第12話 本物に近い偽物の見分け方

 葉華莉の一件がひとまず終わり、数日が過ぎたある朝の事だった。


「よう、少しは慣れたかい新人社員君」


 予期しない来訪者が会社に現れた。正確には、いつか来ることは予想していたが

それが今日だとは田中は思いもしなかったという事だ。


「田中ですよ。最も覚えやすい苗字なんで忘れないで下さい、クヌギさん」


 田中は相手が嫌な奴だと、先輩だろうが知人の恩人だろうが遠慮の欠片も無く辛口となる。


「僕は久杉だよ、君は反射率が良くないね」


 だが、久杉も負けず捻りを交えた皮肉で応戦する。


「反射率って?」


 田中は久杉の言った皮肉が理解できず、とっさに後ろにいた葉華莉に小声で尋ねた。


「多分、自分の事をかえりみろって事ですよ」


 葉華莉は、田中にとっては知らない方が良かった事実を通訳をしてくれた。


「うーん、どうやら俺の言語の屈折率が高かったものでスがズレてしまっていた様です。クスギさん」


 だが、会社での勉強の甲斐があって、覚えたての屈折率という単語を利用して応戦する田中。いわば、反射望遠鏡に対して屈折望遠鏡で対抗した形だ。


「スが屈折してヌになったとは、上手く返してきたね」


 田中の返しの上手さに、笑いながら感心している久杉。


「いえいえ、それより今日は早速、嫌味を言いにこちらに」


 田中は苦々しい口調で久杉を牽制した。ところが 


「実は、君たちに勉強を教えようと思ってね」


 意外な返答が返って来る。


「誰の権限で、何の勉強を?」


 天敵に突っかかる田中であった。


「昔のよしみで伊藤社長に許可を取ってね。特にこないだの僕の礼節を欠いたお詫びとして、君達の大好きな永久機関を持参してきたから、それを検証してもらおうと言う訳だよ」


 久杉の奸譎かんけつな言い回しに、邪推しか感じられない田中と葉華莉。


「とっても胡散臭いです」


 前回の件があって、葉華莉はむき出しの言葉のバリケードを張った。


「なら、そこにいる枝留香......じゃなくて、明日川主任に聞いてご覧よ」


 田中達の後ろには何時の間にか腕を組んで、互いのささくれた会話を楽しんでいるかの様な明日川がいた。


「相変らずだね、クジスギ君。それとも今日は、先生と言った方がいいのかな?」


 つまり、明日川も事情は知っていたという事だ。


「確かに今、9時は過ぎてるけれど余計なが入ってますよ、ジだけに」


 静まった空間。


(枝留香に嵌められたか)


 受けると思ったが、言葉の選択肢を間違えた事を悔やむ久杉。

それを見てに不適な笑みを浮かべている明日川。恐らく前回、部下が辛酸を嘗められた、そのお返しなのだろう。


「・・・・・・まぁ、そういう事だから。今日はこれまでの禍根を捨てて、レクチャーを楽しもうとしようか」


 気を取り直した久杉。明日川に連れられいつもの講義室へと向かう。

 

「では、始めようか。まず、これが僕の持参してきた永久機関だよ」


 そういい、怪しげな物を教壇に置く久杉。田中と葉華莉は、それを懐疑的に見ている。仮にそれが本物の永久機関であっても、久杉が持ってきたものなど信用できないのだろう。一方、部屋の後で傍観している明日川は、それがどういった物かという事は既に知っている様だ。

 

 久杉が永久機関と呼んだその概観は、木の板に二つの四角い鉄の棒らしきものと中央には四角いレールが付いていて、その先には穴が空いているものだった。


「これはSMOTと呼ばれているもので、オーバーユニティーとその道の人は呼んでいてね。要するに、入れた力より出る力の方が大きい簡単な磁石のおもちゃという事だよ」


 久杉は二人に見えやすい様に、その永久機関を向きを真横に変えた。


「真横から見ると傾いているだろう。この傾斜を真ん中のレールに沿って鉄の玉が転がり上がると言う訳さ。これから見せるから、良く見えるように二人とも近くにおいで」


 そして、実際に玉の転がる様を見せる久杉。傾斜が下りなら何の変哲も無い現象だが、

玉はゆっくりだが、重力に逆らい見事にレールにそって傾斜を上っていった。しかも、上に到達した瞬間に穴に玉が落ちる仕組みだ。一般人が見る限りでは、どう考えても永久機関にしか見えない。

 

「く、久杉先生、それが上がっていく理由は?」

 

 本物の永久機関らしい動きを見て、動揺と恥ずかしさと敵対心と好奇心が入り乱れた田中だったが、最終的に好奇心が上回り、先生と呼ぶのに躊躇しかけるも素直に質問した。


「なぁに、単に磁石で鉄の玉を引寄せているだけだよ。発案者は17世紀のとある教会の司教でウィルキンズという人なんだけれどね。当時は考えただけで、いままで磁石で玉を上手く上らせていく方法が見つからなかったという訳さ。今では動画投稿サイトで同じ様なものを作っている人がいるから、SMOTで検索すれば見つかるから」


 田中は最早、そのおもちゃの虜になり、自身でそれを何度もコロコロと転がして確かめている。


「おそらく、両脇についている四角い金属が磁石ですよね」


 田中とは違い、冷静に永久機関(仮)の分析をする葉華莉。


「察しがいいね、葉華莉君。このハの字型の磁石を見てごらん、上に行くほど狭まっているだろ。つまり、上に行くほど磁力が強くなって加速して行くという事だよ」


「重力に逆らって加速し続けているといえますね」


 物理に詳しい葉華莉も、容易にこの永久機関(仮)の欠点を見つけることが出来ない様で、疑いつつも否定が出来ない状態となった。


「加速し続けると言うことは、つまり何を意味すると思う?」


「それは永久機関です。即ち永久加速機関と言うものですね、明日川主任から習いましたから。でも・・・・・・」


 葉華莉は、永久機関(仮)に対する疑惑よりも久杉に対する不信感の方が上回り、素直に納得できてない。


「そうだよ、この永久機関を連結させて下に転がった玉を元の位置に戻す様に工夫すれば、永久に続くのは目に見えているよね。即ちこれで、永久機関が出来るんだ。良かったね君達、もうこれで永久機関を研究する必要も無くなった訳だ」


 これで田中の念願だったニート世界が舞い降りた。


「・・・・・・うーん」


 嬉しい筈の田中が腑に落ちない顔をしていた。田中よ、既に永久機関はこの世にあったのだ、無駄に悩む必要も無かろう。


「どうしたんだい田中君、念願の永久機関を見れたのに浮かない顔をして」


「最初はこれを見て衝撃を受けましたが、話が上手過ぎます。まして、あんたの口から永久機関が出来ただなんて」


「随分ひねくれてるねぇ、ならこれが永久機関でない理由を証明できるかい?」


「しばらく、これを調べさせてもらいますよ」


 この永久機関が本物であればそれに越した事は無いだろう。これまでのレクチャーによって、田中はその真偽を見極められるのだろうか?


「どうぞ、ご自由に」


 田中と葉華莉は、その胡散臭い永久機関を実際に玉を転がしたりして何度も検証する。大学時代に物理を専攻していた葉華莉でも、判断に苦慮していた。他方、久杉は明日川の近くに行き他愛無い話をしている。


「本当に、貴方って昔から上手いわよね。敵を誘導して自爆させるのが」


「はは、随分な言い方だなぁ。君の生徒には、つまらない罠には引っかかって欲しくないだけだよ」


「そう、・・・・・・ただ、あの子達には、もう手遅れかもしれないけれどね」


 田中と葉華莉は、それぞれの考えをマジックボードに書き込み、30分が過ぎた頃


「久杉先生よ、わかったぜ。これが永久機関じゃないことが」


 見た目は大人、中身はコドモのめい探偵田中が、人差し指を久杉に向けた。


「随分な自信だね。動画サイトのコメントでは、その多くが永久機関だって疑わないのに。で、説明してもらえるかい? 僕のとっておきの永久機関が出来ない説明を」


 久杉はやれやれと思わんばかりに、お手上げのジェスチャーを演じる。


「まず、鉄の玉が傾斜を上がっていく間だけを見ると、確かに永久機関に見えなくもありません。おまけに下に落ちた玉が元に位置に戻るのも容易に思えました」


 葉華莉は、話の続きを田中に繋げる


「だけれど、それは容易に思えただけで実際はそうではないって事」


 田中かこの永久機関へ不可能の王手をかける。


「つまりどういう事かな? 田中君」


「下に落ちた玉は元の位置には戻れないと言うことですよ。最初は玉が落ちる方に気を止めてなかったんだけれど、そこに本当の落とし穴があったんだな。落とし穴だけに」

 

 説明に久杉のお株を奪う、ジョークを用いる田中。


「ふふ」


 意外と受けたのだろうか、不適な笑みを浮かべる久杉。


「要するに下に落とさせまいという磁石の力が働いて落下速度が遅くなる。そうなると勢いがなくなって、元の位置までは戻れないと言う事らしい.・・・・・・葉華莉さんの説明では」


 田中よ、お前の意見ではなかったのか。しかし、それでは説明といて不足しているので、その補足を葉華莉が行う事になった。


「私は以前この例に似通ったもので、ジャットコースターの話を明日川主任から聞いたことがあります。坂道を下るジェットコースターは理論上、振り子の様に同じ高さまで戻る事ができます。実際は摩擦があって無理ですけどね。それを、この永久機関モドキに当てはめると、重力の代わりが磁石になっただけの錯覚だったと言う事です。それに仮に玉が同じところまで戻ったとしても、そこから外側に力を与えてしまうと勢いがなくなって、元の位置には戻れなくなります」


 ここでもエネルギー保存則は健在であった。


「だからこの機械は永久機関ではありません」


 葉華莉がこの永久機関(仮)にトドメを指して永久機関(偽)に変えてしまった。


「そうだったか、それは残念だな、はははっ。折角、君達を喜ばせようと作ったのだけれど永久機関は無理だったのか。いやー、永久機関を研究している君達が無理だ言っているのだから、永久機関など誰がやっても、何度やってもとても出来ないのだろうね」


 狙っていたかの様なワザとらしい演出をする久杉。そう、久杉は永久機関が出来ない事を田中と葉華莉の口から言わせたかったのだ。


「・・・・・・ぐぅ、見事に嵌められたぁ」


 歯軋りをする田中。

 

「久杉さんはこういう策士です。迂闊でした」


 過去に騙された経験があるのか、後悔を口にする葉華莉。


「まぁ、磁石をを利用した永久機関モドキは他にもガウス加速器っていう巧妙なものもあるけれど、どれも成功に至ってないのが実情だね。ただ、頭の体操にはいいと思うわよ」


 明日川にとっては、こうやって部下を鍛える方が重要だったのだろう。


「なら、今度はもっとましな永久機関を持ってこないとね」


 腹黒い笑みを浮かべる久杉。


「また俺達にそれを批判させようと言う気ですか? だけど今度あんたが来る時には、本物の永久機関を俺が作るから返り討ちにしてやるよ」


  警戒していたとは言え、まんまと久杉の術中に嵌った田中は、悔しさのあまり十八番の夜郎自大を炸裂させた。


「そうかい、その時は是非、僕を返り討ちにしてくれないかな田中君」


 久杉は嫌味たっぷりの返答をする。 


「それと、枝留香にちょっと話があるんだが」


「ふーん、わかったわ。それじゃあ取り合えずこれでレクチャーは終わりにしましょう」


 部屋の二人を後にして、廊下で歩きながら明日川が久杉に礼を言う。


「今日は、サービスいいじゃないの?」


「そうかい、僕は何時も誰にでもサービスがいいよ。ただし、相手にセルフサービスさせる方のだけれど」


 つまり、人を手玉にとって上手く使うという事だ。


「それより伊藤社長には既に伝えてあるんだが、自然エネルギーの共同経営の件で、ある会社に出向いて欲しいんだよ」


「また、余計な御節介?」


「そこに気に入った女性の経営者がいてね。苦労を重ねて来たらしいから、ちょっとお手伝いをと思っただけさ」


「なんだぁ、デートの口実だったの。振られなければいいわね」


「ああ、彼女のためにもね」


 久杉はそう言い、持っていたビジネスバッグの中から相手側の詳細が書かれたメモと、共同経営の際の資料と見積もりを明日川に手渡した。


「相変らず手際はいいのね」


「更に手際がいいついでに、お弁当を作って来たから、たまには一緒にお昼でもどう?」


 そう言い久杉は、続けてビジネスバッグの中から弁当箱を取り出す。


「当然、梅干は入ってるんでしょうね?」


「もちろん、僕が去年の炎天下、汗を額に垂らしながら天日干にして漬けた梅干だから味は保障するよ」


「それは、是非頂かないと梅干に失礼よね」


「僕には?」


「ありがと」


 こうして明日川は久杉の漬けた好物の梅干によって、満足な昼食を獲得する事が出来た。


 



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