第26話 少女と魔物

 少女が物心ついた頃から、傍らには魔物がいた。

 

 少女は古いしきたりに縛られた、小高い丘にある閉鎖的な里で育った。

 少女の家は里でも名だたる家柄で、里に暮らすものたちは誰もが少女の家に頭を垂れていた。

 少女には父親と母親がおり、大伯父夫婦と大叔母夫婦がいた。

 それぞれ苗字が微妙に異なるのが、不思議でならなかった。

 少女には友達が出来なかった。

 名家の生まれだから、身分が違うとも言われた。だが何より、少女と同じ年頃の子供たちは、少女を恐れ、遠ざけた。

 ただ一人、少女を理解してくれいた姉がいたが、幼い頃に彼女はいなくなった。

 少女はいつも一人だった。


 少女は寂しくなかった。

 少女の傍らには、いつも魔物がいたからだ。

 魔物は少女を守るように存在していた。

 目に見えない魔物である。

 少女の目にはいつも見えているのに、子供たちも、大人たちも見ることが出来なかった。

 少女が魔物の話をすると、誰もが薄気味悪いものを見るような目で少女を見た。

 誰も分かってくれないと知ると、少女は魔物の話を誰にもしなくなった。

 それでも、魔物はずっと少女のそばにいた。


 少女は成長していた。

 誰とも触れ合わぬまま、美しく成長した。

 父は忙しく、少女と触れ合う時間は無かった。

 父はおかしな研究ばかりしていた。

 何のために使うかわからないものばかりを次々作り出していた。

 全てお前のためになるのだと、少女に教えた。

 母は、体が弱かった。

 屋敷の奥に閉じ込められるようにして、いつも床に臥せっていた。

 病人の部屋の前だというのに、そこはいつも、里でも屈強なものたちが誰も通れぬように固めていた。


 ある時。

 大伯父と大叔母は、宣言した。

 お前たちを滅ぼすと。

 お前たちは不可侵であるものに触れた。お前たちは忌まわしいものを呼び起こしてしまった。

 何故ずっと隠していたのか。許すことは出来ない。

 だから、滅ぼすのだと。

 他人と争うのが苦手だった父は死んだ。

 病弱だった母も死んだ。

 魔の手は少女に伸びた。


 魔物が現れた。

 今まで少女以外には見ることができなかった、魔物。

 魔物は力を振るった。

 少女を殺そうとするものたちは、皆、魔物が殺した。

 少女は逃げた。

 殺されるのが恐ろしくて逃げたのではない。

 殺すのが恐ろしくて逃げたのだ。

 魔物はずっと傍らにいた。


 大叔母の一族が次々に少女を襲った。

 里でも最も強い一族。

 魔物は時折現れ、彼らを殺した。

 少女も逃げ続ける中、戦い方を覚えた。

 魔物が教えてくれた。

 心は擦り切れかかっていた。もう、殺すことは恐ろしくなくなっていた。


 月の夜である。

 少女は最後の一人に追われていた。

 街灯の下を逃げる。

 少女の里から遠く離れた田舎町。

 少女の中にいる魔物は、身じろぎをしたようだった。

 また、魔物が現れて人を殺す。

 何の情動もなくなって、そう思っていた。


 人がいた。

 少女が駆けてきた先に、人間の男が立っていたのだ。

 少女を受け止めた男からは、暖かなにおいがした。

 男は、少女が今まで見てきた者たちの中では、とても弱そうで、だが何故だか、逃げなかった。

 男は、少女をかばって追っ手の前に立った。

 初めて少女は誰かに守られた。

 初めて少女は誰かの優しさに触れた。

 男は殺されようとしている。

 だから少女は、


 魔物に頼ることなく殺した。


 それから、魔物は眠りについた、

 少女を脅かすものはもう現れなかったから。

 少女は里に戻り、また一人になった。

 誰も彼もが、少女を避けた。

 少女も、里の者と関わる気持ちはなかった。


 ある時、姉と再会した。

 姉は、離れにいた。

 外からきた人間の男がいて、彼が姉を連れ出して行った。

 姉に別れを告げた後、少女も自分は旅立つのだと思った。


 大伯父の伝手を使って、少女は人間の社会にやってきた。

 見るもの聞くものが全て新しい。

 少女のことを知る者は誰もいない。

 少女は新しい人生を歩くことになった。

 姉がいなくなった後の離れから持ってきた本が、少女の友だった。

 もう、魔物を見ることはなくなっていた。

 魔物の代わりに、本が傍らにあるようになった。

 だから、本を作りたいと思うようになった。


 そして、再会する。

 なつかしい、におい。

 魔物は深い、深い眠りについて……目覚めない



























はずだった。

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