第3話〔4〕暴草の行方

 

 

 

 

 

 コリウスを馬屋の前につなぎ、ダリアを他のメイドにまかせておいて、ルナは人を探しに向かった。

 

高木の枝を踏み台にして飛び上がり、出窓のひさしを駆け渡り、居館の外壁の凹凸を伝って休み休みに上へ。

 

 そうして、ヒースブルグが一望できる尖塔のてっぺんまで登り着くと、落ちゆく夕日に照らされて独りたそがれていた先客へと声をかけた。

 

 

ルナ「プリムラ♪」

 

 

プリムラ「……ルナ」

 

 

 端反はぞりになったとんがり屋根にひざをかかえて座っていたもう一人のネコの亜人の女性。

 

ルナは呼びかけながらネコのしぐさで彼女の鼻先と自分の鼻先を軽くこすり合わせる。

 

ネコどうしで交わす、一種のあいさつのようなものだ。

 

 それからプリムラのとなりへ腰を下ろして、彼女と同じ景色をながめた。

 

 

ルナ「向こうで、何があったのかにゃ?」

 

 

プリムラ「…………フッ」

 

 

ルナ「んっ?」

 

 

 とうとつすぎたこちらの質問に、それまで難しい顔を決めこんでいたプリムラがにやりとした。

 

 

プリムラ「いまだに、にゃあにゃあ言ってんだね、あんた。

アステルさまがネコ好きだからだっけ?

昔、ネコが好きって言ってくださったんだよね」

 

 

ルナ「にゃはは……♪」

 

 

プリムラ「……アステルさま」

 

 

 からかうように言われたのでルナは苦笑いを浮かべてみたが、次にはプリムラは何かを思い出したようにどこか切なげにその名をつぶやいた。

 

 

ルナ「…………」

 

 

 つられてルナも、気づかわしい面持ちになって沈黙する。

 

山向こうに夕日が沈み、空がじょじょに黒みを帯びてゆく。

 

プリムラは観念したように目を伏せてため息をつき、話し始めた。

 

 

プリムラ「って、お願いされちまったんだ、あたい」

 

 

ルナ「……!」

 

 

プリムラ「ムスリカさまは、とても良いお方だよ。

ダリアさまも、ただ甘えたかったってだけなのは分かってる。

お母さまがいないさびしさから、つい口に出たことだったのさ。

でも、周りのメイド連中の間でウワサになっちまってね……。

あたいがダリアさまを手なずけて、だんなさまの後添いを狙ってるって。

パレンバーグ家でうまくやってく自信がなくなって、それで逃げ出してきちまったってわけさ」

 

 

ルナ「……そうだったんだにゃ」

 

 

 こちらが思っていたよりも、事情は複雑らしかった。

 

これもまた無い話ではなかったが、主人と使用人が結ばれることはごくまれであった。

 

ルナもほんの一例を知っているだけで、あとはわずかに聞きおよぶうわさ程度だ。

 

 家柄を重んじる時代、身分の違う2人が結婚など、許されようはずもなかった。

 

特に、人と亜人の関係であれば、余計に。

 

 

プリムラ「ルナ……あんたがうらやましいよ」

 

 

ルナ「プリムラ……」

 

 

プリムラ「アステルさまのためなら、どんなことだって必死になれるあんたがね……。

だからこそ、今もこの城に残ってるんだから……」

 

 

ルナ「…………」

 

 

 プリムラが言わんとするところは、痛いほどよく分かった。

 

彼女とは言うなれば同じ男性を見染めた恋がたき。

 

彼女がどれほどアステルを慕っていたかを知っている身としては、彼のもとを離れて他家へ行ってしまった彼女のその気持ちをおしはかることは難しくなかったのだ。

 

 

ルナ「でも、アタシは、プリムラのコトすごく尊敬してるにゃ」

 

 

 はげましてやろうなどとおこがましいことを言おうとしたわけではないが、ルナは城仕えのメイドとして正直なところを伝えなければならないと思った。

 

 

ルナ「外仕えとなって、アステルサマを支えているにゃ。

ソレって、とっても大変なコトだと思うのにゃ。

アタシは城の中のただの飼いネコだけど、プリムラは立派に巣立っていったネコにゃ。

もう一人前のネコだにゃ」

 

 

プリムラ「…………フッ」

 

 

 我ながら良いことを言ったつもりだったが、プリムラはまたしてもにやりと噴き出していた。

 

 

プリムラ「やっぱり……気が抜けるわ、

あんたのしゃべり方」

 

 

ルナ「……にゃはははι」

 

 

 ただし、今度はもう難しい顔にはもどらなかった。

 

踏ん切りがついたようにすっと立ち上がった彼女に続いて、ルナも立ち上がって尻を軽くはたく。

 

気付いてみれば、辺りはすっかり暗くなっていた。

 

 

プリムラ「さて、ちょっと、ダリアさまに用事ができちまったから、そろそろ行くとしようかな……」

 

 

ルナ「にゃん……♪」

 

 

 2人そろって尖塔を降りようと屋根の端へ並び立ったものの、一歩目を踏み出そうとしてどちらも踏みとどまった。

 

 

プリムラ「……あれ、もしかして」

 

 

ルナ「…………?」

 

 

 プリムラが見やる先を、ルナも確かめてみる。

 

暗がりの中、うなりを上げて表門のほうから進入してきたのは、白々しらじらと行く手を照らす2つの光だった。

 

 

ルナ「アレって、オートモービル……?」

 

 

プリムラ「……ハッ!

だんなさまっ!」

 

 

 前庭のすみに停まったから出てきた人影を認めて、プリムラが声を上げる。

 

と同時に彼女はその場を飛び出した。

 

 彼女もネコの亜人。

 

軽やかな身ごなしで居館の屋根に降り立ち、軒ぞいを駆け抜け、壁を伝ってみるみる下ってゆく。

 

ルナも負けじと追いすがり、こんな時間に自動車に乗って独りやって来た人物のもとへと急いだ。

 

 やがて2人は地上への着地を果たし、息をはずませてコロネードを並んで走ると、すぐにその者と対面することができた。

 

 

プリムラ「だんなさま!」

 

 

ムスリカ「ああ……プリムラ」

 

 

 客人のそばまで駆け寄ってプリムラが名を呼び交わす。

 

ルナも何度か会ったことがある、ムスリカ・パレンバーグ伯爵だった。

 

 背の高い、スーツ姿の壮年の男性。

 

かがり火に照らされた亜麻色の髪はほの赤く、瞳は青い。

 

誠実そうな顔立ちで、そうと知ってみれば確かにダリアの面影もあった。

 

 

ムスリカ「アステル君から電話があってね。

ダリアも来ているらしいのだが……」

 

 

プリムラ「はい、中にいらっしゃいます」

 

 

 2人が間近で差し向かうと、まるで思い詰めたような顔になってじっと見つめ合ったままになってしまった。

 

 

ムスリカ「…………」

 

 

プリムラ「…………」

 

 

 次に話すべきことに困ってでもいる様子だったので、ルナがプリムラの後ろから声をかけた。

 

 

ルナ「ダリアサマなら、アステルサマと一緒にいるはずにゃ」

 

 

ムスリカ「あ……ああ、そうか、なら……、アステル君にあいさつをしてこないと……」

 

 

プリムラ「こ……こちらでございます、だんなさま」

 

 

 はたと思い付いたように切り出すパレンバーグ伯爵と、急に仕事めかして取りつくろうプリムラ。

 

どこかぎこちなく気まずそうな2人を見てルナは、職場を放棄したメイドとそのやとい主なら、しかし当然の反応であろうとも思えた。

 

 ともかくメイドである2人は伯爵を居館の玄関まで丁重に案内したのだった。

 

大扉をくぐり入って3人が玄関ホールへ到着すると、ちょうどニアを連れたアステルが奥向きからやって来るところだった。

 

 

アステル「ああ、パレンバーグ伯爵。

ようこそお越し下さいました」

 

 

ムスリカ「アステル君」

 

 

 ホールの中央で城主と伯爵が握手を交わす。

 

 

ムスリカ「突然押しかけてしまって申し訳ない。

息子が世話になっているようだね」

 

 

アステル「いっこうに構いません。

こちらはいつでも大歓迎ですよ」

 

 

 心底、面目なげに言うパレンバーグ伯爵に、紳士らしく迎え入れるアステル。

 

城主の案内で急き込みがちになって中のほうへ歩き出す彼らに続いて、メイドたちも同行することになった。

 

 話の流れということでもあったが、ここまで来たら最後まで見届けたいという思いのルナ。

 

根本的な問題はまだ解決されてはいなかったが、父の登場となればダリアも大人しく自分の家に帰ってゆくだろう。

 

事情が事情なだけに、皆一様に神妙な面持ちだった。

 

 長廊下をあわただしく行くと、館の裏手への扉に突き当たる。

 

メイドに開扉をお命じになる余裕もなくアステル手ずからドアを開け、暗い裏庭へと一行はなだれ出た。

 

 

ムスリカ「……ダリア!」

 

 

ダリア「……!?」

 

 

 馬屋のそばで、人待ち顔で辺りを見回していたブロンドの少年を見つけて、伯爵が呼ばわった。

 

 

ダリア「父さま……!

なんでここに!?」

 

 

 子のほうは父が飛んでくるなど予期していなかったようで、まるで追い詰められた仔ギツネのように逃げ腰になってうろたえていた。

 

 

ムスリカ「勝手に飛行船を持ち出したと聞いたぞ?

いったいどういうつもりなんだ……」

 

 

 伯爵が我が子へと距離を詰めてゆく間に、父親の口調となってきびしく問い詰めた。

 

ここに来てダリアは、必死な顔で逃げ道を探し始める。

 

 

ダリア「……まずいまずい!」

 

 

 もはや父のおしかりを受け入れ、素直にこうべを垂れるより他に道はないというのに、あろうことか彼が目にとめたのはつなぎ柱につないでいた黒赤毛のウマだった。

 

馬具を身につけたままのそのウマ、コリウスに飛び付いて、くらの上までもがくようによじ登ってゆくダリア。

 

 そうして、綱を解き、不安定な体勢で手綱をつかんで叫ぶ。

 

 

ダリア「ほら、行けよ!

どうした、かけ足だろ!

このめ!」

 

 

【ヒヒ──ィィン!!】

 

 ばたつかせたダリアの足が、コリウスの横腹を蹴る。

 

これがきっかけとなって、驚いたコリウスが弾かれたように、頭をはね上げてさお立ちになった。

 

 

ダリア「うわわわわぁっ!!」

 

 

ムスリカ「あぶないっ!」

 

 

 ダリアは危うく落馬しそうになって、手づなを強くにぎりしめていた。

 

伯爵があわてて駆け寄ろうとしたが、途端にコリウスがダリアを乗せたまま走り出してしまう。

 

 

ダリア「うわわっ!

バカッ、そっちじゃない!

わぁぁっ!」

 

 

ルナ「アステルサマっ!」

 

 

 人馬がこちらに迫ってきたので、ルナはとっさにアステルの半身に飛び付いて、彼をすばやくウマの進路から遠ざけた。

 

プリムラのほうも同じように伯爵を退避させていた。

 

 コリウスはどうやら混乱してしまったらしい。

 

ルナがダリアの姿を追って振り向いてみると、今しがた自分たちが出てきた半開きのドアへと、コリウスが突進してゆくところだった。

 

【ガシャ──ン!!】

 

 

声「キャ──!」

 

 

【パリィィンッ】

 

 居館の中へ黒赤毛のシッポが消えてゆくと同時に、複数の女たちの悲鳴と、いくつもの器物が落下して割れる音がする。

 

 

ムスリカ「ああぁ、何てことだ……!」

 

 

 伯爵もとんでもない事態に驚愕の声をもらしていた。

 

 

アステル「ルナ!

プリムラ!」

 

 

プリムラ「はい!」

 

 

ルナ「はいにゃ!」

 

 

 あるじの呼びかけに応じて、2人のネコメイドが走り出す。

 

彼に名を呼ばれただけですべきことを悟るのは、メルヴィル家に仕えた経験がある者なら至極簡単なことだ。

 

 ルナが先頭となって、人馬の消えた戸口へと2人は飛び込んだ。

 

暴れ馬と化したコリウスは、玄関のほうを目指して暴走しているらしかった。

 

 

声「アアッ!」

 

 

声「キャ──ッ!!」

 

 

【ガシャァァン!】

 

 惨事の悲鳴と音が止まない。

 

割れ散った器物やガラス片を踏み分けて、ルナとプリムラは力の限り廊下を駆け抜けた。

 

やがて玄関ホールが近付き、大扉が閉じられていたためにその場で大きく円を描いて走り回っているコリウスを見つける。

 

 

ダリア「いいかげんにしろ!

こっちじゃないってば!」

 

 

【ヒヒヒィィィン!】

 

 かろうじてウマの背にしがみついているダリアの姿に危機感を募らせる2人。

 

いっこうにウマが鎮まる気配がないのは、自分が戦馬であった時代を思い出しているからなのか。

 

 そのうち、コリウスは2階へのサーキュラー階段に目を付け、そこをたちまち駆け登っていってしまった。

 

 

ルナ「コリウス!」

 

 

プリムラ「ダリアさま!」

 

 

 それぞれの名を呼び上げる声もむなしく、2人がホールへたどり着いた頃にはもう、人馬の影はなくなっていた。

 

するどく床を蹴りつけるウマの足音だけが上階からもれ聞こえる。

 

 

プリムラ「二手に分かれるよ!」

 

 

ルナ「了解にゃ!」

 

 

 階段ではない所を登り始めるプリムラの提案で、彼女と別れたルナは大扉のほうへ向かった。

 

外へ出て再び壁面を駆け登り、館のてっぺんを目指す。

 

 城内でウマが通れるほどの大きさの廊下は限られる。

 

めぐりめぐって行き着く先は最上階であろうはずなので、一気に屋根まで登りつめてしまえば、先回りをすることも可能なはずだった。

 

とは言え、地上からひと息に屋上までというのは、さすがのルナでも苦労がいる。

 

壁の目地や装飾をたくみにつかんでよじ登ってゆく間にも、いくつかの悲鳴と荒々しいいななきが聞き取れた。

 

 ようようのこと丈高い居館を登攀とうはんし終えると、今度は騒がしい声がする方向へ屋根伝いに駆け出す。

 

もとはと言えば、自分が横着をしてコリウスをちゃんと馬房の中へ帰さなかったのがいけなかったのだ。

 

 この惨事を引き起こした一因となったルナは内心、自分を責め立てる思いで駆けてもいた。

 

ダリアが落馬して大ケガをしてしまったら……。

 

もしくは、コリウスが城の誰かをひいてしまうかもしれない。

 

 様々な不安が頭をよぎり、胸が千々ちぢに張りさけそうだった。

 

歯を食いしばって居館の反対側まで突っ走る。

 

【パァァン!】

 

 

ダリア「っわああああっ!」

 

 

 屋根の端まで到達した瞬間、不意に足もとから炸裂音が聞こえた。

 

下の階、つまりは館の最上階で戸板を突きやぶって、コリウスらが空中回廊へとおどり出たのだった。

 

 

ルナ「しまった!」

 

 

 ひと足遅かった。

 

あと少し早ければ、ルナみずからウマに飛び乗って、手綱を引き継ぐこともできたのだろうが。

 

暴れ馬は勢い止まず、別館へと続く回廊をそのまま突き進んで行ってしまった。

 

 

プリムラ「ルナ!」

 

 

 後から来たプリムラに名を呼ばれ、空中回廊の両側に並ぶ列柱れっちゅうを足場代わりに追いかけようとするルナは、2本目の柱の上で立ち止まって彼女を見下ろした。

 

そのプリムラも立ち止まっていたので、もう一度コリウスのほうを確かめてみる。

 

なんとコリウスはダリアを乗せたまま、回廊の終点から勢いよく飛び出してしまった。

 

 

ダリア「うおおおおおお──!!」

 

 

 空を舞い、3馬身ほども離れたメルヴィル城の周壁しゅうへきのてっぺんへと、事も無げに飛び移ったのだった。

 

そうして今度は、その見張り兵用の歩廊を左回りに暴走し始めた。

 

 

プリムラ「こっち!」

 

 

 ただちに暴れ馬の行く先を計算して駆け出すネコメイドたち。

 

城壁はメルヴィル城をぐるりと一周しているだけなので、うまくすれば今度こそ先回りできる。

 

ルナもプリムラも、常人ではとても飛び越えられそうもない距離を飛んで、主塔や小塔の屋根を伝い、城壁に接して設けられた兵舎の屋上へと降り立った。

 

 ところへ、コリウスがさしかかる。

 

【ヒヒィィィン!】

 

 

ダリア「わぁぁっ!」

 

 

 それまで必死にウマにしがみついていたダリアだったが、とうとう力を無くしたらしい。

 

歩廊にそって直角に曲がる際、彼は手綱を取り離してしまい、あえなく空中に投げ出された。

 

 

プリムラ「ダリアさま!!」

 

 

 次の瞬間には、青ざめたプリムラが叫び声を上げ、彼を追って即座に城壁を飛び降りる。

 

胸壁きょうへき狭間はざまから外界へ消えていったので、彼女たちがどうなったのかは分からない。

 

ルナのほうは、ともかく放馬となったコリウスを停止させることで頭がいっぱいだった。

 

 とっさに手を伸ばしつつ飛びかかってみれば、幸いにも手綱を持った状態でくらの上へまたがることに成功した。

 

 

ルナ「コリウス!

落ち着くにゃ!」

 

 

 すぐさま呼びかけて制止を試みる。

 

飛び乗ったまではよかったが、いかんせん尻がくらにうまく納まりきれていなかった。

 

半分曲乗り状態のこのままでは、いずれ転倒して人馬ともにただではすまないだろう。

 

 懸命に体勢をととのえようとする彼女だったが、行く手にさらなる不運が待ち構えていた。

 

パレンバーグ伯爵を連れたアステルが、城壁のきざはしを登って来てちょうど進行方向に現れたのだ。

 

 

ルナ「ご主人サマ!!」

 

 

アステル「ハッ……!」

 

 

 まずいことに、彼は振り返るかっこうでこちらに気付いたので、とっさに避けることもままならなかった。

 

足場が暗い上に、しかもすでにこの距離。

 

もはやコリウスが2人にぶつかるのは必至だった。

 

 彼らがみるみる迫って来ても、手綱を左右に振ってみても、前を行くしかない一本道の城壁の上では、回避のしようもなかったのだ。

 

 

ルナ(アステルサマ!)

 

 

 最悪の事態が目に浮かび、ルナはミミやシッポの毛を逆立てて奥歯をかみしめた。

 

イチか、バチか……。

 

 

ルナ「飛んで!

コリウス!」

 

 

 手綱を引きしめ、ウマの腹を強く蹴って叫ぶ。

 

【ヒヒヒィイィン!】

 

馬足のリズムが変わり、コリウスがアステルたちの直前で踏み切る。

 

体幹が大きく上下し、人馬はともに飛び上がった。

 

 天高く舞い、折りたたんだウマの前足が通過したのは、あるじの頭上ぎりぎりの所。

 

夜風を受け、星明かりが照らす中、長い滞空ののち、彼らを飛び越えて向こう側へ。

 

再び伸ばしたコリウスの前足が歩廊に着地し、後ろ足がそれに続いた。

 

 

ルナ「止まれ!」

 

 

 ルナが強めに命じると、今度はコリウスも聴従ちょうじゅうの色を示した。

 

巨体は制動しづらく、曲がり角になった城壁の端から落下しそうにはなったが、何とか踏みとどまってくれた。

 

 肩で息をするルナ。

 

 鼻息荒いコリウス。

 

 それでも、まだ暴れ足りないとでも言いたげに、ウマのほうは片前足で石床をしつこくかき鳴らしていたが。

 

 

ルナ「ハッ……!

ダリアサマ!」

 

 

 思い出してルナは、すぐさま下馬げばして外をうかがってみる。

 

胸壁から身を乗り出して地上に目をやってみても、視界には暗い森が広がるばかり。

 

根気よく目をこらしてそれらしき人影を探していると、城壁のそばに立っていた高木の枝の上に2人の姿を見つけることができた。

 

 ダリアをかかえたプリムラ。

 

うす暗がりの中、こちらを見やって彼女が片手を上げたので、どうやらどちらも無事であるようだった。

 

 

 

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