第6話 窓辺にて その2

 

 彼女の姉から電話があったのはその日の夜のことだった。



 入籍日だの式の予定日だの、しばらく仕事はしないだの、なにやら色々と喚いていたが、その時は、そんな話を聞く気になれず、右から左へと聞き流した。



 「いい、せりか!ちゃんと仕事受けるのよ!この私が頭下げてまで、取ってきたんだから、コネだろうが何だろうが、とにかく載って認められればいいんだから。この連載だけはちゃんとやりきるのよ。」



 「わかってるよ。くだらないスイーツの特集だろうが、しょうもないファッション調査だろうが、なんだってしっかりやりきります。」



 「またそんなこといって……なんだって経験なんだから楽しんでやんなさいよ?本人が楽しんで書かないと、読者だって楽しく読めないんだからね。」



 「はいはい。わかったから。今日はもう疲れたから勘弁してよね。」



 その後も間髪いれず放たれる、姉の正論にうんざりしながら、早々に電話を切り上げた。


 私は姉から送られてきた、「奈良満載!夏のおすすめデートスポット特集!」と書かれた企画資料に怪訝な顔で目を通した。なぜなら姉の書く記事の企画は、いつも私の胸躍るようなものであったからである。前回の、沖縄めぐり、伝説のハブ酒を追う!というのはもちろん、時には大阪でより奇抜なファッションを追い、またある時は、大分の高原で野生化したアルパカを探し回ったこともあった。



 なぜそんな企画がこの雑誌で通ったのか、と不思議でしかないものを、姉は面白おかしく、斬新かつ毒舌的に書き上げ、読者と編集の心をわしづかみにしていった。姉の記事は、常に読者の人気ランキングトップであり、その一端に、私の書いた記事が載っていることは、非常に誇らしく、少しでも認められているような気がして、とても嬉しかった。



 とりわけもっとも私の興味を誘った企画は、私のゴーストライターデビュー企画でもある、京都の心霊スポットを追う!というものだった。私のデビュー作は、各スポットごとに、姉が京都におわす数々の魑魅魍魎に毒づく様を、編集の一言、という名目で書くというものであり、夜のトンネルだろうが、世にも恐ろしい酒呑童子の首塚だろうが、ずけずけと進んでいき、成仏しろ!!!と叫び倒す姉の姿は、なんとも衝撃的であり、素人同然の私の筆をもすらすらと進ませた。



 確かにあの時の私は、思い出し笑いなんかしながら、楽しく記事を書いていた気がする。この時の文章を、姉は目一杯褒めてくれた。とても楽しそうで、時に辛辣で、歯に衣着せぬ冗談めいた一言は、「姉妹ならではだね」と姉もたいそう気に入ってくれた。



 「そんなお姉ちゃんが持ってきてくれた企画が……デートスポット特集だなんてなぁ。」



 今からでも、猿沢池の巨大ガメを追う!なんて企画に書き換えられないものか、そんなことを考えつつも、姉からいただいた、本当の 芹沢 せりか としてのデビュー企画を前に、いやいやしっかりやらねば、となんとか自分を奮い立たせた。



 彼女は、冷蔵庫に向かい、麦酒を一つ手に取ると、どさっと勢いよくソファーに腰かけた。企画書には、姉の直筆ででかでかと(奇抜厳禁)と書かれていた。ようするに、メジャーな奈良のデートスポットを再確認しようという、企画である。



 流す程度に資料を読み進め、半分もいったところで、我慢の限界に達し、企画書ごと机に放り投げた。



 「まったくもって、つまらない。」



 彼女は、ごくごくと麦酒をのみ進めると、カバンの中から二台の携帯電話をとりだした。ひとつを確認する。姉からの企画についてのメール、友達からの着信、よくわからない迷惑メール、見る気にもならないものばかりであり、すぐさまそれも机へと放り投げた。


 

 彼女 芹沢 せりか にはもう一つの顔があった。



 姉との心霊企画以来、彼女はそれらのとりことなっていた。その無駄ともいえる行動力は瞬く間に同志コミュニティを広げ、二代目の携帯電話はそれ専用のオカルト同盟専用携帯となっていた。



 彼女の携帯電話には、日夜心霊や都市伝説の情報が舞い込み、彼女主催のオカルト同盟チャットでは、どこのだれともしらない、オカルトオタク達が熱い討論を繰り広げていた。


 

 彼女のもとには、各方面の根も葉もない噂話から、実際に悩まされている人からの相談話も舞い込んだ。それらを見ることは、彼女の日課であり、一番の楽しみでもあった。部屋のラップ音に困っている者、金縛りにあうもの、知らずに自己物件に住んでしまったもの、今現在、おこっている生々しい霊体験に、彼女は時間も忘れて見入ってしまった。



 気づけば深夜も2時を回る頃となり、これはいけない、と急いで、化粧を落とし、そのまま布団も引かずにソファーで就寝についた。



 


 

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