第16話 光とエーテル

 雨がしんしんと降り注いでいるある朝のこと、◎研究所の入り口の前で二人の何気ない会話が始まる。


「おはよう、葉華莉さん」


「おはよう、田中君って雨の日はレインコートを着てくるんだね」


「車持ってないしバスだとめんどくさいし、自転車が一番手っ取り早いからね」


「そうだ田中君、自転車通勤だったんだよね」


 田中の初期設定(田中の移動手段は自転車)をすっかり忘れていた葉華莉であった。 


「それにしても、葉華莉さんってかっぱって呼ばないんだな。日本人ならかっぱでしょ?」


 どうでもいい話への切り替えしが巧みな田中 


「でも、かっぱって、妖怪のかっぱみたいで何か違和感を感じますよ」


 大半の子供たちの違和感を代弁する葉華莉


「かっぱって名前はそれが由来じゃなかったの? 水に関係しているしさ」


 大半の子供たちの認識を代弁する田中


「うふ、違いますよ。かっぱは外国語で、あるコートの種類の名前です」


 かっぱ疑惑は葉華莉のうんちくで完結してしまった。


「そうなのか、てっきり俺、かっぱは日本語かと思ってたよ」


「でも、私も小さい頃はそう思ってましたよ。みんなが由来も分からず疑いもなく、かっぱ、かっぱと言うものだから妖怪のカッパが起源なんだろうって」


 こういった誤解が生まれる原因の大衆迎合は民主主義の欠点であると言わざる得ない。


「そうだよなぁ、日頃の当たり前ってのは結構思い込みが多いのかもしれないな」


 田中が言う、この思い込みが今回の話のテーマとなる。


「それはともかく、こないだ会社に入る途中で会社の前で怪しい男を見かけたんだけれど」


「男の人?」


「中年で葉華莉さんの事を聞いてきたけれど、今覚えば明日川電機の回し者かもしれないな」


 明日川弟との一件があった為か、明日川電機に対する目が厳しくなった田中であった。


「健一さんなら主任に合いにたまに来ますけど、会社の人が単独でここに来る事は今までありませんね」


「でも別の策でも考えてるのかもよ、あいつは久杉以上に苦手だ」


 田中にとことん嫌われた明日川弟


「随分仲がいいわね」

 

 二人の長話に茶々を入れに来た明日川。決してお茶の差し入れに来た訳ではない。


「主任、こないだ会社の前で怪しい人影を見かけたって田中さんが」


「怪しい人影ねぇ・・・・・・監視カメラがあるから後で確認して見るわ。とにかく今日も朝からお勉強の時間よ」


 明日川は、何か心当たりがある様な素振りをしていた。

そして、今更言う事も無いが何時もの自称狭い教室での、いつものメンバーでのレクチャーが始まる。


「今日の授業は、波から始まる空間とは何ぞやだよ」


 明日川が唐突にそんな事を言い始め、田中は理解に苦しむ。無論、誰でもそうであろう。


「丁度外は雨で、その雨には二つの波が隠されています。葉華莉さん分かりますか?」


「雨音と波紋ですね」


 こんなの即答で答えられるのは、葉華莉と質問した明日川くらいである。田中は蚊帳の外だ。


「そうです、おまけにそれぞれ音の縦波と水面の波の横波を有しています」


「ちなみに縦波と横波ってどういうものか分かりますか? 田中君」


 縦波や横波など日頃全く活用する事も無い故、田中にとっては


「何だっけかなぁ、縦波は点々みたいなもので横波は渦巻いた波ですか?」


「雨粒と水滴が作る波紋のイメージだけで考えましたね。全く違いますよ」


「でしたか」


 という結果になる。もちろんこれは明日川の狙いで、これまでもそうであった様に

分からない事を自身で改めて認識させる為にだ。

また、無駄な知識が無い方が先入観がなく覚えやすいからという確認の為でもある。


「分かりやすく言えば縦波は空気の玉突き事故の連発で、横波は交差点での横からの巻き込み事故の連発みたいなものね」


「酷い例えですけれどイメージ的には分かりやすいです、明日川先生」


 田中に限らず物事を覚えやすくするには、何事も強いイメージがある方がいい。


「縦波はビリヤードの玉突きやドミノ倒しみたいに具体例が出来るから分かりやすいんですけれど、横波はちょっと分かりにくい部分がありますよね」


「なら、横波を連結したシーソーに例えるならどうかしら葉華莉さん?」


「連結したシーソー?」

 

 しかし葉華莉をもってしても、それだけではいまいち掴みにくいイメージであった。


「シーソーを何台も繋げていっていって手前のシーソーを上下に動かすと、一番遠方のシーソーも連動して上下に動くというイメージよ」


 つまり、片方が上向くと相手側が下がりそれが連続していくというものである。   


「そう考えると、横波って揺れているだけで前に移動しないんですね」


 ここに来て田中も横波のイメージがつかめたようだ。


「そうよ。縦波は前方に対して玉突きの様に間に隙間があったりすると起こるけれど、横波は逆に前方に対して隙間が少ない場合に横にズレてそれが連続して伝わるものだから」


「そうそう田中さん、光も波なんですよ。その波の特性故で泉さんの所で作っているレンズのコートが活用できるんです。特定の波、即ち波長を反射したり吸収したりして」

 

 葉華莉から行き成り光が波とか、レンズのコートの活用などと言われても、ちんぷんかんぷん状態の田中である。そこで明日川が秘密道具を取り出した。


「葉華莉さんが言っているコートとは違うけれど、光の横波はこういった特性よ」

 

 明日川はA4サイズの、四角い透明なプラスチックの板を自分の顔を前に手にしていた。

それは一見、何の変哲も無い様に見えたがそれを回すと背面の明日川の顔が暗くなった


「それ、何かで見たことある。確か偏光とか言ってたっけかな?」


「その通り、偏光よ田中君。じゃあ、何故その偏光が起きたか分かるかな?」


 正解した田中だが、原理を知らずして真の回答が出来たとは言えないだろう。


「さっぱり、分かりません」


 完全敗北した田中に代わり、葉華莉が説明する。


「それは光には、さっき習ったばかりの横波の特性があるからですよ。横波と言ったらそのまま横にしか動けません。もし、その横に対して障害物があったら、そこにぶつかって進めないと言う事ですからです」


「?」


 葉華莉の説明では分かり辛いと思ったのか、明日川が救いの手を出す。


「まず、光の横波から整理しようか。・・・・・・とりあえず光を剣道で例えるとします」


 光と剣道? 全く繋がりがない様に見えるが


「剣を振るのに上から下に振るのと、横から振るのと、ついでに斜めからも振ることが出来るのは分かるわよね?」


「わ、分かるけれどそれと光にどんな関係が?」


「まあ、いいから聞いて田中君」


 明日川の話が明後日の方向に行っている様に見えるのは当然だろう、だが明日川はより丁寧に話す。


「剣を振るのに更に細かく指定して、少し斜めから振ったり、下から上に振ったりしていったら角度を少し変えるだけで無限の振り方があるとは思わないかしら?」


「そりゃ、そうですよね。角度調節できるなら」


 最早、光の話などではない様に見えた、


「実はこのプラスチックの板には目には見えないけれども線というか、横に細かく溝が刻まれいてね。そのお陰で、振ってくる剣を一しか通さないように出来ているのよ」


「つまり、光と言う無限の剣は振られているけれども、横波の特性として一つの剣しか通さない様になっているの」


「それって、溝が邪魔して他の剣が通れないという事ですか?」


「そうよ田中君。だから私の顔が暗くなったのね」


 こうして偏光の原理を理解できた田中であった。遠回りな説明だが、生徒が理解しているかも分からずに教科書に書かれているだけの説明をして放って置く教師よりかは

何倍もマシだろう。 


「そうなんだ。でも光がその波で伝わるなら、音みたいに空気の玉突きみたいので伝わっているのかな」


 最近では変な所によく気づくのも、田中の定番となっていた。 


「田中さん、空気の玉突きって・・・・・・光は真空の宇宙でも伝わりますよ」


 よく気づく田中の反面、良く考えない田中も定番となっている。それをフォローするのは大抵、葉華莉の役割というのも最早定番だ。


「でも代わりに何かないと伝わらないんじゃね?」


 ああ言えばこう言う田中だが、ここからが主題である。


「田中君が言う通りで天才マクスウェルを始め昔の人は、エーテルというものが空間中にあってそれが光(電磁波)を伝える媒体となっていると考えていました」


「じゃあ、正体はそのエーテルって奴なんだ」


「田中君、仮にそうだとしたらそのエーテルって空間にどの様に存在しているのかな?」


 実は明日川の言った、この「どの様に」次第で現代物理など簡単に崩壊するのである。


「それは、空間のどこにでもエーテルって奴が充満しているって事でしょ?」


 田中の考えている充満とは、この宇宙はエーテルがぎゅうぎゅうに詰まって微動だにしない状態の事だ。


「エーテルが空間に充満しているという事は、私達はその間を常に突き抜けているということよね。なら、動きながら放った光に対してエーテルは後ずさりしないものかしら?」


「明日川先生、良く分からないよ」


 田中には少し難しすぎたので、手の平を向けてさよならをする明日川?


「うわぁ、俺は馬鹿だから主任にさよならされたよ」


 嘆く田中であったが


「違いますよ、田中さん。主任、それ残像って意味ですよね?」


「流石ね、葉華莉さん」


 明日川のさよならのジェスチャーは葉華莉だけには理解していたようだ。


「どういうこと?」


 田中はきょとんとして尋ねる 


「つまり、こうして手を振ると残像みたいになるでしょ」


 明日川の説明にうんうんと頷く田中。


「この残像は目の錯覚だけれど、エーテルが本当に存在するなら空間に残像によるズレが現れるということよ」


「ああ、なるほど。漫画やアニメとかで見る、スピード出した時にビューンと引き伸ばしたあれですか」


 自己解釈で納得した田中。


「そう、あれよ。で、昔の人もそう考えていてね、実験を行ったのよ」


 田中に理解してもらう為に適当に相槌を打つ明日川。田中の自己解釈でも当たらずとも遠からずなのだろう。


「主任、あの有名なマイケルソンとモーリーの実験ですよね」


 宇宙の事が好きな葉華莉は、この手の話も好きな様だ。


「流石に葉華莉さんは、知っていたわね。じゃあ、後の説明をこの分野が得意な葉華莉さんにお願いするわよ」


 こうして明日川は横に移動し、葉華莉が代わって教壇に立った。


「19世紀にマイケルソンとモーリーという人は、光を使って地球の公転速度とエーテルとのズレを観測しようとしました」


「地球が太陽の周りを回る公転速度は、秒速29.8キロメートルありますから音速に換算するとマッハ 89です」


「一方、光の速さは秒速30万キロありまして、こちらを音速に換算するとマッハ88万です」


 後ろのマジックボードに書いて熱弁を振るう葉華莉。ちなみにマッハとは音速の事で一秒間に約340メートル進む。

ただ、その数値が桁外れ状態なので田中は理解と言うより凄いという感覚で傍聴していた。


「その差は約1万倍もあるんですが、エーテルとのズレを測定するには可能な範疇です」


「実験は、東西南北に光を放ちエーテルがあるのなら光の位置がズレると言うことです」


 実際の実験ではマイケルソン干渉計というハーフミラー(マジックミラー)を使った装置を使い、そこに現れるであろう光の縞のズレを測定していた。


「で、葉華莉先生、結果は?」


「残念ながら、ズレは測定できませんでした」


 結果は不可でも、これによりマイケルソンはノーベル物理学賞を受賞した。しかも、予測されていたエーテルが確認されなかったことでの受賞である。

だが、もしエーテルが「どの様に」存在するかだけで科学が簡単に覆ってしまうことも忘れてはいけない。


「でも地球の公転よりも速くエーテルを突き抜けている状態も考えられるんじゃないの? 例えば、銀河系とか大きなスケールで考えれば」


 田中の言うことも最もであろう、しかしその程度の実験は・・・・・・


「だけれど色んな実験をしても、それが見当たらなかったんですよね」


 と、既に行われていたのである。


「うーん、残念」


 そう言いながら、天井を見上げ両手を後頭部に当て背を逸らす田中。


「つまり、これでエーテルが空間に存在しないものと確定されてしまった訳です」


 こうして葉華莉のエーテルの説明が終わるかに思えた時だった


「意義あり、神道先生」


 明日川がにやついて、葉華莉に意義を申し立てた。


「あ、主任。何処がですか?」


 葉華莉はどうせちょっとした所の修正だろうと思っていたが 


「それは、この全宇宙に微動だにしないエーテルは存在しなかったと言う実験結果結果ですよ」


 微動だにしないエーテル、それが明日川の言いたかった「どの様に」という状態を指していたのだ。


「ええぇ! これでエーテルが無くなったんじゃないんですか? 第一、現在にエーテルなんて話を持ち出したら学説が全て一変してしまいますよ」


 明日川に呆れて、現代科学をひたすら擁護する側の葉華莉。


「いいじゃないの人の作った学説なんて作り物は。科学で重要なのは自然の本当の姿、原理よ。第一この実験方法で見落としていて、或いはこうだと決め付けていて今だにやっていない実験方法があるから」


 明日川はたまに田中と似通った行動をする。頭の出来は違えども二人とも物事を覆したいと言う性格が同じなのだ。


「そ、そんなのありましたっけ?」


 動揺する葉華莉


「そのヒントは、地動説と天動説よ」


 言うまでも無いが天動説とは地球を中心に宇宙が回る説であり、地動説は地球が太陽の周りを回っている説である。

人類がパラダイムシフトを起こした出来事の一つだ。


「主任、分かりませんよ」


 葉華莉の頭をもってしても理解できなかった。


「なら、大ヒント。昔の人はどうして天動説が正しいと勘違いしたのでしょうか?」


「それは、太陽や月が地面に対してぐるぐる回っているからでは?」


 これは葉華莉の答えだ。


「えーと、地面が丸いとは思えなくて地平線の先は奈落の底だと思っていたから」


 これは田中の答え。


「そうですよね。ただ地球が丸いことはかなり昔から知られていて、それでも天動説が正しいと信じられていたんですよ」


「その例としては、地球は24時間で一回りするけれど音速にするとマッハ1.4もあるんですよね。そんな速度で回転しているのなら、人も家も全て後方へと吹き飛ばされてしまうでしょ」


 天動説は古代の天才アリストテレスやプトレマイオスといった天文学者がそう唱え、結果的にその学説が千年以上も続くことになってしまった。


「でも、重力があるからそんな事にはなりませんよ。重力と一緒に人も物も一緒に動いているんですから」


 葉華莉が最もな事を述べた。そう重力の存在である。


「人類は、その重力に気付くまで随分な時間がかかりました。でも、これってエーテルとおなじ間違いを犯してないかしら?」


 エーテルに関しても天動説と同じ事様な事を繰り返しているのかもしれないと、明日川は言いたいのだ。


「つまり、エーテルも重力と共に動いていると言うことですか?」


 葉華莉も納得せずとも、明日川の言わんとしている事が分かった。


「そうよ。でも、その様なタイプのエーテルを見つける実験をしてはいないからそうかもしれないという段階ね」


「そんな実験なら、現代の科学なら簡単に出来るんじゃ」


 そんな事を質問する田中。彼もなんとか二人の話について来れた様である。 


「いえ、一度もやってないのよ。そもそもエーテルは光の媒体で横波となると非常に硬い剛体と考えているから一緒に動くなんて事は想定外だから」


 横波となる要因は、隙間無くまた元に戻る復原性が高くないといけない。


「なら、主任はどういったエーテルを考えてるんですか?」


「田中君なら、これまでの結果からどんなエーテルを考える? 自由な発想で教えてくれないかな」


 自分の答えを出す前に、素人の田中の答えを聞きたい明日川。


「多分水みたいなもので、地球にへばり付いてるんじゃないのかな」


 一瞬鋭い目つきになった明日川。最大の欲する答えが彼の口からもたらされたからだ。


「私もそう思うわ、流動的なエーテル。しかも自転と共に回転しているエーテルね。そもそも流動的なエーテルなんてある訳無いという決めつけから、想定も実験もいまだにされていないけれど」


 流動的なエーテル、これに対してマイケルソンとモーリーの実験では宇宙に固定されたエーテルを見つける為の実験である。

つまり、その様なエーテルは否定されたが流動的なエーテルは実験で証明されれば確定されるのだ。


「主任、それが地球の自転や公転に対してエーテルのズレが起きない原因だとしても、高度が上がって地上の重力が弱まればズレが起きると思いますよ」


「今、葉華莉さんから一番欲しかった超ストライクの質問を頂きました」


 葉華莉からその事を質問される事を見通しての計算ずくの明日川


「ど、どういうことですか?」


 明日川の術中に嵌ったのかと焦りを隠せない葉華莉


「葉華莉さん、そのズレが仮に起きるとしたら何が原因のズレですか?」


「エーテルを引きずるとしたら、一番影響されるのは地球の自転からですね。ズレがあればですけれど」


 葉華莉は自分の意見が正しいと勝ち誇った様に、皮肉って答える。


「ズレはあったのよ」


「え? でも一度も実験なんてしてないんですよね」


 意外な答えが返ってきて、その事実を知りたい葉華莉


「ええ、エーテルを見つける為の実験はしていないけれど、2011年5月9日にNASAのGP-Bという名の人工衛星によって一般相対性理論を確認する実験をしたのよ。

そこから時空のゆがみからのズレと言える現象が検出された事があったわ」


「宇宙に詳しい葉華莉さんなら知ってるんじゃないかな?」


 これは実際にNASAで行われた実験である。


「確か遠い星の見える角度が、僅かにずれてそれは地球の自転の生み出した時空の渦のズレによるというものなら聞いたことがあります」


 天文の事なら、その探究心に際限の無い葉華莉 


「そうね今回は一般相対性理論の計算からズレを導き出したけれど、このズレの本当の原因が地球の自転でもたらされたエーテルの渦によるものだとしたらどう?」


「そもそも一般相対性理論はエーテルがあっても矛盾しないのよ、ただその原理にエーテルがあるかもしれないという事だから」


 この結論に口をへの字に曲げる葉華莉


「主任は、私が学んだ事を根本から否定するのが好きなんですよね。仮にそうなったら私が今まで学んだ事が全て無駄になって虚しくなります。それに主任から異論を突きつけられる度に、私ビクビクしちゃいますよ」


 最早、明日川という猛獣に脅える可愛そうな小動物の葉華莉であった。


「いやぁ、別に悪気は無いんだけれど、余裕を持って色んな可能性を色んな実験でもって確認したらいいかなぁって思ってね」


 明日川は葉華莉に言い過ぎた事に対する反省の弁を述べる。


「余裕を持つのは大切ですよね。俺なんか途中から付いていけなくて、焦りから余裕に相転移しましたよ。相転移って意味もよく分かりませんけれど」


 一方、やはり話しに付いていけなかったらしく意味も分からない言葉を連発していた田中


「ごめん、田中君。後で予習してあげるから」


「でも、残業は遠慮しますよ」


「はい、はい」


「ということで、今日の授業はこれで御仕舞いです」


 と、明日川が閉店しようとしていたら


「主任!」


 突然、葉華莉は普段聞かない大声で明日川を呼び止めた。


「な、何かしら葉華莉さん?」


「私、何時か主任を追い抜きたいです」


 葉華莉は、明日川に対してライバル心とも言える鬼気迫る勢いを見せていた。


「そ、それは頼もしいわね。がんばってね」


 葉華莉に気迫負けしたのか、少したじろぐ明日川。


「頑張ります」


 そういい葉華莉は、きびすを返して部屋を出て行った。


「明日川主任って、どこか意地悪気質がある様な気がしますよ」


 部屋に残った田中が、珍しく明日川に警告した。 


「私、少しひねくれてるかも。でも、それが私の発想の源だし仕方ないよね」


 明日川は自分でもその性格が分かっているのか、開き直ってそう告げた。


「・・・・・・はい」


 ピントの合わない瞳で葉華莉の残像を見つめ、立場上諦め半分でそう返事をするしかない田中であった。



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