第2話〔3〕枝折られた花

 

 

 

 

 

 リリィが城で暮らすようになって、彼女は早くも城じゅうのねたみやひんしゅくといった悪感情を買っていた。

 

というのも、彼女がアステルに驚くほどべったりで、彼が城にいる間はそれこそ片時もそばを離れなかったからだ。

 

 食事はもちろん一緒、朝の見回りも一緒、剣のけいこの時もかたわらには彼女がいて、夜寝付くまでアステルを独り占めしたものだから、不評判が立つのも無理はない。

 

こんな具合で3日が過ぎた今では、モモの周りでもリリィを悪く言う声がもはや絶えなくなっていた。

 

 

アイビー「聞いたぁ?

自分の部屋に入ったメイドを、すごい剣幕で追い出したそうよ。

アステル様以外、誰も部屋に入れてないみたいなの!」

 

 

ステラ「そう……」

 

 

モモ「…………」

 

 

 いつものようにお部屋そうじに参加していたモモは、同じ仕事に従事する2人のメイドの会話をぼんやりと聞いていた。

 

この日の午前、見ならいメイドの4人に命じられたのは、応接室のふきそうじだ。

 

 

ステラ「本当にアステル様がお好きでいらっしゃるのね。

ずっとご主人様といっしょにいられるなんて、うらやましいわ」

 

 

アイビー「だからって、べったりしすぎよ!

いつか絶対、バチが当たるんだから!」

 

 

 今日も朝から城主が出かけていたために、皆の口もずいぶんとすべりやすくなっているようだ。

 

書棚をふき終えて、ぶ厚い本をもどしながら、赤い飾りヒモを胸もとにつけたハウスメイドのアイビーがとげとげしく言った。

 

 

ステラ「でも、どうして車イスなんかに乗って……ハッ!」

 

 

 いったん抜き出した本のたばをかかえていた同じハウスメイドのステラが、何かを見つけて言葉を切ったが、アイビーのほうは止まらなかった。

 

 

アイビー「どうして歩けるのに車イスなんかに乗ってるのか、って?

そんなの、ご主人様にかまってほしいからに決まってる……え?」

 

 

 彼女もようやくそのことに気付いたが、みずからの発言をとりつくろうにはすでに手遅れだったようだ。

 

出窓ふきをまかされていたモモが気配を察して振り向いてみれば、開け放ちの部屋の戸口に渦中かちゅうのリリィがいた。

 

 

リリィ「……フンッ」

 

 

ジャスミン「リ……リリィさま、ど、どうかなさいましたか?」

 

 

リリィ「うっさいわね、!」

 

 

 戸口近くにいたジャスミンが、ぞうきんを手に物腰やわらかく歩み寄ったが、怒り肩になったリリィにするどく一蹴された。

 

悲鳴さえ上げられず凍りついてしまったハーフオーク族の少女を尻目に、車イスの少女は左右のハンドリムを重たそうに回して室内へ入ってくる。

 

 今日はまた春っぽい空色のワンピースを着ていて、服装への気合いの入れようがうかがえた。

 

それでも手足には黒い長手袋ながてぶくろと長くつ下をしっかりと着用していて、とりたてて露出が多いというわけでもなかったが。

 

 

リリィ「ルナがどっか行っちゃったのよ。

まったく、ネコは気まぐれで困るわ。

あなたはまともそうね、名前は?」

 

 

ステラ「わたくしめは、ス……ステラでございます」

 

 

 部屋の中ほどまで車イスを進め、横柄おうへいな態度でハウスメイドの片方に質問するリリィ。

 

ステラは恥ずかしがり屋のジャスミン以上におどおどとした様子で対応する。

 

 

リリィ「あなた、小間使いとしてやとってあげてもいいわよ、歳はいくつ?」

 

 

ステラ「13歳でございます……」

 

 

リリィ「リリィより2つも年上じゃない……。

背が低いのね」

 

 

ステラ「……ハーフリングでございますので……」

 

 

リリィ「はぁ!?

ハーフリング!?」

 

 

 すなおに答えたステラの言葉に、とんでもないという声で聞き返すリリィ。

 

 

リリィ「そんな小っちゃい体でよくハウスメイドがつとまるわね。

えんとつそうじ屋にでもなったほうが、まだ役に立つんじゃない?」

 

 

 小人の亜人と聞いただけで、彼女が血相を変えて罵声を浴びせるものだから、ステラはたちまち両の目に涙をためてしまった。

 

 

アイビー「ちょっと、リリィ様!

そんな言い方、あんまりではございませんか!?」

 

 

リリィ「フンッ……、本当のことじゃない。

亜人のレディーズメイドなんてごめんよ、あなた今の話はなかったことにしてちょうだい」

 

 

ステラ「……っ」

 

 

 ずいぶん勝手な言い分でステラに追い討ちをかけるリリィ。

 

ステラは近くのテーブルに持っていた物を投げやり、口もとを押さえて出口へ向かう。

 

 

アイビー「あっ、ステラ!

待って、ステラ!」

 

 

 居たたまれず部屋を飛び出してゆくステラを追いかけて、彼女以上に乱暴に書物を放り出してアイビーまで退室してしまった。

 

 2人ものメイドをものの1分で追い払って、リリィはまたしてもくせのように不服げに鼻息を飛ばす。

 

そうしておいて、次に狙いを定めたのは、モモらしかった。

 

 

リリィ「あなたは何の亜人なの?」

 

 

モモ「何にも。

何のあじんでもないよ」

 

 

リリィ「そう」

 

 

 窓枠にひざをついた体勢から顔だけをそちらへねじ向けてモモが短く答えると、車イスの少女は期待顔になって片まゆをそびやかした。

 

 

リリィ「いいわ、この際、見習いでも。

あなた、リリィの小間使いになりなさい」

 

 

 まるでそうすることが当然とばかりに言い付けられてしまったが、モモはしかし考えた。

 

頭の中で結論を出しておき、とにかく出窓から降りてリリィに向き直る。

 

 

モモ「ぼく、まだメイドじゃないから。

それに、ぼくはメイドにならないかもしれないから」

 

 

リリィ「変な子ね、見習いメイド服を着ているのに、メイドにならないなんて……。

もちろん、お給料だって出すわよ。

多くは出せないけど、それぐらいのお金は持ってるもの」

 

 

デイジー「モモ……」

 

 

 しつこく勧誘してくるリリィに見かねて、デイジーが横合いから割って入ってくれた。

 

 

デイジー「行くのよ、もうこの部屋、キレイになったのよ」

 

 

リリィ「あ、コラ、ゴブリン!

まだ話は終わってないわ!」

 

 

 声を荒らげ始めるリリィをほうって、モモはデイジーに手を引かれつつ部屋をあとにする。

 

これをきっかけにして、ジャスミンもまた眠たそうに立っているポピーを連れて同じく避難を開始した。

 

 ドアも閉めずに飛び出して、室内に残った者から何かののしるような声を背中に浴びたようだったが、モモはその言葉の意味を理解し得なかった。

 

少なくとも、あまり耳ざわりのよいものではないのだろうことだけは分かったが。

 

 どうやら亜人をひどく毛嫌いしているらしかったが、他のメイドたちともあのような態度で接しているのだろうか。

 

ネコは気まぐれと愚痴をこぼしていたが、もしかすると車イスの手押し係を担っていたルナも、彼女に嫌気がさして姿をくらましてしまったのかもしれない。

 

 もうこうなってくると、誰も彼女のメイドをやりたがらなくなるな、と、モモは子どもながらにリリィの将来をふと心配しながら長廊下をそそくさと逃げてゆくのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 事件が起こったのは、この翌日の夕方のことだった。

 

 モモはその瞬間的な場面に立ち会ったわけではないのでくわしくは知らなかったのだが、とどけ物をリリィの部屋に持っていったポピーが、リリィにケガをさせられたというのだ。

 

さわぎを聞きつけてモモが現場に行ってみると、他の見ならいメイドと4人の大人メイドが囲む真ん中に、彼女はいた。

 

廊下の床に直座じかずわりして、両手で顔を隠してしくしくと泣いていた。

 

 その小さなピクシー族の少女の背中を見て、モモは自分の後頭部からすっと血の気が引いてゆく感覚を覚える。

 

とても透き通って薄花うすはなびらのようにきれいだったはずのポピーの羽根が、4枚ともにくしゃりとつぶれて、根もとを残して半分以上ぼろぼろに、無残に欠けていたのだった。

 

 彼女の後ろに散らばった、羽根の残骸と思しきもの。

 

 意味ありげに戸口のそばに落ちている、大きめのまくら。

 

 

リリィ「入ってくるなって、言ってたでしょ!」

 

 

 部屋の中から、相変わらずとげとげしいリリィの声が聞こえてきた。

 

 

モモ「何があったの?」

 

 

デイジー「うちも今来たところだから分からないけど、まくら投げつけられたみたいのよ」

 

 

 小さな声でそばのデイジーに問いかけてみる。

 

その返答から考えてみるに、ドアを開けてリリィの部屋に踏み入ろうとしたポピーにまくらが飛んできて、背中を下にして倒れた拍子に運悪く羽根をつぶしてしまった、ということなのだろう。

 

 

リリィ「あなたが悪いんだから!

早くドアを閉めて行きなさい!」

 

 

 あまりにうるさかったので、ドアの近くにいたルナが部屋の中にいる者をあわれむようなまなざしでながめつつドアを静かに閉めていた。

 

それでもひと言ふた言怒声があったが、気がすんだのかそれ以上は何も聞こえなくなった。

 

 

ルナ「さあ、立って、クィンシー先生の所でてもらうにゃ……」

 

 

 泣きやまないポピーは手で顔を隠したまま立ち上がり、ルナとジャスミンと3人のメイドたちに付き添われて廊下を奥へと歩いていった。

 

 クィンシー先生というのは城医者だ。

 

 

モモ「ポピー……しんじゃうの?」

 

 

デイジー「死んじゃわないのよ。

ツメみたいなものなのよ、時間はかかるけど、また生えてくるのね。

モモだって知ってるでしょ?

ポピーがとても大変そうに寝てるのを。

羽根が痛むからあおむけになって寝られないのね。

でも……かわいそうのよ、ポピー」

 

 

モモ「…………」

 

 

 いくぶん険しい顔立ちのために、まるで何も感じていないかのようにデイジーは語ったが、本当は彼女もとても心配しているのだ。

 

もちろんモモも、同じ年少の身を案じてはいるのだが、死というものを間近に見てきたモモは、それらのことに少々敏感になっていた。

 

 だからこそ、ピンク色のリボンの上から胸もとを押さえつけて、どうしようもなくさわがしい心臓の鼓動をしずめるのにも、ずいぶんと苦労が要った。

 

 

 

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