第21話 楽しい遠足

「先生、遠足なんです」

「なるほどなあ」


 あちらこちらから、銃を撃つ音が聞こえてくる。

 物騒なことこの上ない。

 そんな中、僕と駒胞さん……女史という他人行儀な表現はいけないと思います、と釘を刺されてしまったのだ……はとある民家の一室でお弁当を広げていた。

 縁側を見回すと、この里の住人やら、攻め込んできた人たちやらが折り重なるように倒れている。

 さっきまで戦場だった場所なのだ。


「いやあ、戦争は悲しいねえ」


 そう言いながら、僕は駒胞さんが握ってくれたおにぎりを頬張った。むっ、たっぷり明太子が入っている。これはうまい。

 水筒に入れた、よく冷えた麦茶を蓋に注いでいただく。

 周囲は血のにおいなんてまったくしない。

 駒胞さんがどこからか手に入れてきたお香をたくと、あっという間に辺りのにおいはお線香にも似たものに塗りつぶされていた。

 倒れている人たちも、別にみんなが死んでいるわけじゃない。

 シェイプシフターと言う奴はしぶといのだ。

 ただ、ダメージを受けすぎると当分動けなくなる。


「駒胞さん、今後はどうするんだい」

「とりあえず、まだ里の主だった役職の人たちは見当たりませんし、ばりばり撃ち合ってるところに行ってみようかと」


 なんでこんな場所に、この二流作家たる僕がのこのこやって来たのかと言うと、駒胞さんいわく、「他人がお膳立てしてくれて、対処しましたからほらもう安全ですよって言われて、信じられますか?」ってことだそうで。

 確かに、人の言うことを鵜呑みにして実は違いましたーなんて言われたら洒落にならない。

 いや、たまにそういう経験をした方が、書き物のネタにはなるんだけど。


「先生、経験は創作の素ですよ」

「至言だ」


 いやはや、彼女は編集の鑑である。

 彼女の作ってきた唐揚げなど摘みながら、これから行くルートなどを教えてもらう。

 危なくないように駒胞さんが守ってくれるというので、僕としては彼女におんぶに抱っこするつもりで付いていく所存なのである。

 しかし、駒胞さんが作ってくれる料理は男の料理だな。大きさや形が不揃いで、食べるには不都合が無い程度のクオリティを保っている。味は悪くない。僕が作る適当な料理と大体一緒だ。

 彼女のレパートリーの中で、唐揚げは最高に手間のかかったハイレベルな料理なのだ。


「それじゃあ、行きましょうか」


 ほどよくお腹も膨れたところで、出発と相成った。

 僕がつまづかないくらいののんびりとした速度で、林道を歩いていく。

 化人の里というところは、木々がほどほどに生い茂る、小高い丘全体を削って作られていた。

 林道と言えど、アップダウンが激しい。

 駒胞さんが僕に合わせてゆっくり歩いてくれていても、運動不足の僕は自然と、額に汗が吹き出してくる。

 時折、林から弾を撃つ乾いた音が響いてくるが、その度に駒胞さんは足を止め、ちょっと先を伺ってから僕を先導した。


 ちなみに、今日の彼女の格好は、この間僕が買ってあげたキャミソールである。

 上着に明るい色のカジュアルなジャケットを羽織っている。これまた似合っていて可愛い。

 なんとなく都度ごとに、似合ってる、可愛い、と言っていると、彼女がにやにや嬉しそうに笑って僕をつついてくる。

 ちょっと一休みのついでに、僕達はまたここで、そういうやりとりをしていた。

 ふと、風向きが変わったことに気がついた。

 いつも駒胞さんは風下を取るように動いていて、自分のにおいが流れていかないように気を使っていた。

 だが、今回の風の流れの変化で風上になってしまったようだ。

 駒胞さん、あわてる様子も無く、カバンから袋を取り出した。


「それはなんだい」


 一見すると小麦粉である。


「お父様が生前研究されていた粉塵爆発セットです」


 小麦粉なんだね。


「私のにおいを辿って追っ手が来てるはずですしねー」


 そう言いながら、風に乗せて粉をさらさらと流す。


「これ、細かい量でもちゃんと粉塵爆発を起こしてくれる優れものなんですよ。小麦粉に火薬が混じってるんです」

「そりゃすごい」

「こんな感じで」


 駒胞さんがポケットからお香を取り出して火をつけた。それが収まらないうちに、風に乗っていく粉の方向へ放り投げる。

 すると、思いのほか大きな爆発が起こった。

 阿鼻叫喚の悲鳴が聞こえるが、それに合わせて爆発の連鎖が始まる。

 林の中に爆発物でもあったんだろうか。


「さあ、先を急ぎましょう。火事になったら煙も昇ってきますし、ちょっとのんびりしていられなくなりましたよ」

「うへえ、煙いのは勘弁だなあ」


 火事が起きたら、危険なのは火ではなく煙なのだ。

 僕は慌てて駒胞さんの後に続いた。

 やがて、林道を抜け切ったところに大きなお屋敷が現れる。


「ここが私の実家です。狗牙、狗裂の家も時々覗きに来てましたけど、あの頃にはすっかり乗っ取られてしまっていましたね」


 つまり、本来ならば化人の里の総本山ということ。

 だが、いやに静かだ。

 人の気配もしない。

 駒胞さんは僕の手を取り、どんどん引っ張っていく。

 お屋敷の扉に手を掛けると、勝手知ったる我が家とばかりにガラッと開けてずかずか入っていく。


「鍵がかかってないんだねえ」

「里の人間はみんな顔見知りですし、化人の家に泥棒に入るおばかはいないですからね。里の家はみんな鍵を閉めないんです」


 相互監視社会が生む治安っぽいやつだろうか。

 駒胞さんは「ただいま帰りました」と声を出すと、土足のまま上がっていった。


「駒胞さん、くつ、くつ」

「このまま何かあったら逃げますから、いちいち靴を履いてられないかもです。先生、ここは土足で行きましょう」

「なるほど、確かに」


 僕は「お邪魔しまーす」と小さく声を発して、土足にて失敬することにした。

 駒胞さんは、大きな屋敷の迷路のような部屋部屋の連なりを、迷うことなく突き進む。

 ばんばん襖が開く。

 一度大きく右に曲がったと思ったら、そっちの部屋にはお仏壇があった。

 ぼさぼさとした白髪の、眼光鋭い男と、おっとりとした雰囲気の女性の遺影がある。

 彼女は膝を折ると、線香を差して鐘を鳴らした。

 僕も同じように、線香をやってなむなむ拝む。


「ご両親?」

「ですです」


 何のつもりか、駒胞さんは遺影を二つまとめてカバンに入れていった。なんだか妙に重い音がする。


 そんな調子で次なる部屋は……なんて思っていたら、突然洋風の大きな扉があって面食らった。

 半分開いていて、中はまるで大きな会議場だ。

 がらんとして人気の無いそこへ、駒胞さんは入っていった。

 僕も後に続く。

 大きな部屋の中央には椅子があって、それを取り巻くように席があった。

 ちょっと豪華な一席に、もたれかかるように誰か座っている。


「狗牙のお爺様」


 駒胞さんがその人物を呼んだ。

 彼女の親戚か何かかもしれない。

 それは髪も白くなり、頭頂部が禿げ上がった老人だった。

 彼は生気の無い目で駒胞さんを見る。


「何故……何故こんなことになってしまったのだ……」

「どんな気分です、狗牙のお爺様。ご自分が三百年かけて築いてきたものが、こうやって崩れていくのは」

「あの時、奴めを殺しておれば……」

「歴史に、たら、ればは厳禁ですよお爺様。化人の里は役割を終えるのです。いえ、もしかすると、私たちも」

「ううううう……」


 呻き声をもらしながら、老人は俯いてしまう。

 駒胞さんは彼を無視するように僕に振り返った。


「ここには何も無かったですね。次に行きましょう」


 そうして歩みだしながら、彼女は先ほど回収した、両親の遺影を取り出す。

 何かがカチッと外れる音がして、遺影は床に落ちた。ガラスが割れる。


「あっ」

「いいんですよ先生、本命はこっちですから」


 彼女が取り出して見せたのは、赤と黒のやや厚みのある、二枚のカードだ。


「私たちシェイプシフターは、変身しないとその全力を使うことができません。だから、狗咆はそれをどうにかしようと考えた」


 駒胞さんは黒いカードを手にしながら会議場の外へ出る。すると、いつからそこにいたのか、頭上から何匹もの巨大な蛇が降ってくるではないか。

 待ち伏せしていたのだ。


「ということで、人間のままでも動物の力を使えるように、品種改良を行いまして」


 黒いカードが展開する。

 たちまちの内にそれは、薄い刃を持つナイフになった。

 駒胞さんが、明確に武器だと分かるものを持つのは初めてだと僕は思った。

 っていうことは本気なんだろう。

 駒胞さんの姿が消えた。いや、凄い速さで横に飛び跳ねたんだ。

 すぐ後に、胴を真っ二つにされた大きな蛇がどさっと落ちて、凄い声をあげながらのたうちまわる。

 駒胞さんが壁を蹴る。あっという間に、落ちてくる蛇の頭の上に飛び上がった。そのまま手を振るえば、蛇が頭から真っ二つに卸される。

 落下する蛇を蹴って横に飛ぶ。

 まだ落ちきらない蛇を何匹か、次々と首をはねる。狙いはとても正確。

 駒胞さんは黒いナイフを投げる。彼女の指にカードの一部分が残っていて、ワイヤーみたいなものでつながっている。ナイフは離れた場所の蛇の頭を真っ二つに割ったあと、彼女の手に戻った。

 着地と同時に、駒胞さんは目にも留まらない速さで頭の上を滅多切りにする。降りかかろうとしていた蛇の群れが、冗談みたいなぶつ切りになって降り注ぐ。

 汚れてしまう前に、駒胞さんは既にそこを離れていた。

 残ったのは、天井の梁に巻きついた、一際大きな蛇。

 だけど、そいつはとても怯えた目で駒胞さんを見ている。


「嘘だ」


 しゅうしゅう音が漏れる声でそいつは言う。


「選りすぐった夜刀の一族ぞ。くちなわをぼろ縄でも斬るように、己は……」


 駒胞さんがまたワイヤーを伸ばして、ひゅんひゅん振り回し始めた。


「イヌガミのっ……!」


 言いかけたまま、大きな蛇はサイコロ状に小さくカットされて、床に零れ落ちた。


「すげえー」


 僕がばたばた出てくると、駒胞さんは自慢げに黒いカードを見せびらかした。


「人間には牙も爪もないですからね。これが、お父様が残した爪と牙です」


 つまりこの子はスペシャルなんだろう。


「それで、先生ごめんなさい、さっき言った、ここには何も無いっていうの、嘘です! 夜刀の一族がいました!」

「まあ、結局もういなくなっちゃったんだからいいよ」


 色々いいものを見せてもらった。 

 僕はむくむくと創作意欲が沸いて来るのを感じる。


「それじゃあ先生、あとはどの派閥が残ってるのか、ざっと確認したら隠し通路から下山しちゃいましょう」


 それは、この遠足の後半戦が駆け足になる宣言に他ならなかった。

 外にスクーターが停めてあったので、駒胞さんは僕に後ろに座るよう促した。


「ぎゅっと抱きついてください、ぎゅっと! ぎゅーっと!」


 気恥ずかしかったのでちょっと肩口を掴むくらいにしたら、ものすごい加速をされた。

 慌てて彼女の腰をぎゅっと抱きしめる。


「ヘヘヘ、ヘルメット」

「私有地内だからいいんです!」


 冗談みたいな格好で、戦場になった里を駆け巡ることになった。

 弾丸が飛び交う中を駆け抜けて、駒胞さんが、「あれはどこそこの一族」とか説明してくれるが、とてもじゃないが頭に入らない。

 落ち着いたら後でちゃんと教えてもらおう。

 僕達ばかりでなく、真剣に命のやり取りをしていた人たちは、突然飛び込んできたスクーターに物凄く驚いているようだった。

 それはそうだろう。僕だっていきなりスクーターが飛び出してきたら驚く。

 そして駒胞さん、


「あ、いました。あれが鬼熊の一族です!」


 って言いながら、とんでもない大きさの熊がひしめいている中に飛び込んでいく。

 スクーターが岩を噛んで、熊たちを飛び越えるようにジャンプする。

 その先には、一際大きな年老いた熊がいる。

 駒胞さんの狙いはそいつだった。


「先生運転お願い!」


 駒胞さんがまた消えた。いや、跳んだ。

 赤いカードを手に握りこむと、それが組み変わって鉤爪になった。

 駒胞さんは老熊めがけて飛んで、熊が反射的に振るってきた爪めがけて、鉤爪を克ち合わせるように振るう。

 爪と肉の境目を切り裂いたんだろう、熊の爪だけがばらばらと爆ぜ飛ぶ。

 着地したとともったら駒胞さんの姿が消えた。熊の巨体を駆け上がったんだ。

 鉤爪がさっくりと熊の頭にめり込み、駒胞さんはその手を支点にくるっと回転する。熊の頭にきれいな穴が開いた。

 駒胞さん、白目を剥いてぶっ倒れる熊の後頭部を蹴っ飛ばしてジャンプ。

 僕が悲鳴を上げながら運転しているスクーターの後ろに着地した。

 カードをしまってむぎゅう、と抱きついてくる。

 わはー。


「さあ、とっとと逃げましょう先生!」

「あ、あれなに」

「鬼熊の一族の長老です! もうあそこの一族はばらばらですよ!」


 こわいなー。

 とか思いつつ、僕は駒胞さんのナビゲートを受けて、迫る煙を振り払うように走った。


「そこです、先生!」


 丘のてっぺんあたりに、避難所と書いた看板が立っている。

 スクーターごと体当たりする感じで、僕はそこへ突っ込んだ。

 幸い、中はスロープになっていて、闇雲に突っ走ったらいい感じにガス欠を起こした。


「うひー」


 スクーターから降りたら腰が抜けてしまった。

 よし、漏らしてない、漏らしてないぞ。しかし一生分のスペクタクルを味わった気がする。


「はい、これにて遠足終了です。お疲れ様でした、先生」


 駒胞さんの話だと、恐らくある程度の数のシェイプシフターは、この避難経路を伝って逃げただろうと言うことだった。

 ただ、マークの側についた連中も、この通路の存在は知っているから、きっと出口に待ち伏せがされていることだろう。

 駒胞さんはイヌガミの一族しか知らないような抜け道を教えてくれた。

 石造りの苔むした通路を、スマホを明かりにおっかなびっくり通っていくと、天井が押し上げられるようになっていて、うんとこどっこいしょ、と二人で持ち上げたら、そこはお地蔵さんの真後ろ辺りだった。


 凄い体験だった。

 これは当分ネタに困らないだろう。

 とりあえず家に帰ってネタ帳にメモしたら……寝よう。

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