第25話 愛とかで勝つ
僕たちは立夏さんを助けると決心したものの、所詮はアラフォーおじさん三人である。
腕力とか財力とかいろいろなものが無いので、とりあえずはあるもので助けてみようという結論に達した。
まずはノープランで三人で外に出た。
「おっ、先生、今日は十五夜だったんですなあ」
「呑気だなあ山本氏」
「まあまあ、急いては事を仕損じるって言うからな。うなぎの言うことも最もだ」
「ちょっと紅鮭さん、私がどうしてうなぎなんですか」
「うなぎじゃねえか」
「いや、限りなくうなぎに近いが山本氏は一応人類なんだ」
という感じでてくてく外に出た。
とりあえずどっちに行ったかも分からないので手がかり探しなのである。
これは難航するぞと思ったら、いきなり手がかりがあった。
角を曲がったら戦場跡だったのである。
壁や地面に弾痕があり、靴やら衣服やらジャケットやら銃器が転がっている。
「うひょー、これは凄いことになってますね」
山本氏がしゅっと先に出て行って、銃器を拾い上げて撃ってみた。
弾が出た。
なんか僕と紅鮭の後ろの壁に、ぼすっと穴があく。
「ててててて、てめえこのうなぎ!!」
紅鮭が腰を抜かして叫んだ。
「本物ですねえ」
僕は山本氏をちょっと見直した。この男、おかしいおかしいと思っていたがやっぱり相当頭がおかしい。
なので、僕も幼い頃からおかしいと言われて育った男。
一歩も退かずに山本氏に近づいていった。
「オーケー山本氏。その銃が本物なのはわかった。で、それでなにかわかったの」
「軍隊みたいなのがいたっぽいですね」
「でも服が脱ぎ捨ててあるじゃない。うわ、これパンツだよ。そんじゃあみんな素っ裸で帰ったってこと?」
僕と山本氏は首をひねった。
「いや、違うな」
抜けていた腰を元に戻した紅鮭である。
股間が濡れてる。相当怖かったんだな。
「中身だけそっくり無くなっちまったんだな。なんつうか、分解されたって感じだ」
しゃがみ込んで衣服やヘルメットをいじっていた紅鮭は、零れ落ちる黒い砂のようなものを見つけた。
「お、やっぱな」
「知っておるのか紅鮭」
「まあな。伊達に三年も狼男の死体と睨めっこしてねえぜ。あいつら、変身するだろ。その中に、明らかに質量が増える奴らがいやがるんだ」
「ほうほう」
「どっからその質量は持って来るんだと思う?」
「ご飯を食べる」
間抜けな回答を山本氏が言った。
こやつ、頭の中まで魚類になったか。
「まあ近いな」
なんとニアミスか。
「具体的には奴ら、他の生命体の有機物を取り込んで自分の体に変えるんだ。狼男の血は綿貫と共生したが、今度は狼男側が主体になって、他の生物を侵略しちまうんだな」
無論、全てを急襲できるわけではない、と紅鮭は言う。
死後どれくらい、みたいなのがあるようなのだ。
なので、有機物でも乾燥食品なんかは急襲できないし、枯れ木なんかもだめらしい。同じ意味で、衣類や石油から作られた製品もだめなわけだ。
「これはその同化させるパワーの強烈な奴だぜ。だが、こんだけ大量に同化しちまったら、でかくなりすぎるだろうな。狼なんて代物じゃねえ、怪物だ」
確かに。
見渡すと、十人単位の装備や衣服が転がっている。
「その答えがこいつだ」
紅鮭が服を持ち上げて振ると、ばさっ、ばさっと黒い粉のようなものが大量に落ちてきた。
「なんです、こりゃあ」
「人間の成れの果てだな」
「ヒェッ」
山本氏がしがみついてきそうになったので、僕は慌てて避けた。
電柱に抱きついてる。
「こりゃ、同化するわけじゃない。侵略して、一方的に分解してそのままポイする力だな。なんとも非生産的な。だが、てめえの体に再構成しなくていい分だけ燃費は明らかにいいな」
満遍なく、有機体だけを分解し、黒い粉以外の痕跡を一切残さないため、これは物理的な肉体による攻撃ではない、と紅鮭は判断した。
何か、ガスのようなもので全身をくるんで分解するのだと。
「応用ができるなら、一部だけをピンポイントで分解とかもできるだろうよ。こいつは厄介だな」
僕たちは地面に散らばった衣類を辿っていくことにした。
すると、点々と道に沿って続いている。
ポケットから出したスマホで地面を照らしてみると、黒い砂粒も続いていた。
「これを辿っていけばいいっぽいなあ」
「そんじゃ、そうするか。でもどうする? この分解するガスなのか煙なのか分からんが、もしあちらさんがトチ狂ってそれを向けてきたら、大変なことになるぞ」
「煙を避ける方法ですかー。換気扇を回すとかですかねえ」
「ばっか屋外だぞ! 吸ったって裏側に逃げちまうだけじゃねえか」
「そんじゃあ掃除機がいいんじゃないですかね?」
「いや掃除機って言ったってなあ……」
……それだな。
裏側から空気を吐き出しているから、多少は逃げるかもしれないが、換気扇よりはよっぽど中に溜め込んでおけるだろう。
「そうだな、確かに霧だとしても、狼男どもの生理現象の延長なわけだ。多分に生物的な現象だって言えるわけだよ。もしかすると意思がある生き物みたいなものかもしれん。それがいきなり吸い込まれたら、冷静に吐き出されるかってことだ」
「やってみる価値はあるな」
「よし、やるか」
「やろう」
「やりましょう」
そういうことになったので、みんなでいそいそと紅鮭の仕事場に戻った。
大きなバッテリーと、強力掃除機を持ってくる。
念のため、フィルターは最も目が細かいタイプにしておいた。
ダニやノミも逃さない。
ちょっとものが重いので、タクシーを呼ぶことにした。
お金はかかるが仕方なかろう。
タクシーでまったりと、立夏さんが残した痕跡を辿っていくことにする。
ここで紅鮭が凄いものを出してきた。
「ジャーン! シェイプシフターチェッカーだ」
どう見てもぺらい紙で、そこに薄いフィルムが棒状に貼り付けてある。
この棒フィルムが、シェイプシフターの変身した反応を感知すると赤くなるらしい。
ありったけ持ってきた。
「後で経費を要求するからな」
「ええー」
さて、僕らはえっちらおっちら機材を外に運び出した。
バッテリーは重いから、折りたたみ式の台車を用意する。
そうこうしているとタクシーが来たので、僕は助手席に、山本氏と紅鮭は後部座席に乗り込んだ。
運動して火照った体に、タクシーの空調が気持ちいい。
僕らおっさんたちは、思わずまったりした。
こ ん な こ と を し て る 場 合 じ ゃ ね え !
気を取り直して僕らは立夏さんを捜索する。
軍隊の跡らしきものを追尾はできたが、三組目まで確認した後、ふっつり手がかりが消えた。
そこでこのシェイプシフターチェッカー……通称、SSチェッカーの出番である。
僕は窓から手を出して、SSチェッカーを振ってみた。反応が無い。
ゆっくり進んでもらいながらSSチェッカーの反応を見る。
手ごたえなし。
「運転手さん、ゆっくり進んで」
「アイアイ」
じわりじわりと進んでいく。
すると、大通りと交わる辺りで、急激にSSチェッカーの棒フィルムが真っ赤に染まった。
「うっわ、真っ赤だ」
「いるいる、近い、近い」
僕らが騒ぎ出すと、運転手さんは気味が悪いものを見るような目をした。
紅鮭に言わせると、仮説で想定した、有機物を分解する煙かガスか、あるいは霧のような何かの残滓を、チェッカーが捉えて反応するということだった。
やがて、無人の車が連なるようになってくると、運転手さんはガタガタ震えだした。
僕らは彼をなだめすかして進ませる。
そして、曲がり角。
今度はSSチェッカーがいきなり発火した。
「これはもう完璧でしょう」
山本氏が興奮を隠せない様子で言った。
「絶対いるよね」
「本物だな。こいつはやばいな」
そして我々は運転手さんに、
「さあ、どんどん進みましょう」
と言ったら、彼は真っ青になって
「い、い、いやだああ」
叫んでてこでも動かなくなってしまった。
何故だろう。
仕方が無いので、台車を下ろしてみんなでバッテリーと掃除機をえっちらおっちら押していった。
その途中で辺りの街灯が突然消えた。
運転手さんの悲鳴が聞こえ、タクシーが物凄い速度で走り去っていくのが分かる。
やがて、激しく何かがぶつかり合う音が聞こえてきて、僕は矢も盾もたまらず走り出した。
「うおおお、綿貫いいい、これを持っていけええ!」
勢いをつけて台車を押し出す紅鮭。そして山本氏は僕と併走しながら掃除機を抱えている。
「ばっちり決めてくださいよ、先生!」
掃除機を受け取る。
ついに見つけた、たどり着いた。
大きな白い狼と、黒い狼が争ってる。
立夏さんはどっちかというと黒だろう。うん、なんかイメージが黒だ。
「立夏さあん」
名前を叫んだ。
気合を入れたつもりだったのに、息が切れてどうしようもない。
だが、腹に力は篭った気がするぞ。
黒い狼があっという間に小さく縮む。
こっちを振り返る。
狼のままでも、こんな表情を作れるものなのだなあ。
彼女を包んでいるのは、まさに霧だ。僕らの予想はばっちり当たっている。
それが生き物のような動きを見せて僕に向かってくる。
こいつ、なんか意思を感じる気がするぞ。
立夏さんを守ろうっていうのか。
ばかめ、立夏さんを守るのは僕だぞ。格の違いという奴を見せてやる、ぜえぜえ。
さすがに息が切れて立ち止まった僕を、霧が取り囲む。
「だめえっ!!」
立夏さんの声が聞こえた気がした。
僕は紅鮭から手渡されていたバッテリーにコンセントを差し込むと、スイッチを入れた。
僕の持っていた獲物が唸りだす。
僕を覆おうとしていた霧が、見る間に吸い込まれていく。
見ろよこの吸引力、さすがは海外製、吸引力が変わらないオンリーワンの掃除機。
霧なんて軽いんだから掃除機で吸い込めるのである。
霧がまるで生きているみたいに、嫌がって逃げた。
「まて、まて」
僕はどたどた走っておいかける。
びゅっと吸い込む。霧が小さくなる。
霧がまたいやがって別の方向に逃げる。
「ほりゃあ」
僕は精一杯ジャンプして、上空に逃げようとした霧を掃除機で吸った。
また霧が小さくなった。
残った僅かな霧が慌てて、狼になった立夏さんの後ろに隠れる。
これで、どっちが上かを思い知らせてやったことだろう。
人の姿に戻った立夏さんが、ぽかんとして僕を見ている。
「立夏、さん」
まだ息切れしていたし、さっきの運動でまたどっと汗が吹き出してきている。
きっと僕のシャツなんかは透けてて大変なことになっているだろう。
だが、僕が今やることはこのシャツをパリッとした奴に着替えることじゃない。
「助けに来たぞ、立夏さん」
次の瞬間、立夏さんが裸のまま抱きついてきた。
僕は力いっぱい抱き返す。
言葉が要らないっていうのはこういう時に使うんだろう。
なんだか胸がいっぱいだった。
「よかったですなあ」
ぐすっと鼻をすすったのは山本氏である。この男、こういうシチュエーションに弱いのかもしれない。
紅鮭はぜいぜいいいながら、けっ、とか悪態をついていたが、次の瞬間、ぽかんとした。
僕が顔を上げると、白い狼がいたはずのところに、とても背の高い、和服の女性がいた。
彼女はなにやら慈愛が篭った目で僕と立夏さんを見ると、微笑んだ。
その背中から翼が生えてくる。
「姉さん……」
立夏さんが涙声で言う。
なるほど、彼女が僕の義理のお姉さんになる人か。やっぱり年下だよな。
「おいおいおい……なんだよあれは……」
紅鮭が馬鹿みたいに飛び去る彼女をポカーンと見つめて言った。
「滅茶苦茶いい女じゃねえか……!」
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