幕間 いばら姫
無数に枝分かれした、いばらの蔓が崖を駆けのぼる。
さながら血管だけで動く巨人の手のような蔓に引き上げられ、“
「はぁ……、はあっ! くそっ」
肺の奥から空気をしぼりだして、吼える。
ヴラマンクと名乗った少年王に眠らされそうになったとき、もう1人の小さな“
──そのごく一瞬に夢で見たのは、自分と交わった幾人かの男たちのことだった。
生まれ育ったのは、寒く鬱屈とした小さな宿場町。凍える町で、男も女も寄り添うようにして生き、自然と体を重ねた。
メルロ族は戦いを主な任務とする。ポラックが最初に体を預けた男も、必ず帰ってくると言い残してサングリアルとの戦に旅立った。
戦死ではなかった。
彼は行軍中の飢えによって死に、葬られることもなく道端に打ち捨てられたという。
胸の奥の果てしない凍えを忘れるように、それから、幾人もの男たちと体を重ねた。
せめて戦って死にたいと、男たちは言った。
体が満足なうちの死であれば、“
「くそ、あいつら!」
呪詛の声を上げるポラックの真上に、長い影が落ちた。
「よう、生きてたか。ポラック・メルロ」
ポラックを覗き込む長身の男は真っ黒に焼けた顔をした美丈夫だ。大陸の南方から入ってきた渡来人を祖先に持つ、ムーア族のクアシバである。
「──あぁ、なんとかね」
ポラックに手を貸しながら、クアシバ・ムーアは哄笑した。
「ざまぁねぇな、ポラック。策に溺れやがって。やっぱり、はなっからオレ様の“
偉そうに説教するクアシバは、〈
「50歳も年下のガキが、生意気なんだよ。不用意に敵陣の奥深くまで切り込んで、万が一の場合はどうするつもりなのさ」
「それが弱腰だっつうんだ。オレ様の“
「お前、“
「ふん。オレ様の技はもう完成している。見てみろ、15体もの“
「“
「無様な失態をさらした人間に言われたくないね」
「……やるか、お前」
たたみかけるように言われて、ポラックの怒りは沸点に達した。
(殺さなきゃいい)
いかに多く“
「おやめなさい、2人とも」
自分の背後にいばらの槍を隠していたところで、別の声がかかった。
──現れたのは死神のように青白い肌をした長身の青年である。
「エグジリ……」
ポラックが青年の名前をつぶやく。
バスチーユ族出身のエグジリ・バスチーユは、ポラックに陰鬱な細い目を向けた。
「ポラック。陛下に無断で兵を出し、さらには、我がダンセイニにとって何よりも大事な、あなた自身の命まで危険にさらしたのです。少しはしおらしくしたらどうです?」
ポラックは、200歳は年上であろう“
「ふんだ。メルロ族は前衛と斥候を任された氏族だよ。氏族の使命を守って、文句を言われる筋合いはないね」
ダンセイニは各氏族が使命遂行のために独自の裁量権を認められている。ポラックが氏族の使命である斥候を買って出たならば、国王さえ文句を言えぬのが掟であった。
だが、にらみ返すポラックの目に、クアシバに対したときの勢いはない。
(気味が悪いんだよな、こいつ)
強がるポラックに不気味な微笑みを見せるエグジリは、ダンセイニにおいて、断罪と懲罰を任されたバスチーユ族である。
海運と建築を任されているムーア族や、戦いを主な役割とするメルロ族とは、その性格がまるで違う。
「なんたって、97年も力を封じられて、いい加減、鬱憤がたまっていたんだ。真っ先にメルロ族であるアタシの力が戻ったのは、アタシに先陣を切れっていうことだったのさ」
まだ力が戻っていない“
「ふむ……」
細いあごに手をあてて、エグジリが考えるような仕草をした。
サングリアルへの侵攻に関しては文句を言われる筋合いはないが、ポラックが今しがた、クアシバにしようとしたことはダンセイニにおいても重罪である。
最古参の“
「むろん、あなたの性格はリュード陛下もご存知でしょう。そうでなければ、あなたが勝手に城から持ち出した“
エグジリの表情が和らいだのを見て、ポラックは密かに安堵した。
「あ、ああ。分かったよ。協力する。無茶はしない」
「──分かっているでしょうね。ダンセイニの“
「わ、分かってるって」
またしても説教されそうになったポラックは、エグジリの言葉を慌ててさえぎった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます