第16話 カレー会議

 僕のカレーは大雑把である。

 カレールーは脂の少ないサラサラタイプを使い、人参とジャガイモと玉ねぎを基本として、あとは気分で何か入れる。

 今日は豚肉少々と、駒胞女史たっての願いで、惣菜屋で買ってきたメンチカツを乗せることになった。

 メンチカツと豚肉で豚が被ってしまったな。


「すてき、すてきです先生。大好き!」


 肉食系女子の駒胞女史は、お肉のためなら悪魔にだって魂を売りそうである。

 鍋を火にかけて油を敷いたら、、一口大に切った野菜を投入。そのまま蓋をして何分か放置。

 その後、また蓋を開けて野菜をひっくり返したら、豚肉を投入してまた蓋をして何分か放置。

 その後、水を大体こんなもんだろうくらいで入れる。

 今日はしゃばしゃばしたカレーの気分だったので多めに入れる。

 そして蓋をして放置。

 ぐつぐつ音がしてきたら、灰汁を取る。灰汁と言っても、僕は何が灰汁なのかよくわかってないので、適当になんか浮いてきたもやっとしたのを掬って捨てる。

 何回か掬って満足したら、火を止めてカレー粉を投入である。サラサラタイプはルーというかカレー粉ですな。

 よく解けるまでかき回して、あとは弱火でぐつぐつ煮ておく。

 この間にご飯が炊ける。

 僕は手早く、多めに買って来ていた葉物野菜なんかを刻んで盛り付けて、適当にざく切りにしたトマトを添えた。

 ドレッシングなんて気の利いたものは買ってないので、オリーブオイルに酢を垂らして塩コショウ振ってかき混ぜたものを用意しておく。

 福神漬けだけは常備してある。

 あとは、僕に炭酸水、駒胞女史には麦茶を用意して……。


「いただきまあす!」


 駒胞女史のテンションはマックスである。

 レンジでチンしたメンチカツは、さくさくではないものの肉汁の旨み充分。ざっくり切ると、ひき肉と玉ねぎが絡み合ったなんともいえない香味が漂ってくる。

 駒胞女史は物も言わずに食べた。

 一杯目を貪り尽くすと、ようやく彼女も人心地ついたようだ。


「おかわりいただきますね」

「ふふふ、そう来ると思って8人前作ってある」


 カレーとは、僕にとって手抜き料理の極致でもある。

 一気に大量に作って、三食カレーを食うのだ。

 米とパンとうどんでやっつければ飽きもこない。

 8人前は、僕が三食で平らげる量だった。ただ、今回のカレーは食べ盛りの女性がいるので、具材の量がいつもの3倍は入っている。

 これを8人前は三食で食べきれる気がしない。


「先生は料理が上手いですね。私のツボを心得てます」


 駒胞女史が切り損ないのでっかいジャガイモに齧り付きながら僕を褒めてくる。いや、褒めてるんだろうかあれは。

 そんな感じで、ぺちゃくちゃ会話しながら食事を続けた。

 駒胞女史が三杯目にかかったころ、


「まあ、でもやっぱり不安だよね。いつ襲われるかってさ」


 僕の発言が皮切りになって、駒胞女史が提案してきた。


「それじゃ、あっちの派閥、さっくり潰しちゃいましょう」

「えっ、やれちゃうの」

「私一人だと手間取りますね。時間がかかっちゃいます。だから、手を借りましょう」


 てこずるのではなく、手間取るという辺りが頼もしい。

 でも、手を借りるって、誰の?

 すると駒胞女史は、どうやら先ほどまで見ていたらしいPC画面を立ち上げて見せた。

 そこには、とある男女のピンボケした写真が映っている。


「シェイプシフターの革命派にです。明日会いに行きましょう」


 あっさりと言ってのけた。


「そんな、大根でも切るみたいにあっさりと」

「会おうとして会えないことは無いと思うんですよね」


 駒胞女史はレンチンしたメンチカツをカレーに載せながら言う。


「あれだけ自己顕示欲の強い方たちですから、常にアンテナを張ってる気がします。だから、こっちが目立てば接触しやすくなるんじゃないかなと」

「そんなもんですかねえ。そういや、菓子折りとかあったほうがいいかな」

「菓子折り!!」


 君にあげるんじゃないぞ。

 すると駒胞女史は少し悲しそうな顔をした。わかった。後で何か買ってあげるから。


「くまちゃんグミがいいです、アメリカの。それは頂戴するとして、菓子折りはあってもいいと思いますよ。向こうの警戒感を緩めたり、肩透かしをさせる効果があると思います」

「作戦のうちなんだねー」

「私たちがマイペースなだけで、とっくにシェイプシフターの世界は腹芸の領域に突入してますからねえ。利害関係だけでも組める相手がいれば、いろいろ楽になりますよ」


 言いながら、駒胞女史は福神漬けをたっぷり乗せたカレーをひとすくい頬張った。

 どうやら今夜は三杯目で終了らしい。

 満足してさも幸せそうな駒胞女史は、「ごちそうさまでした」と言った後、食器を台所へ運んでいく。

 僕は漬け置き洗い主義だったが、今回は彼女がごしごし洗ってくれるらしい。送ってきた荷物の中にマイスポンジが入っていた。


「それで、こっちが目立つって言うのはどうやるつもりなんだい?」


 僕は福神漬けにラップをかけて冷蔵庫にしまいつつ、問いかけた。


「夕方の人たちが退散したって言っても、まだまだ先生には監視がついていると思うんですよね。だから、先生と私が外を練り歩くだけで監視もごっそりついてくるわけで。そういうのを革新派の人たちが見逃さないんじゃないかなーとも思います。あとは、あの人たちのにおいを私が覚えてるので、においが強い方にいってみればいいかなーと」


 どこでにおいを辿るつもりであろう。

 そういえば駒胞女史は、部屋の後片付けをしながらPCで彼らの事を探っていたみたいだから、何かしら接触のための手がかりは掴んでいるのかもしれない。

 まったく、頼りになる子である。


 食後はゆったりとしながら、僕は仕事で作ったメモをPCに打ち込んでいく。

 ちなみに我が家はフローリングに畳タイプのカーペットを敷いてある。

 その上に座布団を敷き、じかで座る。

 PCも低い位置に置いてあるので、普段は座布団、だらりとしたいときは座椅子を使っている。

 その座椅子は今は駒胞女史に占領されており、彼女はテレビで映画チャンネルを見ている。

 この時、僕らはボーっとそれぞれのことだけをやっている訳ではなく、明日のことについて会話していた。

 とりあえず、ショッピングを装ってわざと繁華街に行ってみようと言うことになった。あちこちぶらつけば、革新派の人々のにおいもするのではないかと。

 この国が革命を宣言された日の夜だというのに、世の中はいつもどおりだった。

 地上派はそのことに関する報道番組ばかりだったし、僕はバラエティは見ないのでもっぱらケーブルテレビ視聴派である。

 そこではいつものようにプログラムが粛々と進行されている。

 世は並べて事もなしだ。


 その後、なんかごくフランクに一緒に入浴でも、と誘われたが丁重に辞退させてもらった。

 まだ深い仲でもないのに不純なのはいけないと思います。

 僕の家の風呂はトイレと別になっているタイプなので、浴槽は広くは無いが、それなりの容積はある。

 入って入れないことは無いがおそらく僕の理性が持つまい。持たなくても手出ししない程度には僕はヘタレなのだが。

 悶々とする意識を切り替えるため、仕事をすることにした。

 カチャカチャキーボードを叩いていると、食事中から飲んでいた炭酸水が空になってしまっているのに気付いた。

 こんなこともあろうかと、ホームセンターでまとめて買ってある。

 僕は冷蔵庫から新たな一本を取り出すべく立ち上がった、

 駒胞女史が持ち込んだ荷物はさほど多くは無かったが、冷蔵庫脇に一番かさばるらしい、書籍や趣味の品を積み上げてある。

 冷蔵庫から目的のものを取り出しつつ、僕はふと横を見た。

 そこには、かなり読み込まれた形跡のある古い本で、『これであなたも恋愛の達人! 愛され入門』と言う名前のものがあった。


「ひゃー」


 僕はぶっ飛んだ。たぶん、駒胞女史の猛烈なアタックはあれだぞ。この本のままだぞ。ここから伺える様子だと、背表紙に持ち主の名前なのか、嵐華と書いてある。立夏と嵐華。なんだか繋がりがありそうな名前だ。親か姉妹かな?

 人の持ち物を勝手に読むのは憚られたので、僕は想像のみを豊かにしてパソコンの前に帰ってきた。

 なんだか余計悶々としてしまった気がする。

 あの本の下に、もう一冊ハウツー本があった気がするが、さらに僕の心臓に悪そうだ。このことは忘れよう。

 やがてお風呂から、ほこほこに茹で上がった駒胞女史が出てきた。

 Tシャツに短パン姿である。Tシャツの下は何もつけていないのである。

 これはいかん。

 僕はこの夜を切り抜けられるのだろうか。

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