第42話 未知とかとの遭遇

 どこで噂を聞きつけたものか、司上が迎えにやって来た。

 彼の運転する公用車は、依然と随分見た目も中身も変わっていて、一言で言うならば旧型だった。


「その分、GPSや通信機が無いんですよ。つまり、不便ですけどあちら側からも探知できないという事だ」


 そんなものなんだろうか。

 ほぼ運転というものをせず、ゴールドな免許持ちの僕はとんとそのあたりの事情に疎い。

 ともかく、全開よりはぐっとスケールが小さくなった公用車に乗り込む。

 助手席に紅鮭が収まり、運転席背後に立夏さん、隣が僕だ。

 これで多分、左右の重量バランスは取れる事だろう。


「しっかしまあ、3年半も調べてたことが、次々と明らかになってきてな。俺はこう……運命的なものを感じてるんだ」

「紅鮭、唯物論者じゃ無かったのか」

「俺は恋の運命なんかも信じるロマンチストだぜ」


 以前であれば笑って流していたこの男の発言だが、嵐華さんを見つめる熱っぽい視線を思い出すに、今は納得できる。

 そもそも、男とはすべからくロマンチストなのだろう。

 僕も昔はそういう感性があった気がする。


「そんなもんですかね。自分には分かりませんが」


 司上が言うが、歳を取ると分かってくるものもあるということだ。

 僕みたいに枯れちゃうのもいるけど。


「真崎さんはまだ枯れてはいません!」


 車内唯一の女子が僕の手を取って主張した。

 おお、そうだ。突然現れた女の子が一面の荒野だった僕の心に潤いをもたらしてくれたのだ。

 思えば再会したばかりの頃は疑心暗鬼だったなあ。

 望んでも努力しても縁が無い日々の中で、だんだん正確が歪んできて、そうだからお前は駄目なんだと言われるが、そもそも鶏と卵はどちらが先なんだという感じで反抗してばかりだった。思えばあれは批判のための批判だったんだなあと今になって思う。

 今の僕はこうして余裕がある。

 ただまあ、一回ひねくれてしまった人間は、元には戻らないんだけど。

 僕は立夏さんの肩を抱き寄せて、


「ありがとう」


 と言った。

 彼女はちょっと赤くなって、嬉しそうに頷く。


「爆発すればいいのに」


 と吐き捨てる司上。

 紅鮭は余裕である。


「大丈夫だ若人よ。いつか運命の出会いがあるかもしれねえぞ?」


 そんなこんなで車は三度、波乱渦巻く化人の里へ。

 焼け野原になってから何ヶ月か過ぎているせいか、あちこちに命の萌芽が垣間見える。

 黒茶けた山のどこかしらが緑に染まりつつあるのだ。

 自然の生命力の強さを思うが、明らかにこの再生速度は普通じゃなかった。


「なあ紅鮭、草が芽吹くの早くないか? 雑草ってあんなもんだって言ってしまえばそれまでなんだけど」

「真実の一端を知った身としちゃあ、この地下のあいつが絡んでると言う可能性は捨てきれないな」


 適当なところに駐車した。

 最寄の集落までは車で15分ほどかかる場所である。誰の迷惑にもなるまい。

 見慣れてきた秘密の通路に入る。


「カードちょうだい」


 手を後ろに伸ばして言うと、黒い粒が集まり、UFOへの認証カードに変わった。

 古びた壁に刻まれたカードスリットに通す。

 すると、音を立てて扉が開いた。

 四人で連れ立って、扉の中へ踏み込んでいく。

 思わず驚きの声をあげてしまった。

 そこは、依然見た時とは比べ物にならないほど、広く拡張された通路になっていた。

 緑や黄色、赤の明かりが灯っており、まるでUFO内部の延長のようだ。

 いや、UFO自体が自分の肉体をここまで伸ばしてきたのかもしれない。


「明らかに変化してますね……」

「こいつは、おそらく活性化したんだな。俺たちがこの間やってきたのがきっかけになったんだ」


 僕は周りをふわふわ動く黒い粒を見る。

 粒は僕に見つめられている事に気づくと、何やら、ぶぶぶぶぶ、と震えた。

 なんか言ってる気がする。


「真崎さんに半分ついていっていいか、ですって」


 立夏さんが翻訳してくれた。

 正確には言語を話しているわけではなく、振動に規則的なものがあって、それを読み取るとこのようなニュアンスになるということらしい。

 立夏さんは黒い粒を制御できるが、あくまで不完全なものだ。彼女の感情が強く発露してしまえば、それに釣られて黒い粒は制御を失い暴走する。それがこの間。

 ところが僕が黒い粒を掃除機で調伏したので、この黒い粒は僕の言う事を聞くようになった。

 立夏さん、嵐華さんが知る限り、歴史上で初めてのことなんだそうだ。そもそも、この黒い粒を使える、媛と呼ばれる人間がほとんどいなかったらしいのだが。


「いいんじゃないかな? 立夏さんは半分だけでも大丈夫?」

「私は真崎さんほど上手く使えませんから」


 それじゃあ、ということで半分譲り受けた。感覚的にどれくらいの量がいるのかはよく分からないが、この間の嵐華さんとの戦いを考えると、全部で1トンくらいはいるのかもしれない。

 それから最近分かった事だが、彼らは何も、常に有機物を分解する能力を放っているわけでは無いようだ。

 事実、この間のデモ隊撃退の時は、暴漢を分解しないでゆっくりと削り落としていったし、僕がこうやって彼らをつっついても、彼らはつつかれた方向へふわふわ飛んでいくばかりで僕の指先は削れない。

 微調整のコツがさらに分かってきた。

 まあ、と言っても無敵ではないのだ。所詮は限界のある質量に過ぎない。

 マシンガンみたいなもので全方位から射撃されたら、とても守っていられない。

 それに、立夏さんとマークの側近の女性の戦いで見たのは、この粒は銀によって除けられてしまうということだ。

 ひどく銀を嫌う習性があるから、それらを纏ったものからはなるべく離れようとする。

 恐らく、マーク側ではこの習性が研究され尽くしているのではないかと、僕は思う。

 あちらには同じものを体に同化させた嵐華さんがいるからな。


 なんて考え事をしていたら到着だ。

 道が狭くなって、UFOの中へご案内、という雰囲気になっていた。

 僕は意気揚々と一歩踏み出そうとしたのだが、そこで……、


「真崎さん、お二人も、先に行っていて下さい。追っ手です」


 立夏さんが言った。

 追っ手!? いつつけられたんだろう。

 僕は慌てて、紅鮭をUFOの中に放り込んだ。司上はどうするんだろうと聞いてみると、


「私はもう、実戦から離れて長いもんで、ちょっと連中とやりあうのは勘弁願いたいですね」


 とか言ってきたのでやっぱりUFOの中に放り込んだ。


「立夏さん、どうする? 僕も行くかい」


 立夏さんは否定の意味を込めて首を振った。


「殺す気で来る相手はなんでもありですから……。真崎さんだと、何があるかわからない。だから、私がやります」


 今度も、立夏さんお得意の不意討ちではない。

 正面切っての戦いで、UFOを守らないといけないわけだ。

 ここ最近、彼女には不利な状況での勝負ばかりお願いしている気がする。


「いいんです、私が得意なのはこういう荒事ですから」


 微笑んで見せた後、毅然と僕らがやって来た方向を見つめる。

 何かが来るのか。

 僕には何の音も聞こえない。

 だが、僕は立夏さんに促されるように奥へと進んで行くことにした。

 何かあれば黒い粒が教えてくれるだろう。


 UFOの中身は、当たり前かもしれないが以前来た時と変わってはいなかった。

 相変わらず妙に広い空間があり、足元にはガラス張りの床。

 そこには、黒い粒に反応する白黒の粒。


「さて、俺の仮説では、このUFOそのものがシェイプシフターだってことなんだが……」


 紅鮭の物言いに、司上はギョッとした。

 お前ここに来るたびに凄いサプライズばっかり喰らってるな。


「この巨大な建造物が、我々と同じ存在だと……。にわかには信じられん」

「正しくは、源存在。おたくらのご先祖様だよ、多分な」


 今日ここにやって来た目的、それはこのUFOとコンタクトを取るためなのだ。

 故に、僕は立夏さんから黒い粒の半分を借り受けて後ろに従えている。この黒い粒はUFOを構成するものに近い存在なのだから、UFOと意思疎通をするためには役立ってくれるかもしれない。


「さあ、始めて見ようか」


 立夏さんのお父上がここであの白黒粒を使い、自分の娘二人をイヌガミの媛に変えた。

 その所業そのものはあまり褒められた事ではないが、お陰で僕が立夏さんに出会え、紅鮭が嵐華さん二恋したので、結果オーライじゃないだろうか。褒めていいかもしれない。

 さてさて、その父上がこの白黒粒と接触できたという事は、僕らにも何らかの方法で粒と接触する手段があるということ。

 とりあえずどうしようと考え、まずは黒い粒でガラス面の表を削ってみる事にした。

 結論から言うと削れなかった。

 分厚い金属の扉でも削り取ってしまう黒い粒のやすりが、このガラス面には何の効果ももたらさない。つるつると滑るばかりだ。


「なあ、綿貫、こいつもまたSS粒子で出来てるんだから、同じものをぶつけあっても向こうも対抗しちまうんじゃないか」

「ああ、なーるほど」


 合点がいった。

 力押しでは駄目だという事だ。


「これを利用していた先人は、お前みたいにSS粒子を扱えたわけじゃないんだろう? じゃあどこかに出入り口があるんじゃないのか?」

「むむむ」


 僕は考え込んでしまった。

 それを見た司上が、やれやれといった風に肩をすくめて、床に向けてしゃがみ込んだ。

 何やらくんくんとにおいを嗅いでいる。

 そういえば彼はシェイプシフターなのだった。猪になると聞いた事がある。


「見た目が良くないんで人前じゃあやらないんですがね。一応、人間の姿でも嗅覚だけを使う事だってできるんですよ」


 彼は一族の中ではかなり器用な方で、嗅覚のみを変身状態にしてにおいを辿る事ができるらしい。無論、完全に変身した状態よりは数段落ちるようなのだが。


「こういう何年も人が入り込んでいない場所ってのは、においがなかなか消えないもんですよ。特にここは無菌室みたいになっている。空気は入り込まないし、風の流れも無い。おそらく我々を除いたにおいを辿れば……」


 慎重に、においを辿っていく。

 そう言えば、ここに来た時に立夏さんの父上が書いたノートを発見したのは、司上だった。

 あれもにおいを辿ったのだろう。

 彼は少しの距離を歩くと、ガラスの中央部辺りで突然立ち止まった。


「ここだ」


 ガラスをコツコツと叩く。

 すると、司上の目の前のガラスがスーッと薄くなり、最後には格子状になって他のガラス面に吸い込まれていく。

 そして、周囲のガラスから斜め下へ、互い違いにポールのようなものが突き出してくる。

 階段だ。

 穴の大きさは人一人が楽に通れる大きさである。


「よし、行ってみる」

「がんばれよ」

「御武運をー」


 なんかあいつら、本気で心配していない気がする。

 僕がガラスの階段を下っていくと、下のほうでわいわい蠢いていた白黒粒が、わーっと一気に舞い上がった。

 周囲が白と黒の明滅に埋め尽くされる。

 おっ、分解されるのか? とか思ったらそうではない。

 彼らはどうも、こちらの黒い粒に反応して……いや、もしかすると、シェイプシフターに反応して活性化しているだけのようだ。

 何も命令を与えられていないから、ただただ明滅するだけのニュートラルな状態。

 さて、こいつらとは会話できるだろうか。

 

「さぁて、まずは……こんにちは」

 

 僕は声をかけた。

 すると、僕についてきていた黒い粒がぶぶぶぶぶっと震えた。

 応えるように、白黒粒がぷぷぷぷぷっと震える。

 お、なんか通じてる、通じてるぞ。

 でも、このぶぶぶ、とか、ぷぷぷ、では会話にならない。

 僕はいろいろ考えた結果、この振動と一緒に僕の言葉を文字にして伝えることにした。

 僕がこんにちは、と言うと、黒い粒が振動しながら、ひらがなのこんにちはの形をとる。

 するとむこうも、白黒入り混じったこんにちはになった。

 よしよし、分かってるんだかどうだか分からないが、コミュニケーションできる相手みたいだ。

 

「僕は綿貫真崎です」

『私は玉藻です』


 返答が返って来た。

 向こうはどうやら、日本語を知っている。

 それもそうか。立夏さんの父上が、ここで研究をしていたのだ。立夏さん、嵐華さん姉妹にあの力を与えるためには、彼らに接触しない事にはどうしようもないから、何らかのコミュニケーション手段があったと考えるの正しいだろう。

 それがまんま日本語だったということだ。


「こんにちは、玉藻さん。素敵な名前ですね。誰かがつけてくれたのですか」

『かつて印度にいた時は華陽という名前でした。殷国にいた時は妲己と呼ばれていました。この国では玉藻と呼ばれていました。どれも、その時代の人々が名付けてくれました』


 ぬおー。

 これがなんだかわかっちゃったぞ。


「ええと、殺生石になったって聞いたけど……」


 そこまで言ってピンと来た。

 有機物から無機物に変わる? 獣に化ける? 黒い粒がやれることなんて、まるで妖術じゃないか。

 おいおいおい、SFかと思ったら、オカルトに戻ってきちゃったぞ。


『バラバラになった私は戻ってきて、ここで増えました』

「人の姿になることはできるの?」

『もちろんです』


 白黒の粒が集まり、女性の姿に変わる。

 どこか嵐華さんのようで、立夏さんに似ている。

 このUFOは、人間の姿を表に現す事で、歴史に関わってきたのだ。

 化人がどうだ、という小さな話ではない。

 もっとスケールが大きい世界なのだ。


『あなたが当代の王なのですね。以前に来た方は、そうは望みませんでした。ですので私は力の一部を、その方のお子に授けています。あなたが纏っているものもその一つです』

「王というほどの事は無いですよ。世界は複雑になってしまっていて、力があるだけでは王にはなれないのです」

『そうなのですか』


 女性の姿が可笑しそうに口元を隠した。

 なるほど、なんかグッと来る。

 その時代の男たちが騙されちゃったのも分かる気がするなあ。


『それでは、当代の王にならなかった人。あなたは何を望んでここに参られたのですか』

「うーん。一言で言うなら、あなたの子孫である女性と、僕は結婚しようと思ってるんですよね。でも、世界がそれを邪魔してくるんです」


 隠しても仕方ない。

 僕はサックリ状況を説明した。


「とりあえず世の中を天下泰平にして、僕は結婚して幸せな家庭を作りたいんですよ。そのための方法を探しに来ました」

『私の手を借りたいのですね』

「ありていに言うとそうですね。一回世の中ひっくり返さないと、攻められっぱなしみたいなんで」

『そして王になるのですね』

「なりませんって」


 なんとなく分かってもらえたようだ。

 そして、僕がやりたい事も整理できて来た。

 僕はとにかく、この、いつも封筒に入れて持ち歩いている、立夏さんとの婚姻届を出したいのだ。

 そして夫婦になっていろいろして子供が出来て家庭を作りたいわけだ。

 非常に長い間堰き止められてきたこの野望、一度あふれ出したら止まりませんぞ。

 だが、対するのはマーク。

 どうも国の裏側のほうにいて、いろいろ陰湿な罠やいやがらせや、時には洒落にならない事を仕掛けてくる。

 あんなのがいたのでは、平々凡々な新婚生活など送れない。

 対決してやっつけるしかないのだ。


「手は貸してもらえるんですか」

『いいですよ』


 そういうことになった。

 随分軽いのりで引き受けてくれたものだ。

 彼女……UFOが形作る人の姿も女性だから、そう呼んでおく……にとって、立夏さんは子孫だし、僕だってシェイプシフターの細胞を体に取り込んでいるからそのまた孫みたいなものらしい。

 さらに、立夏さんがまとう黒い粒は彼女が分けた分身。

 嵐華さんには白い粒が宿っているとの事。

 とにかく、子孫の幸せな生活のために一肌脱いでくれるという事だった。

 やったねご先祖様。


『しかし良いのですか』


 とは玉藻さん。


「何がですか」

『私の上で、たくさんの子孫たちが争っていますが、あなたが愛するあの子はたった一人で戦っていますよ』

「なんだって」


 敵はたくさん。

 これはよろしい状況ではない。

 僕はこれから、嫁を助けねばならない。

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