拝啓、ソファーの下の君へ

秋茄子

拝啓、ソファーの下

第1話 ソファーの下 その1

 慣れとは恐ろしいもである。


 

 例えば、私などは台所が腐海の如く散らかり、異臭を放っていようが、床が足の踏み場もないほど衣類下着等々で埋め尽くされてようが、自宅とあれば、川のせせらぎのような心持ちで、ソファーに掛けながらコーヒー片手にブレイクタイムを満喫することも造作もないことである。



 もちろん、これは物の例えであり、私の家はいささか殺風景に過ぎるところがある。



 必要最低限ともいえる、生活必需品に、もうし訳程度に陳列されている本棚、おおよそお洒落とは言えない風景ではあるのだが、唯一異彩を放っている家具がある。



 大きさとして1.5畳分はあろうかというロココ調のソファーが、8畳ワンルームの和室に鎮座してるその姿は、まさに「珍風景」と言わざるを得ない。



 そんな珍風景も、一ヶ月も立てば見慣れた物となってしまい、我が家の 慣れ の一員となっていた。



 


 今日、この瞬間までは……だ





 珍風景を珍風景たらしめるためには、非日常であり、非現実的であり、異質であり、異彩を放ってなければならない、部屋に不釣り合いとはいえ、数ヶ月間経ち見慣れたロココ調ソファーをいまさらながら、珍風景と言わざるを得ない理由は



 そのソファーの床下から にゅっと飛び出している、白い腕のせいに他ならない。



 齢21年、霊感、その他、不思議な現象など一切体験してこなかった私にとって、それはまさに、人生でもっとも衝撃的な珍風景であったと言わざるを得ない。



 体は固まり、シンと静まりかえる部屋の中で、心臓はけたたましく飛び跳ね、一瞬たりとも目を離すことができなかった。



 数分しか経っていないのか、あるいは何時間も経っているのか、頭はフル回転し、しかし、ぐにゃぐにゃと定まらない思考に支配された。

 

 

 その腕は、もぞもぞとなにかを探し回るような仕草をみせると、ゆっくりとソファーの下の暗闇へと引っ込んでいった。




 外を通り過ぎる車の走行音で ハッ と我に返った私は、一目散に部屋を飛び出ると、上の階へと走り、同じ大学に通う 寝屋 の部屋へと駆け込んだ。



 「部屋の鍵をかけない僕もいけないのですが、入るときはインターホンを押してほしいものです。いきなりけしかけてきて、非常識ですよ。」



 「寝屋氏よ!!!それどころじゃない!!とんでもないことが起きた!!部屋が居住不能になってしまうかもしれん!!!」



 

 「とりあえず、落ち着きましょう。飲み物を持ってきますので座っててください。」



 

 寝屋氏はそういうと、台所に立ち紅茶を入れ始めた。

 

 その間、私は、先ほどのソファーの下から伸び出ていた白い腕について思慮を巡らせた。一体あれはなんなのか、もしや私は事故物件でもつかまされたのか?確かに築年数は40年、夜な夜な小粋な妖怪達が、宴会酒盛りどんちゃん騒ぎを開いていたとしても、なんら不思議ではないほどのボロアパートではある、だからと言って、何故私の部屋にでる?これでは部屋に帰れないではないか!いくら 慣れ に定評のある私といえども、ソファーの下から飛び出した、白い腕と、仲良く夢の同棲生活など、流石に出来ない。



 先ほどまでの恐怖感は、次第に怒りへと変わっていき、今すぐ部屋に戻ってあの白い腕に文句の一つでも投げつけてやりたい気持ちになっていった。




 「矢島さん、紅茶をどうぞ。」



 「あ……あぁ、いただこう。」




 「で、あなたが部屋に居住不能になりそうな理由とはなんです?ゴキブリを手づかみで外に放り投げるあなたに今更どんな問題が?あ、もし金銭的な問題でしたらお貸し出来ないと最初に言っておきます。」



 

 「金を貸してほしいわけではない!どう説明していいものか……寝屋氏、お前、幽霊なんか信じるか?」




 「幽霊……ですか?森吉さんの手伝いの関係で、なんどかオカルト研究会に出入りしたことはありますが、僕自身はあまり……体験した経験がないもので。」




 森吉とはオカルト研究会に在籍する、友人である。日夜不思議な現象を追いかけ、時には国外にも飛んでいくその様は、女性ながら、男以上の肝っ玉 と言わざるを得ない。彼女に今回の件を話せば、すぐさま飛んできて、部屋にカメラを配置され、24時間体制の監視を余儀なくされてしまうであろう。




 「こんなことを急に言われても信じれないとは思うが、先ほど帰ったら、私の部屋にあるソファーの下から、青白い腕が飛び出していた。」




 「ソファーとは……あの部屋に似つかわしくないロココ調ソファーのことですよね?確か大学のフリーマーケットで買ったとか。」



 「買ったというより買わされたという方が正しい。とりあえず、そんな理由から今日はとてもじゃないが部屋には帰れん!悪いが今日は泊めてもらうよ。」




 「それは構いませんが、毎日入られてはこちらも迷惑ですので、明日になったら矢島さんの部屋に行き、例のソファーを調べてみましょう。僕もそういった現象に興味はあります。」



 

 私と寝屋氏は、ひとしきり明日の予定や今後の対策などの意見を交わした後、就寝の途についた。



 



 




  

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る