第20話 化人の里、炎上
化人の里の周囲がざわついている。
報道機関の車やヘリ、素人の動画配信者も幾人かこの地域に入り込んでおり、遠巻きに野次馬。
彼らを制するのは警察などの公的治安組織。
何を勘違いしたか、出店まで出ていてマークは呆れていた。
まるで祭りだ。
いや、自分が祭りにしたのだが。
先日の繁華街でのイベントからはおよそ三日。
世論はシェイプシフターに、革新派と守旧派の二つが存在することを、ある程度知るようになってきている。
無論、世の中の流れは革新派に傾いている。
革命と言う話題で人々の耳目を集中させ、衝撃的な催しで自分たちを強烈に印象付ける。
どちらも同じ化け物だ、と言う口さがない者達はいたが、国を通じて報道機関を御することが出来たマークに、全体世論を操ることなど難しくは無かった。
もはや、この化人の里の攻略にも、自らの手を汚す必要は無い。
「なってしまうと呆気ないものだな。3年前、あの里へ招かれた時は、こういうことになるとは……まあちょっとは思っていたが」
化人の里から煙が上がる。
徐々に、守旧派の掃討が進んでいっているのだ。
遠目にその光景を眺めつつ、マークは傍らに寄り添う彩音を抱き寄せた。
「あなたなら出来ると思っていたわ。私は、最初から……」
その心は既に、マークのものだった。
涼は信頼できる腹心だ。今も、上空から化人の里の動きを見守り、ライブビューで逐一情報を送ってくれている。
しのんと楓は、公安との連絡役を行っている。
これは彩音との交代制なので、彼女とこうしていちゃつけるのも今だけと言うわけだ。
もっとも、マークに惚れているのは彼女ばかりでなく、他の二人も似たような様子なので、彼とともにいられる休憩時間は、その順番を厳正なるジャンケンで決められていた。
窓が叩かれる。
彩音が露骨に顔をしかめる。
にやにや笑いながら、しのんがそこにいた。
「マークの独り占めはご遠慮くださーい」
「もうっ、雰囲気台無し!」
「……おれも仕事をしてるんだが……」
「さあさあ、正妻さまは出てった出てった。お仕事が待ってますよーう」
「むきい」
ここは車内である。
ボルボのV70に、それなりの手を加えてある。メーカー特注である。
機密性も高く、ちょっとしたマークの城であった。
その城を、彩音が不承不承ながら出て行く。
「にゅふん♪」
さっそくむぎゅうっと腕にだきついてくるしのん。
マークは彼女の頭を撫でながら、
「それで、動きはどうだったんだ?」
涼から送られてくる映像で、全体の動きは把握していても、細部や公安側の動きまでは分からない。増してや現場の空気など、その場で体験したものにしか語れないものもある。
色気の無い問いかけに、しのんはぷうっと膨れた。
「順調ですよーだ。ばたばたしてるけど、堂島ちゃんがいなくなって要領は悪くなった感じだよ」
堂島八景は先日の件以来、姿を見せていない。
あれで行われるはずだった公安の介入は不発に終わったから、その責任を取らされているのだろうか。
「進み具合は三割くらいかなー? うちの若い子たちも頑張ってるよ。しっかし、最近の武器つよいねー」
革新派に所属するシェイプシフターは、全体的に若年層が多い。
新しい考えに賛同するのは、染まりやすい若者や、変化を受け入れる体力のあるものたちが自然と多数派になるのだ。
彼らは今回の討伐において、獣となって守旧派と肉弾戦を行うのではなく、支給された銃器などを用いての近代戦を行っていた。
それぞれのシェイプシフターの弱点である弾丸さえ分かってしまえば、こちらのほうが効率はいい。
正面きっての戦いで、現代における化人は無敵ではないのだ。
無論、持ち込み可能なレベルの近代兵器では対応できない化け物もちょくちょく存在するから、全てがその限りではないが。
マークの切り札たるイヌガミの媛は、すぐ後ろに駐車した護送車の中を図書室に改造し、読書の真っ最中である。
「むぎゅー」
「むぐっ」
情熱的にキスをされた。
仕事中だというのに。ここで邪険にするのも失礼なので、マークは指先と目線は涼の送る動画に集中させながら、その他でもってしのんを受け止める。
山猫の化身である彼女は、気まぐれだが情熱的だ。
さんざんいちゃついていると、視線を感じた。
ふと目を窓にやると、そこには、長い髪が顔にかかった、いかにも妖しい女が覗き込んでいる。
楓である。
「ぎえええ」
しのんが失礼な悲鳴を上げた。
気がつくと彩音が出て行ってから時間が経過している。
どうやら楓の休憩時間らしい。
マークが抱きついてきているしのんの背中をぽんぽん、と叩くと、彼女はとても不満げな顔をして出ていった。
逆側から入ってきた楓が、音も無くマークの隣に座る。
「動きはどうなってる?」
彼女は比較的受身なので、マークが彼女の肩を抱いてやる。
程よい肉付きで筋肉質な彩音や、細身でしなやかななしのんと違い、彼女の体はふんわりと柔らかい。
以前助けられたときにも思ったが、着やせするタイプなのだ。
楓は抵抗も無く、ぽてっとマークの胸に倒れこむと、
「イヌガミの媛……嵐華じゃ……ないほう……消えたわ」
「なんだって!!」
思わずマークは立ち上がりかけた。
車の天井に頭をぶつけてしまう。
足元でごん、と音がして、楓の頭が床にぶつかった。
「いたい……。マークひどい……」
「あ、ごめん」
それほど衝撃的な報告だったのだ。
イヌガミの媛とあの作家は、一緒に保護されていたんじゃないのか?
「一緒に消えた……。においが……里の方へ……行ってる……。二人とも、あの……中」
起き上がった楓が化人の里を指差す。
その先で、突然化人の里が爆発した。
火の粉が飛び散り、森一つ、里一つと言うスケールで炎が広がっていく。
「冗談じゃない……! あいつら、一体何をしたんだ……!!」
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