第21話 キラネタリウム

 会社に戻ってから翌日のこと、葉華莉と田中は早速プラネタリウムの製作に取り掛かる事にした。しかし葉華莉は何故か浮かない顔をしている。


「どうしたの? 葉華莉さん」


 葉華莉は口を尖らせてこう語った。


「ええ、昨日帰ってからネットで検索したんですけれど、ラメの様なスクリーンを使って投影している人って意外といるものだなぁと思いましてね」


「まぁ世の中、同じ様な考えを持つ人がいてもおかしくないよ」


 田中の言う様に、自分が一番最初と思っても同じ考えを持つものは少なからずいるものである。


「でも・・・・・・」


 葉華莉は自信を持っていただけに、他人に先を越されていた事に対する悔しさがあった。


「今回作ろうとしているプラネタリウムは、リアルな星を再現するってのが目的な訳でしょ?それだけ考えようよ。 

それに俺なんかが言うのも何だけれど、人と同じって事に不満を持つことより自分の力で考えた事って事の方が価値があると思うよ」


 明日川の価値観が伝染したのか、田中らしからぬ大人びた意見である。


「そうだよね。自分が第一人者だってちょっと浮かれていたのかも。でも、年下の田中さんに励まされた事の方が悔しかったかも」


 葉華莉は笑みを浮かべながら頬を少し膨らませ、田中を見つめた。


「その意気、その意気。ところで昨日は星座の話しか聞けなかったけれどプラネタリウムと言えばドームが必要でしょ、もしかしてそれって一から作るの?」


 ドーム作りは見るからに大変そうなだけに、田中は不安に思っていた。


「ドームは送風機で膨らませられるプラネタリウム専用の10メートルくらいのものがありますから、会社の駐車場に設置できますよ」


 市販もされているポータブルドームである。葉華莉はその点に置いては抜かりは無かった。  


「へぇー、そんな便利なものがあるんだ」


 用意周到な葉華莉に感心する田中。


「東京ドームも似た様な方法で膨らませているから、そんな珍しいものでもないんですけれどね」

 

「で、肝心のキラキラさせるラメは?」


「ドームの内側に、ラメの布か塗料を大きさや量を計算して付ければOKです。ただ、あんまりラメの密度は多くしない方がいいと思いますね」


 ラメの密度が高いと光を当てた時、くしゃくしゃにしたアルミ箔に光を当てた時の様に乱反射が多くなりミラーボールの様になってしまう。

しかし、逆に密度少な過ぎると連続した輝かすことが出来なくなる。葉華莉はその割合を上手く導いていた。


「なるほどなぁ。後は、肝心な映し出す機械だね」


「投影機の事ですよね。一般に普及している投影機は恒星原板と呼ばれる星の影絵みたいなものがありまして、それに光を当てて映し出しているんですよ」


 一般のプラネタリウムは裏表が逆転した精密な影絵とも言える。影絵は影となる物体に光を当ててスクリーンに形を映すが、プラネタリウムは影に穴を開けて

そこから木漏れ日の様にしてスクリーンに映すからだ。


「影絵か、ならその原板って奴を使えば簡単じゃないの」


 田中は気楽に言うが


「ただ今回作ろうとしているリアルな星の場合、少し問題があるんですよ」


 頭をかかえる葉華莉。 


「どんな?」


「例えば手元で光を当てたら、その影って距離があると壁にどう映りますか?」


「そりゃ、影絵みたいに大きくなるよね」


 更にぼやけてしまうということも付け加えておこう。


「ええ、恒星原板を使ったものでも実は同じなんです。レンズを使ったりして多少は調節は出来るのですが、それでも光は点と言うより○で見えてしまうんですよね」


 ポータブルプラネタリウムを使用している者が不満の一つをあげるとしたら、距離を隔てる毎に星が丸に見えてしまうことだろう。

この原因は一般の証明でも使われる点光源が原因である。つまり、一点から広がる光の事である。


「でも、キラキラ光れば問題ないんじゃない」


 田中にとっては問題は無くとも葉華莉にとっては問題であった。


「星を良く見ていれば分かるんですが、○で見える星は太陽と月くらいで惑星と言えど肉眼では点にしか見えないんですよ」


 しかし、一般人でそこまで観察している者は少ない。


「じゃあ、原板ってやつの星のサイズを思いっきり小さくすればいいんじゃないの?」


 一般人なりの精一杯のアイディアを出して葉華莉に貢献しようとする田中。 


「確かにそれが一番いいのかもしれませんね。ただ小さくし過ぎると光が弱すぎてラメを使っても輝き感が出るかどうか」


 葉華莉もそれくらいの事は想定していたが、それによって生じる問題も把握していた。


「でもラメって、葉華莉さんの実家で見たけれど暗闇だと遠くからのちょっとした光でもきらめいていたから、むしろ光が弱くても十分なんじゃないの?」


「それと、レーザーって駄目なのかな?」


 田中の観察力も捨てたものではない。


「そうですね、一度星の大きさを小さくしてやってみますか。それとレーザーを取り入れて」


「でも、時間は残り少ないから今日から残業ですよ」


「がぁ、突然拒絶反応がぁぁ。無理な気がするぅぅぅ」


 葉華莉から残業という、普段聞きなれない言葉を聴かされに拒絶反応を示す田中であった。


「ふふ今日から逃がしませんからね、田中さん」


 葉華莉は本題であるプラネタリウム作り以上に、田中と共に作業に従事できる事の方が嬉しい様であった。


 構想から二週間後、ついに二人で作ったプラネタリウムが完成しその披露試写会が行われることとなった。

プラネタリウムならぬキラネタリウム完成披露試写会と書かれた看板が会社の前に立て掛けており

小雨が降る夜に参加者は葉華莉の父を始め、会社の関係者や噂で集まった近所の住民やその子供達三十人くらいが集った。

 

 ドーム内ではマイクを手に取り、これから挨拶をしようとしている葉華莉がいた。


「では、これから完成披露試写会を行います。このプラネタリウムは今夜の様な雨の日でも本物の星を眺めたいと言う気持ちから生まれました」


「元々、私が星に興味を持ったのは幼い頃に父から貰った手作り望遠鏡が切欠です。それは今でも車に飾ってありお守り代わりにしています」


「そして今回のプラネタリウムの完成に至っては会社の皆さんと、特にここにいる田中さんにはいっぱい、いっぱい協力してもらいました」


「では、どうかご堪能してください」


 投影機から光が灯されドーム全体にキラキラとした星が生まれる。中にはギラギラと眩い星も点在し、さらには星団の様なやや淡い光を放つ星星もある。


「ほぉぉ、これは見事だわ」


 この星空の光景を見て明日川が珍しく、感嘆し褒めていた。

ついに、あの明日川を驚かす事に成功したのだ。

それを見た田中が親指を立てて葉華莉に教える。それに合わせて微笑む葉華莉。


「本物の星だ、しかも昔田舎で見た様な光害のない空気の澄み切った場所で見た懐かしい星だ」


「綺麗だ、これを葉華莉達が作ったのか」


 といった声がドーム内から聞こえ、歓声が響いた。


「いやぁ、正直驚いたわ。ここまでとはね」


 手を上げて敗北感を表す明日川。


「主任、お世辞じゃないんですか?」


 今度ばかりは明日川から一本取ったと自信と謙遜を兼ねて、葉華莉は尋ねたが


「お世辞じゃないわよ。スクリーンにラメを使ったり、恒星原板を自作して星団の淡さを表現したり、極めつけは一等級以上をレザーを使ってギラギラ感をだしたりなんて

こんなハイブリット方式は、とても私では思いつかない事だわ」


 見ただけで、この構成を言い当ててしまった明日川。


「主任、いっそ黙ってくれていた方が・・・・・・」


 田中は冷や汗を掻いていた。


「・・・・・・やっぱり主任には適いませんね」


 葉華莉は苦笑いをしていた。

そして田中と葉華莉は互いに含み笑いをして視線を合わせる

その状況を見て明日川は慌てて修正しようとする。


「ほ、本当に思いつかなかったのよ。いや、思ってはいてもその結果がこんなに良い物だとは想像はできなかったのよ」


 明日川としては、これによって部下に自信を持たせたかったのだが、持ち前の自由奔放な性格が配慮を欠く結果となってしまった。


「そうですか」


 田中と葉華莉の気の抜けたしらけた返事はシンクロしていた。


「よし二人がここまでのものを作り上げたことに応えて、明日川さんは課長に昇格。田中君は係長に昇格です」


 明日川は指差して各々に昇格を伝えた。この場を誤魔化すにはもう、これしかなかったのである。


「そんな社長に断りもせず勝手に」


 呆れたようにジト目で明日川を見つめる葉華莉。


「大丈夫、この会社の実権は私が握っているから」


 田中も薄々気付いていたが、そうなのであろう。


「でもこの会社の少人数で昇格と言っても、有り難味がないですよ」


 田中はたった数ヶ月で係長という肩書きを頂いたが、会社が会社だけに何の有り難味も感じなかった。


「何をいってるの!これから名詞に堂々と係長と書けるのよ」


 この笑って誤魔化しているだけの明日川の言葉には、心がこもってはいない。


「ところで、仕事内容はこれまで通りなんですかね?」


 葉華莉は僅かに役職に期待して、恐る恐る質問してみるも

 

「もちろんよ、社長を見れば分かるとおり役職なんて単に肩書きだけだから」


 明日川は最後に、どうしようもないオチを付けてくれた。

田中と葉華莉は課長と係長という、この会社では何の役にも立たない極めてどうでも良い肩書きを明日川から貰っただけである。


「ですよね」


 田中と葉華莉の二人はしらけながらそう返答し、互いを見つめ微笑んだ。

だがこれによってプラネタリウムに、わずかばかりのパラダイムシフトを起こした事は確かだろう。

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