第4話 初任務②

「殺すなよ、サツが来る」

巨漢の1人が他の2人に指示をする。間合いはジリジリと詰められ、ブルーと3人の間は1メートル程度しかない。こちらの方がリーチが長い。まだ有利なはずだ、とブルーは考えていた。

イエローから戦い方は教わっているが、集団との戦闘はまだ習っていない。相手の出方を窺うしかなかった。


さらに距離は縮まり、ブルーは1歩踏み出せばモップが届くと計算した。その瞬間、1人の男がナイフを投げてきた。ブルーはかろうじて飛んできたナイフをかわすと、投げた男に1歩踏み出しモップを叩き込んだ。モップの柄が男の耳の後ろを捉え、倒れ込む。やった、と思ったのも束の間、2人の男がブルーに襲いかかった。

左の男のナイフ攻撃はかわせたが、右の男の膝がブルーの腹にめり込む。ブルーは小さくうめき声を上げながらもモップを振り回した。だが思うように力が入らずモップは空振った。左の男はブルーの肩をナイフで切り裂いた。


最悪だ、最悪の日だ。ブルーは腹の痛みに耐えられず、肩膝をつきながら思った。最悪だ。俺のせいだ。俺がクラブに行こうだなんて言ったから。何とかなると思っていた。イエローに稽古をつけてもらっているのだから。危険が及んでも対処できると思っていた。強くなったつもりでいた。こんなものなのだ。コタニディテクティブに入って、仲間ができて、この世の中を変えられると思った。俺は女1人守れなかった。こんなものなのだ。くそったれ。死ぬんだ。諦めるしかないんだ。


最後の力を振り絞り、玉砕覚悟でモップを握った。


その時。


音楽が止み、照明が落ちた。暗闇。微かに聞こえる階下の悲鳴。何人かが階段を上がる音が聞こえてきた。


「正義の味方、参上!」

その声とほぼ同時に照明が点いた。ブルーの目の前には黒いコートと、金髪の後ろ姿があった。


「頑張りすぎだぞ、坊主」

イエローが振り返る。


「ガキだけじゃなかったか。命令変更だ。殺せ」

リーダー格の男ともう1人がイエローとブラックに襲いかかる。ブルーに対する攻撃とは違う、殺意のこもったナイフの突き刺しだった。イエローとブラックはそれらをいとも簡単にかわし、ナイフを持つ2本の腕をそれぞれ捻りあげた。ナイフが手からこぼれ落ちるのを見て、みぞおちに蹴りを入れると、巨漢は音もなく崩れた。


「お前3人に襲われたら俺だって逃げるぞ?」

うずくまるブルーにイエローがしゃがみ込んで話しかける。

「まぁよくやった。パープルも気絶してるが、軽傷だ」

ブラックがパープルを抱えた。

「いつから、ここに……」

ブルーは痛みの混じった声で問うた。

「いつからって、最初からだよ。お前らだけにこんな危険なことさせられるか」

「つけてたの……?」

「あぁ、お前にマイクつけといた」

イエローはブルーの衣服を探って超小型マイクを取り出した。

「さて、帰ろうか」

ブラックがパープルを抱えながらドアへと向かうと、階下から再び悲鳴が上がった。

「ん?」

イエローが階段を降りて階下を覗くや否やすぐに身体を引っ込めた。

「まずい、警察だ」

「誰かが通報したのか?」

「有り得なくね? ここの客みんなヤク中だろ?」

「警官との衝突はまずいな」

「俺に任せろ」

イエローは階下に降りた。警官数十人が店員、客を制して取り調べを行っている。

「グリーン、今だ」

腕時計型通信端末にイエローが呼びかけると、場内の照明が再び落ちた。

ブルーはようやく歩ける程度にまで痛みが緩和し、イエローのレーザーポインターの合図で裏口から全員脱出した。


しかし、裏口の外にも機動隊が配備されていた。透明な板を構えた数人がブルー達を待ち構えていた。

「こりゃあ、まいったな」

イエローは両手をあげて降伏した。ブルーも両手をあげる。ブラックはパープルを地面にゆっくりとパープルを降ろし、両手をあげ、前に出た。

「俺がリーダーだ。彼らは俺の指示で行動したまでだ」

「話は後で聞く」

警官はブラックの腕を掴み、拘束した。

「そっちの少女と少年は怪我をしている。手当をしてやってくれ」

ブラックは連行された。イエローとブルーも逮捕され、パープルは1人の警官が抱えた。


ブルーは空を見上げた。久しぶりに見た夜空には大きな満月は黄金色に輝いていた。ブルーは大きく息を吸って、ほほえんだ。


翌日、ブルーとパープルを除くコタニディテクティブのメンバーが、アジトで目を覚ますことができたのはブルーのおかげだった。


それぞれパトカーに乗せられ、警察署へ移送される時のことだった。

「サングラスを外せ」

乗り込んだ車内でブルーの右腕を掴んでいた警官が言った。

「嫌だ」

「命令に従わないと後が怖いぞ」

「嫌だ」

「ん? 貴様、どこかで見た顔だな。前科持ちか? サングラスを外せ」

「俺がサングラスを外したらきっと後悔するぞ」

「おー、おー、後悔させてみろ、早く」

ブルーはゆっくりと、優雅に、サングラスを外した。

「あっ、あなたは……」

「僕を知っているでしょう?」

「え、ええ……」

驚愕と畏怖が渦巻く混沌の空気が流れた。

「なぜ、ぼっちゃんが……?」

「これから申し上げることは2つだけです」

ブルーは胸を張った。

「われわれを即時解放すること。そして、この件を口外しないこと、さもなくば……」

「さもなくば……?」

「数日以内に自殺と断定せざるを得ない状況で発見されるでしょうね。世界のどこにいたとしても」

警察官達の顔がみるみる青ざめていった。権力から逃げ出したかった自分が、権力を盾にこの場を切り抜けようとしている。その姿が可笑しくて仕方がなかった。

「失礼いたしました!」

「彼らの前ではそういう態度も慎むように。もうサングラスをかけます」

パトカーを戸惑いながら降りるブラックとイエローと意識を取り戻したパープル。

「俺らは逮捕されるほどの価値もない人間てことなのか?」

「助かったからいいんじゃない?」

眠そうな表情をしているパープルは、ゆっくりと背伸びをした。

「お前……何かしたのか……?」

ブラックはブルーに問う。

「……そんなわけ、ないでしょう」

午前2時を少し過ぎたところ。もう終電はなくなっている。AMDを持ってきていたブラックとイエローは先に帰る、と地面を蹴り上げて去って行った。ブルーとパープルは、歩いて3時間はかかるであろう距離を歩くことにした。


「無理、マック寄ろう」

「マック……?」

「知らないの?マクドナルド」

「いや、知ってるけど」

前時代的だ、とブルーは思った。マクドナルドは自分が生まれた頃には海外から進出してきた数多のハンバーガーチェーンに攻撃され、かなりの痛手を受けたと聞いていた。一度もハンバーガーというものを口にしたことのないブルーであったが、きっと古くさい味がするのだろうと考えていた。

「行こうよ」

「いいけど」

深夜にもかかわらずニューカブキは眠らない。人々はいくらかまばらになっているが、煌々とネオンが灯っておりパトカーのランプも近くで点滅している。きっとまた別の店が摘発されたのだろう、とパープルは考えた。


歩いて10分、ニューカブキの喧噪から離れるとコンビニか深夜営業の飲食店の明かりだけが帰途への目印になる。

「あったあった」

マクドナルドの赤い看板を見つけ、パープルは微笑んだ。

店内には2、3組のカップルがぐったりとしていた。大学生だろうか。皆遊び疲れたという顔をしている。このまま店内で始発まで待ち続けるのだろうか。

「何にする?」

パープルがレジカウンターのメニューを見ながら問う。ブルーの胃袋は空になっていたが、恐怖と緊張から解放された安心からか疲労が押し寄せておりあまり食欲がない。

「えっと、チーズバーガーのセット1つ」

パープルが人差し指を立て、合図をした。

「コーラで」

ブルーにはパープルの注文の意味が分からなかった。セットとは何なのか。何のセットなのか。その後に付け加えたコーラとは何なのか。

「あぁ、ポテトで」

さらにパープルはポテトと付け加えた。サラダだろうか、とブルーは思った。

「俺も、それで……」

腹は減っていないのだが、ブルーはまねをするしかなかった。


2人でハンバーガーとコーラとポテトののったトレーを持って2階へ上がった。丸いスツールのカウンター席に横並びで座る。

パープルが包み紙を解いてチーズバーガーにかぶりつく。そして、口の中のチーズバーガーをコーラで流し込む。

それを眺めた後で、ブルーは同じようにチーズバーガーにかぶりついてみた。なるほど。ジャンクな味ではあるがパンの柔らかさと肉の重み、そしてチーズとケチャップの風味がそれらをコントロールしてひとつの完成された料理ではある。うまい、ブルーの胃袋は唸った。

「アンタ、アタシのこと助けに来てくれたんでしょ」

ポテトをくわえながらパープルは言った。口元が油で輝いている。セクシーだ、とブルーはしばしその唇を見つめていた。

「いやあ、あの時は夢中で……。無謀だったよ」

「あの部屋に入った時、男と女が裸でヤってた。たぶんヤクもキマッてたと思う。アタシはひるんで逃げだそうかと思ったけど遅かった。あのデブ達に囲まれて、お前も裸になれって。抵抗したら殴られてすぐ気絶しちゃった」

パープルの声がだんだんと震え始めていた。

「……怖かった。アタシは親もいないし、死んじゃってもいいってどこかで思ってたはずなのに、すごく死ぬのが怖かった」

パープルの目からこぼれる滴はトレーに吸い込まれていった。

「実は俺も怖かった。俺の発案でパープルに協力してもらって、俺のせいで危険な目にあって、俺はあいつらを倒せないで死ぬ。死ぬのはかまわないけど俺のせいで苦しんだ人間を守れないことが怖かった」

パープルは顔を両手で覆い、震えている。ブルーは背中をさすってやった。

「ありがとね、ありがとう……」

「お礼はみんなに言ってあげて。俺は迷惑しかかけてないから」

夜は更けていく。アジトまで歩きで何時間かかるか分からない。ブルーはこのカウンター席で日が昇るのを待とうと思った。パープルは大人びているし、戦闘能力も自分よりずっと上だ。しかし、彼女はまだ幼い女の子なのだ。守ってやらなければならない、ブルーは心に誓った。強くなろう、そう思った。


「おう、お前ら朝帰りか! 最近怪しいなと思ったらもうそういう関係かよ」

バカ言わないで、とアジトに戻ったパープルはイエローの言葉を手で払うと自室に戻っていった。

ブルーはソファーでくつろぐ、イエローに歩み寄り、頭を下げる。

「俺を強くしてください、俺に稽古をつけてください」

今すぐ、ブルーははちまきを締めるように言った。

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