第4話 元ニートの休日
翌朝、遅く起きた田中の前に立ちはだかる強敵が出現した。
「あれ回(まわる)、仕事三日も続かなかったの? 新記録ね」
朝からスーツを着た中年の女性が厳しい一言を息子に告げる。
「辞めたんじゃなくて、今日定休日なの。週休三日制」
現在はニートでない事を強く親に強調したい田中であった。
「でも好きな仕事じゃないなら無理して行くことも無いと思うわ。正直一生は無理だけれど、お母さんが高齢になるまでならあなたの面倒くらいみてあげるわよ」
明らかに、この親は過保護を通り越していた。
「それ、今の俺には有りがたいけれど母親のいうセリフじゃねーよ」
しかし、親の過保護を振りほどこうとする元ニートの息子。
「正直こんな苦しい時代に子供作ったなんて罪深く感じてるのよ、母さんは」
田中の母親はハンカチまで用意して泣く演技をしている。
「益々、親の言うセリフじゃねー。少なくとも高齢になった母親の面倒くらい子供の俺に見させてくれ」
演技と分かっていても、こんな親に頼るのは恥ずかしいと思い、田中(息子)は精一杯の見栄を張った。
「何て頼もしく育ったのかしら、お母さん嬉しいわ。でもお父さんが生きていたら、きっと同じ事を言うと思うのよ」
「・・・・・・父さんは、外国で亡くなったんだよね」
「そうね、あれからもう3年経つわね」
二人はそう言いながら、居間の仏壇へ視線を向けた。
「大きな爆発事故で本人だと分かる遺体の一部が見つかっただけでも奇跡に近かったのよね」
「・・・・・・」
当時の状況を思い出し沈黙する息子。
「お父さん、どうしても私達のところに帰りたかったんだね」
母の言葉に、居間で亡くなった父の座っている姿が思い浮かび田中はやや涙腺が緩む。
「少なくとも恨んでないから、俺を生んでくれたこと・・・・・・」
「ありがとうね回」
優しく息子に返事を返す母親。
「それより母さん、もうそろそろ会社行かないと間に合わなくなるよ」
「あらいけない、じゃあ行ってくるね」
そそくさと駆け足で家を出る田中の母親であった。
(さて、今日はどうするかな。家でゲームもいいけど、外に遊びに行くか)
電車で都心の電気街に遊びに行くことにした田中だったが、時間的に苦手な通勤ラッシュ時である事をすっかり忘れていた。そんなひしめく車内で懐かしい相手に遭遇した。
「痛たた。おい、あんた俺の足踏んでるぞ」
数分間、自分の足を遠慮無く踏まれ続けた田中は我慢し切れずに踏んだ相手に注意した。
「あ、すんません・・・・・・! ひょっとしてお前、田中か?」
田中の足を踏みつけていた相手をよく見ると、見覚えのある顔があった。
「お前、
「やっばり田中だったか、中学以来だな」
それから二人は、これまでに積もった昔話を交わしていく。
「あの頃は良かったな。未来に希望が溢れてたっけ」
田中が金本と呼んだ男は、疲れた表情でため息をつきながら昔を懐かしがっていた。
「ああ、漫画やアニメばかり見ていて四六時中ゲームもやっていたら、そんな世界で暮らせたらなぁあって本気で考えていたわ」
田中の妄想癖は当時から健在だった。
「はは、そいつは流石に小学生までだぜ田中」
「俺は、その時に空想を膨らまし過ぎた所為か現実とのギャップで社会からドロップアウトしたよ。職も長続きせず、駄目な人間の終着駅の一歩手前」
就職した所為か余裕を持って、愚痴をもらす田中。
「ひょっとしてお前、今ニートか?」
社畜という言葉も嫌いだが、ニートと呼ばれるのも嫌いな田中は堂々と
「いや、つい二日前に偶然が重なって身近な場所で就職ができたわ。通勤ラッシュに苛ま
れる事もないし週休三日だし今のところ言うこと無しだな」
「そうか、そいつは良かったな」
田中の就職を素直に喜んでくれている金本であった。
「ところでお前の方は、これから仕事か?」
「いや、面接だよ。先月まで一流会社にいたんだがリストラされてね。好きな分野での仕事だったからやりがいもあったんだが、実績や実力で排除されるのが今の世の中だってことだよ」
と言われても今まで実績や実力なとで判断された事さえ無い田中には、競争社会の厳しさは無縁だった。
「でも、例えば漫画家になりたい者が全員プロの漫画家になれる訳ではないけれど、プロでなくても漫画家として好きな仕事をして生きていけるようになれないものかな」
「田中、プロは稼いで食べていけるからプロなんだぜ、才能の無い下手糞には、趣味の中で生きて行くしかないんだよ。そういう線引きがされているのが、この世の中だ」
金本が言うのも、もっともな事だろう。その線引きによって誰でもが望める人生を歩める訳ではないからだ。
「趣味だけでも生きていければいいなぁと願望を語っただけだよ」
「それは、実質働かなくてもいい世界の事だぞ。ベーシックインカムって聞いたことあるか?」
ベーシックインカム、それはニートの生存権が強く約束された言葉。当然、元ニートの田中が知らない訳が無い。
「確か国から金を支給してくれるって奴だろ」
「それは一見働かなくてもいい様に見えるが、その代わりに社会保障などか無くなり生活保護にも頼れなくなる仕組みだぜ。結局、打ち出の小槌なんてないんだから、何かを犠牲にする詐欺まがいの物なんだよ」
「逆に言えば、その打ち出の小槌や永久機関でもあれば、そんな社会も可能ってことか?」
打ち出の小槌と聞いて、永久機関の名を出さずにはいられなかった社員の鏡の様な田中であった。
「え、永久機関! まさかそんなの出来ない事くらい知ってるよな。たまに、インチキ機械で騙される馬鹿な奴もいるみたいだが」
「あ、当たり前だろ」
馬鹿な奴と言われて田中はとっさに、金本に話を合わせてしまった。
「まあ、永久機関はともかくとして、技術が進歩してるんだから今よりもっと多くの人が好きな職に就ける様にする事は不可能ではないだろ」
人間の労働の代わりを成してくれるシーナの様なロボットが存在している事を知っている田中にとって、ニート社会が必ずしも不可能でないことは分かっていたが、シーナの存在は秘密だったため世間一般的に無難な路線で応対する。
「ああ、企業にも国にもそれだけ経済的な余裕があればな。実際は悪化の道へと世の中は進んでいるじゃん。増税しているのがその証拠だよ」
「つまり、最低でも消費税が無くなる世の中にでもならないと話にならないってことか」
「良く分かってるじゃん、だから諦めが肝心ってことだな。俺も取りあえず好きな仕事より、食べて行く為だけの仕事に就かないとな」
その時、車内で次の停車駅を知らせるアナウンスが入った
「おっと、次で降りるんだった。じゃあな田中、子供じゃないんだからあんまり夢みんなよ」
そういいながら金本は人混みのホームに消えて行った。
(食べて行く為だけの仕事か、それしか選択肢が無いなら人間として生まれて来なかった方が良かったんじゃないのかな。それを甘えって言うのなら、苦痛も何も感じない石っころの方が幸せだよ)
田中はそんな事を思いながら電車に揺られ目的の電気街に付いた。都心で電気街と言えば秋葉原だ。
田中はゲーム関係の店を散策しながら大きなオフィスビルの入り口に目が留まった。
(株式会社未来再生エネルギーTAKATOMI、太陽光を始めとする自然エネルギーの有効活用による自給自足の日本を目指します......って、うちのライバル会社かな)
「どうしましたか、この会社に興味がありますか?」
振り向くとショートカットでスーツを着こなした若い女性だった。
「よろしかったら中へ入りませんか?」
「いや、でも」
田中が躊躇していると彼女の視線が田中を睨み付ける様になった。
「ふふ、田中君でしょ?」
「え?」
記憶のモンタージュを探っても、誰も顔が当てはまらず困惑する田中。
「私よ。高校の時、科学部で一緒だった・・・」
「もしかして、
田中は顔で判断したのではなく、当時の科学部に女は一人しかいなかったから容易に結論が出た。
「そうよ、懐かしいわね」
電車の時と続けて学生時代のクラスメイトと出会うとは思いもしなかった田中だが、更に思いもしなかったのは彼女の変わり様だった。
「おお、すげー見違えたから分からなかったぞ」
「学生時代は分厚いメガネをかけて、長くて野暮ったい髪型してお洒落とは無縁だったからね」
高富という女は当時の自分を自虐的に扱った。
「そうだったな、今は女って感じで色気に満ちているわ」
「ありがとう、褒め言葉として受け取っておくわ」
彼女は右手を腰に当てて、妖美な視線を田中に向けていた。
「それにしてもお前、この会社に勤めているのか?」
「勤めているけれども、私が起業した会社よ」
田中は、一瞬聞き間違えたと思い聞きなおす。
「お、お前が作ったのか、これ?」
「ええ、二年前に起業して業績も結構伸びてるのよ」
流石に腰までは抜かさなかったが目を丸くする田中。
「す、すげぇーな、そう言えばお前、当時から頭良かったっけか・・・・・・」
「学生の頃の成績なんて社会では意味ないわよ。実績、経験、才能と容姿に少し気を使って社交性も学ぶ事が大切ね」
圧倒的な差を付けられた田中、もう次の言葉以外に出るものは無かった。
「返す言葉もありません」
「それより、うちの会社に寄って行きなさいって」
「はい・・・・・・」
葉華莉の時もそうだが、女の押し弱い田中であった。彼女の運営する会社の事務室はそのビルの20階にあり、そこからの見晴らしは良く社員は30人近くいる。田中と高富は応接間のソファーに座り、くつろいで会話を続けた。
「本当に社長やってるんだな、高富」
「どう、更に見直した」
「見直したと言うより、更に見下されている気がして俺の劣等感が半端ないわ」
最早、卑屈になるしかない田中であった。
「でも田中君って、昔から怠け癖があったあったから劣等感なんて持ち合わせてないと思えたけど」
田中を知り尽くしているのか、高富の言動には全く遠慮も無かった。
「いや、こう社会の現実を見せ付けられると嫌でも思い知らされるよ。俺は何もやって来なかったんだってな」
「ひょっとして、無職、ニート?」
やはり出たニートというキーワード。田中はすぐさま修正に入る。
「いや、幸い三日前に就職できたよ」
「残念、無職なら私が雇ってこき使ってあげたのに」
「全く要らぬお気遣いありがとうございます」
田中の危機は葉華莉のお陰で危うく回避できた。
「ふふ、部活じゃそういう冗談を良く言ったわね」
「科学なんてろくに知らなかったのに、怪しげな実験だけは楽しかったからなぁ」
田中は感慨に耽け、桃源郷を見るかの様な視点の合わない眼差しをしていた。
「今の仕事辛いの?」
田中の性格を良く知っている高富は察するかの様に伺う。
「いや、今の仕事はむしろ合いそうなんだが、ここに来る途中で中学時代でクラスメイトだった金本に会ってさ」
「あのやたらと明るかった金本君?」
高富も田中と同じ中学のクラスメイトであったため金本を知っていた。
「あいつリストラされて、好きな仕事も出来なくなってふてくされてたわ」
「そうだったの、金本君が......」
田中は腕を頭の後ろで組んで背伸びをし、真っ白な天井を見上げながら当時の金本について語った。
「当時のあいつは世の中を変えてやるんだって息巻いていたけどなあ」
「それは中学生特有の病って奴でしょ、そのまま大人になったら社会不適合者の免許もらえるわよ」
「危ねー、もう少し就職するのが遅かったらそのニートの免許更新されるところだったわ」
笑って返す田中。
「ところで、高富の夢って会社作る事だったのか? 以前は家の事情で結構生活で苦労していたかと思ったけれど」
「うん、両親が幼い頃に事故で亡くなってから、祖父母に預けられたんだけれど祖父も直ぐ後に亡くなって、祖母一人で私の面倒を見てたからね。私が就職するまでは、私の為にずっと働いてくれていたから、今はできるたけ病気の祖母に孝行したいの」
その事情は田中が中学の時には知っていた。会社を作ったのも、その祖母に楽をさせてあげたいと言う高富の思いやりからなのだろう。
「偉いわな高富は、あらゆる面で俺なんかと比べられない境地に達してるわ」
「でも、高校は無償で行けたし、大学も東京真理科大学って学費が無料の所だったから、学費で祖母に負担をかけなくて済んだのは、国やその大学の設立者のお陰かな」
その大学名を聞いて田中は葉華莉を思い出す。
「東京真理科大学って、確か物凄く頭良くないと入れないよな」
「そもそも、その東京真理科大学ってとある大企業の設立者が、学業は貧富の格差で差別されるべきではないと言って設立したものなのよね」
「この世にそんな偉い人がいたのか」
田中は、その大学の何者かも分からない設立者に感心していた。
「それにしてもエネルギーの自給自足なんて壮大な目標だな。ちなみにそのエネルギーの中で一番有力なのは何なのさ?」
高富に永久機関の話などしたら、金本同様に罵倒されるのが目に見えていると思った田中は、常識レベルで話をした。
「一番は難しいわね、どれも場所や環境によって一長一短はあるから。ただ日本に限って言えば、地熱と波力よ。また身近なところでは温泉からでも発電が可能ね」
「それは知ってる、実は俺のところも温泉を掘ってエネルギー取り出そうとしてるんだわ」
田中は昨日知ったばかりの事を自慢げに答えた。
「へぇー、意外なところでライバル出現ね」
所詮、田中程度が就職した会社だろうからと鼻で笑うかの様な態度を取る高富。田中の方は見下されても仕方が無いと思い話しを進める。
「で、波力って方は?」
「波力は海の波の力を利用するもので周りが海に囲まれている日本には打って付けだけれど、漁業関係での制限と台風や津波などの自然災害に脆いというデメリットがあるわね」
「そう考えると地熱が一番いいのか? でも、太陽光ってのはどうなんだ。うちの会社では太陽光で売電しているんだけどさ」
会社の現状を心配し、高富に相談する。
「太陽光による売電は、余程の規模で無い限り知れているわよ。発電の効率さもあるけれど設置できる面積と天候に左右されやすい日本では有効とは思えないわね」
(うちの会社大丈夫なのか?)
「それじゃあ、一昔テレビのニュースで聞いたバイオなんとかってやつは?」
「バイオマスのことね。有機物からエネルギーを得る方法だけれど。有効なものと本末転倒のものがあるわ」
「有効なものってのは?」
「うんちからエネルギーを得る方法ね」
「う、うんこ!」
高富からスカトロネタが来て顔を赤らめる田中。
「冗談じゃなくてね、海外では実際に排泄物から生活に使用するエネルギーを得ている国もあるのよ。具体的に言えば、腐敗した動植物のガスからエネルギーを得るといった方がいいのかしら」
それを聞いて冷静さを取り戻す田中。
「なるほどなぁ。じゃあ、 本末転倒って方は?」
「田中君、猿酒って知っている」
「猿専用の酒か?」
教養の不足している田中であった。
「お猿さんはお酒飲まないけれど、お猿さんが造ってくれたお酒のことよ」
「猿がどうやって酒を?」
「お猿さんが餌の果物を集めて、窪みがある様な場所に貯めておくと自然発酵する場合があるの。その自然発酵によってもたらされたお酒が猿酒よ」
幼子でも分かる様に、実に丁寧に説明してくれる高富であった。
「で、お酒なんだから当然燃料にもなるアルコールの成分があるわよね」
「確かにアルコールは燃えるし、資源になもなるよな。まさか、そんな随分遠回りなお猿さんが作ったお酒のエネルギー資源を使うってこと?」
馬鹿らしい質問だと思って、冗談交じりに聞く田中。
「そのまさかよ」
「は?」
意外な返答にあっけにとられる田中。
「流石にお猿さんのお酒までには、行かないけれどね」
「つまり、お酒を燃料にするなんてこともったいなくて出来ないでしょ?」
「当然だな」
「なら、お酒より安い食物なら許されると思う?」
「うーん、米一粒の価格が灯油一ミリリットルより安ければ許されるかも」
「そういうことね。食物からエネルギーを得られてもそれ以上のエネルギーを消費しなければ、その食物は作れないのだから本末転倒ということよ。これで元が得れるなら、絶対に不可能なはずの永久機関が誕生したのと同じ事だわ」
本職が永久機関の開発なので、馬鹿にされるであろうそのネタから早く離れたいと思った田中は、とっさに話題を変える。
「な、なるほどね。ところで聞きたい事があるんだけれど」
「何かしら」
「例えば、ある日突然エネルギー問題が解決できてしまう発見がなされたとしたら、今お前がやっている仕事って空しくなってしまわないか?」
「・・・・・・そうね。現実的には核融合炉の実現があるけれど、それが稼動したら私の仕事もお役御免になってしまうでしょうね」
「それでいいのかよ?」
「どうせ核融合炉なんて、まだまだ先という話しだもの。私が生きている内に出来るかどうかも怪しいものだから、気にする事もないわよ」
楽観して答える高富。仮にそれが核融合以外で、明日にでも発表されたらという想定もしていないらしい。当然と言えば、当然かもしれない。
何故なら、それまでの自分の事業や研究が突然無駄になってしまうのだから。それが、彼女の楽観性の
「そうなのか、まぁ本当に出来たとしても高富みたいにがんばっている人間を足蹴にしない為にも公表しない方がいいんだろうな」
高富は田中から視線を逸らし、そっと立ち上がり、遠くの景色を見ながら語った。
「それは違う・・・・・・正直に言えばエネルギーの自給自足なんて建前だし、今の私は何よりお金儲けが優先事項よ。でもこの世が競争社会である限り、誰かが利益を独占したとしても、それは仕方のない事だから」
お金を得たいと言う目的の理由は、例の病気になっている祖母に関係があるのかもしれない。しかし高富はあくまで、資本社会でのファインプレーに徹していた。
「高富・・・・・・」
学生時代での研究や発明が好きだった高富を知っている田中にとって、ビジネスに徹している凛々しい彼女を見て時の流れを感じぜずにはいられないかった。
「学生時代の頃の魅力と、大人の魅力ってのは違うんだなぁ」
「何のこと?」
突然の意味不明な田中の言葉に、何か思惑があるのかと勘繰る高富。
「ともかく、仮に俺がそんな物を発明したら、お前も皆も楽して暮らせる世の中にするから安心してくれたまえ」
「出たぁ、高校時代から変わらない夜郎自大」
突然、今まで見せなかった明るい表情で田中をからかう高富。田中もそれを狙っていたのだ。
「仕方ないだろ、俺の特技は根拠の無いハッタリしかないんだから」
そう田中が言い終わると丁度、高富の秘書らしき女が駆け寄って来た。
「社長、例の共同経営を求める会社からの電話です」
「あ、分かったわ」
田中に視線を向けるが、田中は邪魔をしてはいないと思いそっけなく返事をする
「じゃあ、俺はこれで帰るから」
片手に電話を取り、気遣いをしてくれた田中に手を振って返す高富だった。
その後田中は、PCのジャンクショップを中心に散策しSRというロゴが付いた古めかしいパソコンを見つける。それは筐体が大きく、キーボードも大きなタイプだ。また近くにある液晶モニターには、そのPCによる昔のゲームのデモが映されており、荒いドットは、その時代を象徴していた。
「どうだい、昔はこんなのでも十分楽しんでいたんだよ。おまけに当時はブラウン管だし、今ではこのPCで液晶が合うモニターも限られていてね」
中年の店員らしき男性が話し掛けて来た。
「何か風情を感じますね。パソコンの縄文土器的な感じが」
田中のユーモアセンスに対してその店員は
「縄文土器か、それはいいねぇ。縄文土器は実用的なものより荒々しさがあって見た目の楽しさを感じさせるから」
そう笑って返した。
「現在普及しているスマホですらこのPCの数百倍のスペックはあるけど、こいつはオジサンにとっては青春の象徴ともいえるものなんだよ」
「これに随分思い入れがあるんですね」
社長に似た店員の雰囲気に気さくさを感じる田中だった。
「こいつはシリーズものの一つでね。オジサンはこれより前のマークⅡというものを持ってたんだが、ゲームをやる上では直ぐ後に出てくるこのSRとは大きな差があってね。専用の音源ボートを買ったりしてもゲームがそれに合わないものばかりで、悔しくて学生にもかかわらず結局大きな出費の果てにのSRを勝ってしまったよ」
店員の失敗談の代わりに、田中は自分の失敗談を語る。
「ああ、そういうの今でもありますね。ゲーム機の基本ネーミングは一緒なのに後ろに3や4といった余分なものが付いただけで互換性があると勘違いして購入する失敗例が」
「そうそう、だからそういったメーカー指定で固定されたゲーム機よりも誰もが持っていて、ほぼ規格が統一されているスマホゲームが流行るのも頷けられるんだよね」
二人の談話は続きそして店員は最後に告げる。
「なまじネーミングに同じものがあると、それに引かれて安心して買ってしまったりするけど、逆にそうやって一度ネーミングに釣られて痛い目に遭ってしまうと用心してしまうんだよね。つまり、
「ネーミング詐欺みたいなものですね」
田中もその手の詐欺には懲りていたから気持ちは良く分かっていた。
「君とは何だか気が合うね。僕はもう仕事に戻るからこれで失礼するけど、何時でもここに寄ってきなよ」
「ええ、その時はお世話になります」
田中は電気街での散策に満足し帰路に付こうとし、ひとり思う。
(永久機関は、それ自体が詐欺の代名詞みたいなものだからなぁ、それこそ羹に懲りて膾を吹くってことわざがそのまま当てはまるんだろうな。でも、逆にもしそれが実現されたら詐欺の詐欺って事になるんじゃないか。まぁ、実現できたらの話だけれど)
西日が路地に差し掛かり、田中の帰り道を優しく照らしていた。
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