第2話 ソファーの下 その2

 私とロココ調ソファーの出会いは、大学内で年に一回開催される、いならないもの市 であった。



 毎年、学生会主導で行われるその催しは、事前に出店登録した学生達がフリーマーケット方式で いらないもの、使わなくなったものを持ち寄り売り買いするというものである。



 特に引っ越してきたばかりの一回生や、私のような貧乏学生には重宝されており、服や小物はもちろん、家具や家電にいたるまで多種多様なものが、格安で手に入る。




 当時、学生会に所属していた私は、大学内を駆けずり周り、苦情、トラブルの解決に追われていた。そこはまさに戦場であり、入場の合図とともに我先にと人を押しのけ走り狂う様は、さながら、大量のバッファーローが悠然とサバンナを走り行く様によく似ていた。



 

 夕刻を迎え、 いらないもの市 も終りを迎えようという頃、私は体力の限界を迎え、中庭のベンチでうな垂れるように休憩をとっていた。




 ここで、私はロココ調ソファーと出会うことになる。いや、正確には持ち主と出会うこととなる。




 彼女は 高ノ原 紀子 といい、学生会に所属しているが、その姿を学生会室で見たものは誰もいない。容姿だけでなく頭脳 運動神経 全てにおいて優れているという噂であり、また親が貿易会社の社長だとかで、私には雲の上の住人であるほどの金持ちだという噂である。いつも、貴族のような帽子を深々とかぶり、数人のお付きが周りを護衛していて、その近づきがたいオーラは、噂に違わぬ気品を漂わせていた。



 普段であれば、そんな彼女が、私のようなみすぼらしい貧乏大学生に話しかけることなどありはしないのだが、その日、彼女は憤慨した様子で、私に高圧的に話しかけてきた。




 「ちょっとよろしいかしら、矢島トウノ君。」




 顔こそ見たことはなかったが、その服装と周りのお付き数人がいることを鑑みるに、彼女が噂の 高ノ原 紀子 であることは、すぐ察することができた。



 「や、やぁこんにちわ。高ノ原さん、何かご用ですか?」




 「あら、私、貴方に名前を名乗ったかしら?まぁいいわ。少しお話があります、Bー3のブースに今すぐ来なさい。そこで話しましょう。」




 彼女は鼻息荒くそう言うと、コツコツと音を立てて早々に去っていった。



 あの高ノ原さんが私に話しかけたというだけでも、天変地異の前触れと恐れられてもおかしくない事態であるのに、あまつさえ、話があると呼び出されるなど、もはやどのようなことが起こるのか、想像もつかない。




 私は、一つ大きなため息をつくと、B−3ブースへと重たい足を向けた。




 大学内には5つの校舎と中庭、少し離れた場所に体育館があり、その全てを使いフリーマーケットが開催されていた、メインとなる、客足もよく立地のよい第1〜第3校舎には、部活、サークル枠を除いて、先着順での場所当てをしているのだが、Bー3ブースというのは、第4校舎であり、他4つの校舎は通路を経て行き来できる構造なのだが、この第4校舎だけは、そのどれとも繋がっていない、最も人気のないブースであった。




 第4校舎1階に位置しているそのBー3ブースは、まるで、異質の空間のようになっていた、寂れた校舎は、これでもかと並んだロココ調家具のおかげで、ベルサイユ宮殿の一室の如き輝きをみせ、ところどころはがれ落ちた壁や片方つかない電球を差し置いても、高級ホテルとはこのようなものか?と思わせた。




 私は ポカン と口を開け見惚れていると、高ノ原さんがコツコツとヒールの音を響かせながら近づいてきた。



 「待ったわよ矢島君。5分は待った。」



 

 「それは……待たせて申し訳ない。それにしてもすごいですね……まるで高級ホテルに来たみたいだ。」



 

 「そうよ、すごいのよ。これらはとてもいいものだもの。でも今日は何の日だったかしら?」




 彼女はそういうと、なにやら高そうなタンスに近づき、人差し指でさっとホコリを取るそぶりを見せた。




 「矢島君。今日は いらないもの市 でしょ?だから私はいらないものを売ろうと思ったのよ。昔、お姉ちゃんとお花屋さんごっこをしたのを思い出して、お店を出してみたくなったの。」




 私は、他の出品者たちが数百円単位で売買するなか、35万円 と書かれた値札を吊るしている、ソファーに目をやり、苦笑いをした。




 「一つも売れなかったわ。値段だって、買った時の十分の一以下にしてるのに。場所だってこんな端に追いやって、あなたなにか私に恨みでもあるのかしら?」




 「いやいや、高ノ原さん。場所は先着順で公平に決めてるし、基本的に生活用品を安価で買うフリーマーケットだから……さすがに数十万円のものを売るというのは厳しいんじゃないかな。」




 「ならどれくらいの値段なら買うのかしら?そういうのってよくわからないのよ。例えば……このソファー、矢島君の考える適正な価格を聞きたいわ。」




 正直、わからない、というのが本音である。おそらくとてつもなく高級なものなのであろう、あまりに低い値をつけると機嫌を損ねる可能性がある、しかし、数万であろうが、このフリーマーケットでは買い手などつかないであろう。私は数秒、悩んだふりをしたのち、 10……万円くらいかな? と作り笑いを浮かべながら答えた。




 「10万……まぁ いらないもの市 ですものね。いいわ、十万円で売りましょう、貴方の住所を教えなさい、今から運ばせるわ。」




 「え!?いやいや!僕は買いませんよ!10万円なんて大金持ってないし!明日食う飯にも困っているというのに!」




 「もう遅いわ、これは決定事項です。支払いは分割でいいから、私のお付きにでも渡してちょうだい。ではご機嫌よう。」




 彼女はそういうと高笑いを響かせながら、コツコツと去っていった。



 

 その日、私の部屋には、和室にロココ調ソファーという珍風景が生まれた。支払い等の請求は未だにこないので、いつか催促され、身ぐるみ剥がされるのではないかと内心ビクビクしているのだが、その日がこないことを祈るばかりである。



 




 



 


 

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