宝の鍵を守る者

「450騎だって?! だから、何で減ってるんだっ!」

 宮廷が開かれる居館の一室に、ヴラマンクの怒声が響き渡った。


 小さな手を円卓に叩きつけるが、14~5歳の体では迫力がない。

 騎士の数が500騎から減っている件について問いただすと、27歳になったというペギランがぎゅっと目をつぶった。七年前と比べてかなり逞しい体つきになっていたが、気弱な性格は変わっていないらしい。


「ですが、100年近くも平和なのですよ。騎士など不要と言われても仕方ありません」


 冷静に反論したのは今年で15歳になるというルイである。始終おどおどしているペギランより、10歳以上も年が離れているのに、ルイの方がよほどしっかりと受け答えをする。


「その不満を抑えるのがお前たち貴族の役目だろう?」


 ルイのソレイユ家を筆頭とした四人の鍵番騎士かぎばんきしの家は、プレシー朝が興るよりも前から続く由緒正しい貴族の家柄だ。騎士を雇って領地領民を守り、有事には自らもまた騎士として戦うのが役目である。


 ヴラマンクがそう言うと、ルイの目がすっと細められた。

「記録によれば……」

 羊皮紙を束ねた歴史書を片手に、ルイが話し始める。


「100年前、正確には97年前に起きた大戦のせいで、サングリアルの貴族は半分以下に減りました。それに加えて、王さまは復興を優先して、新たな領主の任命を後回しになさいましたから……」

「うっ」


 ──実はそのことについて、うっすらと心配してはいたのである。

 ヴラマンクの名は正式にはヴラマンク・プレシーという。前ミルモラン朝からサングリアル王国を引き継いだプレシー王家の3代目だ。

 プレシー朝が成立するにあたって、より強いサングリアル王国を作るため、王家に権力を集中させる必要があった。そのため、王家は、新たに得た領地に対する領主の任命権を掌握したのだった。


「鍵番騎士に、領主の任命権はございません。戦争で領主を失った土地に、新たな領主を任命できるはずのどこぞの寝ぼすけ王は、90年もの間すやすやとお眠りでしたし」

「うっ、うっ」


「もし、100年の間にダンセイニに攻め込まれていたならば、──失礼を申しますが──王さまをしいし奉ってでも、鍵番騎士の誰かが王位を継承したでしょう」

「うっ、うっ、うっ」


「ですが、貴族にとっては幸か不幸か、ダンセイニによる侵攻はございませんでした。領主を任命できる国王はおらず、騎士が必要になる戦もないとあって……、サングリアルの貴族制は緩やかに崩壊していったのでございます」

「うううううぅ~」


 情けないことだったが、自分の10分の1も生きていない侍従卿じじゅうきょうに対し、ヴラマンクはまったく反論できず、うなるしかなかった。


 ルイは歴史書をぱたんと音を立てて閉じる。

「何か、反論でも?」

 いつしか立ち上がっていたヴラマンクを、ルイが冷やかに見上げた。


「ル、ルイ様! 陛下に対してそのおっしゃりようは、あまりにも……!」

 慌ててペギランがたしなめる。


 すると、ルイはペギランをキッとにらみつけた。

「サングリアルの民は、今では貴族、ひいては王など必要としてはいません。王さまが当代の情勢を知らないのなら、早いうちにそのことをお伝えすることが忠義ではありませんか?」


「そんな……! サングリアルの民は、陛下を敬愛しているはずです」


 悲鳴に近い声をあげるペギランに対し、ルイの声はあくまで冷静だ。

「民が敬愛しているのは、おとぎ話の中で眠り続けている王ではないでしょうか。為政者としての王ではないはずです。むしろ、100年も前の王が目覚め、為政者として振る舞うことを恐れている者も多いでしょう。それを知らせぬことこそ、不忠というもの」


 180オングルはあるだろうペギランを、ひと回り以上も小さいルイが黙らせる。ペギランは今にも泣きだしそうな顔をしていた。


「──よぉし、これまでのことは分かった!」


 剣呑な空気を打ち払うように、ヴラマンクは机を叩き、顔を上げる。

「だが、今考えなければならないのはこれからのことだ」


「ですが、王さま」

「いいから、まずは聞け」

 ルイが口を挟もうとするが、ヴラマンクがそれを止めた。


「ダンセイニはあと3年ののち、絶対に攻めこんでくる。俺たちはダンセイニの侵攻から民を守らなければならない」


「さて。本当に攻めてくるのでしょうか? ボクにはまずそれが信じられないのですが」


「……いいか。今、平和だからと言って、軍備を怠っていい理由にはならないだろ。起きそうにない万が一のためでも、備えをしておくのが王家の務めだろう?」


「それは、そ、そうですが……」

 ヴラマンクがルイをみすえると、ルイは一瞬たじろいだように身を引いた。


「とにかく、軍備を整えるにも、まずは騎士たちの実力を見てみんことには始まらん。侍従卿どの、大主馬だいしゅめに要請してくれ。出来る限りの騎士を、王城に集めてほしいと」


 すると、ルイはふーっと大きく息をつき、ヴラマンクの目を真っ向から見返した。


「──いいでしょう。大主馬にはボクから便りを出しておきましょう。ですが、王さまはまだ夢見心地のご様子。現実が見えておられないようですね」


「どういうことだ?」


「王さまが眠っておられる間、100年近くも平和が続いたことをお忘れでしょうか。それはすなわち、民から税をとる大義名分がないということです。今や王家は、ごくわずかな城内騎士を雇うのにも逼迫ひっぱくしている有様です。


 ──ありていに申しあげれば、サングリアル王家は今、“ド貧乏”なのですよ!」


「どっ、どびん……」

 ヴラマンクの情けない声が室内に響く。


「宝と、財務を司る鍵番騎士として、たとえいざという時のためといえども、97年も動きのなかった相手への備えに割けるような余剰はございませんと、申しあげねばなりません。騎士たちを鍛え、軍備を整える。結構なことです。ですが、それによって、国庫にはいささかの損耗もございませんよう──約束、していただけましょうか?」


「う、うぬぐうぅ~っ!」

 どこまでも冷静なルイの言葉に、涙目のヴラマンクは、ついに机に突っ伏した。

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