第3話〔3〕移り木なご主人様

 

 

 

 

 

ダリア「ゴブリンやオークはいらない。

おまえは人間みたいだな。

わが家につとめに来る気はないか?」

 

 

モモ「ぼく、今はリリィさまのコマヅカイだから。

あなたの所には行けないよ」

 

 

ダリア「……ふん、まあいい。

そもそも、見ならいメイドはろん外だしな」

 

 

 何をそんなにいているのか、城の裏門から入ってさっさと居館へ繰り込んだダリアは、長廊下を行っていたリリィたちの一団を見つけて、さっそく勧誘を始めた。

 

 

リリィ「なぁに?

この子……ずいぶん乱暴な物言いね」

 

 

 つい最近までの自分を棚に上げておいて、車イスの少女もかなり乱暴な物言いだ。

 

とは言え、はべらせた見習いメイドの従者たちをいきなり小ばかにされて、小腹を立てたくなるという気持ちも分からなくはない。

 

 ルナは彼女のかたわらまですっと近寄っていって、ひとつ耳打ちしておく。

 

 

ルナ「この方が、パレンバーグ伯爵のご子息サマだにゃ……」

 

 

リリィ「えええっ!?」

 

 

 彼女もやはり目を丸くして驚いていた。

 

 

ダリア「ふんっ、足萎あしなえに用はない。

行くぞ、メルヴィルししゃく」

 

 

アステル「おおせのままに……」

 

 

 いつの間にか王さま気取りの少年に、アステルも苦笑まじりで臣下役に徹してしまっている。

 

ニアまでもがあるじの後ろに静かにひかえるばかりだ。

 

居たたまれなかったのだろう、ダリアが来てから終始暗い顔だったプリムラは、一行が居館へたどり着くまでに姿を消していた。

 

 こうなっては、城主みずから客人をもてなしている以上、ルナもダリアの気がすむまで彼のともを勤め上げるより仕方なかった。

 

小さな貴族サマはこの後、手当たり次第にメイドを品定めしていった。

 

 

ダリア「ハーフリング?

ダメだな、パレンバーグ家のげきむにはたえられんだろう……」

 

 

 客室に踏み入っては、調度品ちょうどひんをふき込んでいたステラを捕まえておいて、そっけもなく拒絶していた。

 

そばにいたアイビーが何か言いたげにダリアへ詰め寄ろうとしたので、ルナはあわてて彼女をなだめとどめておいた。

 

 

ダリア「おまえは、ワータイガーか。

ボディガードにはよさそうだが、せっきゃくには向かないな……」

 

 

 上階への階段の踊り場では、すれ違ったトラ柄の体毛を有したメイドに声をかけていた。

 

野性味あふれるその女性をひと通りながめていた彼だったが、人のものではない両耳と気高くするどい両眼にながめ着いて、はたと鑑定を切り上げた。

 

腕を組み、むずかしい顔で2階へ昇ってゆく男の子を、彼女は心底困惑した様子で見やっていた。

 

 

ダリア「クヌム族?

めずらしい亜人だな……。

しかしそのツノは、じゃまそうだ」

 

 

 居室でヒツジのツノを生やしたメイドに興味を持ったダリアだったが、これもまた勝手な考察で不採用ということにしていた。

 

 以降も、彼は城内を気まぐれにめぐって何人ものメイドを見て回ったものの、結局、一人としてお眼鏡にかなう者はいなかったようだ。

 

 

ダリア「……そういえば」

 

 

 いよいよとなって、4階の空中回廊を別館へ向かって歩いている時、ダリアが思いついたように立ち止まってこちらを振り返った。

 

 

ダリア「ネコの亜人なのだな」

 

 

ルナ「にゃっ!?」

 

 

 出し抜けにひょんなことを言われて、ルナはびくりと固まった。

 

全く油断していたところへ、そんな含みのある言葉が飛び出てきては、警戒せずにはいられない。

 

 

ダリア「背もプリムラと同じくらいか、身がるそうではあるな……」

 

 

 あごにこぶしを当て、大人ぶって考え込むしぐさのダリアに、ルナは悪い予感しか浮かばなかった。

 

彼女が心配をしなければいけないのは他でもない、この小さな貴族が自分を気に入り、外仕えのメイドとして連れてゆきたいなどと言い出しはしないかということだ。

 

 もし万が一、アステルがダリアのその要求を承知したとなれば、ルナは否応なくこの城を去らなければならない。

 

それはつまり、彼女にとってもっとも不幸なことだった。

 

 

ダリア「よし、決めたぞ。

おまえをプリムラのかわりにもらっていこう!」

 

 

 そう言い放って満足げに笑う彼を、ルナは小憎たらしい子どもだと思ってしまった。

 

それゆえに彼女は、今にも泣き出しそうな顔でダリアを見やり返してしまったのだ。

 

 

ダリア「なんだ、そのイヤそうな顔は……!

こっちは一人、勝手にやめていったのだぞ。

かわりのメイドをもらうけんりはあるはずだろ」

 

 

 案の定、こちらをするどく見とがめて声を荒らげるダリア。

 

 

アステル「ダリア……」

 

 

ダリア「なんだ、ししゃく」

 

 

 取り乱しぎみな彼を呼びかけて、アステルはルナのかたわらへ立った。

 

 

アステル「本当に申し訳ないのだけれど、彼女を外仕えに出すつもりはないんだ、ごめんね」

 

 

ルナ(にゃっ……!)

 

 

アステル「でも、この城にいる間は彼女を側仕そばづかえとして従えても構わない。

メイド選びの参考にするといいよ」

 

 

ダリア「……ふむ」

 

 

 アステルの提案に、いちいち大人っぽく考え込むしぐさをするダリア。

 

本物の大人らしい城主の応対に平静を取りもどしたか、曲がりなりにも貴族の少年はひとつ息をついておいて取り澄ましたように言った。

 

 

ダリア「ししゃくの言うことも一理あるな。

では、そのメイドにはあんない役をたのもう。

おまえ、名は?」

 

 

ルナ「……フフフ、ルナにゃ~~♪」

 

 

 

 

 

 

 

 

 ダリアをたくされたルナは、とりあえず客人用のダイニングルームを訪れ、彼に午後のティータイムを提供した。

 

執務に向かった城主らにていよく子守りを押しつけられた形ではあったが、ゆるみきった顔の今のルナにとってはむしろそのほうが都合がよかった。

 

 

ダリア「いがいと広いんだな……この城も」

 

 

ルナ「ンフフフ♪

そうだにゃ~」

 

 

ダリア「しかし、よくもこんなにあつめたものだな。

いったい何人の亜人がいるのだ?」

 

 

ルナ「ニャフフフフ♪

にゃんにんかにゃ~」

 

 

 紅茶の入ったティーカップを片手に話しかけてくるダリアに、向かいに座ったルナはうわそら空返事そらへんじをくり返すのみ。

 

客人と同じテーブルに着き、だらしなくおしゃべりを続けるなど、パーラーメイドにあるまじき行為ではあったが、そこはルナの特権だ。

 

相手の機嫌をとってさえいれば、2人きりでいる限り他者の顔色をうかがう必要もないのだった。

 

 

ダリア「…………おい」

 

 

ルナ「ふにゃぁ?」

 

 

 あまりに適当な受け答えをしてしまったためか、その客人がティーポットとケーキスタンドの間からいかにも不服そうなじめっぽい目でにらみつけてくる。

 

 

ダリア「何をそんなにニヤニヤしてるんだ?」

 

 

ルナ「えへへへへへ~、分かるかにゃ~ぁ?」

 

 

 半分期待していた質問を投げかけられて、ルナはいっそうにこやかになって答えた。

 

 

ルナ「アステルサマが~、ルナを外仕えにするつもりはない、って言ってくださったからだにゃあ♪」

 

 

 そう、先ほどの城主の言葉に、彼女はこの上もないほどの幸福をひしひしと感じていたのだった。

 

あるじのそばを離れなくていい。

 

いつ外仕えの声がかかるか不安で仕方なかった。

 

その不安が、アステルの口から直接的に聞いたひと言によって、一気にかき消えたのだから。

 

 安心と喜びが今、ルナの胸に満ち満ちている。

 

 

ダリア「なんだおまえ、はたらきたくないのか。

それって、ししゃくにとってはめいわくというものなんじゃないか?」

 

 

ルナ「にゅっ……!?」

 

 

 ダリアの言葉で、ルナはふと我に返った。

 

 

ダリア「だってそうだろ?

仕ごともしないで城にすみついているわけだし。

ほかのメイドたちは、よそへつとめに出て、この城とメルヴィルししゃくのささえになっているというのに……」

 

 

 自分の半分ほどの歳の子に、思わぬ説教をされてしまった。

 

確かにはたから見れば、勤めにも出ずに城壁の中で悠々自適の生活を味わっていると思われても仕方がないこと。

 

 

ルナ「そ……そんなコトはないにゃっ。

今だってこうやって、ダリアサマというお客サマのお相手をしてさしあげてるのにゃ」

 

 

ダリア「なるほど、ではちゃんとあいてをしてもらわないとこまるぞ?」

 

 

ルナ「ん──ゅ、分かったにゃ!」

 

 

 うまく丸め込まれたような気もするが、ともかくルナはやる気に満ちた顔で立ち上がった。

 

2皿目のケーキに手を伸ばしかけたダリアの腕をぐいとつかんで、制止も聞かずに彼を部屋から連れ出す。

 

パーラーメイドとしての面目を立てるのには良い機会かもしれない。

 

どこまでも前向きになれそうなほどに、彼女の心はおどっていたのだった。

 

 ぶつぶつと愚痴をこぼし続けるダリアをなだめすかして、居館を出てやって来たのは、裏門のかたわらにある馬屋だ。

 

 

ダリア「なんだここは。

こんなところでメイドをさがせと言うのか」

 

 

ルナ「まぁまぁ、ダリアサマはウマに乗ったコトはあるかにゃ?」

 

 

ダリア「うま?

もうオートモービルの時だいだぞ……」

 

 

 中へ踏み入り、並んで馬房ばぼうを見て回る2人。

 

ルナがそこへさしかかると、黒赤毛のウマがこちらに気付いて近付いてきた。

 

【ブルルル……】

 

 馬栓棒ませんぼうの向こうから首を伸ばし、ルナの耳に鼻先を押しつけてくる。

 

 

ルナ「コリウス、元気だったかにゃ?」

 

 

【ヒヒーィィィン】

 

 強めに平首ひらくびをなでてやると、返事をするようにいなないた。

 

 

ダリア「そいつは?

おまえのうまなのか?」

 

 

ルナ「コリウスはもともと、デイム・ルーディのウマだったにゃ。

今はもう老馬になって引退したけど、デイム・ルーディの戦馬として戦場で活やくして彼女にナイト爵の称号をもたらした名馬にゃ♪」

 

 

 ひと通りコリウスとのあいさつをすませたルナは、馬栓棒を外しにかかった。

 

 

ダリア「おい、そいつをどうするつもりだ?

まさか、乗るなんて言わないだろうな……」

 

 

ルナ「ダリアサマもウマの背に乗って野駆けをしてみれば、きっと楽しいにゃ。

オモテニャシにゃ~♪」

 

 

 急に逃げ腰になるダリアを尻目に、ルナはコリウスに馬具を着装し始めた。

 

乗馬の準備が万端整うと、ルナはさっそくダリアを抱き上げてくらの上に座らせた。

 

 

ダリア「うわわわっ、あぶっない」

 

 

ルナ「だぁいじょーぶにゃっ」

 

 

 彼を馬上に据えておいて、手づなを引いてウマを馬屋の外まで誘導する。

 

青空の下へ出ると、ルナもあぶみに足をかけて尻馬へまたがった。

 

 

ダリア「わっ、わっ、乗ってる。

うまに乗れてる……」

 

 

ルナ「フフフ……♪」

 

 

 顔はうかがえなかったが、ダリアの声はにわかに弾んでいた。

 

嫌がってはなさそうだったので、ルナは手綱を繰ってウマの鼻先を門へ向け、まずは並足なみあしにてコリウスを進めた。

 

 

ルナ「しっかりつかまってるにゃ。

ソレッ」

 

 

【ヒヒーィインィン】

 

 城外へ出た所で手綱を軽く打ち入れると、コリウスはいなないて力強く駆け出した。

 

 

ダリア「ふわっあっあっ!」

 

 

 駆足かけあしとなるとくらが激しく上下に揺れて、2人の体幹を突き上げてくる。

 

雲ひとつなく晴れ渡った空、風は心地よくほほをなでる。

 

 

ダリア「走ってる!

走ってるっうっ!」

 

 

 飛行場を大きく回り込んでいるうちにダリアもウマの背に慣れてきたらしく、子どもらしい声を上げていた。

 

軽快に大地を蹴る四本の足、躍動する筋肉、荒ぶる息づかい。

 

老いたとは言えども、コリウスは2人を乗せてなお疾風はやてのように、波立つ草原を馳せた。

 

 エプロンドレスのミニスカートをひらめかせ、ネコのメイドがスーツの子どもとともに黒赤毛にまたがって野駆けをする姿は、さぞ奇々妙々に見えるだろう。

 

くらのグリップを両手でつかんで必死に前だけを見据え続けるダリアにとっては、そんなことはもはや取るに足りないことであったのだろうが。

 

 

ルナ「どうどーう」

 

 

 ひとしきり駆けめぐり、やがて立ち木が目立つようになる頃、ルナは手綱を引き付けて馬速をゆるめた。

 

 

ダリア「……なんだ、もうおわりか?

りょう地はここまでか……」

 

 

 そろそろとウマの鼻を城のほうへ向け始めたので、ダリアが少し残念そうにこぼした。

 

 

ルナ「アステルサマの領地は、城の周り一帯からあの山脈の向こう側まで続いてるにゃ。

コレ以上は森番の許可がないと入れないのにゃ~」

 

 

ダリア「そうなのか……イテテ、おしりが少ししびれたみたいだ……」

 

 

ルナ「平気かにゃ?」

 

 

ダリア「もんだいない」

 

 

ルナ「ゆっくり行くにゃ~」

 

 

 ルナは歩様ほようを並足に変えて、飛行船がたたずむ飛行場の反対側をメルヴィル城へと引き返した。

 

 

ダリア「父さまは、こんなことはしてくれなかった……」

 

 

 2人の呼吸が落ち着いてくると、彼はどこかさびしげな声音で語り出した。

 

 

ダリア「おれには母さまがいない。

ずっと前にやまいでたおれてしまったからな。

だから、こんなことを言ってはいけないのかもしれないけど……」

 

 

ルナ「……」

 

 

 まだほんの少し言葉を交わしただけではあったが、ルナはダリアが話とはずいぶんと違って見えた。

 

もしかするとこの子は、たださびしかっただけなのではないか。

 

 

ルナ「そっか、ママ、いないんだにゃ……」

 

 

ダリア「…………」

 

 

 そこまで話し終えると、どちらも継ぎ端に迷ったまま口を閉ざした。

 

並足の心地よい揺れに、少々疲れが現れて、しゃべる気が失せたということもあろう。

 

あるいは、今日知り合ったばかりのメイドに聞かせる話ではなかったと、後悔されているのだろうか。

 

 とにかく2人は、しばらく静かにウマに身をゆだねていた。

 

そうして、日が傾き始め、城の裏門が近付いてきた頃。

 

 

ダリア「……プリムラに言ったことを、あやまりたい……」

 

 

 ふと口をついて出たらしい言葉は、今までの彼からは想像もできないほど、素直だった。

 

 

ルナ「……フフフ♪」

 

 

ダリア「な……なにがおかしいんだっ」

 

 

ルナ「フフ、ゴメンにゃ。

ダリアサマが、聞いていた話と違うみたいだったから……」

 

 

 ふところにいるダリアが不満そうにこちらを見返ったが、ルナは構わずにこやかに返事をした。

 

 

ルナ「だって、ダリアサマ。

アタシの胸やお尻には、ちっとも触らなかったからにゃ」

 

 

ダリア「なっ……!」

 

 

 途端に顔面を赤らめ、即座に前を向き直って肩をいからせる彼。

 

 

ダリア「おお、おまえのムネはっ、

た……ただ、さわりがいが無さそうだったからだ!」

 

 

ルナ「ひ……ひどいにゃっι」

 

 

 照れ隠しのように言われた暴言で、危うくルナは白目をむきかけてしまった。

 

恥ずかしそうに顔を伏せて、張り上げたダリアの言葉には、あのとげとげしさは無くなっていたものの。

 

 

ダリア「あいつ~……そんなことまで……!」

 

 

ルナ「話の流れだったにゃ……ι

きっとプリムラも、そんなコトを言うつもりはなかったのにゃ」

 

 

 どうやら本気で怒っているらしいダリアに、ルナはプリムラ本人の代わりとなってあわてて弁解を差しはさんでおいた。

 

 

ルナ(触ったのはホントだったのにゃ……ι)

 

 

 同時に、プリムラが話していたことが割と真実だと知って、少々あきれてしまうルナでもあった。

 

 夕焼け空が広がり、人馬じんばが城門をくぐりかかる時、ルナは前を見据えつつ最後にひと言、付け加えた。

 

 

ルナ「プリムラに何を言ったのかは知らないにゃ。

でも、きっと彼女は怒ってないと思うにゃ。

そうでなきゃ、今も“”とはお呼びしないはずにゃ~♪」

 

 

ダリア「…………うん」

 

 

 

 

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