第3話 ソファーの下 その3
ソファーの下から手が出ていた。
などというような話を、すぐさま信じるような輩とは、あまり深く関わり合いにならない方が無難である。あまつさえ、調査と称して、無許可で人の家に監視カメラを仕掛けようとする輩など言語道断である。
そういった話を疑うこともなく、意気揚々と現場に向かい、犯罪すれすれともいうべき調査を行う輩達が、私の親しい友人に二名もいることに関しては、私自身に 友人はしっかり選びなさい! と一喝したいところである。
先に紹介した、森吉嬢はいわずもがな、彼女と同じオカルト研究会に所属している イースト先輩も、負けず劣らずの 変態的オカルト思考の持ち主であった。
実家がパン屋であるイースト先輩は、これでもかというほどの廃棄パンを所有しており、イースト先輩の周りには、明日食う飯にも困窮している貧乏学生達が常に群がっていた、その甘いイースト臭に誘われた哀れな子羊達は、空腹を満たすために、数個のパンと引き換えに彼の情報収集の手駒となることを余儀なくされる。
ソファー事件の翌日、私と寝屋氏は森吉嬢とイースト先輩には、このことは必ず秘密にしておこうと硬い約束を交わし、我が家への突入を敢行した。入学と同時に入居して早3年、見慣れに見慣れた風景のはずなのだが、今となっては、お化け屋敷に入った時のような、肌寒い緊張感が漂っていた。
「先に進んでくれ」
「いやですよ、怖いんだから。服をつかまないでください」
20を越えた男二人が、押しつ押されつビクつきながら部屋を探索する様は、おそらく見るに堪えないものであろう。私と寝屋氏は、恐る恐るソファーの周辺を調べることにした。
「特に変わったところはないですね、いつも通り、和室に似つかわしくないソファーが置いてあるだけ」
「まぁ再び手に出てこられても困るんだが……うーむ、一度ソファーを動かしてみるか」
「下に腕が転がってたりして」
「やめい、縁起でもない!」
私たちは見た目以上に重いロココ調ソファーを、フラつきながら持ち上げると、一度リビングへと運びだした。ソファーのあった場所を再度確認すると、イヤリングの片割れが一つ転がっているのに気がついた。
「ちょいとこれ、見覚えあります?女性ものだと思うんですが」
「いや、覚えはない。この家に来る女性といえば、森吉嬢くらいなものだし。彼女がイヤリングをしてるとこなど見たことがない。」
「僕もです。しかし、こうもソファーの下から妙なものが出てくるだなんて……呪われてるんじゃないですか?このソファー」
「処分したいのは山々だが……高ノ原さんから買ったものを捨てただの売っただの……そんなことが知れたら……私は猿沢池に沈められて亀の餌にされてしまうぞ。」
「とりあえずは様子見ですね。まぁ、一先ず何もないようですので、今日は和室を締め切ってリビングででも過ごしてください。僕はこれから予定がありますので、失礼しますよ。何かあればまた連絡を。」
私は寝屋氏とともにソファーを元の場所に戻すと、早々に和室の襖を閉め、「南無妙法蓮華経……」とうろ覚えの念仏を唱えた。外は、午前中の日差しがきつく、普段であれば和室の布団に潜り込み、日光など断固として浴びてなるものか、と第二第三の睡魔に身を委ねているところではあるが、今日ばっかりはそんな気にもならず、寝屋氏の後を追うように、早々に身支度を済ませ家を後にした。
朝食がてら寄ったファーストフード店にて、私は先ほど拾った女性ものイヤリングをまじまじと観察してみた、ハートの形に沿って、キラキラと輝く石がいくつか散りばめられているそのイヤリングは、どこか上品さを感じさせるものであった。女性のさらりと伸びた黒い髪が風にあおられるたびに、この上品なイヤリングがチラリと見える様を想像すると、先日のソファーの下の腕の主は、もしかしたら私好みの美女であったのかも知れない、そうであれば、「さぁこちらへ!」と優しく手を引き、紅茶の一つでも振る舞ってやればよかったと、多少の後悔の念に苛まれた、が、5分もせぬうちに不毛な妄想であることに気づき、ひとつ大きなため息をついた。
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