第1話〔3〕地下裏に咲く

 

 


 

 

 朝の馬車の中で決めていたとおり、オルブライト邸からの帰りに大橋近くのカフェで軽食をとることになった。

 

 オオカミベーカリー&カフェ。

 

 獣人であるオオカミの店主がパンを焼き、うさぎ耳の店員が飲み物を供する店だ。

 

店内で買ったパンは、横手のテラスに並べられたガーデンテーブルでゆっくり食べられるようになっている。

 

アステルがともを連れてここを通る時には、必ずといっていいほど立ち寄る場所だった。

 

 角に停めた馬車の御者に見つくろった物を紙袋に入れて届けたあと、ニアもあるじと席について伴食にあずかる。

 

彼女はマフィン、アステルはクランペット、飲み物はどちらもカフェオレ。

 

 昼時を過ぎると、通りを行き交う人の数もいくぶん落ち着いてくる。

 

おだやかな春風とあたたかな太陽のおかげもあって、至極ゆったりとした昼食を過ごすことができた。

 

 双方の皿が空になる頃、ニアは向かいに座ったあるじの目が、ずっと店のすみのほうへ向けられていることに気付いた。

 

何を熱心にご覧になっているのだろうと気になって、彼女もそちらを見返ってみると、店の壁ぎわでこちらをのぞき見る少年を見つけた。

 

腰高の柵に両手とあごを乗せかけて、痛みきった髪をおおったキャスケットの奥から物欲しそうな赤い瞳が見つめている。

 

 もしや朝に見かけた子どもではなかろうか、おそらく貧民区からやって来たのだろうストリートチルドレン、いわゆる浮浪児だった。

 

 

店主「エディ、久しぶりじゃないか。

今日は一人で来たのかい?」

 

 

 店の主人、白いコック帽をかぶったオオカミ頭の大柄の亜人が、他の客の注文した皿を手に持って現れ、彼、エディというらしい少年に声をかけた。

 

オオカミ頭ではあったが、こちらは公爵ほどのかんろくはなく、体格も毛なみも若やかで、まつ毛の長い愛嬌のある顔立ちをしている。

 

 

エディ「……ハッ!」

 

 

 親しそうに話しかけた店主だったが、相手のほうはびくりとして柵から離れ、一散に裏路地のほうへと走り去ってしまう。

 

わけが分からないといった面持ちで、立ち尽くすしかないエプロン姿の店主。

 

 

アステル「マスター、あの子は?」

 

 

店主「ああ、最近この街に母親とやって来た浮浪者ですよ」

 

 

 あるじの問いかけに店主は答えて、隣のテーブルの婦人に皿を届けつつ“ごゆっくりどうぞ”と言い添えた。

 

仕事が一段落した様子でアステルへ向き直り、白い手袋をはめた大きな手を腰に当てて続ける。

 

 

店主「いつも朝早くに母子おやこで物乞いに来ていたんですがね、どうやら地下水道に寝起きしてるらしくって、あの通り汚れがひどくって……。

ここ2日ぐらい姿を見せなかったんですが、まあ、元気そうでよかった」

 

 

店員「店長、配達に行ってきまーす」

 

 

 後ろを振り向いて“おう”と彼が返事をしたのは、たった一人の従業員であるうさぎ耳の女性店員。

 

彼女が大きなバスケットをかかえて店を出ていったのをきっかけに、アステルがカップの最後のひと口を飲み終えて立ち上がる。

 

 

アステル「マスター、ごちそうさま」

 

 

 ニアも立ち上がってエプロンのポケットから財布を取り出した。

 

 

ニア「お支払いたします」

 

 

店主「へい、まいどありがとうございます」

 

 

 代金を手渡し、店内へ向かった店主の背中に軽くおじぎをすませると、ニアはあるじとともに馬車へと戻ってゆく。

 

 

アステル「待たせたね、さあ帰ろう」

 

 

 あるじが御者にひと声かけて、2人が車中に納まると、市門へ向けて馬車が再び動き出した。

 

ニアが車窓から店横の路地口をながめてみたが、やはりあの子の姿は見当たらなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 さっきはいきなり声をかけられ、つい逃げ出してしまったが、おかげでお腹の虫がとうとうおさまりきらなくなった。

 

下腹の痛みを両手で押さえつけ、逃げてきた道をとぼとぼと引き返してきたのは、エディと呼ばれた浮浪児。

 

そもそも今までは、客のいない時間を見計らってパンをもらいに行っていたというのに、それもいつも母といっしょに。

 

一人で店の前までやって来たのはこれが初めてだった。

 

 しかも客の多い昼時となってしまったのだから、怖じ気づくのも仕方がないというものだ。

 

今からもう一度たずねて行ったとして、まだ客はいるだろうか、もらえるパンはあるだろうか、と、さまざまな不安を頭の中に浮かべては消してゆく。

 

そうして重たい足取りでオオカミベーカリーのテラスへもどってみると、幸いにもメイドを連れた男の人が消えていて、店内は少しいているように見えた。

 

 それにしてもあの人はなんだか不思議な目をしていた。

 

お金持ちの伯爵が着るようなきっちりとした服を着たあの大人。

 

星空のように黒く輝いた瞳は、母に似たおだやかさがあった。

 

思わずじっと見合ってしまったが、オオカミのパン屋さんに声をかけられるまで、視線を外すことを忘れていたほどだった。

 

一日のほとんどを暗くじめじめした地面の下で過ごす自分にとって、いつもと違う時間に街へ出るのは、新しい発見があって面白いと感じるのと同じくらい、こわいと思うエディであった。

 

 

店主「おや?

ああ、しまった!」

 

 

 白い手袋をはめた手で何かをにぎりしめて店内から現れたオオカミが、辺りを大きく見回して誰に向けるともない声をもらした。

 

 

店主「ガーベラ……は、そうか、配達に出ていたんだったな。

しかし弱ったな……どうする、

この

 

 

 開いた手の平に目を落として、彼が困った様子でつぶやいたのを、エディは柵の外から聞き取った。

 

どうやらおつりを渡し忘れた客がいるようだ。

 

状況から考えてみるに、きっとさっきのメイドを連れた男の人で間違いないだろう。

 

 

エディ「……ぼくが。

ぼくが、その……おつり……」

 

 

 思わず名乗りを上げてしまったが、しかしエディははっと気付いて口ごもってしまう。

 

果たして今の自分が、いそがしい店主の代わりにそれをあずかってやると言い出して、信用してくれるだろうか。

 

うつむいて、みすぼらしい自分の身なりを確認してみれば、とても使いをたのんでもらえるようなかっこうとは言えなかった。

 

そのため、いさましく言いかけた言葉は、最後まで続かなくなったのだった。

 

 

店主「ん?

エディか、お前がこのおつりを届けに行ってくれるっていうのかい?」

 

 

 思ったとおり、彼がうたがわしげにまゆをひねったので、エディはいよいよ自信を無くしてよそ見をするよりほかなかった。

 

 

店主「ふむ。

林の向こうのお城にいらっしゃる、

アステル・メルヴィル様の所だぞ?

街の門を抜ければ北のほうに見える薄ムギ色のお城だ。

歩いて2時間ほどかかっちまうぞ?

それでも大丈夫か?」

 

 

 意外な言葉に、エディは顔を上げて力強く言う。

 

 

エディ「だいじょうぶ、走っていく!」

 

 

店主「よし、まかせたぞ」

 

 

 店の柵越しに、銅と銀色のコイン合わせて6枚を手渡されると、エディは市門に向かって駆け出した。

 

ポケットはどれも破れていたので、バランスのよいように左右の手に3枚ずつそのお金をにぎりしめて。

 

 いつも母が言っていた“人から受けた親切には、感謝と親切をもってこたえなさい”という言葉がふと思い出される。

 

 

店主「気を付けてな!」

 

 

 背中からオオカミの声が後押しした。

 

ただ純粋に、これをすれば母がほめてくれるのではないかと思い付いたまで、ただそれだけのことだった。

 

 市門を抜ければ、話のとおり目的地はすぐに見分けがついた。

 

わだちの刻まれた石畳の道もそちらのほうへ伸びたものを選べば、林の中を通るとはいえ迷うことはなさそうだ。

 

貧民区を過ぎ、じょじょに人気ひとけを失って静かな道となる。

 

快調にみえたエディの足取りは、視界の左右を高い木々がおおう頃、早くも重たいものに変わり始めていた。

 

 そういえば、今日の分のパンをもらうことをすっかり忘れていたのだ。

 

思い出せば、またもやお腹の虫がさわぎ出す。

 

お金をにぎった手で下腹を押さえこみ、痛みがやわらいだところで駆け足。

 

しばらく走ってやはり空腹に耐えかね、また歩き出すというのをくり返した。

 

 それでも、あずかったこのお金で食べ物を買って、腹の足しにしてしまおうなどとは思わなかった。

 

今のところは……。

 

 ひたむきに前だけを見て進み、えんえんと続く林の中を道なりに突っ切り、ようやく薄ムギ色のお城のほとりにたどり着いてみれば、もう日も西の空にかたむきかかっていた。

 

たどり着いたのはよかったのだが、しかしここまで来ておきながら固く閉ざされた城門を前にして、中の人にとどけ物をとどけるにはどうしたものか、ずいぶん長い間考えこんでしまった。

 

というよりも、立ち止まったことでそれまでたまりにたまっていた疲れが一気におしよせてきて、頭がぼうっとして考えることすらむずかしいというのが実際のところ。

 

 エディはとうとうその場にしゃがみこみ、お金をにぎりしめた両手をうつろな目でながめるだけになった。

 

もうこんな物は、門の前にそっと置いておいて、さっさと街にもどろうか、と思い始めた時。

 

 

女性「お客サマかにゃ?」

 

 

エディ「ひっ!」

 

 

 全く気配もなく、後ろから女性の声で話しかけられた。

 

立ち上がって振り返ってみれば、やたらかわいらしいメイド服を着た女の人だった。

 

 まず目立つのがネコの耳とネコのヒゲに、細長いネコのシッポ。

 

むき出しの両肩に軽く触れる程度の長さのオレンジゴールドの髪には、ギザギザした形のホワイトブリム。

 

大きいくりくりとしたブラウンの瞳、まぶしいくらいの笑顔を象徴するあひる口。

 

エプロンドレスのくせをして、エプロンは極めて小さく、他の生地もほとんど少ない、背中も腰の辺りまでがら空きだ。

 

首に音の鳴らない鈴、胸もとは解放され、パニエでふくらんだミニスカートからほっそりした脚が伸び、白い長くつ下と黒のバレエシューズが足先までを包んでいる。

 

 お城というのは、こんな人が出入りする所だったのか、初めて見るデザインのメイド服を着たネコメイドに、エディは少しだけ動揺してしまった。

 

 

エディ「あっ、あの……アステス、アステル・マルベルさまに、その……おつり……」

 

 

ネコメイド「ふふふ♪

ご主人サマなら、お庭で剣のけいこ中だにゃ。

こっちだにゃ!」

 

 

 若ネコが鳴くようなころころとした声音で言って、彼女は門の横の小さな扉を開けつつ手招きをした。

 

彼女に続いてエディも扉をくぐり入ると、薄ムギ色の荘厳なお城の姿が目に飛びこんでくる。

 

 

ネコメイド「こっちにゃ~」

 

 

 コロネードで道付けされた庭園を、まるで機嫌のよいネコがそうするようにとんとんとはねるような足取りで進むネコメイドについて、エディは館のほうへ向かった。

 

 前庭は色とりどりの春花が手入れの行きとどいて咲きにおい、不意の来客をも歓迎しているようでさえある。

 

ネコメイドとは違ったメイド服を着た2人の女性が、鼻歌まじりにじょうろで水まきをしている姿が見える。

 

周りをぐるりと取り囲む長くて高い城壁のてっぺんや木立の影を巡回している城兵もちらほら。

 

通り過ぎるだけでもけっこうな時間がかかる広やかな庭だった。

 

 やがて居館にたどり着き、頑丈そうな大扉を開けて建物内に入ると、これもまた大きな広間を通ることとなった。

 

いったいいくつの廊下や部屋があるのだろう、前を行くネコメイドのふらふらとうねる黒いシッポを見失ったら、とても自力では脱出できそうにない。

 

中で働くメイドたちの数も大変多く、その誰もが何か人とは違う特徴を持った亜人ということらしかった。

 

 こちらに気付いた何人かのメイドたちの、高所から向けられる不思議そうな視線が、汚れきった自分の服に突き刺さって痛い。

 

剣と剣がぶつかっているのだろう音を耳が捉えてからそこへ到着するまでに、歩廊ほろうやグレートホールを横切ってずいぶんとかかった。

 

 そうしてやっとの思いで中庭へ出てみると、その人はいた。

 

濃い紫の髪をした、星空のような瞳を持った男の人。

 

芝を一面に敷きつめた中庭の中央で、鉄剣を手に彼よりも大柄な城兵と“やっとう”をしている最中だった。

 

 

ネコメイド「ご主人サマ~、お客サマだにゃ~!」

 

 

 前を行っていた彼女が、声をかけておいてエディに道をゆずる。

 

【キン……ッ!】

 

と、ちょうど双方の剣どうしがかち合って、押し合った体勢でどちらも動きが止まった。

 

 

ネコメイド「しばらく待つにゃ♪」

 

 

 こちらに耳打ちして、ネコメイドが脇の長イスに横たわり、耳やシッポの毛づくろいを始める。

 

どうやらあの男の人が、アステルであるらしい。

 

【カン……ッ!】

 

 乾いた音を発して二振りの剣が離れ、けいこが再開された。

 

 

アステル「やっ!

やっ!」

 

 

 さらさらの髪を振り乱し、果敢に斬りこむアステルという男の人。

 

 

城兵「はっ!」

 

 

 彼の攻撃を、残らずさばききる兵士。

 

よく見れば、頭だけ出した全身鎧の城兵のほうは、その顔が青みがかった白いうろこだらけで、瞳も人並みならぬ気配を放つイエローゴールドに光っていた。

 

 

アステル「おおおおお!」

 

 

【ギィィン!】

 

 アステルが大振りの一撃を仕かける。

 

が、これもまたすばやい太刀さばきの城兵に弾かれ、逆に彼のほうが武器を取り離してしまう。

 

 最後はさっとのどもとに剣の切っ先をあてがわれ、アステルの敗北が決した。

 

 

アステル「降参、はぁ……はぁ……はぁ……」

 

 

城兵「とはいえ、なかなかの太刀筋になられた、我があるじ。

今日はここまでといたしましょう」

 

 

アステル「ありがとう、ふぅ、デイム・ルーディ。

また明日もたのむよ……」

 

 

城兵「御意、では警備に戻るとしよう、失礼」

 

 

 剣をさやに納め、向かい合って一礼をする2人。

 

城兵がくびすを返して去ってゆくと、今度はネコメイドが手近にあった白タオルを手に立ち上がって、アステルのほうへ駆け寄っていった。

 

 

ネコメイド「ご主人サマ、着けているものをおあずかりしますにゃ♪」

 

 

アステル「ああ、ありがとう」

 

 

 革の胸当てと腰の物を外し、そのタオルと交換するアステル。

 

あずかった物をかかえてネコメイドが建物の中へ入ってゆくと、彼はタオルを首すじ周りにあてがいつつこちらへ近付いてくる。

 

 

アステル「さて、と……」

 

 

エディ「あ、えっと……オオカミさんのおつり……とどけに」

 

 

アステル「君は、オオカミベーカリー&カフェに来ていた子だね?

エディだったかな、私はアステル」

 

 

 憶えられていた。

 

おそらくオオカミが教えたのだろう、エディはこれはまずいと考えた。

 

たとえば、自分がどこに住みつき、どのような暮らしをしているのか、どこまでかは分からないが、彼は知っているかもしれないのだ。

 

 となれば、さっさと用をすませて街へもどるに越したことはない。

 

 

エディ「これ、わすれてたおつり……」

 

 

 エディは右手にお金をまとめて、相手を見上げるかっこうでそれをさし出した。

 

もともと場違いな所にのこのことやって来て、肩身のせまい思いをしてまで使いを果たしたわけなのだから、もうこれ以上ここに長居をしていやな顔をされるのは面白くない。

 

 

アステル「街から歩いてきたの?」

 

 

エディ「…………うん」

 

 

 やっぱりだ。

 

急に、こちらを見下ろす彼の顔がけわしさを増し始めた。

 

 とても居たたまれない気持ちになった。

 

エディはたまらずうつむいてキャスケットのつばで視界をせばめる。

 

 と、目の前でかがみこんだアステルの手が、こちらのさし出した手に触れる。

 

 

アステル「これは君にさし上げよう。

遠い所をよく来てくれたね、だちん代わりだよ、好きに使うといい」

 

 

エディ「…………」

 

 

 はっとして顔を上げると、とても近くに彼の顔があった。

 

澄んだ瞳には、何の悪意も感じられなかった。

 

やわらかくほほ笑んでこちらの手を閉じようとする彼の手を、しかしエディはぐいと振り払う。

 

 

エディ「い……いらない!

そんなつもりでとどけに来たんじゃないもん!」

 

 

 思いきり相手をにらみつけて、言い放ってやった。

 

確かに、のどから手が出そうなくらい、それを欲しかった。

 

これがあれば、今日明日くらいはどうにか食いつなぐこともできるだろう。

 

 たのまれた使いを果たさず、悪さをしてしまいそうな自分を押しとどめたのは、ただ母の教えのみだった。

 

それだけが、今のエディがよりどころとすることができる唯一のものだったのだ。

 

ここでこのお金を受け取ってしまえば、ここまでの苦労が水の泡となる。

 

 だからこそ、エディはアステルの手の中に、なかば叩きつけるようにしてお金をにぎらせたのだった。

 

 

アステル「待って……!」

 

 

 すぐに後ろを向いて歩き出そうとするこちらの腕を、お金を持たないほうの手で取りつかみつつ呼び止めるアステル。

 

 

エディ「……!」

 

 

 突然、ということもあったのだが、母以外の者に触れられた記憶がなかったので、エディはおどろいてアステルを見返る。

 

 2人の視線がつながって、どちらも固まってしまう中、

 

 

メイド「アステル様、お風呂の用意ができてございます」

 

 

 また別の、メガネをかけたメイドが館の出入り口に現れて、横合いから用件を告げた。

 

 

アステル「ちょうどいい、お風呂に入っていって。

せめてものお礼だよ。

それに、身なりをきちんとすれば、オオカミさんもよろこぶはずだ」

 

 

エディ「……で、でも……」

 

 

【ぐうぅ……】

 

 頭の中ではいずれにしても最後まで抵抗するつもりでいたが、腹の中ばかりは憎々しいほど正直だ。

 

 こちらの弱音をしっかりと聞き取ったらしいアステルが、楽しそうにまゆを一度だけぴくりと弾ませると、こちらの横腹に手を回してくる。

 

 

エディ「わっ……!」

 

 

 全く何のためらいもせず、いやな顔ひとつもせず、彼は泥と汚れだらけの浮浪児をひょいと抱き上げた。

 

 

アステル「行こう。

お風呂のあとに、一緒にごはんを食べよう」

 

 

 髪に付けた土が真っ白いシャツの肩に落ちて汚れてしまうのも構わず、彼はエディの耳もとでやさしくささやいた。

 

 ずいぶん忘れていた、抱きかかえられるという感覚。

 

胸がしめつけてくるような熱を生じ、下腹あたりが空腹感とは明らかに違う何かを生じる。

 

 こんな大人は初めてだ。

 

 エディはそれ以上何も言うことができなくなって、白タオルのかかったアステルの首に抱きついて、彼のおもむくままに身をまかせた。

 

 

 

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