第13話 田中と高富


「田中君と葉華莉さんは、後で都内のとある会社に行ってもらいたいのだけれど」


 久杉が帰ってから田中と神道に明日川から突然指令が下された。


「わかりました、ところで何て会社ですか?」


 葉華莉は尋ねる。


「未来再生エネルギーTAKATOMIよ」


「それとねさっき、田中君のお母さんから電話があって携帯電話スマホを家に忘れたから勤めている病院まで届けて欲しいって連絡が来たわよ」


「え、え、えぇぇぇ」


 田中は明日川から放たれた青天の霹靂の話にダブルで驚き、まともな言葉が発せなくなった。

一つは元クラスメイトの高富の会社に行くことになった事、もう一つは、母親が自分の用事で会社にまで電話を掛けて来た事にだ。

しかも、携帯を取りに行くとなると一度家に戻らなければならなくなる。


「相手との面会時間にはまだ余裕があるから、先に家の用事を済ませて来てもいいわよ田中君」

 

「す、すいません。取り合えず今からお袋の携帯だけ家から持って来ます」


 田中がそう言うと、葉華莉が自分の車に乗る様にとジェスチャーをした。葉華莉の親切で、家に到着した田中。


「へぇ、ここが田中さんの住んでいるお家なんですか」


田中の家は、住宅街に並んだ車一台くらいの駐車スペースのある、ありふれた二階建ての一軒家である。


「葉華莉さん、ありがとう。お袋の奴、玄関先で携帯忘れてやんの」


「ふふ、田中君のお母さんって会社にまで電話をかけたり結構そそっかしい人なんですね」


「まぁ、俺のお袋だから。それにしても何で俺のお袋、◎研究所の電話番号知ってたんだろ?」


「教えた覚えがないのになぁ」


 田中がそんな些細な疑問を持ったまま会社に戻ると、会社で用意されたスーツに着替え二人は目的の会社まで電車で行くことになった。


「田中さん、先ほど先方の会社の担当者に改めて連絡したのですが、今日の3時からなら社長との予約が取れるそうです」

 

 日中の通勤ラッシュとは縁の無い、空いた社内で二人はくつろいで会話をする。


「それにしてもまさか、あの高富の会社に行くことになるとわ・・・・・・」


「田中さん、高富社長とお知り合いなんですか?」


「高富は、高校時代の同じ科学部の部員だよ」


 少し驚く素振りの葉華莉


「へぇー、田中さん科学部だったんですか。当時から今の仕事と全く無縁という訳ではなかったんですね」


「いや、科学部と言っても科学の勉強が出来ていた訳ではないし、部活の歓迎会で面白い実験をやっていたから入っただけなんでね」


 田中の話に興味が沸く葉華莉はその内容について質問した。


「それって、どんな実験だったんですか?」


「何とかガンって言ったかな。電気使って100メートルくらい飛ぶ鉄の棒とか。大きなコイルを使って小さな雷を発生させたりとかとか、DVDをばらした部品のレーザーで遠方の灯油に火を付けて

完全犯罪の真似事をしたリとか・・・・・・。どれも、危険なものだったから教師の立会いが必要だったけどね」


「しゅ、主任が喜びそうな実験ですね」


 葉華莉は声が少し震えていた。


「何でも何年も前の卒業した女の先輩がベースを全て作ったとかで、マッドエルカコレクションって呼ばれ・・・・・・あれ、エルカって」


「・・・・・・まさかね」


「ですよね」


 二人は引きつった顔と声を合わせて誰かを思っていた。


「クシュン」


 この時、会社にいる明日川が何故かクシャミをしていた事を二人は知る由もない


「主任、花粉症ですか?。それとも風邪」

 

 シーナが明日川を心配する


「いや、なんか昔の汚点に触れた様な心に突き刺さるものを感じたんだけれど、気の所為ね」


 当然、明日川は田中が自分の部活の何年も後の後輩だったと言うことを知る由も無かった。


 一方、それから後田中と神道は高富の会社がある最寄の駅である秋葉原を降り、歩きながら会話を交わす。


「えーと、俺達何しに来たんだっけ」


「もう、売電についての共同経営の提案書をここの社長の高富さんに見て貰うためですよ」


「もし、提案を飲み込んでくれたら社長と主任が後に改めて高富さんと直接交渉すると言ってましたけれど」


「そうだったけ」


 会社の難しそうな手続きには、徹底して記憶力の乏しい田中であった。


「田中さんはいい人なんだけれど、一般社会人としてはどうかと」


「返す言葉もありません・・・」


 と、田中はうつむいた


「ところで売電を共同経営する利点ってあるのかな。折角、電力が自由化になったんだから一社だけで電気を売ってた方が得するんじないかな?」


「それは電力を何から作っているかにもよりますよ。地熱とかの安定した電力なら共同経営しない方が得だと思いますけれど

場所によって発電の割合が異なる太陽光発電となると、共同経営の範囲が広ければ広いほど安定した運営ができますからね」


 葉華莉の説明で何かがひらめいた田中


「なるほど、つまり雨の降らない地球の反対側の会社と組めば一日中安定した電力が供給できるということか」


 田中のその発想に、楽しそうに返答する葉華莉。


「それは色々な意味で損失の方が上回る可能性が高いですけれど、単純に考えればそうなりますね」


 その後田中は、雑談を交えながら高富の会社まで葉華莉をリードする様に歩いて行った。

その様子は、周りからはカップルの様に見えていただろう。

そしてTAKATOMIの受付で社長との取次ぎを頼み、20階の社長室で待ち合わせた。


「ごめんね、田中君。ちょっと仕事が忙しかったもので」


 紺のパンツスーツを優雅に着こなした高富が、カッカッと足音を早めて二人の下に現れた。


「は、始めまして。私は、神道と申します」


「それにしても本当に田中さん、高富社長とお知り合いだったんですね」


 大人びている高富を前に少し緊張気味の葉華莉は、横にいる田中に視線を向けて尋ねた。


「始めまして、私は社長の高富です」


 高富は微笑みながら二人に挨拶をするが、田中のスーツを見ながら


「それにしても、馬子にも衣装よね。田中君がスーツ着ているとそれっぽく社会人に見えるから不思議」


 それまでの緊張感をほぐす様に田中をからかった。


「おまえ社長になっても俺には遠慮ないな」


 田中も、相手がTAKATOMIの社長としてではなく旧知の知り合いとして遠慮せずに話す。


「世の中、社会に一人くらい息抜きできる人がいてもいいでしょ」


 つまり、田中のマッサージチェア度は何処にいても不滅と言う事だ。


「それ凄く分かりますよ、一人息抜きできる人がいるだけでも安心します」


 高富と葉華莉は意気投合し、視線は田中に向かっていた。


「ところで例の売電の共同経営の件だけれど、どうにかなりそうなのか?」


 社交辞令も意味を成さない田中は、遠慮せずにストレートに高富に尋ねた。


「資料を見せてもらったけれど、内容は申し分ないものだったわ。だけれど実は、もう他の会社との共同経営を進める運びになってるのよ」


「それは残念ですね」


 葉華莉は高富が気に入ったのか、少しがっかりした様子だった。


「それにその取引先の会社は光洋太陽科学って、その道では知られている企業でね」


「今度その会社で市販されるペロブスカイト構造のハイブリッド太陽光発電モジュールは変換効率が大変高く

それを私達の会社に優先して納品してくれるから断ることも出来ないのよ」


 葉華莉は高富のその説明を聞いてうんうんと首を振って納得していた様だったが、田中はそんな専門用語の羅列よりも


「どれだけ凄いのか良く分からんけど、先に約束した方を優先しないとな」


 という単純な理由を優先して納得した。 


「ごめんね。でも、もし今度いい提案があったら乗るから」


「おお、その時は頼むぜ」


 田中と葉華莉は高富に会釈してオフィスビルを出た。


「間に合わなかったか・・・」


 オフィスビルの壁に寄りかかって独り言を呟く男がいた、久杉である。


「あんた、何でこんなところに。ずっと俺たちの事付けていたのかよ」


「いや、たまたまだよ田中君。本当に偶然、多分ね。ただ、枝留香にあの会社の話を持ち込んだのは僕だから、ちょっと責任を感じてね」


 田中達と視線を追わせようとせず、横目で二人の様子を伺う久杉


「へぇー、あんたでも気の利いたことをするんだな」


「だが、取り越し苦労になったけどね。・・・可愛そうに」


 そう言って、久杉はきびすを返して去っていった。


「可愛そうにって、俺たちにとってそんな同情される事でもないだろ」


「うん・・・でも何か引っかかるなあ。そうだ、主任に連絡しないと」


 田中はスマホで、明日川に結果を伝える。


『そうか、それは残念だったわね』


「でも久杉の奴がこの件に関わってるなんて、どうして教えてくれなかったんですか?」


『それ言ったら、田中君素直にそこに向かったかなぁ』


「・・・ですね。分かりました」


『そういえば、君のお母さんへの用事は済んだの?』


「いえ、これからですけれど」


『じゃあ今日は、それが済んだらそのまま帰ってもいいわよ』


 ここで二人の通話は終え、田中は母親の勤めている病院へと向かった。

その病院は都内にあり、幸いにも秋葉原駅からそのまま直行できる場所である。

だが、向かう途中で・・・・・・。


「えーと、俺んちの用事だし、葉華莉さんの方はこのまま帰宅してもいいんだけれど」


 田中が葉華莉に気を使ったという事でもあるが


「ここまで来たんだから、付き合うわよ」


「え、うん。ありがと・・・・・・」


 あまり嬉しくは無い様であった。


 目的地の駅を降りると、そこから全体が濃いベージュで超高層ビルにも匹敵する大きな建物が際立っていた。

国立ガン総合中央病院、そこに田中の母親が勤めている。

 

 受付で事情を話すと、直ぐに田中の母親である洋子ようこが駆け寄ってきた。


「ありがとう回、もって来てくれたのね」


「ほらよ、母さん。こっちだって仕事があるのに」


 田中はそう言いながら母、洋子にスマホを手渡す。


「回の口から仕事だなんて・・・・・・」


 そこに横でクスクスと笑いを堪えている葉華莉がいた。

故に田中は葉華莉をあまり連れて行きたくなかったのだろう 

田中は少しむーっとした。


「今の仕事楽しい?」


「うん、まぁ詰まらなくは無いかな。いい人ばっかだし」


「そちらの方は?」


 洋子が息子と葉華莉の関係に興味を持ったのか楽しんでいるかの様に聞いてきた。


「か、彼女は神道葉華莉さんといって、俺より三年先輩の頭のいい人だよ」


「そうなんだ、よろしくね神道さん」


「あ、はい。こちらこそ、え・・・と・・・お母さん」


 とっさの事とはいえ、思わずお母さんと言ってしまった葉華莉は

田中との関係を勘違いされないかという事と、これまで言い慣れなかった

お母さんという言葉に躊躇いと恥じらいを感じ少し顔を赤らめた。


 田中は付き合ってられないとばかりに、病院内を見回した。

病院の一階の受付あたりは混んでいるが、空いている所に目が行くと

見覚えのある人物がいた。


「あれ、高富? それにあの人、高富のおばあさん?」


 高富は、どことなく高富に似ている祖母らしき人を車椅子で押していた。

田中は母親と葉華莉をその場に残して、高富の所に駆け寄った。


「よう、高富・・・・・・さん。だよね?」


田中は服装がさっき見たパンツスーツで高富だと確信はあったが、それでも探りをいれた。


「あら、こんな所で会うなんて」


「やっぱり、高富さんか」


肉親らしき人がいる手前、さん付けをする田中


「さんはいいわよ」


玲子れいこちゃん、ひょっとしてこの人田中君かしら?」


 彼女の祖母らしき人が高富に尋ねる。玲子というのは、高富の名だ。


「うん、そうだよ、おばあちゃん。この人は中学、高校と一緒だった田中君」


「お久しぶりです。おばあさん」


「そうねぇ、昔は良く家に遊びに来ていたわよね」


 車椅子にこそ乗ってはいるが、喋りは快活な高富の祖母である。


「最近、偶然が重なって何度も合う事になったけれど、まさか病院でも合うなんて思わなかったわ」


「俺もだよ」


「あ、そうだ、田中君、ちょっとごめんね」


高富が思い出した様に田中に謝罪する。高富は自分の祖母を検査室へと運ぶ途中だったらしい。


「どうしたんですか? 田中さん、こんな所で」


葉華莉が突然消えた田中を見つけ、急いで駆けつけた。


「あ、ごめん、葉華莉さん」


「実は・・・・・・」


田中は葉華莉に事情を説明して、二人は気になった高富に付いて行く事になった

高富の祖母が検査中となり、外で待っている高富に田中は当たり障りの無い質問をする。


「高富のおばあさんって、病気重いの?」


高富は重い口を開く


「う、うん・・・・・・。ステージ4の胆のう癌で手術も無理で1年持つかどうか・・・・・・」


「まだ、70代前半なのに・・・・・・」


癌におけるステージ4とは、がん細胞が体の各臓器に転移し一般的に5年生存率が低いとされている。


「でも高富さん、先進医療という方法もあるし分かりませんよ」


 葉華莉の言う先進医療とは、治療法が確実でないとしても可能性がある治療方法を指し

費用がほぼ自己負担となって法外な金額となってしまうものである。


「ええ、分かっているわ神道さん。だから何としてもいっぱいお金を貯めて、おばあちゃんの病気を治したいの!」


 そう、これが何よりも高富がお金を必要とする理由である。


「そうだったんだ・・・・・・」


 田中はこの時、明日川から以前聞かされた医療費の無料化の話を思い出した

もし先進医療というものにも、お金の心配がなくなれば 高富がこんな思いをしなくてもいいのにと。


「仕方ないよ、今は何でもお金の世の中だもの。お金でおばあちゃんが救えるのなら、私は何をしても躊躇ためらわないわ」


 その高富の言葉に一抹の不安を感じた田中だった。


「高富に比べたら俺なんか何にも出来ないと思うけれど、愚痴でもいいたくなったら話しくらい聞くよ」


 田中はそう言って、高富にスマホの電話番号とメールアドレスを伝えた。


「ありがとう、でも愚痴をこぼし過ぎて逃げないでよ」


「大丈夫だよ、逆に返り討ちにしてやるからさ」


 こんな時でも気丈に振舞う高富に、田中は冗談で返す。

しかし、この返り討ちとは高富の不安を取り除いてやりたいという

強気の言い回しでもある。


 そして、田中と葉華莉は高富に別れを告げて病院の外に出た。


「あいつさぁ、両親が幼い頃に事故で亡くなって祖父母に預けられて本人から聞いたんだ」


 薄空色を眺めながら田中は高富の話を語る。


「それで学生時代おじいさんが亡くなった時、学校では普通に振舞っていたけれど」


「俺が辛くないのかって、軽い気持ちで言ったら」


「そんな訳ないでしょって、俺の前で涙をいっぱい流した事があったんだよな」


「流石に俺も悪いと思ってさ、それから俺なりに色々と侘びのつもりで高富の家に行っていたりしてたんだよ」


「その後、次第に彼女とは親交が深くなったというかね」


 過去の話を終え、うつむいた田中。


「それで、さっきあんな事を・・・・・・」


「比べたら悪いけれど両親がいないのは、私も同じ様なものかな」


 高富の話ばかりをしてふと、葉華莉の身の上に忘れていた気田中は


「あ、ごめん」


「いいんです。私の方こそ、余計な事言っちゃったみたい」


「ただ、何となく高富さんとは気が合うというかそんな気がしたんですよ」


「ひょっとしたら、私と少しだけ状況が似ていた所為かもしれませんね」


 それを聞いて田中は肝心な事を思い出す。


「本当に似てるよ、確か高富の行った大学って東京真理科大学だったから」


「えーっ、そうだったんですか!」


 その運命とも言える偶然に流石に驚く葉華莉。


「あれ、となると高富さんって先輩なのかな、後輩なのかな?」


「田中さんって今、おいくつですか?」


「22だけれど」


 隠すことも無いと思って、淡々と自分の年齢を告げる田中。  


「じゃあ、田中君って私より二つ年下だったんですね」


「葉華莉さんって、お姉さん!」


 二歳くらいの年の差は驚くことも無いが、微妙にお姉さん属性のある田中は

思わずそう叫んでしまった。


「これからは、お姉ちゃんって呼んでもいいですよ」


「いえ、恥ずかしいから止めておきます」


 悪乗りした葉華莉に、我に返る田中。


「でも流石に高富さんが、大学にいたかなんて分からなかったなぁ。でも、高富さんも明日川主任の講義を受けてたかもしれないわね」


「つまり、高富と主任は既に面識があったと」


「その可能性はあるわ」


 妙な推理を続ける二人、そして禁断の推理へと続く。


「・・・・・・ところで、主任っていくつなんだろ。見かけは俺より年下の様に見えるけれど」


「実はああ見えてですね、私より5歳は年上らしいですよ」


 つまり、あれだ二十代後半は確実という事です。


「マ、マジですかぁ!」


「じゃあ、俺なんかよりずっと目上の方じゃないの」


 これにより田中は、明日川を更に尊ぶき存在である事を知った。


「そうだけれど、ちょっと失礼な言い方かも」


 葉華莉は、明日川に対して決して可愛そうな対象として言った訳ではないと思う・・・・・・。


 最後に田中は日差しが落ち着いた太陽を背にした病院を見つめ

高富の苦労が報われる事を願っていた。


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