第4話 青春start

親は仕事の関係上、私についていけなかったので従妹の夢の家に住むことになった。

郊外にある夢の家は広い。一軒家。

とてもじゃないが、都会のド真ん中だとは思えないほど静かで、私が住んでいた田舎より…いや、同じくらいののどかさを纏っていた。

赤い屋根に白い壁が目印、庭もあり、丁度花が咲き誇っている時期だ。

庭には小さいながらに池もある。

何も生き物は居ないけど、それでも田舎で野山を駆け回っていた私にとってはそれだけでわくわくせざるを得なかった。

幼い頃の記憶だからまた変わっているのかもしれないけれど。


卒業式が終わった後、すぐ新幹線に乗り都会へと進出した。

スケジュールがキツキツで周りの同級生が友達と肩を寄せ合いながらスマホに各々思い出を残していく中、私一人だけ担任に最後の別れを告げた後、同級生の目に入らないようにそそくさと学び舎を後にした。

ボロボロの無人駅まで錆びついたワゴンで父親に送ってもらい、2時間に一本しかない汽車を逃さぬよう必死に駆けて行った。

そんなこんなで街に出てきたはいいが、ボロボロの無人駅とは180度違う新しい駅で乗り方やなんやら色々分からなくなった。だがしかし、勇気を振り絞ってナビや駅員に聞くなどしてなんとかスムーズに乗り換えすることもできたし、無事に東京へと着くことができた。

我が儘を言えば飛行機に乗りたかったが、予算の関係とかえって手間取ってしまうことが安易に想像ついたため、「そんなの大人になってからいくらでも乗れよう。」と両親にたしなめされ、飛行機は断念した。

本音を言えば「飛行機、乗りたかった」

ふと、これまでのことを思い出しながら車窓を見る。

田舎のあぜ道がいつの間にか消え、廃ビルの森ともいえよう昔の繁華街を横目に東京へと向かって行く。

ここでやっと実感する「上京」

この廃ビルの森ももうすぐ抜ける。

テレビの向こう側の世界は一体どんなものかと、自分の目にはどのような風に映るのかと空想を交えながら、気付くとうたたねをしていた。


機械的なアナウンスの声で目が覚める。


東京駅に無事着くと早速夢のお父さんが迎えに来ていてくれていて、あとは車に荷物を積んで夢の家へと向かった。

ここでやっと落ち着いて窓の外を見る。

盲目の奥に焼き付いてくるのは、どこもかしこもビルビルビル。

高層マンションやらオシャレなカフェやらスクランブル交差点を渡る会社員のみなさん。黒のスーツに黒のカバン。今までにこんな量の人を見たことがあるだろうか。いやない。沢山の人なんて町内会のお祭りぐらいしかない。

というか、田舎(町内会)のお祭りの人の多さと比ではない。

見たこともないものばかりが右から左へ、前へ後ろへと移り変わっていく。

テレビでしか見たことのないあのタワーやあの建物、時計を見ながら少し駆け足でさわやかに走り去って行ったあのお姉さんはこれからデートでもするのだろうか、薄いピンクの可愛いが飾り気のないワンピースをひらひらと揺らしていた。

「…パンツが見えそうだ……」

思わず唾を飲んでしまう。都会って恐ろしい。あんな人がわんさかと居るのか。

そりゃ、田舎と比べてはいけないのかもしれない。いや、いけない。

だがしかし、あれはファッションなのかもしれない。

それか、ただ単純に走っていたから風でスカートがめくれそうになっていただけなのかもしれない。

まぁ、どっちでもいい話だが。

次から次へと飛び込んでくる目の前の状況に興奮しながらも心の奥で考えていたことといえば、兎にも角にも早くJKになって、おニューの制服に身を包んで桜森高校の門をくぐりたい一心しかなかった。


やがて車は目的地であり、帰る場所でもある夢の家へと到着した。

幼い頃見た夢の家はこれっぽっちも変わっていなかった。

出迎えてくれたのは夢のお母さん。赤いエプロンをしていかにも家庭的な女性だ。

私のお母さんの妹だ。お母さんと違ってとっても優しい。

うちのお母さんと来たら髪はボサボサ、家ではいつも寝間着姿で、畑出る時はどーでもいい服装か古着。化粧なんてしないし。こんなんだから小中の時の授業参観にはマジで来てほしくなかったのに、私の言う事なんて無視で欠かさずに来ていた。

そりゃあ、他のお母さん方だってここら一帯は農家の家しかなかったから

たしかにノーメイクで古着とか来て畑を手伝ったり、手伝いに行ったりをしていたのは知ってるけどさ、参観日くらいはそれなりに化粧をしていたよ。


「明菜ちゃん…?」

「あっ、ごめんなさい。ボーっとしてました」

夢はこの時在宅しておらず、私は夢のお父さんに荷物を持つのを手伝ってもらい、お母さんにこれから三年間使わせていただく部屋とどこに何があるのか家の案内をしてもらった。

三年間使わせていただく自分の部屋は実家の自分の部屋よりも広く綺麗だった。

そしてオシャレ。

実家の方の自分の部屋が綺麗ではないのは自業自得ともいえるが、ここではスルーしよう。

白い壁に程よい大きさの窓。二階建ての家で二階にあるここは最上階だからであろうか、いや、ただ単純にこういうデザインなのか、とにかくオシャレだからこの際どっちでもいいけど、天窓が付いていた。


「…なんてオシャレなんだろう」


きっとこの窓からは夜になれば美しくも艶めかしい月をご覧になることができよう。

小さいながらも大きな存在感を放つその窓に私はしばらく釘づけになっていた。

結局、その窓を放心状態で見つめたままで…時刻はいつの間にか夕方となっていた。


オレンジ色の空も実に美しく可憐であった…。



夢が帰って来たのは夕方。

とはいっても、眺めていたはずのオレンジ色の空が赤黒く染まり始めた頃だったが。

インターホンの音で私はやっと我に返った。

「おかえり」

私は玄関に駆け寄るとぽかんと口を開けたままの夢にいたずらに笑った。


話と態度を見て、感じている限り、やはり夢は完全に私の事を見下していたようだ。

が、私の今までの努力と武勇伝を聞いて、見直したようだ。

何で見下されていたのかは不明だが。

いやまぁ、なんとなく分かっちゃう自分も居たりするからちょっと胸が苦しいけど。


さてさて、

学校が始まるまでの間、夢と一緒に色々そして沢山買い物に行った。

テレビ越しに見ていた可愛い雑貨屋さんやビル街、スクランブル交差点、アニメ専門店、ここには書ききれない程とにかく色々なところへ足を運んだ。

そして、嫌がる夢を横目に毎日毎日夢の部屋で「夢の彼氏が見たい」と散々だだをこねた結果、3日で夢が折れた。

最初は携帯の写真しか見せてくれなかったが、実物を春休み中に見せないと毎日朝昼晩食前食後、おまけでモーニングコールでわけの分からない言葉と共にだだをこね続けるとグチグチネチネチ耳元でこれまた言い続けた結果、今度は1時間で夢が折れた。

そんなこんなで、夢の彼氏も紹介(?)してもらい、挨拶を終えたところで夢の両親に「入学祝いに何か好きなものを買ってあげる」と街に連れ出された。

お母さんによく似ているけど根本的に何もかもが違う夢のお母さんは遠慮する私に対して「もちろん、お母さんには内緒でね」とバチーンと華麗にウインクを決め微笑むとうまい具合に私を丸め込んだ。

後に私はきっと語ることであろう。

あの微笑みは女神そのものだと…。


まぁなんやかんやありつつ、長いと思っていた春休みは案外短いもので、あっという間に入学式の日を迎えた。


そうして私は青春への第一歩を踏み込んだ。はずだった…

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