第28話 激突の姉妹

 チーム・デルタの壊滅まで1分。

 障害物の排除を終えたイヌガミの媛は、再び進行を開始しようとする。

 その直上で、今まで煌々たる明かりを地上に向けて注いでいた月が翳った。

 見上げる。

 そこにいたのは、白く巨大な狼。

 虫の薄羽のような翼を幾重にも束ねて、夜空に浮いている。


「ひどい有様」


 声がした。

 ゆっくり、白狼が地に降り立つ。

 足元で、黒狼の影に触れ、バチッと何かが跳ねた。

 目に見えないものが拮抗し、アスファルトが衝撃でえぐれる。

 そして、影がまるで、生き物のように退いていく。

 それは影ではない。影ににた何かだ。


「何を泣いているのですか、立夏」


 姉の静かな問いかけに対して、妹は答えることをせず、牙を剥いた。

 黒狼の影が足元にわだかまり、立ち上がる。

 影は影でなくなり、忌まわしい黒い霧が立ち込める。

 突如、霧の中から猿の腕に似た器官が飛び出し、白狼へ掴みかかった。

 白狼は退かない。

 翼が見る間に変異すると、それは狼の頭に変わる。三つ首となった白狼が進み出でて、襲い掛かった黒腕を食い千切った。

 咆哮が上がる。

 黒い霧が巻き上がり、白狼を包み込もうとし、嵐華がまとわりつく霧を振り払いつつ、巨躯を大きく跳ね上がらせる。

 電柱がひしゃげ、それを足場とした白狼が黒狼へ襲い掛かる。

 瞬時に霧が集まった。

 それは瞬く間に硬化し、黒狼を包み込む。

 そこにいたのは、黒曜石の体毛を持つ巨大な狼である。

 白狼の体格に負けずとも劣らない。

 白と黒の獣が互いにぶつかり合う。

 衝突と同時、バチバチと何かがはじける音が響き渡り、白と黒の飛沫がアスファルトに落ちる。

 互いに絡み合い、もつれ合いながら飛び出した先で、停車していた大型車両が巻き込まれ、その側面を跡形も無いほどに破壊されてくの字に折れ曲がる。

 黒曜石の狼が全身の毛を逆立て、それをまるで弾丸のように全方位に撃ちだす。

 白狼もまた獣毛を硬化させ、白い装甲としてそれを防ぐ。

 流れ弾となった弾丸が周囲の家々の塀を抉り、空に飛んでは電線を断裂させた。

 周囲の電力供給が絶たれ、月の輝きだけが照らす世界になる。

 一瞬の静けさ。

 獣たちはその身を離し、互いに視線を交錯させる。


「あなたは、何を泣いているのです」


 再度、白狼が問いかけた。

 黒狼は答えない。

 だが、次に聞こえてきた足音に、巨大な黒曜石の獣はびくりと体を震わせた。

 己を殺しに来た軍隊にも怯えず、人知を超えた巨大な白狼とも一歩も退かずに渡り合う狼が、確かに怯えを見せた。


「その力は、あなたを映す鏡」


 嵐華が目を細めた。


「今度は、手を離してはいけませんよ」





 聞こえた。

 黒狼は怯える。

 自らの体を支配するこの感情に。

 これほどまで、わが身を支配する強い感情があっただろうか?

 知らない、そんな気持ちは知らない。

 故に、黒狼は怯えた。

 圧倒的未知。

 外の世界に怖いものなどない。

 潜んでいたのは中だ。

 自分の中に、こんな心が潜んでいた。

 その激情を発したのはなぜだったか。

 ついさっきの事なのに、頭がぼんやりとして、ひどく昔のことのように思えてくる。

 あれは誰だろう。

 とても懐かしい。


「立夏さあん」


 ばたばた走ってくる。

 息切れしていて、普段から運動不足なのに、あんなに無理をして。

 かすれかかった声で、裏返るのも構わず、一心に名前を呼ぶ。

 あれは、私の名前だ。

 黒狼は理解する。

 彼の名前を呼ぼうとして、そうしたら、体を覆っていた霧が反応した。

 彼女を幼い頃から守り続けていた、この魔物が。

 ……だめ!

 止めようとする。

 間に合わない。

 男性を霧が取り巻いていく。

 彼もまた、他の人間たちと同じように消えて……。

 次の瞬間、夜の道端に不釣合いな轟音が響いた。

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