第六章 騎士たちの逆襲劇

反撃の狼煙

 ロウィーナ砦は、フィリポ島とジョフリー島を結ぶ海峡ににらみをきかせる広い高台の上にあった。

 黒い森と白い岸壁に囲まれた堅牢な要塞である。


 沖には何体もの“王樹竜アルブル・ドラゴン”がその身を浮かべていた。その数が以前に見たときよりも少なく見えるのは、本国から食糧を受け取りに戻っているからだろうか。


 砦の中にも1体だけ“王樹竜アルブル・ドラゴン”がその大きな体を横たえているのが見える。



「第3部隊、指定の位置に着きました」

「第1部隊、配置完了しました」「第5部隊、配置完了」「第9部隊も、同じく」


 先ほどから続々と、ヴラマンクのもとに伝令が上がってきている。


 砦をぐるりと囲んだ10隊のサングリアル軍が、ヴラマンクの指示を待っていた。

「よし、そろそろか」


 ヴラマンクはダンセイニ軍が壊滅させた農村のがれきを残さず集めさせていた。


 周囲の地形を熟知したヴラマンクが吹かせた風を頼りに、サングリアル軍は夜のうちに森の中の90か所に、人家よりも大きながれきの山を築いている。


 海から太陽が姿を見せたころ、ヴラマンクは巨大ながれきの山のひとつに火をつけさせた。それを合図に、他の9隊も、持ち場に築いたがれきの山に火を放っていく。


 ほどなくして、ロウィーナ砦は周囲の90か所から上がった火柱に包囲された。

「よし、火矢隊、準備はいいか?」


 焚き木から火を取った火矢隊が、10か所の基地から1000に及ぶ火矢を一斉に構える。

(気づかれていないだろうな……)


 砦の様子をうかがうが、まだ砦の周りに上がる火の手に気づいた様子はない。ヴラマンクは手を下ろすのを若干ためらう。

 そのとき、砦から「敵襲!」と鋭い声が上がった。


「放て!」


 肺の底から咆哮する。

 命令と同時に、1000本の矢が、一斉に砦の主塔へと向かって行った。


 だが──、突如、砦の周囲を赤い風が吹き抜ける。

「王さまっ、火矢が!」

 ルイが叫んだ。


 砦を襲った火矢が次々と消されていき、勢いをなくして落ちていく。

「分かってる。数回撃ったら撤退だ。ただし、数名残れ。絶対に焚き火を消させるな!」

 ヴラマンクの命を受け、ルイが騎士たちに指示を出していく。その間に、ヴラマンクはある場所へと向かっていた。


「アテネイ、行くぞ」

 砦の真東に立ち、反対側──砦の真西にいるはずのアテネイに、聞こえないと知りつつ声をかける。


 ヴラマンクは砦を囲む火柱の外周に、ゆっくりと風を送り始めた。

(気づいてくれるなよ……)


魔風士ゼフィール”を倒すには、“魔風士ゼフィール”によって倒される前に“魔風士ゼフィール”の元に辿り着かねばならない。そのためには、騎士の機動力は欠かすことのできない重要な要素だ。


 だが、敵に砦の中にこもられてしまっては、騎士の突撃は使えなくなり、撃破のために必要となる兵力は何倍にもふくれあがる。兵力で劣るサングリアル軍はなんとしても“魔風士ゼフィール”を平地へおびき出す必要があった。


 しかし、砦からあぶり出そうとしても“魔風士ゼフィール”に対して火矢は効かない。それはたった今も実証されたばかりだ。ならば、どうするか──。


「王さま、騎士たちの撤退、完了しました!」

 簡単に撤退したサングリアル軍を、敵はいぶかしんでいることだろう。

 火矢は囮。

 真の狙いは砦の周りをぐるりと囲んだ、90もの焚き火にこそある。


 ルイが不安げに聞いた。

「王さま、本当に火を操るなどということが可能なのですか?」


「まぁ、見ておけ」


 いかに“魔風士ゼフィール”といえども、風の力だけでは、砦を落とせるほどの大きな火を自在に操ることなど不可能である。

 風を送り、炎の向きを変えたとしても、それが精一杯だ。


 生き物のごとく蠢く炎は、気ままで、いつまでも風に乗っていてくれるものではない。


 しかし──、

「火は自らの体で空気を焼き尽くしてしまう。すると、火は息が出来なくなるだろ?」

「ええと、はい。──王さまのおっしゃることを、正しく理解できているかは、分かりませんが」


「ただ闇雲に、理解できると言わないだけお前は素質がある。……今、俺とアテネイで、外からの空気の流れを遮断し、炎の流れを方向づけるよう、風を起こしている。ロウィーナ砦は周りが森に囲まれていて、空気の流れが悪いから……」


「あっ、王さま!」


 ルイが指差した方向に、夜狼ヌイルゥを引き連れた“屍人モール”の一群が見える。

「やつら、火を消す気だな。──だが、遅い!」

 90か所から上がった火柱は、じょじょに互いの手を結びつつあった。


「ルイ、角笛を鳴らせ。残った騎士たちも撤退させろ。──巻き込まれるぞ」


 自分の回りの空気を喰らいつくしていった炎の蛇は、いまだ焼かれていない空気を求め、それぞれの間にあった空隙を埋めていく。

 炎の蛇は風に導かれて互いの尾に噛みついていき、やがて1匹の大蛇のように砦の周りを囲んだ。


「見ていろ、ルイ! 火を直接操れなくても、習性を知っていれば、誘導出来る!」


 大蛇が空気を喰らいに外へと向かおうにも、森の木々や、紫と白銀が混じった輝く風の壁がそれをこばむ。

 ──畢竟、窒息にあえぐ炎の大蛇は、とぐろを巻くその内側へと、長い舌を向けた。


 勢いよく吸い込まれるように、大蛇は何重にも渦を巻いて砦をしめつける!


「はーっはっは! さしずめ、“火災旋風テンペード・ド・フー”とでもいったところか。あれで、中にいるやつらは丸焦げだ。焦げてなくても、窒息していずれ死ぬ。俺たちも平野へと逃げるぞ」

 幾度となく王国の大地が焼かれたのを見てきたヴラマンクが、研究の末に気づいた炎の性質を利用した戦術だった。


       †   †   †


 高台の斜面を駆け下りた先の平野で、騎士たちが陣を敷いている。ヴラマンクは騎士たちとともに、敵が砦から焼け出されてくるのを待った。


「おーさま、オレ、うまくできたかな?」

 ペギランの馬に乗せられたアテネイが、ヴラマンクたちと合流する。

「あぁ、よくやったぞ。アテネイ」


「敵の兵隊さんたち、でてこないね?」

 確かに、砦に動きはない。

 ただ、大人しく焼かれているとは思えないが──。


「もしかして、あれで全部倒せたりなんか、してませんかねぇ?」

 ペギランが調子のいいことを言った、その時、騎士たちが一斉に騒ぎ始めた。


「なんだ、どうした」

 騎士たちはみな砦のほうを指差している。


 燃え盛る炎の壁に、小さな丸い穴が2つ空いていた。

 穴の中央に黒い影が見える。凛々しい目をした獅子が、人の倍ほどもある巨大な体躯をゆうゆうと宙に浮かべていた。


氷獅子グラスリオンか──!」

 幼い“王樹竜アルブル・ドラゴン”さえも餌にしてしまうという最強の“妖華獣フルール・ベート”である。


 2頭の氷獅子グラスリオンが先陣を切って炎の壁に穴を開けた。2頭が飛び出すのと同時に、前面の炎が真っぷたつに割れる。炎の裂け目から、白い霧がもうもうと流れ出してきた。


「あ、あ……、“王樹竜アルブル・ドラゴン”だ!」

 誰かが叫ぶのが聞こえる。

 霧の足元には、何千もの黒い影も見えた。


「やつら、飛び出してきたぞ!」

 砦は小さい爆発にも似た音を間断なく奏で、燃え続けている。そこからぞろぞろと、黒い川のごとく敵の軍勢が姿を現し始めた。戦場は、砦から高台の下の平野へと移る──。

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