見終わって気持ち良かったけどな」

「恋愛がしたくてモヤモヤしちゃったんだよ」

「……そっか」

「武志さん眠いでしょ?」

「うん。眠くなっちゃった」

「寝ていいよ」


由美は、僕の身体を引き寄せ横にして、膝枕をしてくれた。


「あけみが出てきたら起こしてね」


「うん」と言いながら、身体をゆっくりさすってくれて心地よかった。


映画のシーンを思い出しながら、目をつぶったら、すぐ寝てしまった。


優し声で名前を呼ばれている。

夢の中の出来事だと思っていると、身体を揺らされて、現実なんだと目が覚めた。


「あけみ出たよ」

「ごめん。脚痛かったよね」

「ううん。全然大丈夫」

「じゃあ入ってこようかな」

「うん。私は寝室に行ってるね」

「寝てていいからね」

「寝ちゃってたらごめんね」

「じゃあ一応言っとくね。おやすみ」

「武志さんおやすみ。昨日今日と本当ありがとう」


由美は、僕に近づき唇を合わした。


シャワーを出して、頭からかけた。

浴槽に入ると、映画のシーンが思い浮かぶ。


主人公は、想っていることは、必ず実行する姿はかっこ良かった。


自分のためではなく、相手が何をしたら喜ぶか、幸せと感じてくれるか考えて寝れなくなって、寝不足になっちゃっても、心が満たされている姿には共感できた。


僕も主人公のようにたくさんの愛を贈り、幸せを感じてもらい、この人しかいないと思ってもらえるように、由美のことだけを想って生きたい。

由美の幸せが、僕の幸せでもある。


ずっと側に居させてほしい。

優しい笑顔をずっと見たい。

心地の良い手をずっと握らせてほしい。

透き通った綺麗な声で、ずっと名前を呼んでほしい。


由美が居るから、僕は今を生きている。


寝室の扉をゆっくり開けると、間接照明の灯りの中で、由美は愛らしい寝顔で、素敵な夢を見ているようだった。


寝顔を見ながら――約束をする。


君が笑顔で居られるように愛を贈り続けるよ。

隣には、僕がずっと居るよ。

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