第20話 壁の中の発見

 神社の境内を見学し尽した後、田中が肝心な事を思い出す。


「ところで社長、今日泊まる所ってあるんですか? もしかして日帰り」


「近くにホテルでもと思ったけど、日帰りで帰れない距離でもないからなぁ、どうするかね」


 それを聞いていた葉華莉の父が嬉しそうに


「皆さん、良かったらこの神社から少し離れたところに母屋がありますから今夜はそこで泊まっていって下さい」


 と皆を歓迎する。ここぞとばかりに皆に礼をしたかった様だ。


「え、それは申し訳ないですなぁ」


 社長は社交辞令として遠慮気味に応対したが


「では、遠慮なく泊まらせて頂きますよ」


 明日川は遠慮の欠片も無く即答した。もっともそれも明日川の計算の内だ。

母屋は神社から3分くらい歩いた場所にあり、旅館を思わせるくらい立派で優雅な作りをしていた。


「りっぱなたたずまいですね」


 社長はそう言い、感嘆していた。


「いや、ありがとう御座います。ただ内装は昔の綿壁わたかべがそのままで、一部剥げていたりとおんぼろなんですよ」


 葉華莉の父は謙虚にそう語ったる。


「綿壁って何ですか?」


 田中は初めて耳にする未知の名称に関して、年長者たる社長に質問する。


「昔は壁を綺麗に見せるのに綿壁という繊維質で出来た紙粘土の様なもので壁全体を塗っていたんだ。

当時の流行でナイロンかガラス繊維の様な、今で言うラメみたいなもが入っていてキラキラしてるものもあるんだよ」


「キラキラですか、あれ? 何か大切な事を忘れている様な・・・・・・」


 夜になると夜食を旅館(仮)で頂く事になったが、その準備に葉華莉は進んで手伝い、他の者達も邪魔にならない程度の手伝いをした。

そして夜食を済ませてから、葉華莉と明日川とシーナは用意されたやや広い風呂に一緒に入ることとなった。


「葉華莉さん、良かったわね」


 そういい、明日川は葉華莉の背中を洗ってあげていた。


「・・・・・・これも皆さんのお陰です。私、主任に偉そうな事をいってもやっぱり適いませんでした」


 葉華莉は明日川に対する感謝の気持ちと、自身の実力を思い知り吐露する。


「こらこら、悪い方に潔良過ぎるよ君は。私は上下ではなくてあくまで同僚として見てるんだけどなぁ」


 明日川にとって、葉華莉は友達という意識である。


「同僚だなんて、そんな領域には・・・・・・」


 葉華莉と明日川がそんな会話を交わしている横で長くたなびく髪が湯気で薄っすらと湿り、古風な日本女性を思わせる出で立ちのシーナが桶のお湯をその身に注いでいた。


「ところで、シーナもお風呂に入れるんですか? たしか熱に弱い筈では」


 そのシーナを見て改めて不思議がる葉華莉。 


「内部からの熱には弱いけれど、外部の熱には耐熱効果があるし、あまり動かなければ1時間くらいなら大丈夫よ。それにこういった場もシーナには刺激になっていいと思うの」


 三人でお風呂に入ったシーンを見たいという不可抗力にも近い、特定の天の願望が強かったに過ぎないと思う。


「何故か、皆さんが身近に感じられます。皆さんに衣服というシールドが無くなった為でしょうか?」


 湯気による高温多湿の所為かもしれないが、シーナにもロジックでは答えられない感情が芽生えたということかもしれない。


「なるほど、そういう捉え方をするんだね。成長するコンピューターだから今後どういう思考パターンを作っていくか楽しみだわ」


 シーナの思考は、創造主の明日川でも想定外であった。 


「男性なら裸の付き合いといいますけれど、ロボットでも変わらないのかもしれませんね」


 葉華莉は、シーナの洗練された肢体に見とれながらそう呟いた。  


「それより、田中君とはいい所まで行ったの? なんなら今度は田中君と裸の付き合いをしてみる」


 最早、明日川は近所の余計なおばさんである。


「え! 田中さんとはそんな関係では」


 顔を真っ赤にする葉華莉。


「へぇー、田中君撃沈されちゃったか。なら私が貰おうかなぁ」


 笑みを浮かべてジト目で葉華莉をからかう明日川。

それを聞いて葉華莉は


「え! 主任には久杉さんがいるじゃありませんか」


 と目が点になり、急いで話の切り替えしをする葉華莉。


「君も言うねぇ、そう切り返すって事は少しは気があるって事じゃない?」


 葉華莉へのからかいに拍車が掛かる明日川であった。


「もう、知りません」


 葉華莉は恥ずかしくなり頬を膨らませ、ぶくぶくと湯船に顔を沈めた。

長風呂の後、風呂から上がった葉華莉は、ふらっと母屋を探索する。

そんな中、偶然にも田中と出くわした。


「あれ、田中さん。どうして」


「いや、ここ旅館みたいに風情があるというか面白そうだったんで、ちょっとぶらっとね」


「あ、え、ええと」


 葉華莉は明日川との風呂での会話を思い出し、田中を見て動揺してしまった。


「わ、私は、ここ、ほとんど知らない筈なのに何か懐かしい気がしたので」


 葉華莉はしどろもどろになりながらも、探索していた理由を告げた。


「そうなんだ・・・・・・あれ」


 田中は、葉華莉の後ろの誰もいない暗い部屋に目が行った。


「電気、消し忘れたのかな」


 田中がそう言って、その部屋の電灯のスイッチのヒモを引っ張ろうとした時


「ちょっとまって田中さん、ここにありました」


 葉華莉は慌てて、上の方を見ながらそう叫んだ。


「あ、何か見つけたの?」


 田中が不思議そうに尋ねると


「ええ、星を見つけました」


「星って、部屋の中に星なんて」


 田中は自分の実家に来たことで、何か懐かしい幻でも見たんじゃないかと葉華莉の顔を見るが

視線は相変わらず上の方を向いたままだった。


「でもほら、見て下さい。本物の星と瓜二つですよ」


 田中が葉華莉の見ている方向を見ると、そこはキラキラ輝く星が散らばっていた。


「これ、例の綿壁って奴じゃないかな」


 田中にとってはそれは、特に気にも掛けない様なものだったが、星を良く見る葉華莉の目にはそれが使えるものだと確信した。 


「そうですね。確か社長はラメみたいなキラキラしたものが綿壁に入っているって言ってましたが、この感じ本物の星と変わらない」


 ラメは密集していると、けばけばしさが目立つが個々に散らばると外の光に反射して一つ一つが宝石や星の様に見えるのだ。


「こんなところにヒントがあったなんて」


 葉華莉の心は、自分でその発見を得られた充実感で満たされていた。


「ひょっとしたら、この神社の神様が葉華莉さんの為にアドバイスしてくれたのかもしれないね」


 田中らくしもないキザなセリフだが、田中をこの部屋に誘い葉華莉がそれを見つけたとなれば

あながち間違ってはいないかもしれない。

     

「確か小人の神様のスクナヒコナのみことって言ってましたっけ。主任や社長は宇宙人やロボットとか言ってましたけれど御利益あったのかな」


 葉華莉も今回ばかりは、この幸運さに自分の神社の神様を少しばかり信じるようになった。

そして、その葉華莉の行動力は田中を巻き込んでしまう。


「では田中さん、今から作業に取り掛かりましょう」


「今から? それに取り掛かりましょうって? 道具も何も無いのに」


 唖然とする田中。


「頭があるじゃないですか。まずは、星座の勉強からです」


「う・・・・・・ん」


 それから二人は同じ部屋で一晩過ごす事となる。翌日


「昨日はがんばったのね、二人とも」


 明日川はにやついて、田中と葉華莉に挨拶をして来た。


「はい、がんばりましたよ」


 ろくに寝てないのに元気良く返事をする葉華莉であった。


「それは良かったわね田中君。昨日は二人の布団を敷いたから呼ぼうとしたけど、お邪魔しちゃいけないとおもってね」


 明日川が言わんとする事を理解していた田中は 


「多分、壮大な勘違いをしていると・・・・・・」


 そうであったのなら、田中にとってさぞ満足であったのだろう。しかし真実は違う


「さて、名残惜しいけど帰ろうか? 葉華莉ちゃんは暫くここにいてもいいんだよ」


 社長は葉華莉に気遣うが、やるべき目的が決まっている今の葉華莉にそれは愚問であった。


「いえ、私も行きます。早速作業に取り掛かりたいですから」


 新型プラネタリウム製作に対する葉華莉の情熱は、暑苦しささえ感じてしまう程だった。


こうして葉華莉の親族に暖かく見送られながら、一同は帰路についた。

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