第17話 眩しいプラネタリウム

その後、田中とシーナは明日川から葉華莉が企画している新型のプラネタリウムの製作の手伝いをする様に言われ、外の工作室へと向かった。


「シーナ、この会社の外に工作室なんてあったんだな」


 思えば田中はシーナとは久しぶりの会話となる。シーナは基本、皆と仕事をする事より事務をベースに人間の嫌がる雑用や家事までこなす

影の万能ロボットとも言えるから、人との直接的な連帯活動はあまりない。


「はい、様々な工具と資材がおける様に会社に隣接している倉庫を改造したものです」


 その工作室は小さな町工場程度の大きさだった、大型のシャッターがあり見た目は倉庫そのものだ。シーナはそのシャッターの横にあるドアを開けた。


「あ、田中さん」


「よぅ、田中君」


 葉華莉と伊藤社長が、田中の到着を待ちわびていた様だ。

彼らの後のマジックボードに図面や考案を書き記した後があった。


「あれ、社長も手伝いですか?」


 田中は普段だらけている伊藤社長がここにいるとは思わなかったからだ。


「はは、たまには部下の仕事の手伝いでもしてあげないとね」


 本当にたまにである。


「ここで、あのプラネタリウムを作るの?」


 プラネタリウムといえば、大きなドームが必要と思っている田中は葉華莉に尋ねる。


「ええ、プラネタリウムと言っても20人くらい入れればいい程度の小さな物なんですけれどね。それもまだ企画段階なんですよ」


 笑いながら話す葉華莉。


「最近よく市販されている星がいっぱいあるやつとかあるけれど、ひょっとして葉華莉さんが企画しているのもそういったやつなのかな?」


 それは手頃な価格で何万もの星空が映し出される小型のプラネタリウムの事だ。

しかし彼女から帰ってきた言葉は 


「私のはギラギラしたやつです」


 田中にとっては? 意味不明の何ものでもなかった。そこで伊藤社長に尋ねるが 


「ギラギラって、社長わかりますか?」


「いや、僕にも明日川君にもギラギラの意味を教えてくれないんだよね。そもそも新しいプラネタリウムの開発も、今までにないからという葉華莉ちゃんの勢いに負けて許可しちゃったものだから」


 葉華莉の宇宙に掛ける熱意は、宇宙のソフトウェアとも言えるプラネタリウムに対しても半端なかった。


「仕方ありませんね。社長と田中さんには教えますが、主任には内緒にしておいて下さいね。私、主任をどうしても驚かせたいんです」


 田中と社長は頷き、社長はもう一人の人物にも約束を促す。


「シーナもいいかな?」


「了解しました。社長命令は絶対ですから」


 創造主より、自堕落な社長に服従したシーナ

これにより安心? して葉華莉は話を続ける。

  

「私のプラネタリウムは、丁度今みたいに梅雨時に星を見てみたいというコンセプトで始まりました」


「通常のプラネタリウムは普通の星空とは違い、それとは異なる幻想的な空間をかもし出してくれますが、梅雨時に見たいプラネタリウムは何時いつもの星空を見たいと言う、つまりリアルな星空の再現です」


「リアルな星空?」


 ピンと来ず、口にする田中。


「田中さんは、プラネタリウムの星と本当の星の違いって分かりますか?」


「・・・・・・何処が違うんだろう?」


 頭を捻っても、その違いに気付かない田中に社長がヒントを出す


「田中君。葉華莉ちゃんが言いたいのは見え方の違いだと思うよ。特にさっき葉華莉ちゃんが言っていた言葉にヒントがあるんじゃないかなぁ」


 社長は薄々気付いている様だったが、田中の為を思ってかそれを直接口にはしない様子だった。


「言葉って・・・・・・ギラギラってやつかな」


「そう、そのギラギラですよ。何か気付くことありませんか」


 葉華莉の表情は、初めて田中に望遠鏡を覗かせて感動させた時の様に楽しそうだった。


「それって、またたきってやつだよな。それならこれまでのプラネタリウムでも星を点滅させれば簡単に出来るし、違うよね?」


「ええ、またたきとギラギラは違います」


 少し残念がる葉華莉。そこで既に答えが分かっているであろう社長が更なるヒントを田中にそれとなく伝える。


「ゆらゆらと星が揺らめくのは大気の揺らぎの所為だよね。星が揺らめくことでリアルな星を再現するというのでは無いとしたらなんだろうなぁ」


「・・・・・・」


 余計困惑したのか沈黙してしまった田中。その様子を見て仕方なく葉華莉は次の例えを話す。


「星が揺らめくギミックは当然の範疇です。現在のプラネタリウムに足りないのはギラギラ感だと・・・・・・。そうですね。テレビの映像に慣れ過ぎた人では難しいかもしれませんが」


「では、テレビの映像と本物の違いって何処だか分かりますか? 立体的とかは抜きにしてですよ」


「ハイビジョンが当たり前になってから、実物との区別と言ってもねぇ。田中君分かるかい?」


 そういいながら、田中の様子を伺う社長。


「立体的なところ以外でねぇ・・・・・・そうか分かったぞ」


「何ですか、田中さん!」


 今度こそはと思った葉華莉


「本物は虫メガネで大きく拡大できるけど、テレビでそれやると色のモザイクが見えてしまう」


 田中のそういう観点は必ずしも間違いではないが


「・・・・・・確かにそうですけれど、私が期待しない斜め上の観察力は優れていると思いますよ、田中さん」


 駄目かもしれないと思いながらも葉華莉は田中に答えを出してもらいたくて必死だ。それも田中との信頼関係が深くなった所為なのだろう。


 そして一方で、立て続く不正解に疲れ思わず背伸びをし、天井を見る田中。その時、田中は照明の光を見て目を逸らしてしまった。


「うわ、この部屋の天井って眩しいタイプのLEDを使ってるんだ?」


「はい。妥当なものが無かった為に、天井には安価なLEDを改良して取り付けてあるんです」


 シーナがこの取り付けに関わったのか、そう説明してくれた。


「全く、こんなに眩しいんじゃ目によくない・・・・・・眩しい?・・・・・・!、分かったぞ、葉華莉さん」

 

 偶然は時にノーベル賞級の大発見をもたらす。今回の田中の発見はノーベル賞には当たらないが

 

「眩しいだ! テレビでは調節かなんかで眩しくさせてないんだろうけれど、それがリアルさを損ねてるんだろうな」


 新しいものを自力で見つけた喜びに歓喜した田中。


「お、おめでとう御座います。大正解です、田中さん」


 そして、思わず涙ぐむ葉華莉であった。


「そう、その眩しい星の光こそリアルな星なんです。プラネタリウムもそうで、その眩しさ、つまり輝きが無いんです」

 

 眩しいと言っても星の場合、目をつぶると言ったものではなく葉華莉のいう輝きという表現が適していると言えよう。


「でも、どうやってそんな光を作るんだい葉華莉ちゃん?」


 社長が尋ねる。    


「そこなんですよね。一番簡単な方法は、ある程度高出力のレーザーポインターでスクリーンに照らす方法ですけど。星の数に合わせてレーザーを作らないといけないのと、スクリーンに当たった光は確かに輝きはあるのですが、明る過ぎて周りまで明るくなってしまうんですよ。だからと言って出力を落としてしまうと、輝きが無くなってリアル感が無くなるんですよね」


 葉華莉はリアルな星のプラネタリウムの構想は持っていても、実現へは困難を極める事を自覚していた。

そんな葉華莉に田中はひらめきの切欠となった天井を見つめて提案する。


「なら、この天井の照明みたいにスクリーン全体にLEDを付けて星の代わりにするってのはどう?」


「田中さん、私が期待しない斜め上の発想力も本当に優れているんですね。LEDだとレーザー以上に周りが明るくなってしまいます」


 輝きという切欠は与えてくれても、それだけでは駄目だという事を学んだ田中。


「そうか、残念だなぁ。社長も何かアイディアありませんか?」


 万策尽きて、社長に救いを求めた田中。


「そうだなぁ、ならスクリーンに穴を開けて外側から光を差し込ませるというのはどうかな」


 彼から出された案は、年長者の割には幼稚な様に思える


「社長、それ子供の発想ですよ」


 故に田中からもこの言われ様だ


「いえ、それそんなに悪くないですよ」


 しかし葉華莉の意見は違っていた


「マ、マジ」


 田中は口をいの字にして驚く


「はい、真っ黒にしたドームに穴を開けて光を差し込む様にすれば、その光は本物の星の光と変わらなく見えますよ。丁度ここに黒いボードがあります」


「これに小さい穴を開けますから、それをあの眩しいLEDにかざして見て下さい」


 葉華莉は近くにあった電動ドリルで器用にボードにいくつか穴を空け、それを田中に手渡した。


「どれ・・・・・・」


 田中が下敷き程度の大きさのボードを天井のLEDにかざすと


「あっ、確かに星みたいに見える」


 黒いボードの小さな点からこぼれる光が、まるで星の光の様に輝きを放っていた。


「でしょ」


 葉華莉は、その結果がさも当たり前かの様な仕草をする


「社長、俺、初めて社長を尊敬しましたよ」


 そして社長に、敬意とは程遠い事を告げてしまう田中


「いや、僕もたまには会社の役に立たないとね」


 しかし、新人の田中に馬鹿にされても大らかな冗談で返答する伊藤だった。


「でも、この方式だと球状のプラネタリウムでも作らないと半球の止まった星しか再現できないよね」


 伊藤は田中が手にしていた穴の空いたボードを手にとって、その問題点を語った。 


「ええ、リアルという観点では優れていますがそれが欠点です。それに、なるべく投影式で作りたいですから」


 葉華莉は社長に言われるまでもなく、既にこのタイプのプラネタリウムの問題点も理解していた。


「でも一応、保留と言う形で取っておいたらどうかな。コクピットに入る様な一人プラネタリウムなら球形でも無理ではないでしょ」


 巨大ロボット好きの伊藤社長にとっては、全天球型コクピット感のあるプラネタリウムの方が好みなのかもしれない。


「そうですね。それに、その一人プラネタリウムって面白そうですよ」


 しかし、意外にもその提案に乗ってしまった葉華莉


「いいねぇ、その全天球型コクピットに乗り込んでみたいなぁ。ぜひ作ってよ」


 そして、つい本音が出てしまう伊藤。プラネタリウムはどうでも良かったのね。


「それはともかく社長、新しいプラネタリウム作りに専念したいので仕事は暫くこの開発だけに専念させてください」


 葉華莉が仕事で自分の好きな事を優先したのは初めてのことだった。これも田中の自由奔放な雰囲気に影響された為であろうか。


「とは言っても、ずっとという訳には行かないからどれ位の期間が必要かな?」


 社長としては当然の意見であろう。


「試作品レベルでいいので、2、3週間位は頂けると助かります」


 普通の企業なら、最低2、3ヶ月は欲しいところだ


「2、3週間なら田中君もそれに付きっ切りで協力してあげなよ」


 田中が貢献できるかは分からないが、ただでさえ少ない人員を葉華莉の為に社長は割いてくれた。 


「納品とかの外回りの仕事は僕達がやっておくから、二人ともがんばってね」


「ありがとう御座います、社長」


 これまでにない笑みを浮かべて、快活に伊藤社長に礼を述べる葉華莉


「そうそう、さっき明日川君から聞いた怪しい男性の事なんだけれど」


 伊藤は視線を下にしながら頭を掻き例の男の事について話そうとしていた。


「何か分かったんですか、社長?」


 例の男について以前から気になっていた田中は社長に詰め寄る。 


「社長、その事はまだ・・・・・・」


 しかし、シーナが突然間に入ってきった。


「あ、いや。もう少し調べる必要があるかなぁ」


 社長は途中まで何かを言いかけたが、シーナと視線を合わせるやいなやそれを強引に止めた。


「そうですか、とにかく不審者に進入されない様に気を付けないといけませんよね」


 葉華莉は今の作業の構想に忙しく伊藤たちの方に視線を合わせず、資料を見ながら淡々とそう答える。 


「そ、そうだね。明日川君とも再度それについて相談しないとね」


 社長はそう言い、何かを思い出したかの様にシーナを連れて、そそくさとその場を離れた。


「さて、怪しい男性の事は社長達にお任せするとして。田中さん、私達はいろんなアイディアを搾り出しましょう」


 何かに情熱的になると心配事があっても他の事は目もくれない葉華莉

しかし、この後そんなことも言ってられない事態が葉華莉の身に起こってしまう事など、当の葉華莉には知る由も無かった。


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