第15話 明日川姉弟

 その昼の休憩時間、田中は休憩室で一人テレビを見ていた。

一方、葉華莉は外食して会社にはいなかった。

田中が視聴していたのは、毎回世間で活躍している人物を紹介するテレビ番組だ。

そして若い女性の司会が、ある人物を紹介していた。


「今日のゲストは、弱冠26歳で世界的に有名なあの明日川電機の社長となり、数々のオートメーション化をもたらし経済界からも注目のホープの明日川健一社長です」


 ブランド服と派手な装飾で着飾った男がそこにはいた。


「ふーん、俺より4つ年上で大企業の社長ねぇ。どうせ、世襲で自動出世したクチだろう。同じ明日川でもうちの主任とは比較にもならないだろうなぁ」


 確かに田中の言う通りだが、その口ぶりにはひがみも感じられる。


「聞き捨てならないなぁ、おまえ」


 突然、聞いたことも無い男の声が田中の後ろから聞こえた。いや、聞いた事が無い訳ではない今さっきテレビで聞いた声と瓜二つだったからだ。


「あっ、なんだよあんた・・・・・あっ、今テレビに出ている社長」


 そう、そいつは今テレビに出ている明日川健一そのものだ。田中はおもわず相手の男に指差した。


「そいつは、録画放送だ。それより姉貴はいないのか?」


「はぁ、誰だよ姉貴って?」


 田中は明日川という苗字から、主任が親族と考えなくもなかったが、彼のその粗暴な立ち振る舞いは疑うには十分過ぎた。

 

「誰って明日川枝留香に決まってるだろ」


「はぁ、明日川主任がお前の姉だって!」


 田中は信じたくなかったが、事実を告げられ驚きは隠せなかった。


「誰がお前だよ。明日川電機の社長に向かって何様だ、お前」


「俺は、田中様だ。大企業の社長だからって偉そうにしてんなよ」


 屁理屈ですらでなくても、不当な権力には断固として戦う姿勢を見せる田中。


「田中・・・・・・しゃくに障る苗字だぜ」


 田中という苗字を妙に敵視する明日川弟。しかし、田中と明日川弟の性格は気に入らないものに対しては直ぐに突っかかるという似たもの同士であった。


「こらこら、二人とも何やってんのよ」


「主任」


 明日川姉が頭を掻きながら、呆れたものを見るかの様に仲裁に来た。


「姉貴」


「また来たの健一?」


 明日川姉の言葉から察するに、弟は迷惑な常連客らしい。


「姉ちゃん、いい加減うちの会社に戻って来いよ。今度よ、俺の会社でも電気売る事になって火力発電所も作ったんだぜ。

しかも、こんな所で作っている様な太陽光とか貧弱なもんじゃねぇし、海外の会社と提携して資源の輸入から発電まで全て自社生産。どうよ?」


「それは、凄いわね」


 弟の熱烈な誘いに、棒読みの明日川姉


「だろ、それに今や俺が社長なんだから、姉ちゃんが来たらどんな役職でも就かせてやるぜ」


「社長は何でもできる訳ではないわよ。むしろ、自分を殺さなくちゃいけない時もあるしね」


 弟の傲慢な姿勢を心配して、忠告を促す明日川姉


「そなんことはねぇよ。時間だってこうやって自由に取れるし、社員の採用だって俺の好みで好きに出来るんだからよ」


 しかし、そんな事も気にせずに姉のスカウトに専念する弟


「はぁ、取り合えず今はこの会社でやるべき事があるから戻れないわね」


 こんな事が毎度の事なのか、明日川姉はため息をついてそう言って弟を追い払おうとしていた。


「あの胡散臭い永久機関の開発かよ。やめとけって、俺だってそんなの出来ないことくらい知ってんだからよ。それより会社に戻って手伝ってくれよ」


「姉ちゃんの頭がありゃ、日本の電気を俺の会社が独占するのも夢じゃねぇ」


 どうしようもない弟だが、姉枝留香の実力は熟知している様だった。


「まぁまぁ、健一君。彼女はこの会社にとっても重要な存在だから出て行かれると困るんだよね」


 明日川弟の傍若無人振りに、社長として最低限の対処をする伊藤。


「はぁ、伊藤かよ。お前らさえいなければ、姉貴は辞めさせられることも無かったんだぜ。そうだな、姉貴が会社に戻ってくれるなら、ついでに伊藤、お前も戻してやるよ

清掃係の便所掃除専門を退職までな」


「おい、いい加減にしろよ、お前。いくら主任の弟だからって、言ってっていい事と悪い事があるぞ。第一ここは、伊藤社長の会社だお前は部外者だろ」


 そのあまりにも失礼極まりない明日川弟の言動に、田中の怒りが炸裂した。


「ああっ、やるってのか」


 もはや、手足が出る一発触発の状態。


「田中君、止めて。今日は帰って健一」


 枝留香は田中の肩を叩き、普段絶対に見せない表情で弟をにらめ付けて弟を牽制した。


「わ、分かったよ、そう怒るなよ姉ちゃん。でも、また誘いに来るからな」


 明日川弟は、さっきの勢いとは裏腹に背を返し寂しそうに背を丸め会社を出て行った。


「・・・」


 枝留香は寂しい眼差しで無言で弟を見送った。


「ふぅ、でもまさかあの健一君が社長になるとはね。おまけに火力発電所まで作ったとは随分活躍してるじゃないの」


 明日川弟を良く知っているのか、伊藤は彼から散々な事を言われても庇う姿勢を見せていた。


「期間的に言っても、古い発電所を買い取って改築しただけだと思うわ。弟の頭の中ではどちらとも同じ意味なんだろうけれど」


 しかし枝留香は、弟を庇う姿勢を全く見せなかった。


「でも、りっぱじゃないかな」


「単なる傀儡ですって。父が倒れてから上層部のいいように利用されているだけですよ」


 伊藤からの配慮も事実を知っている枝留香からしたら、気休めにもならなかった。


「そ、それより、主任があの明日川電機の、つまり明日川家の家族って事?」


 一騒動終わった後で落ち着いた田中は、改めてその事実を問いただす。


「うん。家族ではあるけれど袂を割った様なものね。それで、あの会社を首になってここで働く様になったのよ」


「何か、複雑な事情がある様なので深くは聞きませんけど伊藤社長も関係していたみたいですね」


 伊藤は頭を掻き、笑いながら


「ああ、僕もあの会社で働いていたけれど首になってね」


 能天気そうなこの伊藤はともかく、優秀で親族の明日川さえ首になったと言う事実を受け

田中の明日川電機に対するイメージは一つしかなかった。


「つまりあれですよね。明日川電機はこの会社にとって敵みたいなものだと」


「そうね、ライバルというより間違いなく敵ね。創立者の祖父の理念が全く消えた、利益に飢えた亡者達が集う伏魔殿よ」


「・・・・・・」


 普段の明るいイメージからかけ離れた並々ならない枝留香の明日川電機への憎悪とも言える言動に田中は言葉を失った。

しかし、健一と名乗ったガラの悪い明日川の弟を見るに今の明日川電機の有り様が理解できなくも無い田中であった。


「それにしても思わずさっき習った同位体の事をを思い出しました」


「同じウランでも使えるウランと使えないウランがあるって。主任の弟はその中の・・・・・・いや、ごめんなさい」


 田中は、途中まで言い出してそれ以上語るのを止めた。流石に家族の悪口を言われていい気分はしないからだ。


「いいのよ、田中君。健一は、バカで愚かな弟だけれど回りに安心できる相手がいないことだけは自覚しているのよ」


「それに幼い頃に母親をなくして、私が母親代わりだったみたいなものだったし寂しいんだと思うわ」


「・・・・・・そうなんですか」


 確かに何度も姉の枝留香を誘おうとした素振りは、自分の会社の為以上に自分の寂しさの表れだと田中にも見えなくも無かった。

しかし、それ以上に明日川姉弟が母親を幼い頃に亡くしていた事を知り、明日川弟を同情すると共に枝留香の強さを田中は改めて知った。

そんな事を考えていた頃、外食に出かけていた葉華莉が慌てた様子で帰って来る。


「皆さん、あの社長がテレビに出てましたよ」


「あれだろ、主任の弟の」


 田中は葉華莉が既にその弟の事を知っているのだろうと思い、社長とはその事を指していたのかと思いきや


「健一さんも出ていましたが、その番組で高富社長も出ているんですよ。それを知らせたくて急いで帰って来たのですが」


「へ、高富が」


 まさか、そっちの社長とは思わなかった田中。


「今すぐテレビをつければまだ見れるかもしれませんよ」


 葉華莉にそう言われ、直ぐさま田中は消していたテレビを付けた。


「お、ホントだ」


 そこには首や耳など高級そうな装飾品で着飾った、更にエレガント高富がいた。


「この番組って、未来を築く若手社長の特集だそうですね」


 田中も見ていたから知っていたとは思うがあえて説明する葉華莉。


「高富社長、最後に一言ありますか?」


「この度、光洋太陽科学様とも共同経営をさせて頂きまして、皆様に更に安く安全で安定できる電力を供給できる事を早く切望しています」


「以上、未来再生エネルギーTAKATOMIの高富社長でした」


 これを見てこないだ会ったばかりの相手が、急に遠くの手に届かない存在の様に感じた田中。

明日川弟の様な見かけだけのまがい物とは違い、彼女は全て実力で今の地位を得たのだから


「あいつとは思いっきり立場が離されたなぁ」


「田中さん、悔しいですか?」


 葉華莉は薄笑いをして、田中の様子を伺った。


「いや、俺は高富みたいに起業とか出来ないし頭良くないから嫉妬は無いけれど、同じ高校に通っていた者が数年で時の人だもんな」


「この才能の格差はどうしようもないから、自分が惨めに思える訳よ」


 謙虚さと言うものを超えて、圧倒的な実力差における敗北感にただひたすら自分を見つめ直さざる得なくなった田中。 


「才能なら田中さんにもありますよ」


 葉華莉から思いがけないお世辞を言われた田中は、にやけながら尋ねる。


「え、何の才能?」


「人を安心させる才能です」


 田中は手を顎に当てて、これまで思い当たる全てを記憶から網羅し選別していた。

そしてその結論として


「あ、そうか俺普通よりより劣っているから、他人を安心させられる才能があったかもしれない」


 と、とことん卑屈な田中であった。しかし、葉華莉はそれを聞いて笑いながら手を横に振り必死に否定していた。

二人のコントを横で聞いていた明日川は、卑屈になった田中に気分転換をさせようとある提案を出した。


「田中君、そう言えば、ここの太陽光発電ってまだ見たこと無かったわよね?」


「この会社の利益の大半は、それで賄えられているんでしたっけ」


「そうよ田中君。一応そういった事になってるわね。気付かなかったかもしれないけれど、バネルが湖に浮いているのよ?」


「それは見てみたいものですね」


 一応という明日川の言葉が引っかかったが、興味と自分の書く小説のネタくらいにはなると思い、田中は行ってみる事にした。 

会社から少し歩き歩き狭山湖に堤防に来た。


「ほら、ここから湖にキラキラしたいかだの様な黒い物体が整然と並んでいるでしょ?」


 田中が目を凝らすとその物体はゆらゆらと揺れている様だった。


「あれがそうか。こないだ来た時には気付かなかったけど結構ありますね」


 遠くから見ると黒いブイの様であり、良く見ないとそこに太陽光パネルがあるとは気付かないくらいの物体だった。


「この狭山湖以外にも野菜工場のある多摩湖に同じ様な物があって、面積としたら全部で20ヘクタールくらいあるんですよ」


 葉華莉がその広大さを説明し


「その合計の発電量は日中で最大一千二百万キロワットあって、およそ三千世帯を年間で十分賄えられる電力があるわ」


 明日川はその出力を説明した。


「ひょっとして、この会社って意外とお金持ちですか?」


 大規模な発電所に比べたら比較にはならないだろうが、それでもこの少人数でこれを所持しているとなると必然的に個々の利益は大きくなるだろうと田中は予測した。


「まぁ悪く言えばそうね。社員は元から殆どいなかったから太陽光モジュールのメンテナンスは私が作ったロボットで賄うしかなかったし

社員に払う給与が限定された分、結果的にお金が貯まっちゃったのね」


 いうなれば、人員不足ゆえのロボット革命がなされた結果である。


「あ、でもこの湖は基本的に都の物ですからちゃんと市に借地料は払っているんですよ」


「それも現金ではなく市に電力料としてです」


 普段いい加減の様に見えても、そのしっかりした◎研究所の経営戦略を葉華莉が語った。


「それで、これまでまともな仕事などしなくても良かったという全てのカラクリが解けました」


 これにより、この会社を安住の地としてい続けられる事を確信した田中であった。 


「でも、湖に設置するなんて意外でしたよ。水辺は辺面で広いから設置も楽なのかなぁ」


 ここで地の利を生かす事を学んだ田中であった。


「その通りよ、だから以前から色んな企業が行っていたの」


「ただ、利点はそれだけではないんですよね主任」


 葉華莉はここだけの秘密とばかりに微笑む


「実は太陽光発電モジュールは熱には弱くてとくに夏場で25度を超えると効率が下がってしまうの」


 明日川が熱というヒントをくれたら、近くに水場があれば答えはこれしかない


「そこで水があれば冷やせると」


「そういう事よ、田中君。夏場の暑い日は湖からパイプを通して水を直接流してパネルを冷やしているの」


「それは以前に習った、蒸発熱っていう現象で冷えるんですね」


 田中は、会社で学んだ知識を存分に振るった。


「そうよ、以前の勉強が役に立ったわね。そのご褒美に、残りの時間は近くの遊園地にでも行って過ごすとしますか」


 田中は子供の様に喜び葉華莉は唖然としながら、明日川のおごりで3人は残りの時間を遊園地で遊び尽くした。



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