第41話 消えた作家
公安の一部が反旗を翻したらしい。
突如、連絡が途絶したとの報をマークは受けた。
何をやっているのだ、連中は。
マークの中に怒りが生まれる。
「あと少しで、この世界はシェイプシフターによる秩序が完成するんだぞ!? 今更抵抗をしてどうなる!」
全ての情報は、報道機関はマークの手のひらの中にある。
組織の頂点はシェイプシフターかそれに連なる者が就いており、いかようにも世の中を流れる情報など操作できる。
さらに、既存の報道機関とは外れたインターネットもまた、マークの掌中にあった。
そもそも彼のホームグラウンドはインターネットである。
この電子上の世界を足がかりとして、現実世界まで手を伸ばしてきた。
だが、それは、今まで彼に力を貸してきていた、国家機関の一部によって裏切られようとしている。
離反したメンバーの名前を確認して、マークは呻いた。
見覚えのある名前がある。
そもそもその男はシェイプシフターでは無かったのか。
司上宰。
猪に変じるという一族の生まれだ。
大吾を呼びつけて詰問すると、
「あいつは何を考えてるか、俺にも良く分からん」
という要領を得ない返事が返ってきた。
司上は心中を誰にも知らせることなく、マークの元につき、そして離反したらしい。
同時に、マークがもっとも注視していた存在、綿貫という名の作家もまた行方不明となっている。
これの監視は公安に行わせていたが、ちょうどそこに司上が当てはまっていたらしい。
ともに消えてしまったという事だ。
玖珂彩音を失ってから、何もかも上手くいかない。
マークは焦燥感に囚われていた。
彩音に変わって片腕になろうとしていたしのんも、先日の失敗で失脚した。
顔を出してまで世間を煽り、デモを引き起こしてこれ以上無いほど派手に失敗した彼女は、もう表舞台には立てまい。
マークが配信した動画の力を最大限に使い、視聴者を動員しての綿貫への攻撃であったが、綿貫はそれに何ら良心の呵責を見せることなく撃退した。
綿貫という男を見誤ってしまった事が失敗の理由であろう。
しかも、嵐華までも撃退して見せている。
現状、マークに相対する中で最大の障害があの男だった。
気にしなければ何もしてはこないのだが、世界の状況が大きく動かせるポイントに、ちょうど居合わせて足元の石ころのように邪魔をしてくる。
蹴飛ばせば跳ね返り、蹴った力の何倍もこちらに痛手を与えてくる。
如何ともしがたい。
公安が先走って彼の暗殺を狙ったようだが失敗し、擁する実戦部隊を壊滅させられている。
事態収束のために堂島を消しておかなかったら、飛び火はマークまでやってきただろう。
インターネットにおける綿貫へのバッシングはちらほらと飛び交っているものの、大体は彼に対する恐怖に萎縮してしまっている。
そして綿貫の本を買う連中というのは、そういった評判に左右されない連中だろう。
世間の同調圧力も無くなった今、綿貫原作のドラマは放送するだろうし、原作本として彼の著作は書店に山積みになることだろう。
「正直、面白くは無いな」
マークの言葉に、少しはなれた椅子に腰掛けていた涼が肩をすくめた。
「冷静になれ。お前は少しおかしくなってきている」
歯に衣を着せぬ物言いをする。
こうして何ら感情を挟むことなく、諫言をしてくれるのはこの男だけである。
楓は表立った任務からはしばらく退くと言って、マークが用意しているマンションに引きこもった。
自らの手数が大きく減じている事を実感し、マークは歯噛みする。
「もう一度言うぞ。冷静になれ。最初の頃のお前は裸一貫だっただろう。そのような状況からでも、機転一つでここまでやってきたのがお前だ。感情に身を委ねるな、冷静になれ」
彼の言葉がありがたく感じる一方、何故だかひどく疎ましかった。
何故、おれのこの焦りを理解してくれない?
おれが抱く恐怖を分かろうとしないのか。
彩音だったらば分かってくれたはずだ。
しのんも、楓も、涼も、大吾も、本当におれを理解しようとしてくれているのか。
「マーク、お前は疲れているんだ。為政者とて、たまには休んでも文句はそう出ないぞ」
「いや、いい。それよりも、綿貫の居場所を探すんだ」
「だが」
「探せと言っている」
マークの言葉に、涼は一瞬だけ悲しそうな顔をした。
そして、
「了解した」
とだけ告げて去っていく。
これが、マークと涼の別れとなった。
爪葺しのんがアジトから消えているのが判明したのは、そのしばらく後である。
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